後編

 

 どれくらい時間が経ったのだろうか。

「……ス、……マ……、マス……、マスター」

 リュウの耳に、ビィの声が聞こえた。真っ暗になっていた視界が、少しずつ色を帯びる。

「……ビィ?」

 声を出して、自分の声が想像以上に枯れていたことにリュウは驚いた。

「マスター、大丈夫ですか」

 薄暗い中でもビィの瞳の紅い色だけははっきりとしていた。その色を認識したリュウは「ああ……」と掠れた声のままで答える。そして、自分が横になっていることに気付き、それからゆっくりと身体を起こした。

「……やっぱりまだ、ここだよな……」

 まだ自分があの不気味な家の中に居る、ということを理解したリュウは大きなため息を吐き出してうな垂れた。夢だったら良かったのに、と思っていても今ある状況が現実なので、どうしようもない。

「マスターは何故、突然走られたのですか?」

「え?」

 うな垂れていたリュウに、唐突にビィが尋ねた。そういえば、さっきは何も言わずに走ったな……と思い出したリュウは、苦い笑みを浮かべた。

「すまなかったな、ビィ。いや、走ったのはその、なんと言うか反射反応というか」

「無意識的な行動、ということでしょうか」

「うん、そうだな」

 正直あの時、何も考えることが出来なかった。リュウを動かしていたのは、恐怖心だけだった。任務中だというのに、冷静さに欠けた行動だった、とリュウが少しだけ反省していると、ビィが口を開いた。

「マスター。先ほど、魔術反応を感知しました」

「……は?」

 リュウの口から出たのは、間抜けな声。目を丸く開いた、わかりやすい呆然の表情のリュウに、ビィは言葉を続けた。

「マスター、確認したいことがあります」

「な、何だ?」

「この家で生じている現象についての詳細情報が私にはありません。説明をお願いします」

「せっ、説明……」

 この不気味な場所で、不気味な現象について説明することを遠慮したくてしょうがないリュウだったが、真っ直ぐに自分を見つめるビィの紅い瞳を見ていたら、断れなくなった。大きく息を吐き出して、説明を始めた。

「……随分昔からこの家には誰も住んでいないはずなのに、誰かが居るような影が見えた、らしい。それと同時に、外からも聞こえるような何かの物音。あと……声、とか」

「声の詳細を」

 ビィに言われて、リュウは言葉を続けようとした。が、先ほど自分の耳元で声のようなものが聞こえてきたことを思い出して、また恐怖心が身体を支配した。

「マスター、冷静になってください」

 はっきりとしたビィの声。全く恐れを感じていないビィの声を聞いて、リュウははっと目を開き、「あ、ああ……」とぎこちない返事をしながら頷いた。

「声、は……言葉じゃないっていうか、唸り声っていうか……悪霊の声っていうか……」

 言いながら、リュウは全身に鳥肌が立ったような気がした。しかし、ビィはリュウの言葉に恐れなど覚えてなく、ただ真っ直ぐにリュウを見ていた。

「マスター。それらの現象は魔術で生じさせることが可能です」

「……へ?」

 再び、間抜けな声。ビィの発言の意味がわからず、リュウは何も言えなかった。

「マスターが最初に仰っていた影。カラーコードブラックを用いれば影の発生、ならびに操作は可能となります」

「……あ」

 今度のリュウの声は、答えを見つけた、というような声だった。

「くそ……なら、物音と声も……カラーコードグリーンってことか」

「はい。風の操作により、声帯により生じる音声も再現可能と考えられます」

 答えを見つけてしまえば、簡単な話。リュウは「ああ……」と疲れきった声を上げ、もう一度うな垂れようとした。が、すぐに顔をあげて「あ!!」と大声をあげる。

「って、ことは! どっかに魔術士か何かがいるってことか!」

「そう推測されます」

「っつーことは、俺はその魔術士か何かに遊ばれたってことか……?!」

「……私には判断しかねます」

 ビィが言う横で、リュウは自分が遊ばれたことに対する怒りが湧いているらしい。幽霊に怯えていた姿はどこへやら、リュウはロッドを構えていた。

「魔術展開! 探索魔術発動、対象、魔術発動源!!」

 怒鳴るように唱えると、リュウの足元に黒い魔法陣が展開される。それが消えると、リュウは魔力を感じた方角を見た。

「行くぞ、ビィ!!」

「了解しました」

 大きな音を立ててリュウが扉を開け、扉を飛び出す。ビィもそれに続き、家の中に二人の駆ける大きな音が響いた。木の軋む音で一々怯えていた人物とは思えないほど、リュウは真剣な顔をして走る。

 しばらくして、魔力が最も強く感じられる場所に辿り着いた。扉の向こう側に、魔力と誰かが居る気配が感じられる。そしてリュウは大きく息を吐き出したあと、勢いよく扉を開けた。

「お前ら、何してんだ」

 部屋の中にあったのは、床に転がるロッド二本、そして、半泣きになりながら両手を挙げるロードとサイルの姿だった。

 

「本当にすみませんでした!!」

「ごめんなさい!!」

 第三隊のブリッジ。ロードとサイルはリュウに向かって深々と頭を下げ、大きな声で謝罪の言葉を述べていた。一方のリュウは腕を組み、眉間に皺を寄せながら二人を見ていた。その眉間の皺の原因は怒りというよりも呆れが勝っているようである。

「つまり、一連の騒動はお前らが起こしていた、って事でいいんだな?」

「……はい」

 頭を下げたまま、ロードが答える。その答えを受けて、リュウは鼻から小さく息を吐き出した。

 カラーコードブラックのロードとカラーコードグリーンのサイル。確かにこの二人の魔力でもできるようないたずらだった。冷静に考えれば大したことではない。リュウはそう考えて、あそこまで取り乱した自分が恥ずかしくなった。

「とりあえず、頭を上げろ。それで、どうしてお前らはあんなことをしたんだ?」

「そっ、それは……」

「ちょ、ちょっと自分たちの魔術を試したい、と思いまして」

 頭を上げたロードは引きつった表情で言葉を詰まらせ、サイルは苦笑いを浮かべてリュウの問いに答えていた。明らかに様子がおかしいことに、リュウも気付かないはずがない。

「……自分たちの魔術を試す、ねえ。それはいいとしても、何であんな場所で?」

「人も少ないし……目立たない場所だから、なあ!」

「お、おお!」

 ぎこちない反応の二人は、先ほどからリュウと目を合わせようとしない。代わりに見ているのは、ある席に居るある人物。

「……ほう?」

 それに気付いたリュウは、ゆっくりと視線を二人が向けていたほうにずらした。そこに居たのは、

「……ん? どうした?」

 きょとんとした表情を浮かべる、デュオ。まるで自分はこの件と関係ありません、と顔が言っている。それを見たリュウは、デュオの問いに答えず、再び視線をロードとサイルに戻した。

「正直に言えよ、お前ら。誰に頼まれてこんなことをした?」

「だ、誰って……」

「それは、おれたちが勝手にしただけで……」

「そうか」

 大きく息を吐き出して、リュウは目を閉じる。そして、顔を二人からまたずらしてリュウのデスクにある通信機に向けた。

「お前らに、選択肢を与えよう」

「せ、選択肢?」

 引きつった声でロードがリュウの言葉を繰り返した。リュウは頷き、提案を続ける。

「ちょうどレンが組み手の相手が欲しいって言ってたからな。今度の実習、レンと組み手をするか、俺の魔術訓練の的をするか、ここで正直に全てを話すか。選べ」

 レンとの組み手――魔導管理局の体力バカと言われる男と戦って生きて帰れるはずがない。

 リュウの魔術訓練の的――魔導管理局最強と言われる男の集中砲火を受けて生きて帰れるはずがない。

 ロードとサイルが選べる選択肢は、あってないようなものだ。

「ごめんなさい!! デュオ司令官に言われてやりました!!」

「だから組み手と魔術訓練だけは勘弁してください!!」

「って、お前ら?!」

 二人が勢いよく土下座をしてリュウに向かって叫ぶ。突然のことに、司令席に座っていたデュオは立ち上がり、声を上げた。

「……で? 何て言われてやったんだ」

「これをすれば、単位をやる、って」

「……そんな理由で」

 リュウは、少しだけ泣きたくなった。確かにサイルの成績は芳しくないものである。だからといってそんなもので……と思って、ふと隣のロードを見た。レポートの提出状況から彼の成績がそんなに悪くないと信じていたリュウは不安げに尋ねた。

「ロード。お前も、そんな理由で……?」

「ち、違います! 俺はサイルみたいな成績じゃないですから!!」

「そうそう。ロードの場合は、リュウ先生の仕事を近場で見たいからって理由で一緒にしたんですよ」

「なっ?!」

 サイルがロードの肩に手を乗せながら、ロードの理由を説明した。言われたロードは顔を真っ赤にして、言葉を詰まらせる。予想もしていなかった理由に、リュウはぱちぱちと瞬きをした。

「俺の、仕事を?」

「……デュオ司令官が、この事件を解決する先生の姿が見れるぞ、って仰った、から……」

 最後のほうは蚊の飛ぶ音よりも小さいような弱々しい声でロードは言った。そんな理由で、と思いながらもそれほどまでに自分を尊敬していることを少しだけリュウは嬉しく思った。

「それで、エコは?」

「デュオ司令官におれと同じように頼まれていたんですけど、そんなことをしなくても単位はあるって言って断ったらしいです」

 サイルの説明を聞いて、リュウは納得した。エコが単位一つだけでそんなことをしないのは、彼女の性格から推測できた。

 事情を聞き終えたリュウは大きく息を吐き出し、そして司令席のデュオを見上げた。

「お前は何でこんなことを仕組んだんだ、デュオ?」

「いや、ほら。お前、仕事で学生の相手できてなかっただろ? だからちゃんと実習らしいことさせてやろうと思ってだな」

「お前が俺の仕事の配分をちゃんとしてくれたら実習だって出来るっつーの、このボケ司令官」

 リュウの眉間の皺は、深く深く寄っている。笑みを浮かべているように見えるが、目は笑っていないし、声も穏やかさが一切ない。先ほどからずっと握っていたロッドが、みしみしと不気味な音を立てている。それに気付いたミリーネが、リュウのそばに居たロードとサイルを呼んだ。

「あんたたち、こっち来て」

「え?」

「いいから」

 事情がわからないロードとサイルは顔を合わせたあと、ミリーネに言われるままリュウから離れた。

「いやいや、お前はうちのエースだろ? それに、久しぶりにお前がビビる姿がみたくて」

「……ほう?」

 笑うデュオの口から漏れた本音に、とうとうリュウの中の何かが切れた。ぶち、という音がミリーネだけでなくロードとサイルにも聞こえた気がした。ミリーネは展開を予想して、ビィに指示をした。

「ビィ、リュウとデュオを囲む感じで結界展開して」

「何故でしょうか」

「ここが壊れたら第三隊も潰れて、あんたのマスターの安全は確保できないわよ」

 前にも使った手でいけるだろうか、と思ったミリーネだったが、ビィは二回ほど瞬きをして頷いた。

「結界展開」

 ビィが唱えると、リュウとデュオは黒い壁に囲まれる。事態に気付いたデュオがはっと顔を上げて立ち上がろうとしたが、もう遅い。

「魔術展開!!」

 リュウの怒鳴り声。デュオがリュウのほうを見ると、ロッドを鎌の形に変えて構えているリュウの姿があった。

「ちょ、リュウ?! それ、鎌になってるぞ!!」

「……ああ、そうだな」

「え、ちょっと……」

 デュオの笑みが、消えた。結界の中から、デュオの悲鳴が、上がった。

「本当に、うちの隊って平和よねー」

 あくび交じりに言うミリーネに対し、ロードとサイルは黒い壁を見つめながら全身を硬直させていた。

「……正直に言ってて、よかったな」

「レンさんとの組み手もやばいけど、リュウ先生の的ももっとやばそうだもんな……」

 こうして、森の奥にある小さな家の怪奇現象の謎は、解明されたのであった。

 

 

 

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