ユメリア・メルティーンと白い手紙
少年の名は、フィオード・ランドニカと言う。
彼は聖クロス・リュート学園の生徒で、成績は中の下といったところである。サッカークラブに所属しており、そちらの成績はそこそこいい方である。
そんなフィオード、通称フィーは現在下駄箱の前に居る。その下駄箱は彼自身のものではない。それなのに、彼は真剣な顔をして下駄箱をじっと見つめている。
「フィー?」
びくり、とフィーの肩が揺れた。ゆっくりとフィーが振り向くと、そこには不思議そうな顔をするユメリアの姿があった。
「ゆっ、ユメリア?!」
「そうですけど……、どうしたのですか? そんな顔をして」
ユメリアが指差すフィーの顔は、真っ赤に染まっている。ユメリアは首をかしげながらフィーを見るが、フィーは何も言わない。
「ところで、そこは私の下駄箱なのでどいていただけませんか」
「えっ、あっ、ああ」
どうぞ、と消え入るような声を出しながらフィーはさっと避けた。ユメリアはやはり疑問を抱いているような表情を浮かべている。それからフィーが何も言わないので、ユメリアは靴をとってそのまま履いた。
「それじゃあ、また明日」
「おっ、う……!」
ユメリアに言われたフィーは何かを言いたげな表情をして、ユメリアを見かけて、俯いた。そんな明らかにおかしい態度のフィーを見て、ユメリアは少し表情をむっとさせた。
「どうしたの?」
「えっ」
「だーかーら、さっきからぼーっとしているけど、どうかしたのか、って訊いているんです」
ユメリアはフィーに顔を近づけて尋ねる。その瞬間、フィーの目が大きく開かれ、顔は先ほど異常に赤く染まり、そして振り返った。
「何でもねぇよ!!」
叫ぶようにフィーは言うと、そのままどこかへと駆け出してしまった。何が起きたのかわからないユメリアは、呆然とした表情でしばらく立ち尽くした。その時、自分の足元に何かがあることに気がついた。
「あれ……?」
ユメリアはそれを拾い上げた。それは、白い封筒。
「これ、もしかしてフィーの?」
ぱちぱちと瞬きをしながら、ユメリアはその封筒をじっと見つめた。
***
「見ればいいじゃねぇか。そんなに気になるなら」
「こんの、バカシルヴァ!!」
どごっ、という鈍い音が響く。そこでようやく、レイラはシルヴァのほうを向いた。
「レイラさんどう思いますか?! こいつの言ってること、探偵としてダメですよね!!」
「……何が?」
話に関与していなかったレイラは、なぜシルヴァが椅子の背もたれにぐったりと反り返っているのかわからないし、ユメリアの話も全くわからなかった。
「シルヴァがこの手紙の中身を見ろって言うんですよ」
そう言って、ユメリアはレイラに白い封筒を渡す。中には便箋が一枚、といったところだろうか。あて先も送り主も記されていないその手紙をじっとレイラは見つめた。
「……これは」
「同級生が落としたものです。本人に返そうと思ったのですが、その姿はすでに無く……」
「……返さないの?」
「その、見つけた場所が場所ですから……」
見つけた場所が、というユメリアの言葉の意味がわからず、レイラは首をかしげる。
「女子の下駄箱の前、です。だから、フィーはこれを女子生徒の誰かに渡そうとしたんだと思います」
「で、お前はどうしたいんだよ」
シルヴァはようやく意識を取り戻したらしく、頭の後ろの部分をなでながらユメリアに尋ねた。その顔は、いつも通りかそれ以上にやる気の感じられないもの。
「決まってるでしょ!」
ユメリアはシルヴァのほうを向き、びしっと人差し指をさす。
「私がフィーの代わりに、このラブレターを渡してあげるわ!」
やっぱりな、という思いをこめてシルヴァは大きな息を吐く。レイラはぱちぱちと瞬きをしてユメリアの顔を見つめていた。
***
「なっ、ない……!」
その頃、慌てて自宅に帰ったフィーは、自分のズボンや上着のポケットを叩きながらあたりをきょろきょろと見回している。しかし、その視界に彼の探すものは見当たらない。
「何でないんだよ?! 何で!!」
叫んだ直後、フィーの頭はまるで氷が突っ込まれたかのように冷たくなった。まさか、と小さく口から零れていた。
「おと、した……あ、そこで……!」
確実に落とす場所は一箇所。女子生徒の下駄箱だけである。それに気づいたフィーの顔はとうとう真っ青になった。
「うそ、だろ……そんな……」
そして、あの手紙はあそこで出会ったユメリアの手に渡ってしまっている。フィーの知る限り、あの場に手紙なんかが落ちていたら、ユメリアが拾わないわけがないのだ。フィーの視界はふらふらと揺れ始め、それから、真っ暗になったのだった。
***
一方、そんな倒れてしまったフィーのことなど知らないユメリアは、自室の机に手紙を置いて、腕を組んでうーんと唸っていた。
「果たしてフィーは、この手紙を誰に渡そうとしていたのか……」
眉間に皺を寄せて手紙を睨んでいたが、その中身が読めるはずもなく、諦めたように大きく息を吐き出した。
「だめ、やっぱりわからないわ」
フィーとの関わりはほとんどないユメリアにとって、フィーの周りにどのような人がいるのかわからなかった。そして、それ以上にどうしてフィーが『ラブレター』を渡そうとしたのかがわからなかったのだ。
「こういうことは、同性の人に聞いたほうがいいわよね」
そう言ってユメリアは携帯電話を取り出した。
***
聞きなれないメロディーが、コーヒーを飲んでいたロジャーの耳に届いた。何の音だ、と思って辺りを見渡すと、コーヒーカップに手を伸ばしかけていたカズヤがその手を引っ込めて、慌ててスーツのポケットをあさり始めていた。
「この音、カズヤか?」
「あ、はい。すみません、ちょっと失礼します」
ロジャーが尋ねると、苦笑いを浮かべたカズヤがようやく携帯電話を取り出して、席を立ち上がった。それから少し離れた場所で会話をはじめた。
「あれ、カズヤさんは?」
ちょうどそのとき、注文の品を持ってきたジーンが、ロジャーしかいない席を見て声をかけた。
「ああ、今電話が入ったみたいで……」
「な、何言ってるんですか?!」
突然、席を立ったカズヤが電話の向こう側に向かって大声を上げた。普段は出さないような大きな声に、ロジャーとジーンは驚いたように顔をあわせて、それからカズヤのほうを見た。遠くから見てもわかるくらい、顔を真っ赤にさせているカズヤは、ロジャーとジーンの視線に気づいていないようだった。
「いや、その、だから、僕はっ」
[え、そういう経験はないんですか?]
「だ、だから! ええっと、そうですけど……」
カズヤは否定をしようと思ったが、実際に電話の向こうから言われたことは事実だったので肯定してしまった。一方、カズヤの電話の相手であるユメリアは、その返事を聞いて[なーんだ]と声を上げた。
[では、カズヤさんが同じ状況ならどうしますか?]
「お、同じ状況って……」
[だから、女の子の下駄箱の近くで、手紙を見つけたら!]
ユメリアに言われて、カズヤはその状況を想像してみた。
「……落とした本人に、返します」
[えぇ?!]
「当たり前じゃないですか! と、言うかユメリアさんはどうするつもりだったんですか?」
[私は、その手紙を渡すつもりだった人に渡してあげようと……]
「ユメリアさんは、優しいですね。でも、それはきっと、落とした人のためにはならないと思うんです」
[え……?]
ユメリアのきょとんとした声を聞いて、カズヤはふっと微笑んだ。
「その人は自分の思いを自分で伝えようとして手紙を書いたはずです。それを、他の人に渡されたら、悲しくなりませんか?」
[……なるほど。わかりました、ありがとうございます!]
そして電話が切れて、カズヤはやっと一息ついた。
「へえ、恋愛相談か、カズヤ?」
「う、うわぁ?!」
後ろから聞こえてきたロジャーの声に、カズヤは大声を上げた。にやにやと笑うロジャーを見たカズヤは顔を赤らめて、首を振って必死に否定する。
「ち、違います! そんなんじゃありませんって!」
「とはいいながら、思いを伝えるなんてロマンチックなこと言ってただろ?」
「盗み聞きなんて、警察としてどうなんですか!!」
と、ぎゃあぎゃあと言い争いをしているロジャーたちを、にこりと微笑んでジーンが遠くから見つめていた。