喫茶店で女と会った後、すぐにコーヒーを飲み干したシルヴァは女を連れて自宅兼自営業の探偵事務所に女を連れて行った。事務所についたシルヴァは部屋にいた人物を見て大きく息を吐いた。

「何でいるんだ、ユミィ……」

「おかえりシルヴァ。って、お客さん?」

 シルヴァの後ろにいる女を興味深げに見るのはリュート学園の学生の印である十字架のモチーフを胸につけた少女、ユメリアだった。黒い瞳をぱちぱちと瞬きさせて女を観察している。

「……怪しい人、とか?」

「お前なあ……」

 そんな二人のやり取りを聞いていた女がくすり、と小さな笑い声を上げた。

「怪しい、なんて初めて言われたわ」

「あ、すみません! でも、そんな格好をされていると……どうやっても怪しく見えますけど?」

 ユメリアが言うと、女は「それもそうね」と言って帽子とサングラスを取った。その瞬間、ユメリアの表情が不信から、一気に感動の表情に変わった。

「あなた、は……!」

 帽子から現れたのは赤茶色の長い髪。サングラスの下にあったのは桃色の輝く瞳。

「本物、の……フィニア・ディ・アキルモート!」

 ユメリアの言葉は感動で震えていた。それを聞いて、フィニアは穏やかに微笑んだ。

「うそ、ど、どうして!? 何で、今日、コンサートなのに!?」

「今日コンサートだからよ」

 にこりと微笑むフィニアの姿に、ユメリアは顔を赤らめて今にも泣きそうな顔をしていた。その瞳からは輝きという輝きが零れてしまいそうだった。

「コンサートだから?」

 シルヴァは尋ねるとフィニアは頷いた。そして、持っていた鞄から一枚の紙を取り出す。

「これが、私の所に届いたんです」

 

 時刻はシルヴァとフィニアが接触する少し前。場所は警察署の刑事課。

 パソコンに向かって書類を打ち込んでいたカズヤの耳にはイヤホンがついていた。偶然そばを通りかかったロジャーはそんなカズヤの様子をじっと見た。その視線に気付いたカズヤが片耳のイヤホンを外してロジャーの方を向く。

「あ、ロジャー先輩」

「何聞いてんだ、カズヤ」

「これですよー。フィニア・ディ・アキルモートの最新曲です」

 そう言って、カズヤは自分の聞いている小型音楽プレイヤーをロジャーに渡した。小さな画面にはフィニアの写真と楽曲名が写っている。

「はぁー」

「ロジャー先輩、この歌聞いたことありますか?」

「いや。それに、あんまり興味ないから聞いてないな……」

「そうなんですか? でも、一度は聞いておくといいですよ! この曲は特におすすめしますよ」

 にこりと笑うカズヤはまだまだ学生のようである。歳は二十二なのだが、それよりは若い見た目をしている。短い黒い髪と、大きな黒い瞳がそう言った印象を与えるのだろう。

 そんな穏やかな雰囲気は、部屋に入ってきたナタリヤの一言によって崩れ去った。

「怪盗から予告状が届いたそうです」

「……何?」

 ナタリヤの鋭い黒い瞳が、じっとロジャーを見つめている。ロジャーが「まさか」と言うとナタリヤは頷いて予告状の詳細を伝えた。

「フィニア・ディ・アキルモートに、彼女のつけているネックレスを盗む、と。時刻は午後九時。コンサート開始時刻です」

「なっ?!」

 カズヤががたん、と大きな音を立てて立ち上がる。

「それじゃあ、コンサートは……中止?!」

「いえ、本人の意思で決行することです。それと」

「それと?」

「コンサート会場内に、警備の者は入れないようにと要請があったそうです。コンサートの邪魔になるから、と」

 ナタリヤの言葉を聞いて、ロジャーの眉間に深い皺が寄った。

「怪盗と警察、どっちが邪魔になるって言ってやがる……」

 呟いてすぐ、ロジャーは部屋を飛び出た。その背中をナタリヤとカズヤも追いかけた。

 

「……怪盗からの予告状、なあ」

 そして、現在。取り出した紙を受け取ったシルヴァは裏表をくるくる返してどうでもよさ気にその予告状を見ていた。

「ならいっそ、コンサート中止したらいいじゃねぇか。そうすりゃ、警備もしやすい」

「いいえ。一度受けた仕事ですから」

 真剣な瞳でシルヴァを見て、フィニアは答えた。

「で? 俺に一体何しろって?」

「私のネックレスを守ってください」

「俺はボディーガードでも何でもない。それなら警察にでも頼め」

「今まで警察は怪盗を捕まえ切れていないのでしょう? なら、名探偵のあなたに任せた方がいいと思いまして」

 フィニアの言葉を聞いてもいまいち、やる気の起きないシルヴァは「断る」と言おうとしたのだが、

「おまかせください! この探偵シルバルヴァ・ゴードンと、わたくし助手のユメリア・メルティーンが必ず怪盗からあなたのネックレスをお守りいたします!」

 頭に受けた強い衝撃と、ユメリアの大声で言葉は遮られた。冗談じゃない、と反論をしようとしたシルヴァだったが、再びユメリアの辞書が頭に直撃する。

「本当に、よろしいのですか?」

「はい! こいつ、中々素直じゃないのでいつもこんな感じなんです。だから、ご安心くださいね」

 ユメリアが喋っている間、シルヴァの頭にはがんがんがんがんとユメリアの辞書が当たっていた。フィニアはその言葉を聞いて安心したような表情になり、「それではおまかせします」と言って、机の上にチケットを置いて事務所を出た。

「……ユミィ、テメェ! 何勝手に受けてやがる!」

「五月蝿いわね! こうでもしなくっちゃあんた一生『面倒』『だるい』『気が乗らない』とか何とか言って依頼受けないつもりでしょう!」

「だからお前が勝手に決めていい理由になるか!」

 ぎゃあぎゃあと二人が言い争いをしていると、事務所の扉が静かに開かれる。そこから顔を出したのはレイラだった。

「声、下まで響いていた」

 レイラのその一言で、二人はぴたりと言い争いを止めた。事務所があるのはアパートの三階。そこからの声が下にまで響いていると言う事はよっぽど大きな声だったのだろう。静かになったシルヴァとユメリアを見てレイラは小さく首をかしげた。

「続き、しないの?」

「誰がするかっ!」

 シルヴァとユメリアが息をそろえて叫んだ。もちろん、その声も下まで響いていた。

 

***

 

 時刻は午後八時五十五分。場所はコンサート会場のホール裏、の大きな木の上。

「やけに今日は警備がお厚いことで」

「だって、あの歌姫のコンサートだもの」

 葉陰に居たのはジーンとアリアの二人である。あたりは暗く、木の上に人が居ることなど誰も気付いていない。

「さて、仕事と行きますか」

 ジーンはそう言って眼鏡を外す。ゆっくりと目を閉じ、開く。すると左目が金色に輝いた。同じくアリアも目を閉じて開くと両方の瞳の色が青になる。そして二人の体が強く輝いた。

 

 時刻は午後八時五十九分。場所はコンサート会場のホール前。

「時間か……」

 ロジャーがぽつりと空を見上げて呟く。月も無く夜空には星が輝いているだけだ。あたりはライトアップされていて、人影があればすぐに見えるような状況である。

 時刻は、午後九時。

「怪盗だーッ!!」

 警備にあたっていた警官の声があがる。ロジャーは声を上げた警官が見ている方を向くと、高い時計柱の天辺に怪盗ナイトメアがマントをなびかせて立っている姿があった。黒い髪が、夜の柔らかな風に揺れている。

「怪盗……出やがったな……!」

 そんなロジャーの呟きが聞こえたのか、ナイトメアはにやりと笑って時計柱から飛び降りた。そして、マントをなびかせてナイトメアはホールに向かって走り出す。

「逃がすなー! 追えー!!」

 誰かが叫び、一斉に警官たちは走り出した。しかしその警官たちの前に、一つの影が空から降りてきた。

「奇術師!」

 影は、奇術師テール・クロス。フッと不敵な笑みを浮べたテールは持っていたステッキを走ってくる警官たちに向けた。

「One」

 テールのむけるステッキの石が白い光を帯びる。

「Two」

 警官たちがテールを取り囲み、飛び掛かる。

「Three!」

 そして、ステッキから強い光が放たれた。パン、とあたりにクラッカーの弾けるような音がした。

「うわぁ!?」

「煙幕だ!!」

「くそ! 追え、追えー!!」

 煙幕が張られた状態で走り出してどうなるか……もちろん、視界が悪い状態で走ったらぶつかり合ったり転んだり、と悲惨な状態になるだけである。

「ったく迂闊に動くなバカヤロウ!!」

 そんなロジャーの叫び声も聞こえない警官たちは走る転ぶ叫ぶなどの醜態を晒していた。ロジャーは舌打ちをして、「カズヤ、ナタリー!」と叫んだ。ロジャーのすぐそばで控えていた二人はすぐにロジャーの下に駆け寄り、ホールを見た。

「逃がすな。鼠が入ったら、コンサートも元も子もねえ」

「はい!」

 二人が勢いよく返事をすると、ロジャーは頷いてホールに向かって走った。

 

***

 

 会場ではフィニアの歌声が響いていた。多くの観客の中に、眠そうな顔をしたシルヴァがいた。

ユメリアが散々行きたいと言っていたが、学校の課題か何かのせいで行けないことになった。レイラは元々興味が無いと言っていたので、しぶしぶシルヴァが行くはめになったのだ。

「……ふあ」

 と、シルヴァがあくびをすると隣の席の男が無理な咳払いをした。シルヴァは視線を反らして、腕時計を見た。九時になったというのに、怪盗が現れる様子は無い。表で警察ががんばってくれているのか、と思いながらステージ上にいるフィニアを見た。胸元のピンクのネックレスが強く輝いているようにシルヴァは思った。

 そのとき、フッと会場中のライトが消えた。眠気に襲われていたシルヴァだったが、それに頭が覚醒した。

「怪盗…………!」

 会場が突然の暗闇にざわつく。シルヴァは暗闇の中目を凝らして辺りを見ていたが、鼻に何か異臭を感じた。何か、煙たい。

「火事だー!!!」

 会場の誰か、男の声にあたりに混乱の火が一気についた。人々は我先に、と扉に向かって走る。

「落ち着け! これはフェイント……!」

 シルヴァは叫ぶが、そんな叫びを聞く余裕のある者は一人としていない。シルヴァはステージのフィニアに向かって走ろうとしたが、逃げ出そうとする人々の波に逆らうことは不可能だった。

「っ、フィニア!!」

 ステージ上のフィニアは混乱していた。こんな時なら普通スタッフか誰かが来て自分を誘導してくれるはずなのに、と辺りを見た。気付いたら、会場からはフィニア以外誰もいなくなっていた。

そのときステージにライトが灯り、一つの拍手が会場に響いた。

「フィニア・ディ・アキルモート」

 拍手をしながらステージの幕から現れたのは、怪盗ナイトメアだった。その姿を見て、フィニアの表情は引きつる。

「怪盗、ナイトメア……これを、奪いに来たの……?」

「ああ、そうさ」

 フィニアはギュッと胸元で輝くピンクのネックレスを握った。

「あなたなんかには渡さないわ!」

「そんなに大切な物なのか?」

「そうよ……これはね、たいした価値は無いかもしれない。けれど、これさえあれば私は歌い続けることが出来るのよ!」

 そう叫ぶフィニアの表情は必死そのものだった。歌姫、という言葉の欠片すら感じさせない剣幕があった。

「ネックレスだけで、か?」

「これにはね、特殊な力があるのよ……私を歌わせてくれる、特殊な力が……」

 フィニアの言葉に、ナイトメアは確信した。

「あなたは知らないでしょ? この宝石の力を……」

「どんなものか、教えていただきたいな」

 そんなナイトメアの挑発の言葉にも気付かないフィニアはにやりと歪んだ笑みを浮べた。

「昔、存在していたと言われる『魔術』。そう、この中には『魔術』の力があるのよ!」

 握り締められていたフィニアのネックレスから、桃色の光が溢れた。『魔術』の、暴走する輝き。

「私はね……誰かを元気付けるために歌いたかったのよ。そう、幼い頃から母さんのために歌っていたの。病気がちなかあさんだったけれどね、私の歌を聴いたら元気な笑顔を見せてくれたの……」

 フィニアの言葉を、ナイトメアは何も言わず無言で聞いていた。

「けれど、歌の道はそんなに甘くないわ。歌姫、なんて幾らでもいる。誰かのためなんて、歌ってられないのよ。母さんだって……私の歌を聴いても、元気になってくれなかったのよ」

 脳裏に浮かぶのはフィニアが駆けつけた時にうっすらと目をあけている母。細い目で、フィニアを見つめ、何かを言った。

「歌っても歌っても、誰にも認めてもらえない。どんなに歌ってもありふれた歌声。でもね、……この宝石を手に入れてからは違う」

 桃色の瞳がナイトメアを見つめていた。ナイトメアの瞳も、じっとフィニアを見つめている。

「あなたはただ、私が持っているからとかそんな理由で手に入れたいのでしょ? 他の宝石なら幾らでもあげるわ。けれど……これを奪うことは、許さないわ」

「お前は、それで歌って満足なのか?」

 びくり、とフィニアの肩が震えた。

「今のお前の歌声は、その宝石の力で手に入れたものなのか?」

「そうよ! 誰にも真似できない、『硝子の声』よ!」

「……それで、満足か?」

 同じ問いをナイトメアはする。金色の瞳に映るフィニアは真っ青な顔をしていた。ネックレスを持つ手が、体が、震えている。

「何を、言ってるのよ……」

「何の為に、お前は歌っているんだ」

「誰かに認めてもらうためよ! そう、この声さえあれば、私は認められる! 歌姫で在り続けれるの!」

「何が歌姫だ!!」

 ナイトメアが叫ぶ。フィニアの目が大きく開かれた。

「お前は、認められるために歌うのか? 歌姫であるために? 『硝子の声』であるために? 違うだろう」

 金色の瞳が、輝き始める。

「お前の歌を聴く、誰かのために歌うんじゃないのか。元気付けるために、じゃないのか」

「違う……」

 ネックレスの桃色が、ゆらゆらと揺れる。

「お前の母さんは、お前に歌姫になってもらいたかったのか? 歌姫であるお前の、歌声が聞きたかったのか?!」

 そのとき、フィニアの記憶が鮮明に甦った。

 

***

 

 母の容態が悪化したと聞いたフィニアは仕事を打ち切って、病院へと向かった。様々なチューブや機械がつけられた母の姿は今まで以上に小さく見えた。

「母さん、母さん!」

 フィニアが叫ぶと、うっすらと開けられた目で母がフィニアを見つめた。

「フィリ……ア……」

「母さん! しっかりして、母さん!」

「あ……た、の…………のぞ、む……」

「無理しちゃ、駄目よ! 母さん、お願い……置いてかないで…………!」

 フィニアがベッドの横で膝をついて泣きはじめると、母はゆっくりとフィニアの手に自分の手を乗せた。

「あなた、の……望む、歌を…………歌いなさい……。あなたの歌は……、きっと…………」

 きっと、誰かを救うことができるから。

 私が、救われたように。

 

***

 

「あっ……ぁ……」

 ステージ上でしゃがみ込んだフィニアの口から、嗚咽が零れる。桃色の瞳からは大粒の涙が零れていた。握り締めていた手の力が弱まり、桃色のネックレスが床に落ちそうになった。が、素早くそれをナイトメアが掴む。

「私、は…………」

「安心しろ。お前は、少し忘れていただけだ」

 先ほどとは違う、穏やかな口調でナイトメアは言う。

「お前は、お前の歌を歌えばいい。お前が望む、歌を」

「私の望む、歌……」

 ナイトメアの持つネックレスからは先ほどまでの輝きはなく、宝石からは完全に色が失われていた。

「フィニア・ディ・アキルモート。お前のネックレスは、頂いた」

 そう言うと、ナイトメアは姿を消した。

 

「逃がすなー!! あっちだー!!」

 ホールの屋根から現れたナイトメアの姿を見て、警官たちは再び走り出す。ナイトメアは余裕、と言いたげな表情で屋根から飛び降りる。しかし、着地した地面が何か違うことに気付いた。

「うぉお?!」

 ぼこり、と地面が浮き上がったと思ったら網に引っかかっていた。どうやら地面に仕掛けられた網の罠に吊るされたらしい。

「なんて典型的な……」

 と、ナイトメアが呟くとあたりに「おーっほっほっほっほ!」という少女の甲高い笑い声が響いた。

「引っかかりましたね、怪盗ナイトメア! これであなたは逃げられませんよ!」

 勝利を確信した笑みを浮べて高らかに宣言したのは、ユメリア。実は課題でいけないと言うのは嘘で、ホールの周辺にトラップを仕掛けていたのだ。

「いや、それってお前も逃げられないじゃん」

 ナイトメアの言う通り。ユメリアはナイトメアと同じく網に吊るされているのである。しかも辺りを見たら、警官や刑事、そしてシルヴァも同じように引っかかっている。

「ユミィ! 何でこんなあたり構わず仕掛けた!」

「だって、数ありゃ当たるって言うでしょう! だからいけるかなって思ったのよ!」

「ユメリア! あなた、課題が終わってないんじゃなかったの!」

 シルヴァの次に叫んだのはユメリアの姉、ナタリヤ。もちろん、彼女もユメリアの罠に引っかかっていた。

「だって、私探偵の助手だもん! それに、お姉ちゃん絶対に手伝わせてくれないじゃない!」

「当たり前でしょう! あなたはまだまだ子どもなんだから!」

「お姉ちゃんと七歳しか変わんないもん!」

「余計なことは言わなくていい!!」

 どこか路線のずれた言い争いをしているメルティーン姉妹を尻目に、ナイトメアは隠し持っていたナイフで網を既に切っていた。

「あっ!」

「ざーんねん。これぐらいの罠じゃ、まだまだ捕まえらんねーよ」

 舌を出して、ナイトメアはにやりと笑う。そして素早く暗闇の中へと消えていった。

「逃がすなー!! 追えー!!!」

「誰が追えるかっ!!」

 ロジャーの叫びに、ナタリヤとカズヤが同時に叫ぶ。俺、何やってるんだろ……とシルヴァは眉間に皺を寄せてため息をつくしかできなかった。

 

***

 

 翌日。時刻は午前十時。

 新聞の一面は、やはり怪盗ナイトメアの記事が独占していた。今回もカメラに向かって小さく微笑んでいる写真がトップに踊っている。

 喫茶店のオープンテラスに、一人の女がいた。すっぽりと帽子を被って、サングラスをかけているその女はほお杖を付いて小さく歌を歌っていた。どこか田舎臭い、だからこそ懐かしみのある優しい歌を。

「どうぞ」

 そんな女の元にカフェラテを持っていったのはジーンだった。突然持ってこられたカフェラテに驚いて、ジーンの顔を見る。

「注文、していないですけど……」

 するとジーンは少し店内を見て、隠れるように小さく言った。

「僕からのサービスです。あ、店長や他の店員には内緒にしてくださいね」

 少し子どもっぽい笑顔を浮べるジーンをみて、女も微笑んだ。

「わかったわ。ありがとう」

「綺麗な歌声ですね。『硝子の声』なんか、越えちゃうぐらい」

「そんなこと……」

「あんな石に頼らなくてもいいじゃないですか」

 突然の言葉に、女ははっとした。辺りを見ると、既にジーンの姿はない。もしかして、夢? とも思ったが、もう気にしないことにした。カフェラテを一口飲んで、桃色の瞳を穏やかに細めて、再び女は歌いだす。

 彼女の望む、誰かのための歌を。

 

END

 

 

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