決戦の日、クラスマッチ
《前編》
「しょー!」
里佳の大きな声と共に、バレーボールはぽーん、と高くあげられた。
「りゅー!」
続いて光貴の声がすると、バレーボールは光貴の元に落ちる。それをトスして、光貴は一歩下がる。
「……」
そして、バンッ、と強い音がしてバレーボールは相手コートに叩きつけられた。突然のことに、相手チームは誰一人動けず、ただ転がっているバレーボールを見つめるしかできなかった。これによって、得点は里佳たちのチームに入ったのだが、
「ちょっと夜維斗! あんたふざけてんの?!」
「……お前らだけには言われたくないな」
「いやー、今のは月読が悪いぞ。これじゃ、完全に俺たちがイタいじゃん」
「知るか。お前らが勝手にやってるだけだろ」
「何ですってぇ?! 勝手にって、三人中の一人が何もしてないなら、そっちが勝手じゃないの!!」
得点よりも何かに不満がある里佳は、得点を決めた夜維斗に対して怒りの声を上げている。光貴はやんわりとした態度だが里佳に味方をしている。そして、夜維斗は、いつも通りの疲れたような表情で里佳たちの言葉をスルーしていた。
「……なんなんだよ、あのチーム」
得点を決められてしまった三年生のチームは、ぎゃあぎゃあと怒る里佳と便乗する光貴、それを流し続けている夜維斗の二年一組チームを見て呆然としていた。
その日、月原高校ではクラスマッチが開催されていた。
今回行われている競技は体育館でのバスケットボール、バレーボール、卓球、グラウンドでのソフトボール、全員参加競技の綱引きである。そして、オカルト研究会の三人はバレーボールに参加していた。
「いい? アタックを決めるときは『昇竜拳』よ!」
「……はい?」
そんなクラスマッチの競技開始直前に里佳が唐突な提案をした。光貴はぱちぱちと瞬きをしながら聞き返すと、里佳はにやりと笑い言った。
「やっぱり必殺技には掛け声が重要だと思うのよね! で、ボール拾ったら『昇』、ボール上げて『龍』、とどめに『拳』でアタック! どう?」
「へえ、なんかかっこいいじゃん」
里佳の説明を聞いた光貴は頷きながら微笑む。それを横で聞きながら、夜維斗はため息を吐き出す。
「それ、する意味あるのか?」
「意味を求めるなんて夜維斗、ナンセンスー。もうちょっとユーモアっていうか、遊び心が必要よ?」
「まあ、面白いじゃん。一回やってみようぜ、月読」
「そうそう、やってみようぜー!」
拳を握り天に向ける里佳と、夜維斗の肩に腕をかける光貴。それを見て、夜維斗はがく、と顔を俯けた。
「まあ、勝つのは当たり前よね。それで、最後の対戦相手は……二年二組チーム?」
現在、二年一組バレーチームは全戦全勝でトーナメントを勝ちあがっている。優勝候補、とも言われていた三年三組チームを下しているノーマークのチームに、バレーボール参加チームは動揺していた。一方のノーマーク状態だった二年一組――オカルト研究会チームは決勝の対戦相手をトーナメント表で確認していた。
「二年二組って言うと……ああ、みことちゃんのチームか」
「みこと……って、あのバレー部の佐々原みこと?!」
光貴の言葉に、里佳が驚愕の声を上げる。
「嘘でしょ……、あの子って、前のバレーの大会でMVP取ったって子でしょ?」
「そうそう。やっぱ人より練習量多かったからね、みことちゃん。練習の差し入れにたいやき持って行ったらさあ、すっげー喜んでて」
「で、しゅげっちゃん! 他のチームメイトは?!」
里佳は光貴の肩をがっと掴み、顔を光貴に近づける。突然の行動に、光貴は大きく目を開いた。頬が、かなり赤く染まっている。
「ちょ、里佳?!」
「二年二組のバレーチームは、俺たちだ」
そのとき、里佳たちの後ろから声がした。三人が同時に振り向くと、そこには仁王立ちしている三人組が立っていた。
「おお、噂をすればみことちゃんじゃん。やっほー」
「やっほー、朱月くん。次の対戦、よろしくね」
にっこりと笑って手を振る少女こそ、話題となっていた佐々原みこと(ササハラミコト)その人である。そして、その両サイドに立つ人物を見て、里佳は表情を引きつらせる。
「いっしーに、高島……? 何であんたらが……」
みことの隣に立っているのは悠吾と暁彦。二人とも自信に溢れている表情を浮かべている。
「あれ、陽田さん知らなかったの? 石倉って、中学時代バレー部だったんだよ」
「うっそ?!」
里佳と光貴が同じタイミングで声を上げる。が、すぐに里佳は光貴のほうを見て、「え?!」と声を上げた。
「ちょっとしゅげっちゃん?! 何でいっしーと同じ中学だったしゅげっちゃんが知らないわけ?!」
「え? ほら、俺、ヤローには興味な」
ごっ、と鈍い音がしたと同時に光貴は腹を抱えて地面にしゃがみこんだ。
「で? そのバレー経験者の佐々原ちゃんといっしー、それからおまけの高島でうちのチームを倒そうってわけ?」
「おまけって言うな! っていうか、そっち、もうすでに一人倒れてるじゃねえか……」
さすがの暁彦も、腹を抱えて苦しそうに「うぉぉ……」とうめき声をあげている光貴に同情のまなざしを向ける。
「それはいいとして。いいわよ、かかってきなさい? 徹底的に潰してあげるわよ!」
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらう。だが、ただ単純に勝負するだけじゃつまらないだろ?」
にやり、と笑いながら悠吾が言う。その言葉の意味を理解した里佳は、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「何? 何を賭けてくれるつもりなのかしら」
「前にお前らが言ってたパソコンの使用権、だったか? 俺たちに勝ったら、オカルト研究会に一台、ノートパソコンを貸してやる」
「あら、いっしーったら太っ腹。で、そっちが勝ったら?」
「オカルト研究会の即刻廃止。それと」
「陽田里佳を柔道部に復帰させる」
悠吾の言葉に続くように暁彦が一枚の紙を広げながら言った。その紙は入部届で、すでに部活名の部分に柔道部、学生名の部分に陽田里佳と記されていた。それを見た里佳ははん、と鼻で笑った。
「よっぽどの自信があるみたいね。確かに佐々原ちゃんは強敵っぽいけど、それ以外は雑魚ね」
「うっわー、陽田さんよく言い切ったねえ。言っとくけど、うちの石倉は雑魚ってレベルで片づけられるような奴じゃないよ?」
里佳の言葉に対抗するように、みこともふっと不適に笑って言う。里佳と二年二組チームとの間に見えない火花がばちばちと散っている。里佳の隣に立つ夜維斗はどうでもよさそうにその様子を見ているだけで、光貴は未だに腹を抱えてうずくまっていた。
「ただいまより、バレーボール二年一組チーム対二年二組チームの試合を開始します」
審判の声がかかり、コートに里佳たちと悠吾たちが入る。ネットの前まで立ち、向かい合う選手とそれぞれが握手をする。
「よろしくね、いっしー」
「ああ、こちらこそよろしくな」
里佳と悠吾は互いに引きつった笑みを浮かべながら挨拶をする。握手に込められた力は、抑えているであろうが、やけに強いものだった。
「いい試合をしようぜ、朱月」
「ああ。そうだなあ、高島」
暁彦と光貴もまた握手をしているが、表情はどちらも穏やかなものではない。わかりやすいほど敵意を剥き出しにした不気味な笑みを浮かべている二人は、傍から見ていると気持ちが悪い。握手をしている手からぎりぎりぎり、と握手に似つかわしくない音が聞こえる。
「よろしく、月読くん」
「……ああ」
そして、みことと夜維斗。特に接点の無い二人は、ごくごく普通に握手を交わし、ごくごく普通に挨拶をしていた。
「それでは試合、開始します!」
審判の声で、それぞれのチームの選手はそれぞれの立ち位置につく。サーブは、二組チームからだった。
「じゃあ、いっくよー!」
サーブを打ったのは、みこと。ぱんっ、と弾けるような音がして、ボールは高く上がる。
「ナイスサーブね、佐々原ちゃん! でも!」
そのボールを拾ったのは里佳。勢いのまま、ボールは相手コートに飛んだ。
「里佳、ナイスー」
「さあ、かかってきなさい!」
「なら、お言葉に甘えて……高島!」
勝ち誇ったような笑みを浮かべた里佳に対して、悠吾は動揺するどころか、自信に溢れた瞳を輝かせた。そのまま、後方にいた暁彦に向かって指示を飛ばす。
「おう!」
暁彦は落ちてくるボールを見逃さず、アンダーハンドで打つ。そのボールの行く先に向かって、みことが走る。
「行きます! はいっ!」
みことはボールを高く上げ、すぐに後ろにさがった。その動きを見て、里佳ははっと確信した。
「来る……! しゅげっちゃん、夜維斗! ブロック!!」
里佳が叫ぶと、光貴と夜維斗はネット間際まで走る。しかし、
バンッ、という強い音が響いた。
一瞬の出来事に里佳も光貴も、そして夜維斗も驚きを隠せないように目を大きく開いていた。
一組コートの中央、里佳のすぐ真横にバレーボールが叩きつけられた。音からして、かなりの速度が出ているものだった。
「……へえ、意外とすごいんだ、いっしー」
二組コートのネットの真正面に立っていたのは、悠吾。にやり、と自信に溢れた笑みを浮かべている。
「まあ、一般よりはよくできるほうだな。けど、久しぶりだから感覚が鈍ってるかな」
「上等だよ、石倉。っていうか、本当にバレー部入ればいいのに」
「いや、遠慮しとく。今は生徒会長で忙しいからな」
みことからの勧誘を笑顔で断った後、悠吾は向かい側のコートを見つめた。コートの中央で、三人は作戦会議、と言うように輪になって話し合っていた。
「意外とやるわね、あっちのチーム」
「確かに。みことちゃんにばっかり気を取られてたなあ。石倉、あんなにすごかったのか?」
「もう! しゅげっちゃんが同じ中学で情報持ってればもうちょっと対策練れたのに!」
「で? これからどうするんだよ」
また里佳が光貴に殴りかかろうとしたとき、夜維斗がそれを止めるように話題を転換させた。それを受けて、光貴がうん、と頷いた。
「相手は多分、何でうちのチームが勝ち進んでるかわかってないと思うな」
「……は?」
「そうね。なんだかんだ言っても夜維斗って有名じゃないし」
「お前ら、何の話してるんだ?」
自分を差し置いて話が展開されていることに気付いた夜維斗は、少しだけ表情を引きつらせながら里佳と光貴を交互に見た。二人揃って、にやりと笑っている。
「さあて、いっしーをこてんぱんにしちゃおうじゃないの。ついでにパソコンもゲットよ!」
「そうだな。みことちゃんには怨みは無いけど、高島のヤローは一発ぎゃふんと言ってもらわないとなあ」
ぶつぶつと相手への呪詛のような言葉を吐きはじめた里佳と光貴を不気味に思った夜維斗は、そっと気付かれないように輪から抜けた。が、
「そのためにも……夜維斗ォ!」
怒鳴り声のように里佳に呼び止められ、さすがに夜維斗もびくりと体を震わせた。嫌な予感しか、しない。
「昇竜拳、絶対に成功させるわよ?」
口元は不気味に歪んでいるのに、目が笑っていない里佳。それを見て、夜維斗の頬の筋はぴくぴくとけいれんしたように震えた。
「……勘弁してください」