マグウェルの宝 橙を舞う踊り子

 

 雨の日だった。

 暗い部屋の中に響くのは、雨が屋根や地面や窓ガラスを叩きつける音だった。

 彼女の目の前には、誰かの背中があった。背中の人物は、彼女の兄。両手を広げ、彼女を守っている。

 そして、彼の目の前には誰かがいた。暗い部屋のために、向こう側に立つ人物の姿がよく見えなかった。

「……どうして、邪魔をする……?」

「お前のしていることは、間違っている……!」

「間違い、などでは、ない……!」

 意識が不安定な彼女には、その二つの声が誰のものかわからなかった。

 どうして、こんなことになったのだろうか。ふらふらとする意識の中で彼女は必死に考えた。どうして、こんなことになったのか。

「どうして……!」

 呟いたと同時に彼女の意識は完全に闇に落ちた。

 

***

 

 時刻は午前二時。場所はアリアの寝室。

「夢……」

 外の雨と風によって窓ががたがたと音を立てている。

 目覚めたアリアの顔には大きな汗の粒がついていて、首筋も冷たく濡れている。荒い呼吸をしたアリアは、顔を手で覆った。

「もう、昔のことよ……。どうして、思い出すの……?」

 何度忘れたいと願ったことか。それでも、アリアは忘れることができなかった。強く閉ざされた目の端から、涙の筋ができた。それは汗と混じり、アリアの胸元に落ちる。

「どうして……あんなことに……」

 小さな震えた声で問うアリアの言葉に答える者はなく、室内は雨が窓を打ちつける音で包まれていた。

 

 それから夜が明けて、時刻は午前七時。

「おはよう、兄さん」

「ああ。おはよう、アリア」

 朝食の準備をするジーンはにこりと微笑み、アリアの方を向いた。いつもと変わらぬ兄の微笑を見て、アリアはほっとしたように小さな息を吐いた。それからテーブルについて、二人は向かい合って食事を取りはじめた。

「アリア、どうしたんだ? 顔色が、悪いみたいだけど」

「……夢、見たの」

 アリアの言葉に、ジーンの手が止まった。何の夢か、言わなくてもわかっている。

「そう、か」

「ねえ、兄さん。私、訊きたい事があるの」

「何だ?」

「あの男は、一体何者なの?」

 アリアの言う、あの男。それは、ジーンが最も思い出したくない人物だった。

「あの、銀髪の男。金の目を持っていたし……、それに、兄さんのことも知っていた、ようだし」

「アリア、あの男は危険だ。絶対に近づくな」

「そんなことが聞きたいんじゃないの! 私は、あの男が」

「アリア」

 身を乗り出して叫ぶアリアに、ジーンが強く制止の意味をこめた声を上げた。その大きな声に、アリアの肩がびくりと震える。

「奴は、宝の力も知っていて、使いこなせる。そして、宝を狙っている」

「……うん」

「だから、お前は近づくな。あの男に、関わるな」

 ジーンは目を閉じて、小さく息を吐いたあとにアリアの方を向く。その表情は穏やかなものとなっていた。

「さあ、早く食べよう。せっかくの朝ごはんが冷えちゃうからね」

「……うん」

 明らかなジーンの変化に、アリアは内心疑問を抱いていた。それでも、アリアはジーンに問うことができなかった。

 

***

 

 時刻は午前十時。場所は病院のある病室。

「……今日は、雨か」

 入院中のリーザス・ナーティロットは見つめていた窓から視線を落として、ふとんの中に入っている自分の足を見てため息を吐いた。

「きっと今ごろ、練習か……。あと、少しなのに……」

 自嘲するような笑みを浮かべて、リーザスは自分の足を見つめる。その時、病室の扉がノックされた。はっと顔を上げて、扉に向かい「どうぞ」と声をかけると、看護師が部屋に入ってきた。

「リーザスさん、お届け物です」

「届け物? 誰から?」

「渡せばわかる、と仰っていましたが」

 リーザスは眉間に皺を寄せて、首をかしげた。自分が入院していることは、一部の人間しか知らないはずだ。それなのに、と思いながら看護師から小さな箱を受け取った。それはアクセサリが入っているような箱だった。

「どんな人だったの?」

「男性でしたよ。名前は……確か」

 看護師が言った名前に聞き覚えのなかったリーザスは、きっとファンの一人が自分の入院を突き止めてきたのだろうと思い、看護師の言うその他の特徴を聞き流して、箱をいろいろな角度から見た。

「それでは失礼します」

 看護師が部屋を出て行ったあと、リーザスは箱を開いた。中には銀のチェーンと橙色の宝石が見えた。

「何? ブレスレット?」

 それを持ち上げると、橙色の宝石が光にあたってきらきらと輝いた。リーザスの表情が、わずかに曇る。

「……アンクレット」

 入院場所を突き止めたということは、きっと入院した原因も知っているはずだ。それなのに、こんな贈り物をするなんて。リーザスは自分の足を見つめて、小さく息を吐き出した。

「私にアンクレットなんて……悪趣味な男」

 リーザスは窓の外を見ながら、鼻で笑った。外は、ざあざあと雨が降っている。

 

 

 

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