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雨の音が小さくなりつつある頃。
いつの間にかレイラの膝では白い猫が眠っていた。レイラはじっと無表情で眠る猫を見つめて、部屋の奥の椅子に座っている。
「…………」
「寝ちゃったみたいですね。移動させますか?」
「動かしたらすぐ起きるだろうな」
ユメリアの提案にシルヴァがすぐに指摘を入れる。そんな会話を聞いても、レイラは表情一つ変えずに猫を見つめ続けていた。
と、そのとき。事務所の扉がノックされる音が響いた。その音を聞いてユメリアが勢いよく扉の方を見たが、それより先に珍しく、シルヴァが動いていた。
「え?!」
「お前は動くな。わかったか」
ユメリアを指さしながらシルヴァはそう言って、扉に向かった。ユメリアが行ったら勝手に依頼を受けてしまうだろう。それを想定したシルヴァはさっさと客払いをしてしまおうと思いながら扉を開く。しかし、
「こんにちは、シルヴァさん」
予想もしていなかったその穏やかな微笑みを浮べるジーンをみて、シルヴァは一瞬言葉を失った。
「……ジーン? お前の店は、いつから出前のサービスをするようになったんだ」
「いえいえ、お客さんを連れてきたんですよ」
にこりと笑うジーンから出てきた『お客さん』という言葉に、シルヴァの表情は引きつる。一方、部屋の奥から様子を見ていたユメリアはその単語を聞き逃さなかった。
「お客さんっ?! どうぞ、上がってください!」
「ユミィ、お前……!」
「それでは、おじゃまします。あ、どうぞ上がってください」
「ジーン、お前も勝手に入れるな!」
「いいじゃないですか、シルヴァさん。せっかくお客さんが来たんですから」
そう言いながらジーンは事務所の中に入る。続いてアリアと、もう一人シルヴァの見知らぬ女性がおろおろとした様子で事務所に入った。こうなると追い返すこともできないシルヴァは諦めのため息をついて、ジーンたちを接客用のソファに座らせ、自分のデスクについた。
「それで、用件は何だ? さっさと言え」
「シルヴァ! あんた、お客様に対してどういう態度取ってるわけ?!」
と、ユメリアの怒鳴り声と同時にシルヴァは頭に強い衝撃を受けた。ユメリアがいつの間にか持っていた辞書は見事シルヴァの頭に落ちている。あまりの強い衝撃に、さすがのシルヴァも声を発する事ができず、机に突っ伏せた。
「すみません、このアホ探偵ってば、全然言葉遣いがなってないもので……」
「い、いえ……」
女性は完全に混乱している様子で、苦笑いを浮べている。女性がうまく話を切り出せないでいる様子に気付いたジーンはシルヴァとユメリアの方を向いて説明を始めた。
「実はこちらの方、飼い猫が行方不明になっているみたいで」
「猫?」
ユメリアが意外そうな声を上げて、女性に視線を向ける。
「え、ええ……。白い子猫で、黄色い首輪を……」
「だから、僕らがただ探すよりもシルヴァさんの協力があったほうがいいかなあと思いまして」
ジーンが言うとシルヴァはゆっくりと顔を上げた。
「良かったな、事件は解決だ」
言葉の意味が解からないジーンとアリア、そして女性はじっとシルヴァを見つめる。
「その猫なら、レイラがもう見つけてる」
くい、と顎を動かして部屋の奥を指す。そこには猫を抱えて椅子に座るレイラの姿があった。
「レイン……!」
女性が表情を輝かせて猫に駆け寄ろうとしたが、立ち上がったシルヴァが女性の方に手を乗せた。
「ちょっと待ってくれないか」
突然の言葉に女性はぱちぱちと瞬きをする。ジーンたちも良くわからない、といった表情で見ていたが、アリアが小さく「あ、」と声を上げた。
「レイラさん、眠ってる……」
座ったまま、レイラは眠っていた。膝にいる猫も、レイラと同じように小さな寝息を立てて眠っている。そんな様子に気付いた女性は小さく笑った。
「じゃあ、雨が止むまでここにいてもいいですか?」
***
雲が少しずつ薄くなって、日の光が見えてきた。
「……寝てた」
唐突に声を上げたレイラに一同はびくりと反応した。いつの間に目が覚めたんだ? と思っていると、レイラの膝にいた猫も大きく伸びをして、それから女性の下に走っていった。
「レイン、おはよう」
女性が言うと、それに答えるように猫は大きな口を開けてあくびをした。そんな微笑ましい光景を見て、ジーンとアリアの表情は和んだように柔らかくなっていて、ユメリアもよかった、と言いたげな表情をしている。
「でも、良かったです。すぐに見つかって」
「本当にありがとうございます。雨の中、風邪でもひいたらどうしようなんて思っていて」
「礼ならあいつに言ってやってくれ」
気だるげにシルヴァはレイラの方を向きながら女性に言う。
「あいつが拾ってきたんだよ、そいつ」
それをきいた女性は頷いて、レイラの元に向かった。
「本当に、ありがとうございます」
「…………」
レイラは小さく、頷いた。
それから女性は猫を抱えて事務所を出て、ジーンとアリア、そしてユメリアも家に帰った。事務所内は先ほどまでのにぎやかさが嘘のように静かになった。そんな静けさの中、シルヴァは机の上に放置していた本を開いて読み始めていた。
「……シルヴァ」
視線を小さな声がした方に向けると、レイラがじっとシルヴァを見つめていた。いつもと同じ、感情を映さない瞳に、シルヴァは映っている。
「どうした?」
「……よかった」
レイラの瞳はわずかに柔らかい色を見せていた。それは、窓の外からさす日の光のせいだけではないとシルヴァは思った。
「一緒にいる人が、見つかって」
まるでそれは、自分に言い聞かせているようで。
「…………ああ、そうだな」
雨の中、出会うなんて。そう思いながら、シルヴァは小さく微笑んだ。