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翌日の朝。
「あの、すみません」
授業が始まる少し前、ユメリアは隣のクラスに顔を出していた。きょろきょろと教室を見た後、そばを通りかかった女子生徒に声をかけた。
「フィー……フィオード、くんはいませんか?」
「フィー? どうだろう、いつもなら朝練終わって来てると思うけど……」
「フィーなら今日、来てないぞ?」
と、ユメリアたちの会話に入ってきたのはフィーと同じくサッカークラブに所属している男子生徒だった。
「え、そうなの?」
「ああ。多分今日は休みだと思うけど」
「そう、ですか……」
ユメリアはポケットの中に入れていた手紙のことを思いながら、その場から去った。
「ユメリアさん、大丈夫ですか?」
ぼんやりと休み時間を過ごしていると、突然声をかけられた。はっと顔を上げると、不思議そうな顔をしているアリアがいた。
「え、あ、え?」
「その、ぼんやりとされているようでしたから……、体調がよくないのかと」
「い、いえ! そんなことは、全然ありません!」
アリアの心配を振り払おうとするように、ユメリアは強く否定をする。予想以上のリアクションにアリアは少し驚きながら、「そうですか……」と頷いた。もちろん、なんでもないことぐらいその反応を見ればわかったのだが、あまりにも強く否定されたため深く尋ねることができなかった。
そのままユメリアは窓の外を見つめて、一日を過ごした。アリア以外にも友人たちが声をかけてきたが、ユメリアは特に反応せずにぼんやりとしていた。空の色が青から薄い水色、そして橙に変わりかけていたときだった。
「ユメリアさん、いる?」
授業が終わり、そろそろ帰ろうかと思っていたら、教室の外からユメリアを呼ぶ声がした。隣のクラスの女子生徒が、何枚かプリントを持ってユメリアのほうに手招きをしている。特に親しくないその生徒を見て、首をかしげた。
「私に、何か?」
「今日、フィーに用事があったって聞いて……それで、おねがいがあるんだけど」
「おねがい?」
「これ、フィーに届けてくれない?」
女子生徒に言われて、ユメリアは「え?!」と素っ頓狂な声を上げた。
「な、何で私が?」
「本当はサッカークラブの子に頼まれたものなんだけど、みんな練習で時間がなくて……私も家が近いから頼まれたけど、今日はどうしても外せない用事があるの」
そして女子生徒は深く礼をしてプリントをユメリアに差し出した。
「おねがいします!」
「べ、別に構いませんけど……」
「本当?! ありがとう!!」
ユメリアが女子生徒からプリントを受け取ると、女子生徒は顔を上げてぱあっと表情を明るくした。
「それじゃあ、あとはおねがいします! 本当にありがとう、ユメリアさん!!」
「いえ、こちらこそ……」
と、ユメリアが言いかけている間にも女子生徒は急いでどこかへと行っていた。本当に忙しいみたいなあ、と思いながらユメリアはプリントを見る。ユメリアのクラスでも配られたものと同じ、学校行事についてのものだった。
「……よし」
これで、あの手紙の真相が聞けるわ。そんなことを思いながら、ユメリアは学校を出た。
***
「フィオード。学校の方が手紙を届けてくださったわよ」
一日中部屋に引きこもっていたフィーは、扉の向こうから聞こえてきた母の声に顔を上げた。
「学校の……?」
学校の方、という言葉でフィオードに心当たりがあったのはサッカークラブの同級生かと思っていたのだが、扉が開かれて現れた姿に、言葉を失った。
「こ、こんにちは」
少し緊張したような笑みを浮かべたユメリアは、小さく礼をしてフィーの部屋に入った。フィーは呆然として、ユメリアが部屋に入ってくる様子を見つめている。
「ど、どうしてお前が……?」
「これ、届に来たんです」
そう言って、ユメリアはフィーにプリントを渡した。受け取ったフィーは「ああ、そうか……」と少しだけ期待が外れたような声を上げた。
「あと」
「あ、あと?」
フィーが聞き返すが、ユメリアはしばらく口を開かない。どうしたのだろうか、と思いながらフィーがユメリアの言葉を待つと、ユメリアは一枚の封筒を差し出した。
「あっ?!」
それは、ずっとフィーが探していたもの。それは、フィーが今日休む原因となったもの。
「お前が、拾ったのか……?」
「はい」
フィーの問いにしっかりと頷くユメリア。
「あの日、落としていたのを見つけて、すぐに届けようと思ったらもうフィーがいなくて」
「そ、そうだよな……」
ユメリアの制止も聞かずに、逃げたのだから。そう思いながら、フィーはユメリアの差し出した手紙を受け取った。
「それ、ラブレター、ですよね」
直球の問い。むしろ、確信しているようなユメリアの言い方に、フィーは表情を引きつらせた。もしかして、と思いながらフィーは口を開く。
「見たのか、中身」
「見なくてもわかります。あんなところで、こんな手紙を持っていたら」
はっきりというユメリアの言葉に嘘がないということはよくわかった。しかし、それがラブレターだと知られてしまった以上、フィーはどちらにしろ肩を落としたのだった。
「そうだよ、……ラブレターだよ……」
「フィー」
そのとき、ユメリアがフィーの手を取り、ぎゅっと握った。突然のことに驚いたフィーは顔をあげ、目を大きく開いた。嘘だろ、と呟くと同時にその頬は赤く染まる。
「私、あなたのお手伝いがしたいの!」
「……へ?」
ユメリアの言葉の意味がわからずに、フィーは素っ頓狂な声を上げて首をかしげた。ぱちぱちと瞬きをしているフィーを、ユメリアは相変わらず真剣な瞳でじっと見つめている。
「これを女子生徒の誰かに渡そうと思っていたのでしょう?! なら、私も協力するから!」
「えっと、えーっと、あの?」
意味がわからず、フィーは尋ねようとするがユメリアがすでに言葉を発していた。
「大丈夫、安心して! 絶対に成功させるから!」
フィーの手を離したユメリアは親指を立て、ご丁寧にウインクまでしている。フィーは再びガクリと肩を落として顔を俯けた。明らかな様子の変化に気づいたユメリアが首をかしげた。
「フィー? どうか、したのですか?」
「……えれ……」
「え?」
「……っ、帰れぇぇぇぇぇぇっ!!」
ユメリアは訳のわからぬまま、部屋を追い出された。
「なっ、何で?! 何でそんなに怒ったのよ、ねぇ、フィー?!」
ばんばんばん、と部屋の扉を叩くユメリア。一方のフィーは壁に背を寄りかけて、ぐったりと座っている。
「……くっそ……どうして、こうなるんだよぉ……」
泣きそうな声でフィーは呟く。床に落ちていた封筒から、中身の手紙が落ちていた。
『ユメリア・メルティーンへ』
その出だしから始まった手紙が本人に届く日は、果たして来るのだろうか。