Short File:ゴーストハウス・パニック

前編

 

「……断る」

 至って真剣に、そして深刻に、リュウははっきりとそう言った。

「何が断る、だ。任務だぞ、仕事だぞ。お前に拒否権があると思ってんのか?」

「だが断る」

 デュオの、珍しく尤もな言葉に対し、リュウは表情を一切変えずに言う。その表情はリュウの隣にいるビィよりも無表情なものにも見える。

「デュオ。お前は忘れていると思うが、第三隊には俺以外にも魔術士や魔導士はいるわけだ。って言うかいるだろ。すっかり忘れているだけだ。そう、俺以外にもいる。だって第三隊は司令官も優秀だから部下も優秀に決まってるだろ。なあ、そうだろう?」

 リュウは必死に早口で言う。あまりの必死さに、そばで聞いていたミリーネとレオンが吹き出した。ミリーネに至っては、笑いを堪えようと顔を机に伏せている。が、肩が震えていて、笑っているのは丸わかりである。そんな二人を一瞥した後、デュオは咳払いをした。

「って言っても、内容が内容だからなあ。ほら、事件が重大だったとき、優秀な魔導士でも危ないだろ? お前なら安心できるっていう俺の信頼もあるわけだが……」

「お前の信頼なんかいらん」

 リュウの発言にぶっ、とミリーネが壮大に吹いた。

「お前なあ……」

「別にいいだろ、俺じゃなくても。うちの魔導士が使えないなら第一隊か第二隊にいる魔導士でもいいじゃねえか。いっそフリジアさんにでも頼めばいい」

「おい、お前、それマジで言ってる?」

「……ごめん、嘘」

 デュオの引きつった表情を見て、リュウは自分の発言に訂正を入れた。第一隊隊長のフリジアに自分の仕事を代わりに引き受けてもらうなど、恐ろしくて誰も出来ないだろう。

「いいか、リュウ? 魔術関連の事件はいくらでもあるけど、一隊や二隊に頼むほどの重大じゃないものが多い。そんな市民の悩みを引き受けるのは誰だ? 地域に優しく、をモットーにしている俺たち第三隊だろう?」

 珍しいことは続くもので、デュオはじっと真っ直ぐにリュウを見つめて、いつもの笑みを消して、丁寧に言った。あまりにも真剣なデュオの様子に、リュウは言葉を失った。しかし、リュウにも譲れないものはある。

「無理」

「……って、お前なあ……」

 がく、と肩を落とすデュオ。先ほどまでの真剣な顔は何処へやら、デュオはいつもの笑みに戻っていた。そして再びリュウが言い訳を言い始めた。そんな様子を先ほどまで笑いながら見ていたミリーネだったが、どうやら飽きたらしく、小さくため息を吐き出した。

「ビィ」

 それからミリーネはリュウの隣にいたビィに声をかける。ビィは声をかけたミリーネのほうをじっと見つめた。ミリーネがリュウに気付かれないように手招きをすると、その意思を読み取ったビィがすたすたとミリーネのもとにやって来た。

「何でしょうか?」

「このポイント。ここに、行って。リュウと一緒に」

 ミリーネは地図を見せながらビィに言う。ビィは地図を見たあと、ミリーネのほうを見た。

「このポイントはデュオ司令官がマスターに出した任務の場所と一致します。しかしマスターは現在、任務の拒否をしています。私はマスターの意思を第一優先します」

「でもビィ。このままリュウが仕事を断ったら、リュウの魔導管理局での立ち位置がなくなるわよ?」

「立ち位置、ですか」

 ビィはミリーネの言葉が理解できないようで、ゆっくりと繰り返した。

「そう。そうなってくると、あんたのマスターの立ち位置がなくなって、仕事はなくなるわ何だかんだで安全は保障できないわよ?」

 少し意地悪だったか、と思いながらもミリーネが言うと、ビィは数回瞬きをして、それからリュウのほうを向いた。

「魔術展開」

 ビィが唱えると、ビィの足元とリュウの足元に緑の魔法陣が現れた。デュオに必死で言い訳をしているリュウは、足元の魔法陣に一切気付いていない様子である。

「転送魔術発動」

 ビィの声が響いた直後、二人の姿は第三隊のブリッジからふっと消えた。それを見て、デュオがふうと息を吐き出した。

「助かった、ありがとうなミリーネ」

「給料増し増しでよろしくー」

 デュオの言葉に、ミリーネはデュオに視線を向けず淡々と返した。

 

「……どういうことだ、ビィ」

 呟くリュウの声に、覇気はない。むしろ、生気も失われている。

「ミリーネ通信士の指示に従いました」

「何で!!」

「マスターの魔導管理局における立ち位置が失われてしまう恐れが想定されるからです」

 ビィに言われ、リュウは言葉を続けられなくなった。どうやら彼女なりに、リュウを心配してくれたらしい。しかし、とリュウはあたりを見る。

 薄暗い森。響くのは鳥の低い鳴き声と、風で揺れる木々の葉が重なる音。日光は葉によって遮られ、まだ昼間だと言うのに少なくなっている。そのせいか、気温が随分低いように感じられた。リュウはぶる、と身体を震わせた。

「……ビィ、帰ろう」

「拒否します」

 リュウの提案に、珍しくビィが拒否を示した。予想外の反応に、リュウは驚きの顔を隠せない。

「私はマスターの安全を確保するために存在します。マスターが魔導管理局での立ち位置を失った場合、安全が確保できない状態となる恐れがあります。私はそれを回避しなければなりません」

「いやいや。今が一番危険だって。俺の安全確保できないって」

「問題ありません。私がマスターを守ります」

 はっきりと、ビィは宣言する。それはいつもの言葉よりも力がこもっているように、リュウには思えた。

「……わかった」

 こうなると、もう後には引き下がれない。リュウは大きく息を吐き出した後、目の前の建物を睨むように見つめた。

 既に老朽化が進んで、今にも崩れそうな壁。周りの木々と一体化しているかのように壁に纏わりつく蔦。そして、中の見えない窓の向こう側。

「……行くぞ、ビィ」

「了解しました」

 最近怪しい気配や物音がする人のいない古家がある。その中にいるものの正体を暴くこと。それが、今回リュウに与えられた任務だった。

 はっきり言えばAAA+ランクの魔導士ならすぐに終わるような内容なのだが、それでもリュウは頑なに拒んでいた。普段から魔獣討伐の任務に対し「やらせすぎだろ」などとデュオに文句を言うことはあるが、それでも仕事を拒むことはほとんどなかった。まして、頑なに拒むことなど、ありえなかった。しかし、それでもリュウが今回の任務を拒んだ理由とは――

 

 ぎぃ、と床が軋む。

「ひっ」

 裏返った悲鳴が建物の中に響いた。それを聞いて、びくり、とリュウは肩を震わせる。

「マスター。ご自身の声です」

「おっ、おおぉ……」

 ビィの解説を聞いて、リュウは納得したのかそうでないのか判断しにくい返事をした。

「マスター」

「なっ、何だっ?」

「何故、私の腕をそのように掴んでいるのでしょうか」

 淡々と尋ねるビィに対し、リュウは「へっ?!」とやはり引きつった声を上げる。現在、リュウは自分よりも小柄なビィの腕に抱きつくようにしがみついていた。腰は進行方向に対し引き気味で、歩く足はがくがくと震えている。

「い、いや、そのっ……お、お前の言葉を、信頼して、だなあ……」

「私の言葉、ですか」

「そっ、そう! お前が守ってくれるって言葉を信じてだなあ!!」

 リュウが大きな声を上げると、ぎぃ、と床の木が軋む音がした。それに対し、「ひっ」とまたリュウの裏返った悲鳴。

「マスター」

「なっ、何だ?!」

「心拍数増大、発汗量増加、呼吸数も平常時の二倍、瞳孔拡大傾向、その他の状態から交感神経が優位に作用している様子が見られます。何か問題が発生しましたか?」

 ビィが挙げた症状と現在の状況から考えられることは、ただ一つ。

 リュウは足を止め、言った。

「……怖い、んだ」

「何がですか?」

「お、ば……け、が」

 リュウの弱々しい言葉に、ビィはぱちぱちと瞬きをする。

「お化けとは、ばけもの、妖怪、奇妙なものなどのことでしょうか」

「いや、それと言うよりは、ゆ、幽霊……と、言いますか……」

「幽霊とは、死んだ人の魂、または死者が成仏をしないでこの世に姿を」

「もう言わないでくれ……」

 泣きそうな声で、リュウがビィの言葉を遮る。何故遮られたかわからないビィは瞬きをして、それでも言葉を止めた。

「こういう雰囲気とか、もう……ダメだ……。怖すぎて……」

「マスター。マスターは『霊』と言った概念を信じられているのですか」

 ビィの言葉に、リュウの全身は硬直したようにびく、と固まった。そして、ぎこちなくリュウはビィを見る。

「し、信じている……っていうか、その……科学的に証明されていない存在が、その、ちょっと……」

「科学的に証明されていない魔術を用いている魔導士の発言としては適切でないと判断できます」

 リュウの心に、何かが突き刺さった気がする。きっと、ビィの言葉が剣のように突き刺さったのだろう。そうやって自分の中で言い聞かせて、リュウは大きく息を吐き出した。

「と、とにかく! 今日はもう、帰ろう! 辺りも暗いし、不気味だし!!」

 と、リュウが声を上げたとき。

 リュウの視界の端に、黒い影が見えた。

「え」

 ぎぃ、と床が軋む音。リュウも、ビィも動いていないのに、鳴った。

「今の、は」

 リュウの耳元で、風が、揺れる。

「マスター」

 ビィがリュウを呼んだ直後。リュウはビィの手首を掴み、走り出した。

――森の中、リュウの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

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