マグウェルの宝 捕われた“黄金の瞳”

 

 もう、十年も前になるのだろうか。

 その発掘現場に、少年はいた。隣に、一人の老人が座っていた。

「私にも、ささやかだけれど、一つだけ自慢できることがある」

「自慢できること?」

 少年が聞き返すと、老人は穏やかに微笑んで言葉を続けた。

「私の名だ。私の名は、ある偉大な人物と同じ名なのだよ。両親が、その人のようになってほしい、と希望を込めてつけてくれてね」

「だから、そんな珍しい名前なんだね」

 少年の何気ない言葉に、老人は腹を抱えて笑う。何故笑われたのかわからない少年はきょとんとした顔で、老人を見つめていた。

「ははは、君も人の事を言えるのかい?」

「……」

「ああ、冗談だよ。すまない、すまない」

 老人は笑いを落ち着かせたようで、それでも穏やかな微笑みのままで、少年の頭を撫でた。

「君の名前、私は好きだよ。銀の月が美しい日に生まれた、君らしい」

「あんまり似合ってないと思う。目の色は全然違うのに」

「そんなことないさ。君も自分の名にも、瞳の色にも誇りを持ちなさい。さあ、私は作業を続けようかね」

 どっこいしょ、と楽しそうに言いながら老人は立ち上がる。

「ねえ、おじいさん」

「なんだい?」

「おじいさんは、『魔術』を信じてるの?」

 少年の問いを聞いたとき、老人は驚いたような顔をしたが、すぐに笑った。

 

***

 

 時刻は午前十時。場所は聖クロス・リュート学園の教室。

「本当にありえない。何であんなにもぐうたらで居られると思いますか?」

 むっとした表情のユメリアを目の前にして、アリアは何も言えずに苦笑いを浮かべていた。今日は朝からユメリアはこの調子で、アリアは休憩時間の度にユメリアの愚痴を聞かされている。

「そ、それもシルヴァさんのいいところではないですか?」

「いいところ?! あれの何処がいいところなんですかっ!」

「ええっと、その……要は、捕らえようと言う事ではないでしょうか?」

 そろそろシルヴァへのフォローの言葉も限界になってきた。アリアが本気で困り始めた時、クラスの同級生たちがやって来た。

「もう、ユメリアもそろそろやめてあげなさいよ。アリアさん、困っているでしょ?」

「そう言うけど、腹の虫が収まらないのよ!」

 ユメリアは不機嫌をあらわにして言う。

「だって昨日なんか事務所に行ったら倒れていて、心配したらなんて言ったと思う?!」

 他の同級生たちがきょとんとしている中、アリアはなんとなく予想が出来ていた。

「食べるの忘れてた、よ?! ありえないわそんなの!」

「それはちょっと……」

 同級生が言う中、アリアは小さく「やっぱり……」と呟いていた。テール・クロスとして対峙した際に、シルヴァがやる気を見せた姿を見たことはない。

「それじゃあさ、どうしてユメリアはシルヴァさんの助手をやってるのよ?」

「あ、そうそう。そんなに言うなら助手なんてやめちゃえばいいのに。ねえ、アリアさん」

「そう、ですね……何か、あるんですか?」

 アリアが尋ねると、ユメリアははっきりと言った。

「私が居なきゃ、あいつは何にもしないんです!」

 

***

 

 同時刻。場所は喫茶店。

「はっくしょっ」

「あれ、シルヴァさん風邪ですか?」

 突然くしゃみをしたシルヴァを見てジーンが尋ねる。シルヴァのほうは鼻を抑えながら「あー」と低い声を出した。その隣のロジャーがははは、と笑ってジーンに言う。

「シルヴァが風邪なんてひく訳ないだろ。なんとかは風邪をひかない、ってな」

 それを聞いたシルヴァがぎろり、とロジャーを睨む。

「ああ? 誰がバカだって?」

「誰もバカとは言ってないだろ。もしかして、お前、自覚してたのか?」

 はん、と鼻で笑いながらロジャーがシルヴァに言うと、シルヴァは立ち上がりロジャーを見下す。それを受けて、ロジャーも立ち上がりシルヴァを睨んだ。

「いい度胸じゃねぇか、若作り刑事。面かせ」

「国家権力に勝てると思うなよ、フリーター探偵」

「ああもう、二人とも落ち着いてください!」

 まるでやくざ同士のような言い争いの間に入ったのは、ロジャーと一緒に休憩に来ていたカズヤだった。しかし、必死なカズヤの止めが効くはずもなく、二人は一触即発の状態に入っている。

「まあまあ、落ち着いてください。ほら、コーヒーが冷えますよ」

 カズヤとは打って変わって落ち着いた声でジーンがシルヴァとロジャーに言うと、二人はジーンを見て、それから机に置かれた湯気の立っているコーヒーを見て、ゆっくりと椅子に座ってコーヒーを飲んだ。カズヤは二人に気付かれないようにジーンに近付き、声をかけた。

「すごいですね、ジーンさん。あの二人の喧嘩を止められるなんて」

「まあ、慣れってやつですね。あ、カズヤさんもコーヒーどうぞ」

 にこ、と微笑みジーンはカズヤにコーヒーを差し出した。そして、カズヤがコーヒーを受け取り席に座ると、シルヴァが「そういえば」と話を切り出す。

「お前ら、何でこんな時間なのに二人揃って、ここにいるんだよ。仕事はどうしたんだ」

「新しい上司が来るからな、その片付けで追い出されたんだよ」

「追い出された?」

「僕も先輩も、その……どうも片付けが下手で」

 苦笑いを浮かべるカズヤと、そっぽを向いてコーヒーを飲むロジャーを見て、シルヴァは呆れたような顔を浮かべた。

「お前ら、片付けもできねぇのかよ」

「何だ、お前はできるって言うのか」

「当たり前だろ」

「よく言うぜ。ユメリアがいつも愚痴ってるぞ? シルヴァは片付けをしないって」

 にやにやと笑いながらロジャーが言うと、シルヴァは言葉を詰まらせた。また不穏な空気が流れる、とカズヤはコーヒーを置いて、二人の顔を見る。

「何でテメェがユミィの話を聞いてんだよ」

「ナタリーが言ってるからな。しかしユメリアも何でお前みたいなヤツの助手なんてしてるんだろうな」

「知るかよ。勝手にあいつが来るんだ」

「なら、何で追っ払わないんだよ」

 ロジャーがからかうように尋ねると、シルヴァはコーヒーを一口飲み、カップを置いて、言った。

「面倒だから」

 

***

 

 時刻は午後四時。場所はシルヴァの探偵事務所。

「あー、もー、今日も?! 今日もあんたは寝てるわけ?!」

 喫茶店から帰ったシルヴァは暇つぶしに、と本来なら接客用に使うソファにだらしなく寝転んで本を読んで、そのまま寝ていた。そんなところに、学校が終わって事務所にやって来たユメリアが怒鳴り声を上げた。

「起きなさいシルヴァ! 寝るならせめて部屋で寝なさいよ、このバカシルヴァ!」

「あー……うっせぇ……」

 シルヴァは起きる気はさらさらない、といった様子で、腕で目元を隠した。

「うっせぇ、じゃないわよ! ほら、起きなさい!」

 寝起きのシルヴァの腹にユメリアは鞄から取り出した辞書を落とす。その衝撃に、シルヴァはソファから飛び起きて、そのまま落ちた。

「てめっ! 何しやがる、殺す気か!」

「人が起こしてあげてるのに起きないのが悪いんでしょう?!」

「だからって、こんな起こし方があるか!」

「じゃあ、どうすれば起きたって言うのよ!」

 立ち上がったシルヴァとユメリアは向き合って怒鳴りあった。もちろん、その二人の怒鳴り声は外まで響いていて、喫茶店から帰ってきたレイラの耳にもはっきりと届いていた。

「……声、漏れていた」

「大体何?! あんた毎日何して過ごしてんの?! 寝てるだけ、とかだったら本当に人間の底辺にいるわよ!」

「誰が底辺だ!」

「何よ、違うって言うの? なら、片付けぐらいできるようになってから言いなさい!」

「テメェが勝手にしてるだけだろ!」

「あんたがしないからしてあげてるんでしょ?!」

 レイラの言葉も聞かずに、ユメリアとシルヴァはぎゃあぎゃあと言い争っている。レイラはそれを止めようとはせずに、さっさと自室に入った。それから数分後、シルヴァとユメリアの二人が近所の方々から騒音で怒られたことは言うまでもない。

 

***

 

 時刻は午後六時。場所は警察署。

「そろそろ来られます。準備はよろしいですか?」

 ナタリヤが尋ねると、ロジャーはいつもなら緩く締めているネクタイをきつめに締め、カズヤはスーツの皺を確認した。先ほど喫茶店で話していた新しい上司が来るのである。カズヤがあからさまに緊張している顔をしている隣で、ロジャーは首を右や左に曲げてリラックスしている様子を見せている。

「ったく、わざわざ上から来るなんてな……シルヴァじゃねぇけど、面倒くさい話だ」

「仕方ありません。上もやはり、ナイトメアを気にしているんでしょう」

 ナタリヤの言葉にロジャーは疲れたようなため息を吐く。そのとき、扉がこんこん、とノックされた。

「失礼する」

 開かれた扉から入ってきたのは二人の男。一人はロジャーよりも暗めな金色の髪に灰色の瞳を持った男で、もう一人は銀髪で目をサングラスで隠している男だった。ロジャーはその姿を見て、「あ……」と小さく零した。

「ガーニ、ガーニッシュ・フォルトバーグだろ、お前」

 ロジャーが突然名を呼んだのを見て、カズヤとナタリヤは男とロジャーを交互に見る。

「そうだ。間違いない、お前、ガーニだろ」

「……相変わらずだな、ロジアル・ハスフォード」

 親しそうに言うロジャーに対し、ガーニと呼ばれた男は冷たい目でロジャーを見た。それから、カズヤとナタリヤに向き直った。

「今日からこの『ナイトメア関係事件本部』で指揮をとることになった。ガーニッシュ・フォルトバーグだ。彼は、私の秘書だ」

 ガーニは後ろにいる銀髪の男もまとめて紹介して、男から書類を一枚受け取った。

「始めまして、私はカズヤ・ナガナ……」

「挨拶は要らん。それより、どういう事だ、お前らの失態は」

 苛立ったようにガーニが言うと、自己紹介の途中だったカズヤはびくりと小さく震えた。ナタリヤも苦い顔をして、ガーニの言葉を聞く。

「こんな小さな街に出る怪盗に、どうしてこんなに手間取る。上もそんなに気は長くない」

「お前は書類でしか物事を見ないからそんなことを言える。奴らが簡単に捕まると思うな」

 と、反論に出たのはロジャーだった。そんなロジャーをまた冷たい目でガーニは睨む。

「現場主義、とでも言いたいのか? それだから貴様は上に登れない」

「あいにく、俺はお前と違って上に登るためだけに刑事やってんじゃねぇよ」

「……下らん。それから、ロジアル。少しは言葉を改めておけ。貴様がのろのろしている間に、私は警視正になった」

 ガーニの言葉に、ロジャーは「なっ……?!」と小さく叫びかけて、何も言えなくなった。ナタリヤとカズヤは二人の間に流れる空気を読取ることができなかった。銀髪の男は何も言わずにガーニの後ろに立っている。

「上が望んでいるのは『怪盗を捕まえること』。ならば、捕まえればいい」

「……どういう、ことでしょうか」

 ナタリヤが尋ねると、ガーニは一枚の書類を見つめたまま、はっきりと言った。

「この男を、怪盗として捕まえろ」 

 

 

 

 

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