マグウェルの宝 雨の日、あなたと出会う

 

 雨は、降り続けていた。

 昨日からの雨は止む様子もなく、けれどひどくなる様子もなかった。

「はぁ……」

 雨が降ると、何故か人はため息をつく回数が増える。と、考えたのは現在ため息をついたユメリア・メルティーンであった。聖クロス・リュート学園の図書館で本を読んでいたのだが、視線を窓の向こう側に変えてぼんやりと外を見つめている。空は灰色、しばらく青空は出ていない。

「ユメリアさん、どうかなさったんですか?」

「え?」

 そんなため息をついたユメリアに声をかけたのは、アリア・ローレイズ。心配そうな顔をしてユメリアの顔を覗き込んでいた。

「すみません、アリアさんに心配かけてしまったみたいで」

「そんなことないですよ。それで、何かあったんですか?」

「いえ、全然。ただ……」

「ただ?」

「雨、ずっと降ってるなあって」

 ユメリアの言葉を聞いたアリアは、視線を窓に向けた。確かに、雨はざあざあと降り続けている。

「そうですね……。天気予報も、しばらく雨が続くって言ってましたし」

「なんだか雨が降り続けると元気なくなりませんか? 学校行く時も、びしょびしょになっちゃうし」

「それ、わかります」

 くすりとアリアが笑いながら答えると、ユメリアも微笑む。

「それで、アリアさんも読書ですか?」

「ええ。ちょっと雨が弱まるのを待って、帰ろうと思っていたんですけど……」

「しばらく弱まりそうにないですね」

 ユメリアの言葉を聞いてアリアは小さくため息をついた。

「あ、私も出ちゃいました……」

「やっぱり、これ私だけじゃないですね! きっと人類共通ですよ」

「ですね、絶対」

 二人は同時にふきだして、くすくすと笑った。

 

***

 

 雨は止む様子を見せない。

「これじゃ、お客さんもしばらく来ないだろうねえ」

 喫茶店でため息をついたのは店長。そのため息を受けて、店員のジーン・ローレイズも苦笑いを浮べた。

「雨だとやっぱり、人の出が少ないですからね。仕方ないですよ、店長」

「うーん、こんなに少ないと寂しいなあ……」

「常連さんの足もないですから」

 と、ジーンはいつもならテラスで新聞を読む男の姿を思い出しながら言った。そして厨房に向かい、皿洗いをする同僚のレイラ・ソーディルを手伝う事にした。

「手伝いますよ」

「……」

 相変わらず無表情で無口のレイラはジーンの言葉に一切反応せず、ただ皿を洗い続けていた。

「そういえば、シルヴァさんも家に居るんですか?」

「……雨、だから」

 答えになっていないような、なっているような。レイラが洗った皿を拭きながら、ジーンは外を見た。

「確かに、雨だと外に出たくないですよね」

「……」

「早く晴れてほしいなあ……」

 願望に近い呟きを零し、ジーンは皿を拭く。レイラはただ黙々と皿を洗うだけだった。

 

***

 

 ざあざあと、雨の音。

 その音は、嫌に響いていた。

「誰だ、こんなの作った奴は」

 警察署のとある一室、窓に吊るされているそれをみて刑事のロジアル・ハスフォードはあきれた顔をした。

「はい、僕です!」

 と、元気よく返事をしたのは彼の部下、カズヤ・ナガナミ。やっぱりな、とにこにこ笑うカズヤの顔を見てロジャーは小さく息を吐いた。そして、ロジャーは吊るされているそれを指でつん、とつついて揺らした。

「で、何だこれは?」

「てるてる坊主、って知りませんか?」

「てるてる……?」

 疑問符だらけのロジャーの言葉を聞いてカズヤはにやりと自信有り気な笑みを浮べる。

「僕の国ではやってたんですよ、雨の日にこうやって吊るすのを」

「何で?」

「雨乞いの逆……晴れ乞い、みたいな感じです」

「でもこれ、なんだか可愛いわね」

 と、今までパソコンで書類と向き合っていたナタリヤ・メルティーンが顔を上げて小さく微笑んでいる。視線の先にはカズヤの作った、てるてる坊主があった。すこし歪な、そのてるてる坊主はくるくると回っている。

「可愛い、か?」

「可愛いですよ。でもちょっとバランス悪いわね」

「えー、そうですか?」

「おーい、お前らー」

 完全に会話についていけないロジャーに対して、てるてる坊主について盛り上がるカズヤとナタリヤ。

「全く、お前らはそういう話で盛り上がるのが好きだな……」

「先輩も作りませんか? これ」

「そうですよ、数はあるだけ効果あるかもしれませんし!」

「しれませんし、ってカズヤ。……せめて効果を確かめてから作らせろよ」

「もしかして先輩、自信ないんですか?」

 少しだけ、挑発するかのようにナタリヤが言う。ロジャーは小さく皺を寄せて、少しだけ引きつった表情を浮べた。

「お前ら、俺を舐めるなよ……これでも少しは芸術の道をかじったんだからな」

「ええ! そうなんですか?!」

「何だカズヤ、その意外そうな声は」

 などといいながらも、ノリノリなロジャーは既にてるてる坊主を作ろうと手を動かし始めていた。

 

 

 

 

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