《後編》
クラスマッチバレーボールの部、現在決勝戦が行われている。
陽田里佳、朱月光貴、月読夜維斗の二年一組チーム対、石倉悠吾、佐々原みこと、高島暁彦の二年二組チーム。
二年二組チームはバレー部のエースであるみことがいることに加え、中学バレーでは優秀な成績を修めていた悠吾がいることによって優勝候補チームの一つであった。
一方の二年一組チームは誰も気にしていなかったオカルト研究会のメンバーからなるチームであったが、現在順調に勝ち進み、優勝候補の一つである三年のチームにも勝ったのである。ちなみに、バレー部経験者は一人としていない。
そんな二つのチームが対戦するとあって、体育館には自分たちの試合を終えた生徒たちが集合していた。
「二組ー! ファイトー!」
「みことー!! がんばってー!」
「石倉頑張れー!」
「暁彦ー!! いけー!!」
「里佳ー! 気合入れていけー!!」
「朱月くーん!! がんばれーっ!!」
「朱月くん、こっち向いてー!!」
「朱月せんぱーい!! がんばってー!!」
「ありがとー!」
応援を受けながら、余裕があるように光貴は声援に答えて手を振る。すると黄色い歓声がコートの周りから上がった。そんな様子を見ながら、夜維斗は呆れたような表情になっていた。
「……なんか、あいつって実はすごいんだな」
「あれ、夜維斗ったら嫉妬?」
手で口元を隠しながら里佳はくすくすと笑う。何を勘違いしているんだか……否定するのも面倒に感じた夜維斗は大きく息を吐き出した。
「……あいつら、変に余裕だな」
一方の二組コート。オカルト研究会の三人の様子を見ながら、悠吾は表情を険しくさせる。そんな悠吾のそばにみことと暁彦が近づいた。
「気になるのは、何であのチームがここまで勝てたか、ってこと。バレー部だったって人は誰もいないからここまで勝つのは不思議なのよね」
「陽田は動き早いし、球技は得意だからな。朱月も確か……バスケしてた、とか言ってたっけ?」
「ああ。まあ、一年の途中で辞めてたけどな。でも、あいつも運動神経いいからなあ」
「それだけで勝てるとは思えない。それに……」
ちら、とみことは向こうのコートを見る。視線の先には、呆れたような顔をして他の二人と会話をしている夜維斗の姿があった。
「月読くんが一番謎。でもさっきの動き見てたら、そんなに運動できないって感じじゃなかったし」
「けど、一番狙うとしたあいつだな」
そう言う悠吾の目は、獲物を定めたような鋭いものだった。中学バレーの大会を総なめした石倉悠吾、その人の目だった。
「……敵にしたくないタイプ」
苦い表情を浮かべてみことは呟いた。
それからすぐに試合は再開された。今度は、一組オカルト研究会チームのサーブからだった。
「いっくわよー!」
勢いのよい声を上げ、里佳がボールを打つ。ボールはネットを軽々と越え、二組のコートに入る。そのボールの前に、悠吾が立った。
「佐々原!」
悠吾の腕に当たったボールはばんっ、と音を立ててネット際に居るみことの方に高く飛んだ。
「はいっ!」
みことは右腕を上げ、悠吾から飛んだボールに触れた。それにより軌道が修正されたボールは、一組のコートの誰もいないスペースに落ちる。
「よし!」
後ろでその様子を見ていた暁彦が勝利を確信してぐっと拳を握って小さなガッツポーズをとる。みことも仕事をやりきった、というような笑みを浮かべている。しかし、コートの中心に居る悠吾だけは、まだ険しい表情をしている。
「甘いっ、夜維斗!!」
里佳の叫び声が響く。そして、床につきそうになっていたボールは、何者かの手によって、高く跳ね上げられていた。
「何っ?!」
スライディングしてボールを飛ばしたのは、夜維斗だった。予想もしなかった夜維斗の素早い動きに、体育館内は騒然とした。それでも試合は続いており、夜維斗が跳ね上げたボールは光貴がトスしていた。
「今だ、里佳!」
「おう!!」
そして、ネット前であげられたボールを追い、里佳がジャンプする。
「ブロック!!」
悠吾は叫び、ネット前に走る。そして、みことと同じタイミングで両手を挙げて高く飛ぶ。
「行くわよ! スーパーオカルトアタックー!!」
里佳が勢いよく手を下ろし、ボールを叩きつける……はずだった。
「え?」
そんな間抜けな声を上げたのはみこと。そして、ボールは一組のコートの前でぼん、とバウンドした。
「……え?」
しん、と静まる体育館内。ころころと転がるボールは、コートをはみ出して得点ボードにぶつかって止まる。それに気付いた得点係の生徒が、慌てて二組チームに点を加算した。
「い、今のは……?」
「いっそ清々しいくらいの空振り、だな」
みことが不安げに尋ねると、悠吾が苦い笑みを浮かべて向かいのコートを見て答えた。悠吾の視線の先には、膝と手をついてうな垂れている里佳の姿があった。光貴はそんな里佳に駆け寄り、肩を優しく叩いた。
「り、里佳……。ドンマイ」
「ああ、もう!! なんでこんなに上手くいかないわけ?!」
「タイミングが悪い。変な掛け声出すから余計合わないだけだろ」
怒鳴るように叫ぶ里佳に、背後から夜維斗がいつも通りやる気のない表情で言う。すると、里佳がばっと強く振り向いて夜維斗を指さした。
「何よ?! こういうときはもうちょっと優しく声をかけてあげるべきなんじゃないの?!」
「事実を言っただけだ」
「言い方ってものがあるだろ、月読さんよ……」
何故自分が怒られているかわかっていない様子の夜維斗に対し、光貴が疲れたような低い声で言う。しかし夜維斗は光貴以上に疲れきった顔をして大きく息を吐き出した。
「なるほどな。陽田はアタックが苦手、ってわけか。いい情報だな」
「うわ、石倉悪い顔」
「うるさい。だが、少しやりやすくなってきたな」
「でも、月読くんがダークホース過ぎるわね……」
みことは向かい側のコートで呆れた表情をしている夜維斗を見た。先ほど、後方に立っていたはずの夜維斗がスライディングをしてボールを受け止めていた。バレーに慣れているみことや悠吾でも、そこまでできる技術は持ちえていない。
「どうするんだ、これから?」
悠吾たちのもとに暁彦もやってきて、作戦を求める。悠吾は腕を組み、「うん」と小さく返事をした。
「意外と月読が面倒だが、対応できない範囲じゃない。陽田にアタックを誘導させて点を稼ぐ」
「うっわー、ずるいー」
「うるさいぞ、佐々原」
そして、試合が再開される。
それからの試合は互いに攻めて守っての状態が続き、気付けば一組と二組は同点、しかもあと一点で勝負が決まる、というところまで迫っていた。
そして一組、光貴がサーブを打つこととなった。
「っしょ、っと!」
ぱん、と音がしてボールが飛び、ネットを越える。ボールの軌道上に、暁彦がいた。
「佐々原!」
暁彦の腕に当たったボールは宙を舞い、みことの手に当たる。その勢いのまま、ネットを越えて一組コートに入る。ネット前に構えていた里佳と夜維斗は自分たちのはるか頭上を通り越したボールを見て、はっと目を開いた。走り出そうとするが、間に合いそうにない。
「っと、セーフ!」
後ろに待機していた光貴が飛んできたボールを打ち返し、二組コートへと飛ばした。それを見て、三人はにやりと笑みを浮かべた。
「高島!!」
「おう!」
悠吾の指示を受け、暁彦が後ろに走ってボールを天井に向かって飛ばす。
「佐々原!!」
「オッケー!」
そして、その飛んだボールをみことがトスをしてネット前で高く上げる。来る、と里佳はネット前で構えた。
「石倉、いっけー!!」
「ああ!!」
悠吾が高く飛ぶと同時に、同じ位置で里佳も高く飛んだ。二人の視線はほぼ一致していた。
「……っ?!」
しかし、里佳の目の前に現れた悠吾の表情は、余裕の笑みだったのだ。
「悪いな、陽田」
とん、とやけに軽い音が里佳の耳に届いた。しまった、と里佳が思ったときにはボールはネットの手前に落ちてきていた。
「昇!!」
その時、里佳のすぐそばから声が響いた。はっと顔をあげると、白いボールが高く飛んでいる。そして、視線を落とすとうつ伏せになって倒れているような光貴の姿があった。
「里佳!!」
光貴の声と、先ほどの言葉で状況を理解した里佳は、着地してすぐボールに向かって走った。
「龍!!」
落ちてきたボールを、里佳が受け止め、もう一度高く上げる。ネットよりも高く飛んだボールを見た悠吾とみことが、腕を振り、勢いよくジャンプする。これでブロックできないボールはない、と悠吾が確信を持ったそのときだった。
「何っ?!」
そこには、悠吾たちよりも高い位置にあるボール、そして、それと同じ高さにいる腕を大きく振り上げている夜維斗の姿があった。バレー経験のある悠吾やみことよりも高く飛ぶ姿に、二人は呆然とした表情を浮かべるしか出来なかった。
「……拳!!」
夜維斗の叫び声と、ボールが地面に叩きつけられる音。体育館にその二つが響いた後、その場にいた誰もが言葉を失った。
一体、どれほどの沈黙の時間が続いたのだろうか。呆然とした表情を浮かべていた審判の学生がようやく状況を把握して、笛を鳴らした。
「ゲームセット! 一組チームの、勝ち!!」
その声の直後、観客席から今まで以上の歓声が上がった。
「夜維斗ー!!」
ネットの前で立っていた夜維斗は、自分の名を呼ばれて後ろを向く。が、
「うおぉ?!」
どさっ、と大きな音を立てて夜維斗は床に倒れた。その上には、里佳が乗りかかっていた。
「よくやってくれたわ夜維斗!! さすがあたしの幼馴染なだけあるわ!!」
「月読グッジョブだったぜー。いやー、ちょっと惚れるかと思った」
「……お前に惚れられても嬉しくない。陽田、重い。降りろ」
「はあ?! 誰が重いですってぇ?!」
コートのど真ん中でぎゃあぎゃあと騒ぐオカ研三人。そんな三人を、悠吾と暁彦は疲れきった表情で見ていた。
「あれに負けたのか、俺たち……」
「信じられないな……」
「あれ、ってレベルで片付けられないって。うわー、月読くん、バレー部入ってくれないかなあ」
疲れた男二人とは打って変わって、みことはにこにこと楽しそうな顔をしている。その言葉を聞いて、悠吾は表情を緩めた。そういえば、こんなに熱くなる試合は久しぶりにしたな、と。
そして、試合終了を告げる笛がもう一度鳴り、それぞれのチームはネットを挟んで向かい合って立った。満面の笑みを浮かべる里佳につられ、悠吾もふっと微笑んで里佳の差し出した手を握った。
「陽田、いい試合をありがとう」
「こちらこそ! いっしー、パソコン、ありがとうございます!」
「……あ、ああああああああっ!!」
そんな約束をしていたことを試合の中ですっかり忘れていた悠吾は、悲鳴のような叫び声を体育館中に響かせたのだった。