Short File:マスター、風邪をひく。

 

《前編》

 

「うおおお?!」

 ばっしゃーん、と水が飛び散る大きな音とリュウの叫び声があたりに響く。リュウは、険しい表情をしてロッドを構える。

「魔術展開!!」

 叫び、リュウは湖に向かって魔術を発動させる。ロッドの先端から黒い魔法陣が現れ、そして黒い鎖が湖の中に放たれた。ばしゃばしゃ、と水が跳ね、またリュウの全身にかかる。しかし、リュウはそんなことも気にせず、じっと湖に入った鎖の先を見つめている。

「……そこか!!」

 まるで釣竿を引くように、リュウはロッドを大きく後方に振る。すると、鎖が引っ張られ湖の中から全長三メートルほどの大きな魚のようなものが現れた。

「ビィ、今だ!!」

「了解しました、魔術展開」

 リュウの指示を受け、リュウの後ろに立っていたビィが魚に向かって右手を上げた。その手から黒い魔法陣が現れ、その中から無数の矢が現れた。そして、すぐに矢は魚に向かって放たれる。魚から発せられた甲高い悲鳴が、リュウの耳にビリビリと響く。

「くっそ、うるさい奴だな……!」

 どんっ、と大きな音がして魚は地面に叩き付けられる。続いてぱんっ、と乾いた音がして魚は消滅し、青い魔鉱石だけが残った。それを見て、リュウはほっと安心したように一息ついた。

「ビィ、大丈夫か」

「はい、問題ありません」

「しかし、派手に濡れたなあ」

 そう言って、リュウは自分の全身を改めて見る。コートの端から、ぴちゃぴちゃと水が滴っており、中の服まで完全に濡れていた。

「お前も大丈夫……、っ?!」

 それからビィに視線を向けようとして、はっとそらした。

「どうされましたか、マスター」

「い、いや。その……」

 ちら、とビィを横目で見ながらリュウは頬を赤める。ビィがドール、つまり人間ではないことは重々承知しているが、外見はリュウよりも十歳ほど年下の、少女なのである。薄着で、全身がずぶ濡れの少女を見るというのは、かなり抵抗が生じるものがある。

「とりあえず、ビィ」

 そう言って、リュウは自分の上着をビィの肩にかける。ビィはリュウを見上げ、そして肩にかけられたコートを見た。

「マスター、この行為はどういう意味があるのでしょうか」

「……まあ、あれだ。お前が風邪をひかないように、だな」

「風邪とは、感冒――身体を寒気にさらした状態や濡れた状態のままで放置した場合に生じる呼吸器系炎症性疾患の総称のことでしょうか」

「……うん、多分、それ」

 ビィの口から一気に言われた説明にリュウは頭がくらくらするのを感じながら答える。

「しかしマスター。私はドールであり、人間と異なる身体構造をしています。呼吸器系の炎症が生じる可能性はありません。つまり、感冒となる可能性もありません」

「いや、まあ、その……あー、さっさと戻るぞ、ビィ!」

 ごまかすようにリュウは言って先に魔導管理局に戻った。ビィは首を傾げながら、リュウのあとを追ったのだった。

 

「わー、リュウ、何だその格好。ちょっとやらしいな」

「うるせえ。ほら、任務完了だ」

 鼻をすすりながら、リュウは第三隊のブリッジに帰還していた。からかうようなデュオの言葉に、リュウはむすっとしながら回収した魔鉱石を投げつけた。デュオは何とか投げつけられた魔鉱石をキャッチして、確認した。握りこぶしよりも二回りほど大きい青い魔鉱石を見ながらデュオは「ほー」と感心したような声を上げる。

「さすがA+ランクの魔獣だな。魔鉱石のサイズが違うなあ」

「ああ、そうだろうなあ」

 ずず、と鼻をすすってリュウは頷く。その時、隣にいたビィが背伸びをしてリュウの額に手を当てた。

「え」

 突然のことと、額に触れるビィの手の冷たさに驚いたリュウは大きく目を開いた。

「マスター、体温上昇と脈拍数増加が確認されました」

「え?」

「現在のマスターの体温は38.2度、脈拍数120回です」

「風邪か」

 先ほどビィが言った説明と同じ状態にしていた事に気付いたリュウは、また一度鼻をすすった。

「っつーことでデュオ、俺はセイレンさんところ行って来る」

 にや、と顔を赤くさせながら笑うリュウにデュオは苦い表情を浮かべた。

 

「はい、口大きく開けてー。声出してー」

「あー」

「ぷっ」

 それからリュウは救護室でセイレンの診察を受けていた。大きく開かれたリュウの口にペンライトを当てながら、枯れかけているリュウの声を聞いて吹きだした。

「……へいへんひゃん」

「あら、ごめんなさい。だって、魔導管理局最強って言われてる男が、風邪には負けるって光景が面白くってねえ」

 くすくす、と笑うセイレンがペンライトを消すと、リュウは口を閉じて喉に触れた。そういえば、自分の風邪は鼻と咽喉にすぐ来るな、と思い出した。

「風邪に、最強も何も関係ないですよ」

「まあ、それもそうね。解熱剤と咽喉の薬と、鼻水止め出しとくわ」

「ありがとうございます」

「とりあえず、三日ぐらいは休んどきなさい。あ、診断書、デュオに叩き付けといてあげるわ」

「助かります」

 久しぶりにゆっくりと休める。そう思いながら、リュウは救護室を出ようとした。が、足を止めてセイレンのほうを向いた。

「そういえば、セイレンさん。ビィの方は大丈夫でしたか?」

「大丈夫も何も、全く問題ないわよ。まさか、風邪ひくと思ってたの?」

「えっ、あ、いや」

 言われて、ビィがドールであることをまた忘れていたことに気付いた。指摘された恥ずかしさで、少し熱が上がったように感じながら、リュウは改めて救護室を出た。

「あれは親バカならぬドールバカねえ」

 くす、と笑いながらセイレンは去っていったリュウを見た。

 

「ちっ、風邪で休暇届出しやがって……」

 一方その頃。通信で、リュウの休暇届と診断書が送られてきたのを見て、デュオが舌打ちをして文句を零していた。それを聞いたミリーネが、呆れたような顔をしてデュオを見る。

「あんたねえ、風邪で休むぐらいならいいでしょ。っていうか、どんだけリュウを使いまくるつもりよ」

「だってあいつが出たほうが、問題解決する確率高いし、上への報告楽だし」

「……本音は後者か」

 はあ、とミリーネはデュオから視線を戻した。仕事が終わったら、リュウの見舞いに何を持っていくか、とぼんやり考えながら作業を続けるのだった。

 

 

 

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