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***
そして、仮装パーティ当日。
「か、完璧ね……!」
最後の仕上げ、ということでパーティ直前まで一睡もしなかったアリアたちは目の下に大きなくまを作ってジーンの姿を見つめていた。
「想像以上に、すごい……」
衣装を着たジーンの姿は、どこからどう見てもナイトメア。髪もかつらをつけて、本格的な仮装にナイトメア……ではなく、ジーンは驚きを隠せないような表情で鏡に映っている自分を見つめている。
「これなら優勝間違いなしね! ここまで頑張ったかいがあったわ!」
「本当! 私たちって意外と何でもできるんじゃない?!」
「それもこれも、ジーンさんの協力があったからです! 本当にありがとうございました!」
そう言って少女たちは同時に深く礼をする。最初はそこまで乗り気ではなかったジーンだったが、少女たちの必死な姿やアリアの楽しそうな姿を見ていると、こういうのも悪くないかも、と思ってにこりと微笑んだ。
「こちらこそ、こんな素敵な衣装を作ってくれてありがとう。期待に答えられるよう、僕も頑張るよ」
「さてみんな、私たちも着替えに……」
と、アリアが歩き出そうとしたそのとき。寝不足のせいか、アリアの身体はふらりと傾き、そのまま壁にぶつかりそうになる。
「アリア!」
ジーンはすぐに走り出し、壁にぶつかる形でアリアの身体を支えた。
「アリアさん! ジーンさん!!」
「アリア、大丈夫か?!」
「ご、ごめんなさい……少し、ふらついちゃって……」
苦い笑みを浮かべてアリアがジーンを見て答えると、ジーンは少し安心したような表情を浮かべた。
「よかった……。意識が飛んだかと……」
ジーンが寄りかかっていた壁から離れた瞬間、びりっという音があたりに響いた。
「…………え?」
一同が嫌な予感を覚えていた。そしてジーンがゆっくりと壁にぶつかった背中のほうを見ると、ナイトメアのマントが大きく破れていた。その下の服やズボンも派手に破れている。
「うそ、でしょ……?!」
少女の一人がさあっと顔を青ざめさせて、呟く。
「どっ、どうしよう?! 今から縫い合わせたら、見た目が……!」
「作り直すにも、もう布もないし……」
「でも、このままじゃ……」
おろおろとする少女たち、そして泣きそうな顔をして服の破れを見ているアリア。
「わ、私の……せいで……」
手を口にあてて震えるアリアを見て、ジーンは小さく頷いて少女たちに向かって言った。
「あとは僕とアリアでどうにかするよ。君たちは先に着替えに行っておいで」
「でっ、でも……」
少女の一人が言葉を続けようとしたが、ジーンはその少女の肩に手を乗せて、穏やかに微笑んだ。
「大丈夫、僕に任せて」
「……お、おねがいします」
少女たちは互いに顔を見合わせたあと、ジーンにそう言って部屋を出た。しばらく呆然としていたアリアだったが、ジーンのしようとしていることを理解してはっと目を大きく開いた。
「もしかして、兄さん?!」
「お前が何とかした、ということで話をつけておけよ」
にやりとジーンが笑った瞬間、左目が金に輝く。
「さあ、パーティの始まりだ」
***
パーティ会場の体育館には、多くの人々が集まっていた。聖クロス・リュート学園の学生だけではなく、家族や地域の人々もいて、その中には刑事三人組の姿もあった。
「こんなに参加される方がいらっしゃるんですね、この仮装パーティって」
驚いたような顔をして、カズヤは辺りを見渡す。初めて参加するカズヤにとって、学校のイベントにこんなにも人が来るとは思っていなかったのだ。
「まあ、リュート学園はこの辺でも一番でかい学校だからな」
「それに卒業生にも招待状が来るから、参加する人が多いのよ」
ロジャーとナタリヤは当たり前、と言った様子でカズヤに説明する。感心したような声を上げて、カズヤは再び辺りを見た。
「それで、先輩方も仮装を……」
「まあ、仮装パーティだし」
「そういうことになるわね」
ロジャーはまるで海賊船の船長、というような格好をして、ナタリヤは古い時代の落ち着いたメイドのような格好をしている。
「二人とも、かなり楽しんでいませんか?」
「そういうカズヤは? 十分楽しそうに見えるけど」
指摘されたカズヤは少し顔を赤らめて「えっ?!」と声を上げる。カズヤの格好は仮装というよりはただ、剣道着を着ただけのものだった。もちろん、剣道着などないイノライズ国においてはそれも十分仮装になる。
「僕はその……何も仮装できるような服を持っていなかったので……」
「上等、上等! 十分かっこいいぞ」
「それにしても、ナイトメアの数がすごいですね」
「あー、確かにな」
ナタリヤの言うとおり、パーティ会場には数多くのナイトメアの仮装をした人がいた。何度もナイトメアと対峙してきたロジャーたちからすればはっきりと偽物とわかるものばかりだったが。
「やっぱり人気なんですかね?」
「というか、仮装しやすいだけだろ。まあ、あれだけ派手ならな」
はあ、と呆れたようにロジャーはカズヤに言葉を返す。そのとき、会場の照明が暗くなり、ステージに明かりが灯った。
「レディース、アンド、ジェントルメン! 本日のメインイベント、仮装コンテストの発表です!」
放送が入り、会場にいる全ての人々の視線はステージに向いた。
「まずは、こちらのチームから、どうぞ!」
拍手喝采の中、派手なアクションをしながらナイトメアの仮装をした男性が現れた。その後に続くように、仮装の衣装を作った生徒たちが出てきた。
「あー、あれはイマイチだなあ」
「そうですね……何か足りないような……」
仮装の感想を言う中で、ロジャーとナタリヤは少し冷めた目で仮装ナイトメアを見る。そんな二人に苦笑いを浮かべながら、カズヤは他の参加者を見る。
ある者はロジャーと似たような海賊、ある者は漫画の登場人物、ある者はバニーガール……と様々な仮装が現れるが、その中でも何度もナイトメアが現れた。
「本当にすごく人気ですね、ナイトメア……」
「でもどれもイマイチなのよね。三番目は眼帯の向き逆だったし」
「五番目はマント短すぎただろ。あれはないな」
「あと八番目のナイトメアは髪が結んでいませんでしたね」
「……あの、二人とも厳しくないですか?」
手厳しいコメントを入れるナタリヤとロジャーに、カズヤは苦笑いを浮かべる。そして、次の参加者のアナウンスが入る。
「続きまして、こちらのチーム! テーマは『奇術師』!」
今まで出てこなかった奇術師、という言葉に会場がわっと盛り上がる。ロジャーとナタリヤ、そしてカズヤも視線をじっとステージに向けた。そのとき、三人の予想もしていなかった人物があらわれた。
「なっ……、レイラ?!」
静かに歩いてステージに現れたのは、テールの仮装をしたレイラ。いつもと変わらぬ無表情のまま、レイラはステッキを持ってステージを舞うように走る。そんなレイラの姿を見て、カズヤが少し頬を赤らめながらステージを見つめて呟いた。
「すごい……。レイラさん、可愛いです」
「それに、衣装の作りが今までとは違うわ……。本物に近いような……」
「おい、ナタリー。もしかして、このチーム」
ロジャーがナタリヤに言いかけたそのとき、衣装製作のチームが現れた。それを見たロジャーとナタリヤ、カズヤの目は大きく開かれた。
「……なっ?!」
「ど、どうして……」
「し、シルヴァさん?!」
そこに現れたのはユメリアとその同級生が三名、それからぐったりと疲れたような表情をしているシルヴァだった。マイクを司会者から受け取ったユメリアは満面の笑みを浮かべて言った。
「みなさん、大きな拍手と声援、ありがとうございます! これも全て、モデルとなってくださったレイラさん、衣装製作を一緒にしてくれた同級生のみんな。そして、衣装の細かい部分についての指示をくれたシルヴァさんのおかげです!」
ユメリアが言うと、再び大きな拍手が起こる。その拍手を受けた同級生たちは嬉しそうに手を振っているが、レイラは特に何の反応もなく、シルヴァに至ってはさらに肩を落としたようだった。
「なるほどな、シルヴァに手伝わせたわけか」
「確かに、シルヴァさんは何度も奇術師と戦っていますからね」
「っつーよりは、あれほとんどシルヴァが作っただろうな」
ロジャーの言葉にカズヤが「え?!」と驚きの声を上げた。
「シルヴァくん、手先器用だもの」
「そ、そうなんですか?! にしても、すごいです……」
そして再び起こった拍手喝采を受けながら、ユメリアたちはステージを後にした。
「それでは、次のチームがラストです! テーマは、『怪盗ナイトメア』!」
「またナイトメアか……」
ロジャーはもう飽きた、と言う様にため息を吐いた。ナタリヤもさほど期待していない様子で、ステージをぼんやりと見ている。カズヤも内心、先ほどのテールの仮装に勝てるものはないだろうと思っていた。
ステージに現れたのは、ナイトメアの仮装をしたジーン――ではなく、本物のナイトメアだった。
「……は?!」
驚いたようにロジャーはステージを見つめる。ナタリヤも、カズヤも、先ほどよりもさらに大きく目を開いてステージの上を歩くナイトメアを見た。間違いない、本物だ。そう確信したときだった。
「すごーい、本物みたい!」
「かっこいい! リアルだねー!」
「うっわ、本物かと思った! 仮装上手いなあ!」
観客からそんな声があがって、ロジャーたちははっと冷静になった。
「そ、そうだよな……。ただの仮装パーティで、本物が出てくるはずないな」
「そうですよね……、こんな簡単に出てくるとは……」
「き、きっと上手い人が手伝ったんでしょう! さっきのシルヴァさんみたいに!」
半分自分に言い聞かせるようにロジャー、ナタリヤ、カズヤは言った。それから、ステージには衣装を作ったチームであるアリアと同級生たちが上がった。
「みなさん、応援の声、ありがとうございました。この衣装の製作にはすごく苦労がありましたが、チームで協力して、そして、モデルとなってくれた私の兄、ジーンの協力があって完成することができました」
アリアの言葉に、会場に驚きの声が上がる。今ステージにいるナイトメアがジーンと思った人は誰もいなかったのだろう。ナイトメアは普段は見せないような――ジーンの時のような笑みを浮かべた。慣れていないせいか、若干引きつっていたが。
「それではみなさん、ありがとうございました!」
アリアが叫ぶように言うと、ユメリアのチームの時よりもさらに大きな拍手が会場を包んだ。
それから招待客による投票が行われ、コンテストの結果発表が行われた。
「テーマ『怪盗ナイトメア』、ジーン・ローレイズさんの仮装が優勝です!」
司会者の言葉に、アリアたちはステージで飛び跳ねて喜んだ。ナイトメアも少し苦い笑みを浮かべているが、喜んでいる様子だった。
「それでは仮装をなさったジーンさん! 一言、おねがいします!」
司会者はナイトメアにマイクを向ける。突然の振りに、何も考えていなかったナイトメアは驚いたような顔をして、視線だけで辺りを見渡した。それから少し間があったあとに、ふっと微笑んで言った。
「ここの会場にいる全ての人々の心は、このナイトメアが盗みました」
そんな言葉に、会場の全ての女性から黄色い悲鳴が上がる。しかし、ナイトメアの隣に立つアリアだけは、引きつった笑みを浮かべていた。
***
パーティの翌日。
「……よく言えたわね、あんなこと」
「まだ引きずってるのか、アリア。いいじゃないか、優勝できたんだから」
休日で家にいるアリアは、優雅にコーヒーを飲んでいるジーンの目の前に仁王立ちして、パーティの夜と同じような引きつった笑みを浮かべた。ジーンのほうは何事もなかった、というように視線を持っている新聞に向けたままアリアの言葉に答えた。
「普段はばれないようにしろ、なんていうくせに。あれじゃ、完全にバレバレじゃない」
「僕が仮装したナイトメアにばれるとか、ばれないとか、何もないだろ?」
「よく言えるわね……」
呆れたようにアリアは言う。そんなアリアに対してジーンは、楽しそうな声でアリアに言った。
「ほら、この写真。なかなかいい写真写りじゃないか?」
ジーンが指さす新聞の写真を見たアリアは小さくため息をついた後、その場を去った。
そこに写っていたのは仮装したナイトメアたちと、その中心にいる本物のナイトメアだった。