《後編》
部屋に戻ったリュウはシャワーを浴び、セイレンから処方された解熱剤を飲み、さっさとベッドに入っていた。久しぶりにゆっくり眠れるかな、と思ったその時、ベッドのそばにビィがやってきた。
「マスター、何か必要なものはありますか」
「必要? そうだな、なんか作って……」
と、言いかけて言葉が詰まる。
ビィと料理、その組み合わせはリュウが知る限り最悪の部類に入る。以前、朝食でスクランブルエッグを作らせたら、何故か燃えかすになっていた。しかしその後、リュウと一緒に料理の練習を行うようになったため、とりあえずスクランブルエッグは作れるようになった。しかし、それ以外の料理に関しては、まだ一抹の不安が残る。
「いや、でもな……」
「マスター?」
ここはビィの成長を期待しても良いのではないか。お粥なら燃え尽きることはまずないだろう、と思い、リュウは改めてビィに頼むことにした。
「ビィ、お粥を作ってくれないか?」
「お粥、水を多くして米を柔らかに炊いた料理、のことでしょうか」
「そうだ。レシピは多分、キッチンにある料理本に載っている。本の通りに、その通りに作れば問題は生じないから、その通りに作ってくれ。いいな?」
リュウが丁寧に、いちいち確認するように頼むとビィは頷きキッチンへと向かった。本の通りなら大丈夫だろう、と安心すると睡魔が少しずつリュウの身体を包んでゆく。
「ビィ、出来上がったら起こしてくれ」
「了解しました」
ビィの返事を確認して、リュウはゆっくりと目を閉じた。
「マスター、調理終了しました」
ビィが声をかけるとリュウは「うう……」と一回うなされたあと、半分目を開いた。まだ完全に覚醒しておらず、状況が把握できていないらしい。
「マスター、調理終了しました」
再びビィが言うとようやく目が覚めたのか、リュウは上半身を起こした。少し寝たおかげか、先ほどよりも身体のだるさが取れたように感じた。
「ああ……、ありがとう。それで、お粥は……」
「はい、こちらです」
そう言って、ビィは持っていたおぼんをリュウに見せる。その上に乗せられたどんぶりの中身は、白かった。
「……おお」
どんぶりの中はまぎれもなくお粥。ビィの料理スキルの向上を知って、リュウは少しだけ嬉しくなった。
「よく出来たな、ビィ。ありがとう」
「はい。では、マスター」
ビィはスプーンを手にとり、お粥を一口量ほど掬い、そしてリュウに差し出した。
「……え?」
その行為の意味はリュウの知る限り一つしかない。しかし、それを何故ビィが行っているかわからなかった。確認するために、リュウはビィに尋ねる。
「ビィ、その行為は、一体、何だ?」
「文献によると、病人の成人男性に対して行う行為である、とのことです」
「その文献は何だ? っていうかどういう状況のものなんだ?」
「月刊誌『コミックぴゅあ』、特別企画増刊号特集『オトコのコのキュンポイントおしえてあげる』にて掲載されていた短編漫画『ポッピン☆ラブ!』の十五ページ三コマ目、主人公のユーキがマスターと同様に感冒症状を生じていた際にヒロインのミユコがユーキへお粥を作り、その後行っていたものです」
淡々とした口調で『ぴゅあ』、『キュンポイント』、『ラブ』などという単語を連発するビィ。頭がくらくらし始めたリュウにはそれが風邪のせいなのか、それともビィのせいなのか判断がつかなくなっていた。
「では、マスター」
「何だ……?」
「べ、別にあんたのためじゃ、ないんだからね。ただ、あんたが風邪ひいてうなされて、あんまりにも『おかゆ、おかゆ』って言うから作ったんだから。ほ、ほら、作っちゃったんだから責任とって食べてよね」
淡々とした口調で俗に言うツンデレの台詞を言うビィ。もうだめだ、とリュウは両手で顔を押さえてうな垂れた。
「どうされましたか、マスター」
「……お前はどこでそんな本を読んだんだ……」
「はい。三日前、マスターが検査を受けている際に検査室にあったものをセイレンさんからの推薦を受けて読破しました」
「またあの人か……!」
ずきずきと痛む頭を押さえながら顔をあげると、ビィはまだお粥をリュウに向けたままだった。
「……ビィ?」
「マスター。この行為は感冒時に実施すべき行為だと判断しました。実行をしてください」
「お前、何を言って」
「先ほどの台詞に何か問題がありましたか。では、もう一度発言させていただきます」
「いや、だから」
リュウが止めるよりも先に、ビィは口を開いた。
「べ、別にあんたのためじゃ」
「リュウ、お見舞いよー。いろいろいいもんもってき」
ビィが台詞を全部言うよりも先に、ミリーネが部屋に入って声をかけ、そして持っていた袋を落とした。
「いやあ、まさかビィにそんなことさせるなんてねえってびっくりしたわよ。全く、誤解を招くようなことは止めてほしいよねえ?」
「お前……」
へらりと笑いながら言うミリーネを見ながら、リュウは頭痛がまたひどくなったんじゃないかと感じていた。それを払うように大きく息を吐き出し、それからミリーネの方を見る。
「それで? お前、何もって来たんだよ」
「あら、お見舞いを期待しちゃってる? 実はかなり良いものを持ってきたのよー」
いつもと比べてかなりテンションが高いミリーネに、リュウは酒でも飲んできたのか? と不安になりながら、袋の中から取り出すものを見ていた。
「じゃっじゃーん! 滋養強壮によく効く、スペシャルドリンクよ!」
と、ミリーネが取り出したのは250mlのペットボトル。その中身を見たリュウが、「え?!」と苦い声を上げた。
中身の液体は黒い。それは、ミリーネが持っている向こう側が見えないぐらい黒く濁っている。しかし、黒いだけではなく若干緑色っぽいようで、黄色っぽいようで、そして赤っぽい。嫌な予感しかしないリュウは、ミリーネの前に手を出した。
「気持ちだけ受け取る。ありがとう」
「何言ってるのよ? ほーら、これ飲んで早く元気出してもらわないと困るのよ」
そう言うと、ミリーネはベッドに手をつき、身を乗り出してきた。突然の行為に、リュウは大きく目を開き、顔を真っ赤にさせる。
「ちょ、っと待て?! いいから、いらないって、言ってるだろうが!」
「何よ! わざわざ手に入れた限定品なのよ?! あんた、私のお見舞いが受け取れないって言うの?!」
半ば怒鳴りながらミリーネはさらに身を乗り出す。リュウは必死で抵抗しようとしているが、まだ回復していないせいか、ミリーネに押され気味である。
「リュウ、お見舞い来てあげたわよー? もう、仕事で忙しい中、来てあげたんだから感謝……」
ミリーネがリュウの上に乗りかかるよりも先に、ルミナが部屋に入って声をかけ、そして持っていた袋を落とした。
「もう、ミリーネさんに変なことしたかと思ったわ。全く、誤解を招くようなことは止めてもらえる?!」
「……こっちの台詞だ、それは」
結局ミリーネは帰って、代わりにルミナがリュウの部屋に入ってきた。今度はルミナか……と思いながらリュウは大きくため息を吐き出した。騒がしい、と思ったリュウだったが、こんな風に誰かが自分の見舞いにきてもらえるというのは悪い気はしない。そう思うと、ルミナに文句を言う気がふっと消えた。
「ありがとうな、わざわざ」
「えっ?!」
穏やかに笑いながら礼を言うリュウに、ルミナは顔を赤く染める。
「お前、仕事で忙しかったんだろ? それなのに、悪いな」
「べっ、別に?! まあ、ちょっと余裕があったから来てあげただけであって……。ああ、それよりも、これ!」
と、ルミナは先ほど落とした袋をリュウに突き出した。リュウはぱちぱちと瞬きをしてその袋を見る。
「何だ?」
「あたしが作った、栄養ケーキ……。我が家では風邪をひいたらこれを食べて栄養を摂るのが基本なの!」
「へえ、栄養ケーキか」
そんなものがあるのか、と思いながらリュウは袋から中身を取り出す。出てきたのは、パウンドケーキのような栄養ケーキだった。色は普通のケーキの生地に比べて少し黄色っぽい。チョコチップのような茶色い粒々も練りこまれている。リュウは一口そのケーキを食べた。
「…………ルミナ。これのレシピ、何だ?」
「え? かぼちゃとにんじんとレモン、それからウコンをたっぷり。あと、スタミナって事でレバーも入ってるし、えーっと、それから……」
全てを聞き終えるよりも先に、リュウはベッドに倒れこんだ。
「え?! ちょ、ちょっと、リュウ?!」
突然倒れたリュウに、ルミナは驚きの表情で声をかけた。が、ルミナの言葉はリュウには届かなかった。
「……うぅ」
リュウが目覚めると、そこにはビィがいた。
「あれ、ビィ……? ルミナはどうした?」
「現在、セイレンさんを呼びに行っています」
「呼びに……? 何で」
「マスターが倒れられたあと、ルミナさんが『どうしよう、リュウが倒れた!』と大きな声で発言されていたため、私がマスターの身体状況を確認しました。しかし、その際にマスターに異常は見られなかったため、その事をルミナさんに伝えました。その後、ルミナさんが『じゃ、じゃあ、セイレンさん呼んだほうが良いかも! あたし、呼んでくる!』と言って今に至っています」
淡々とした説明を再び聞かされ、リュウの頭はまたぐらぐらと不安定に揺れ始めた。とりあえず、落ちつこう、とリュウは大きく息を吐き出してビィを見た。
「じゃあ、今ここにいるのはお前と俺だけ、ってことか?」
「はい」
「そっか……。やっとゆっくり眠れるな」
ビィに確認した後、リュウは大きくあくびをする。
「ビィ。これから俺は寝る。誰かが来ても寝ているって伝えて、追い返してくれ」
「了解しました」
「あと、デュオが来たときは――」
それから数時間後。
「リュウ、見舞いにきてやったぜー! 俺のために飯作れー!」
「魔術展開」
リュウの部屋の前で黒焦げになっているデュオが見つかった、らしい。