「いっ?!」

「はい、これでよし」

 救護室で、ロードはアステルに頬の傷の手当てを受けていた。薄く切っただけの傷だったが、心配したアステルが大げさに消毒液を掛けて、その上にガーゼを当てていた。

「ありがとうございます。あの……先生」

「何?」

「……俺、何か間違ったこと言ってたんでしょうか」

 ぽつり、とロードは言葉を零す。

「確かにドールは、ロッドとかと同じ『道具』なのかもしれません。でも、俺は、それだけの存在じゃないと思うんです。ビィさんは、リュウさんの大切なバディだし、それに……」

 その先の言葉は、続かなかった。続ける勇気が、なかった。

「実際ね、ドールや魔法使いに対する偏見って言うのは完全に消えてないものよ」

 アステルは小さく息を吐き出した後、語り始めた。

「それは普通の人だけではなく、魔導管理局に努める魔術士、魔導士でもそう」

「え?」

「リュウさんがビィさんをバディにしたでしょう? あれも、本当に特例中の特例なの。上からの反対もたくさんあっただろうけど、何とか今バディとして登録されているのが現実」

 苦い笑みを、眼鏡の奥に浮かべながらアステルは続ける。

「さっきの彼の家族は、ドールについて研究をしている。だからこそ、彼にとってドールは研究する対象であり道具であり、慣れ合おうとする対象ではないと思ったのかもしれないわね。それが正しいのか誤っているのか、誰にも決めることはできないだろうけど」

 それが、現実。アステルの言葉は、ずしりと重くロードの中に圧し掛かった。目の前で起きていることを受け入れることで精一杯だったロードにとっては、自分の知らない世界の出来事まで受け入れることは途方もなく難しいように思えた。

「もちろん、きみのような考え方も間違いとは思わないけれど」

 にこり、と微笑みアステルはロードに言う。

「私は、リュウさんがしたことはすごいことだと純粋に思う。ドールと魔導士、新しい可能性を生み出すものだと思うし、それに、あの二人を見ていたらお似合いの相棒だって思えるし」

「……先生」

「少し待っててね。これからの事、ミリーネ先生に確認してくるから」

 アステルはロードにそう言って、救護室を出た。一人部屋に残されたロードは、がくりとうな垂れた。首にかけていたロッドのペンダントが、視界に入ってくる。

「……ビィさん」

 アステルの言っていることは間違っていない。ドールが人間でなく、まして『生き物』ではないことで、捉え方が異なることはあたりまえの事。それでも、ロードにとってドール――ビィは、

「ロード」

 扉の開く音と同時に、声をかけられた。ロードは顔を開け、扉の方を見た。

「リュウ先生」

「傷はどうだ?」

 やってきたリュウはロードに片手をあげて挨拶しながら、傷の具合を尋ねる。リュウの視線は、アステルに大げさに手当された頬に向けられていた。

「あっ、大丈夫です! 全然大したことないんで!」

「そう、なのか?」

「いや、これは先生がちょっと心配して、大きくつけただけなんで、大丈夫です!!」

 ロードが必死に否定する姿を見て、リュウは首をかしげながら「そうか……」と返事をした。それから、先ほどまでアステルが座っていたロードの隣の椅子に、リュウが腰かけた。

「ありがとうな」

「……え?」

 ぽつり、とこぼれたリュウの言葉にロードが声を上げた。

「あの、俺は何も……。むしろ、俺の方が、ビィさんに助けられて」

「ビィの事、『大切な人』って言ってくれただろ」

 リュウに言われた途端、ロードの目が大きく開かれ、頬が真っ赤に染まった。顔色を見られないように、ロードはリュウから顔を思いきり逸らした。

「どっ?! どうしてそんなことっ?!」

「ビィが状況説明するときに言ってくれた。……嬉しかった」

 ふっと微笑みながら、リュウが、言った。ロードはちらりとリュウの横顔を見る。

「嬉しい……?」

 その単語を発したリュウの顔は、微笑んでいるはずだった。しかし、ロードにはただの微笑みには、見えなかった。

「ビィは、確かにドールで、人間じゃないし、道具と言えば道具と言えるかもしれない。それでも、お前はビィを『大切な人』として、見てくれたんだろ?」

「……はい」

 あの時、上級生のビィに対する『道具』という発言を、ロードははっきりと否定した。

「俺にとって……ビィさんは、大切な人、だから」

 それが正しい表現なのか、ロードにはわからない。それでもロードの中にある、ビィに対する思いは、変わっていなかった。

「俺は、ビィさんを道具とか、ただのドールとか、そんな風に見たことないし、見ようとも思いません。だって、ビィさんは、ビィさんだから」

「そうか」

 リュウは目を閉じて、小さく息を吐き出す。そして、ゆっくりと立ち上がった。

「ありがとう、ロード」

 再び、ロードに向かって微笑むリュウ。それは、先ほどロードに向けたものとは違う、穏やかなものだった。

 

 それから、ロードは今回の騒動が起きた経緯についての報告書をミリーネに提出することとなった。ロードに対し魔術展開をした上級生は、一週間の休学処分となった、とロードは噂で聞いた。しかし、ロードはあの出来事から件の上級生たちを見かけることはなかった。

 そして。

「はあ……また実習かあ」

「間抜けな声出してるんじゃないわよ。聞いてて不愉快よ」

 気だるげな声を上げるサイルに対し、エコは冷たい言葉を送る。そして、二人の一歩前を歩くロードは、どこか歩みが軽い。

「ロード、エコってばひどいんだぜー」

「馴れ馴れしく人の名前を呼ばないで。何度言えばわかるの? それとも、頭悪いから何度言ってもわかんないの?」

「ひ、ひどい!」

「あっ! リュウさん、ビィさん!!」

 サイルとエコのやり取りなど聞いていないロードは、目的の人物を見つけた途端、二人を置いて走り出した。置いていかれたサイルとエコは顔を合わせ、それから走るロードの背中を見た。

「今、ビィさんを呼ぶときの声の方が大きかったよな?」

「……確かに」

 エコは呆れたようにため息を吐き出し、眼鏡のブリッジを上げて位置を調整した。視線の先、ロードは満面の笑みを浮かべてリュウと、ビィと一緒にいるのだった。

「幸せそうで」

「いいんじゃねえ? 平和の証拠ってことで」

 サイルの言葉に、エコは再び、呆れのため息を吐き出した。

 

 

 

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