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 翌日。

「リュウの検査結果持ってきたわよ」

 第三隊の司令室に、セイレンがやって来ていた。眼鏡の奥の目をにこりと細め、手に持っている書類をひらひらと振りながらデュオのデスクに近づく。

「わざわざ検査部長に来ていただいてすみません」

「その思いがあるなら立ち上がるぐらいしたらどうなの、面倒くさがりの司令官殿?」

 にや、と笑いながらからかうセイレンに、椅子に座ったままのデュオは苦笑いを浮かべる。セイレンから書類を受け取ったデュオは、ぱらぱらと紙を捲る。それを見ながら、セイレンが説明を始めた。

「結論から言うと、現時点のリュウの状態は異常なしと判断できるわ。ただし、現時点、と言う事を忘れないで」

「……現時点」

 ぽつりと零したデュオは、昨日のことを思い出していた。

 リュウから通信が入る前、魔道管理局は今までにない強力な魔力を感知していた。一つはフリジアを襲撃した者――ルイ・ツブラギのもの。もう一つは魔導管理局に登録されている者――リュウ・フジカズのものだった。

「あの瞬間、確実にリュウのパワーランクはS……いや、Sというのもかわいいレベルだったかもしれない。もう、ただでさえAAA+とか特別措置で作ったランクなのに、それ以上を考えろって言うのかしら」

 最初の方は至って真面目に語っていたセイレンだったが、終わりの方は苦い笑みを浮かべて冗談交じりに言っていた。しかし、話を聞いているデュオは書類を見つめながら真剣な表情をしている。そして書類をデスクに置き、デュオは口を開いた。

「S以上の力が出ていた時、リュウは」

「……間違いなく、魔力が暴走していたわ」

 セイレンも笑みを消し、低い声ではっきりと断定した。

「あの規模の魔力暴走からは普通では復帰できない。間違いなく魔力が身体を蝕んで、最悪死に至ったかもしれない」

「それを抑えたのが、……ビィですか」

 言いながら、デュオは自分がビィに向けて言った言葉を思い出していた。

――……もしも、あいつに何かがあったら、止めてくれないか

「まさか、マスター以外の言う事を聞くとはな……」

「え?」

「ああ、いえ。こっちの話ですよ」

 小さく零した言葉をセイレンに拾われたデュオは、咳払いをしながら誤魔化した。納得していないようなセイレンであったが、デュオに渡した書類を再び手に取り、司令室の扉を見た。

「しかし、この結果を一番に知らないといけない当の本人が見当たらないのだけど?」

「ああ、リュウなら」

 デュオは自分の背後にある窓を見て、口元に小さな笑みを浮かべた。

 

 昨日までの雨が嘘のように、今日は晴天が広がっていた。

 

 リュウはビィを連れて、人気の少ないこの場所にやって来ていた。きっと他には誰もいないだろう、と思いながらリュウは石階段を上る。穏やかな風が、手に持っている花束の香りを鼻に届けた。

「ビィ、もうすぐ目的地に着くぞ」

「了解しました」

 リュウの一歩後ろを歩くビィが頷く。そういえば、ビィは疲れを知らないのかと思いながらリュウは苦い笑みを浮かべた。久しぶりに歩く石階段は、思っていた以上に長い距離を感じさせた。

「マスター、この先には何があるのでしょうか」

「簡単に言うと、墓だよ」

 ビィの問いに答えると同時に、階段が終わる。最後の一段を上がった先には、いくつもの墓が立っていた。リュウは迷いなく、目的の場所に向かって歩く。

「……」

 リュウの足が止まった。視線の先には、とある墓の前に立つ黒いスーツを着た男性の姿がある。男性は足音に気付いたのかリュウの方に顔を向けた。

「龍」

「……親父」

 リュウとよく似た瞳を持つ男は、リュウの言葉を受けて柔らかな笑みを浮かべる。

「マスター、あの方はマスターの」

「ああ、俺の父親だ」

 リュウは小さく息を吐き、自身の父親――藤和竜也の元へ進む。竜也はリュウの後ろを歩くビィの姿を認め、小さく首をかしげた。

「おや、その子は? まさかお前のかの」

「俺のバディだ」

 竜也の推測を打ち消すように、リュウが声を上げる。それに続くように、ビィはリュウの隣に立って竜也を見上げた。

「リュウ・フジカズと契約したドール、ベリー・オブ・ブラックです。マスターからはビィと呼称されています」

「ドール……まさか」

 竜也は視線をビィからリュウへと変える。言葉の続きは必要なかった。リュウは、竜也の視線に答えるように頷く。

「そうか……あそこにはもう、行かないようにしていたからな……。もう、どこかに居なくなってしまったと思っていたよ……」

「親父は、知っていたのか? 母さんが、ドールを作っていたこと」

「……お前が初めて頼みごとをしてくれた、ってヒスイが喜んでいたからな」

 ふっと、懐かしむように竜也は笑みを浮かべた。

「お前は、物欲がないのかって思うぐらいおもちゃも絵本も欲しがらなかったからな。けれど、唯一欲しいって言ったのが『お姉ちゃん』だったからなあ」

 竜也はビィと視線を合わせるように腰を屈める。

「龍が六歳のころだったからな……その頃なら、本当に君が龍のお姉さんだったのかもしれないな」

 首をかしげるビィを見て、竜也は目を細めて笑う。ビィの柔らかな髪を、竜也は優しく撫でた。

「龍を守ってくれてありがとう」

「マスターを守ることが私の存在理由であり、そして」

 ビィはふっと視線を落とし、わずかな沈黙を生む。今までにない行動に、リュウは疑問を含んだ視線をビィに向けた。ビィは顔を上げ、紅い瞳をリュウに向ける。

「私を創った、ヒスイ・フジカズの願いです」

 風が吹く。リュウの頬を撫でる風は、まるで――幼いころ頬に触れてきた母の手の感触に似ていた。ふわり、とビィの二つ結びの髪が揺れる。

「……ビィ」

 自分を見上げる少女の顔に、自分を優しく見つめていた母の姿を重ねる。全く違う表情をしているはずなのに、何かが同じように、リュウには感じられた。

「ありがとう」

 リュウの言葉に答えるように、また、風が吹いた。

 

 

 

File06:人形使いの狂気   ...END

 

 

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