マグウェルの宝 偽りの青薔薇

 

 願いを叶えてくれる魔法の石。そんな、都市伝説のようなものの一つとして『マグウェルの宝』と呼ばれる石がある。手に入れた者は大きな力を手に入れる事ができて、その力で願いを叶えるという。

 その石には遥か遠い過去に存在したと言われる『魔術』の力を秘めているといわれている。ただし『魔術』の力は無限ではなく、対価を必要とする。それ故に『マグウェルの宝』は呪いの石、と称されることもある。

 しかし、『魔術』も『マグウェルの宝』も伝説の一部、もしくは都市伝説の一つという扱い。存在しない架空のもの。人々は、そう思っている。

 

***

 

 男は女に言った。

「愛なんて、一瞬のものなのです」

 女は男を見つめて言葉を待つ。そんな期待の眼差しに答えるように、男は目を細めて微笑んだまま言葉を続けた。

「けれど美しさはそうではない。美しさで愛を得ることなんて容易いのに」

「……そう、ね」

 女の声はかすれていた。外で降る雨の音に消えてしまいそうだった。そんな声を聞いた男は口元を更に上げた。

「そう。だから、貴女にこれを」

 男は女に何かを差し出した。

「これは……?」

「貴女の願いを叶える、力ですよ」

 女の瞳にそれが映る。青く、青く、それは輝いた。

 

***

 

 時刻は午前十一時。場所は喫茶店のテラス。

「今日はいい天気ですね、昨日と違って」

「ああ、そうだな」

 ジーンの言葉を聞いてシルヴァはどうでもよさそうな返事をしてコーヒーを飲む。予想通りの反応にジーンは苦笑を浮かべながら空を見上げる。雨上がりの空はどこか透き通って、町は水溜りでキラキラと輝いているように思えた。

「あ、そういえば昨日の新聞読みましたか?」

「あー、読んだようなそうじゃなかったような」

「特集に、名探偵の話があったんですよ」

 と、何気ないジーンの言葉にシルヴァの眉がぴくりと反応した。

「世界の名探偵、の話で。架空の探偵とかもあって、その中にあったんですよ」

 にこりと子どものような笑みを浮かべてジーンは言う。

「名探偵『ゴールド・アイズ』の話」

「へぇ」

 その探偵の名を聞いたシルヴァの表情はいつもと変わらぬ「どうでもいい」と言いたげなものだった。そんな顔をするシルヴァの表情を見てジーンは少しつまらなさそうな顔をする。

「シルヴァさん、興味ないんですか? 同じ探偵なのに」

「次元が違うだろ、次元が。俺はご町内の平和を守る、私立探偵さ」

 と、言っているシルヴァだが、彼こそがこのイノライズ国で活躍している『ゴールド・アイズ』その人なのである。しかし、シルヴァはそんな自分の素性を表には出さず、普段は街で小さな探偵事務所を開いているだけ。誰も、シルヴァが『ゴールド・アイズ』であるとは考えていない。

「って、普段から平和じゃないですか、この街」

「いいじゃねえか、俺が平和になれるし。平和万歳だぜ」

 シルヴァは新聞を広げて、少し楽しそうに言う。

「まるでシルヴァさんとは真逆の人みたいですね、『ゴールド・アイズ』って」

「どうせそんなのは都市伝説みたいなもんさ。いるかどうかすらわからないって奴だ」

「そんな……シルヴァさんは気にならないんですか? 素性不明の名探偵、『ゴールド・アイズ』が何者か」

 ジーンのさりげない問いに、シルヴァは一言で返した。

「どうでもいい」

 

***

 

 時刻は午後一時。場所は聖クロス・リュート学園のある教室。

「不審者、ですか……」

「そうですよ。最近、若い女性を狙う怖い事件があるそうなんです」

 女子生徒たちが不安げな表情を浮かべてそんな会話をしている。そんな女子生徒の中にアリアもいた。

「なんだか不気味で、怖いですね……」

「何でも夕方から夜にかけて出るとか」

「なるべく早めに帰るなりした方がいいですね! 寄り道なんてできませんね」

「せっかく今日喫茶店によって帰ろうと思ったのに……」

 最近、若い少女を狙って不審者が声をかけるという事件が起こっている。暴行を加えられることや、誘拐されることは無いものの、ただ声をかけるだけと言うのも不気味な事件である。

「あーあ、私にもアリアさんのお兄さまみたいな頼りのある兄が欲しかったわ」

「私の、兄みたいな?」

 ある女子生徒の言葉にアリアは驚きを隠せなかった。しかし、他の女子生徒も「そうそう!」と先ほどの生徒に同意し始めた。

「そうよね、ジーンさんはとても優しいし、アリアさんとも仲がよろしいし」

「でも、頼りがあるかと言われたら……」

 ジーンが頼りないわけではない。アリアはもちろんそう思っていたけれど、普段の様子を見ているとそうは思えないのだ。どちらかと言うと、頼りがある様子を隠しているのだが。

「私の兄よりは、探偵のシルヴァさんのほうが、頼りがいがありそうな気がしますよ」

「そんなことはありませんよ」

 アリアの言葉の直後に返答をしたのは、その探偵の助手であるユメリア。どこか気だるげな表情をして、ユメリアは言葉を続ける。

「シルヴァなんてただの面倒くさがりですよ。というより、フリーター? そう、フリーターです。仕事もまともにしないし、事務所にいても本読むか、新聞読むか、寝ているかのどれかです」

「でも、いざという時には活躍してくれそうじゃない」

 別の女子生徒が言うと、ユメリアは強く首を振って否定をあらわした。

「ない。絶対にない!」

「……そこまで、ですか?」

「そこまでですよ、アリアさん。アリアさんは勘違いしてるんです! シルヴァなんかよりもジーンさんのほうが頼りがいもあって、優しくて、正に理想的なお兄さんですよ!!」

 高らかにユメリアが言うと、他の女子生徒もぱちぱちと拍手をする。そんな一同の様子を見てアリアはただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

***

 

 時刻は午後五時。場所はアリアとジーンの住むアパートの一室。

「……ありえないわ」

「へ?」

 家に帰ってきてから険しい顔をする妹の言葉に、ジーンは素っ頓狂な声を上げる。そしてアリアはもう一度頷いて「うん、ありえないわ」と言った。

「何がありえないって? さっきから人を睨み飛ばして」

「睨んでなんかないわ。ただね、兄さんって『頼りのあるようなお兄さん』って感じじゃないって思って」

「……何の話?」

 全く状況がつかめないジーンは首を傾げてアリアをみる。しかしアリアは一人納得しているようで小さくうんうんと頷いている。

「兄さんは頼りのある、って感じじゃないもの」

「そうかな?」

「ええ」

 アリアの確信のある頷きにジーンはふう、とため息をつく。

「頼りないなら、何で僕と一緒に帰るんだ? ほかの誰かと帰ればいいだろう」

「兄さんが心配性だから、私が何も言わなくても迎えに来てくれるからでしょう」

 にやり、そう笑うアリアにジーンは言葉を失った。

 

***

 

 同時刻。場所はメルティーン家。

「珍しい、姉さんが帰ってきてるなんて」

「あら、帰ってちゃ駄目だった?」

 家に帰ってきたユメリアはリビングのソファに座る姉のナタリヤを見て意外そうな声を上げた。普段は警察署の近くにある寮で生活をしているため、ユメリアは久しぶりに家で姉の姿を見ることになる。

「数日休暇をもらったのよ。だから里帰り」

「里帰りって……別に里っていうほど離れてないでしょ」

「まあそうだけど」

「ナタリヤ、ユメリア。ご飯食べましょう」

 と、二人の会話に入ってきたのは母ミリノア。母の声を聞いて二人は食卓についた。

「久しぶりね、こんな風にナタリヤと食べるのも」

「あれ、父さんは?」

「最近はずっと深夜に帰ってくるの。全然父さんの顔見てない」

 ユメリアとミリノアははぁーと大きくため息をついた。

「ああ、そういえば最近不審者が出てるらしいわよね……ユメリアもナタリヤも気をつけなさいよ」

「ユメリアはわかるけど、私にまで言わなくて良いんじゃないの?」

 ナタリヤはミリノアの言葉に苦笑いを浮かべる。狙われるのは十代の少女が多い。二十代の自分はさすがにその不審者に狙われることはないだろうとナタリヤは思っていた。

「でも気をつけてちょうだいよ……ああ、あとナタリヤ」

「はい?」

「マリオンおばさんのお見舞い、明日行ってくれる?」

 マリオン、と名を聞いてナタリヤとユメリアの頭の上に疑問符が浮かぶ。そんな二人の顔を見てくすりとミリノアは笑った。

「ああ、そうよね。二人ともマリオンおばさんに会ったのは小さな頃だったものね」

「全然覚えてない……確か、病気でずっと家にいるんだっけ?」

「そうそう。でも最近体の調子が良くなったらしいから……いい、ナタリヤ?」

「ええ、構わないわ。明日も特に予定は入ってないし」

「じゃあ、お願いするわね」

 ナタリヤは頷いて、コーヒーを飲んだ。

 

 ***

  

 翌日。時刻は午前十一時。場所はマリオン・ローズメイルの住む館の前。

 ナタリヤはミリノアから渡されたお見舞いの品を持って家の前にいた。館の中は昼なのだが明りは灯っていなく、中に人がいるのかよくわからない様子である。もしかして、外出しているのかもしれない。ともかく、とナタリヤは門についているチャイムを鳴らした。

「ナタリヤ・メルティーンです。マリオンさんのお見舞いに来ました……」

 返事はない。やはりいないのだろう、と確信したナタリヤが帰ろうと門に背中を向けたそのとき。

 ぎぎぎ、ぎぃぃぃぃぃぃ

「……え?」

 振り向くと、門は開かれていた。自動で開くような扉だったのだろうか。ナタリヤは門の向こう側にある館を見る。

「入って、いいのよね……」

 少し不安を抱きながらナタリヤは門をくぐった。館の前に広がる庭には様々な色の花が咲いていて美しく輝いているように見える。普段はローズメイル邸周辺を通らないナタリヤは感激しながら歩いていた。

「こんな場所があるなんて、知らなかったわ……綺麗……」

 そして館の扉の前にナタリヤが着くと、扉がゆっくりと開かれた。

「いらっしゃい、ナタリヤちゃん」

「マリオンおばさま!」

 扉の向こうに現れたその女性の顔を見て、ナタリヤの記憶ははっきりと甦った。栗色のロールがかった長い髪、深い青色の瞳は柔らかく細められている。

「お久しぶりです。私のこと、覚えていらっしゃいますか?」

「ええ、忘れるはずないでしょう? ナタリヤちゃん、もうこんなに大人になったのねぇ」

「おばさまは、相変わらずお綺麗なままで」

「あら、そんなこと言われると照れちゃうじゃない」

 くすり、とマリオンは笑いながらナタリヤを家の中に入れた。

「おばさま、元気そうで何よりです。ずっとご病気だって聞いていましたから……」

「ナタリヤちゃん、そんなにかしこまらなくていいのよ? 昔どおり接してくれれば」

 昔、と言ってももう十年以上前のことである。幼いナタリヤはよくマリオンの館に行っていた。そうだ、とナタリヤは窓の向こう側から見える庭をみた。

「この庭も、昔のまま……」

「忘れてた?」

「だって……おばさま、もう十年以上も経ったのよ? 忘れちゃうのも、仕方ないじゃない」

 そう言うナタリヤの表情は柔らかくなっていた。その表情を見てマリオンの表情も和らぐ。

「そんなに経ったのね……あなたも、あの時はこんなに小さかったのに」

「やだ、おばさま。本当に昔のことなんだから、私だって大人になるのよ」

「それもそうね。でも今が一番楽しいときでしょう?」

 二人は向かい合う椅子に座って話を続ける。

「楽しい……って言うよりは、今は仕事一本って感じかしら」

「あら。ナタリヤちゃんは何のお仕事だった?」

「これでも、刑事なのよ」

 少しだけ誇らしげに、ナタリヤは言う。マリオンは「刑事……」と小さく呟き、ナタリヤの顔から全身までをゆっくりと見た。

「けど、今が一番若くて美しい時よ? 恋の一つや二つ、ないのかしら」

「恋?」

 と、言われるがナタリヤは首をかしげるだけだった。同僚のカズヤとはそんな仲ではないし、先輩のロジャーとはもっとそんな関係ではない。

「今は仕事一本よ、マリオンおばさん」

 

 

 

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