File 06 :人形使いの狂気

 

01

 

 覚えているのは、鮮やかな赤だけだった。

 その日、リュウの目の前に現れた女は、彼の母親を殺した。

「……私は忠告したのよ、ずっと。これが、幸せの形だって」

 女は、倒れたリュウの母親を見下して、虚ろな声で呟く。

「何度も何度も言ったのに、聞いてくれなかったのは姉さんなのよ。でも、これできっと、わかってくれる」

 そして、女は視線を倒れたリュウの母親から、すぐそばにいたリュウに向ける。

「貴方なら、わかってくれるでしょう? ねえ、龍」

 

 目覚めた瞬間、リュウは全身が冷え切っていることに気付いた。

 額に手を当てると、まるで頭から水を被ったかのように濡れていた。それが汗であることに気付くまで、数秒かかるほどずぶ濡れの状態だった。

「……くそ」

 起き上がって、リュウは時計を見る。時刻は『3:36』と示されていた。窓の外は暗く、ざあざあと雨の打つ音が響いていた。

「マスター」

 ぼんやりと窓の外を見ていたとき、リュウの耳に声が届く。声の方を向くと、椅子に腰掛けていたビィがリュウの方を向いていた。

「脈の乱れと呼吸の乱れが見られます。何か異常事態が発生したのでしょうか」

「……いや、なんでもない。少し、悪い夢を見ただけだ」

「マスターは、どのような内容の夢を見られたのですか」

 ビィが尋ねる。紅い瞳は、疑問を抱いているようにリュウを見つめている。

「お前、夢に興味があるのか?」

「夢には覚醒時に起きたことが反映されるというデータがあります。マスターの睡眠の乱れが夢にあり、覚醒時での出来事に影響する因子があるのであれば、私が除去できる可能性があると考えました」

「……覚醒時の出来事、か」

 リュウは小さく息を吐き出し、苦い笑みを浮かべた。

「それが除去できるなら、してもらいたいものだな」

「それは、どういう意味でしょうか」

「もう終わったことだ。忘れられない嫌な記憶を思い出すんだよ」

 ざあざあと、雨の音が室内に響く。暗い室内の中では、リュウの瞳にも光は灯らない。

「……シャワーを浴びてくる。お前も休んでろ、ビィ」

「了解しました」

 リュウの指示を受けたビィは目を閉じた。それを見て、リュウはゆっくりと立ち上がってシャワールームへと向かった。

「悪い夢だ」

 シャワーの蛇口を捻ると、雨のように水がリュウにかかる。黙ったまま、リュウは顔を俯けた。頭から体に、水が落ちた。

「……母さん」

 ざあざあと、雨の音だけがリュウの耳に響く。

 

「ここ数日に発生している事件、貴様はどう思う、デュオ」

「到底、人に尋ねるような口調には思えませんね、フリジアさん」

 午前十時、機動部隊第三隊の司令室でデュオとフリジアは向かい合って接客用のソファに腰掛けていた。苦笑いを浮かべながら言うデュオに対して、フリジアは鋭い瞳を向ける。

「私の口調に関する質問は一切していない。私は、あの事件のことを尋ねたはずだ。この数秒の記憶すらもまともに出来んのか、貴様は」

「……はい、すみません」

 この人には一生敵わない。そう思いながら、デュオはテーブルの上の書類を手にとった。

「連続魔法使い殺人事件。殺されたのは魔法使いの女のみ。魔導士・魔術士は狙われておらず、また、魔法使いの男も被害にはあっていない。俗に言う、魔女だけが狙われているこの事件ですね」

「犯人は魔導士、魔法使いでランクがAA以上の者。だが、登録外を含めば該当者は100人前後ということだな」

「あくまでその数値は推定です。登録外は完全に管理局で把握しきれていませんし、100人以上いる可能性はかなり高いです」

「そして、お前はどう思う?」

 再び同じ問いを、フリジアはデュオにした。思考の沈黙が数秒続いた後、デュオはゆっくりと口を開く。

「遺体は顔以外を切り刻まれ、周囲に血が散乱していました。まるで、赤いドレスを着て倒れていたかのようにも見えました。そして、すぐそばには契約者不明のドールが発見されていた」

「現場の状況などどうでもいい」

「その状況から判断して、俺は……ルイ・ツブラギが犯人である可能性があると感じました」

「……やはりな」

 デュオの答えを聞いたフリジアは息を吐き出しながら頷いた。

「二十年前の事件。あの女――“人形使い”ルイ・ツブラギが起こしたものと酷似している。顔以外の傷、散乱した血、魔法使いの女の被害者。それから十年後に発生した連続魔女殺害事件。それと今回の共通点は」

「自分が犯人であることを示すかのようなドールの破棄。それも、これまで起きた五件とも、別々のドールを用意している」

「奴は、自分がしているということを主張したいようだな」

 フリジアは早口で苛立ったように言う。それは、犯人が特定されているのに捕まっていないという現実に対する苛立ちが含まれているのだろう。

「あの女の動向は掴めているのか」

「いいえ。元々、登録外であることから、魔力波動を感知することはできていません。しかも、ルイ・ツブラギは自分が動かずにドールを使って殺害しています。彼女自身の魔力波動を感知することは困難かと」

 デュオの意見に、フリジアは舌打ちをする。

「あの女は、何を目的としている? 自分と同じ魔女を殺すことで快感を得たいのか?」

「フリジアさんはどう考えているんですか?」

「私は二度も同じことを言うほど、優しい人間ではない」

 いちいち上から目線の口調に、デュオは引きつった笑みを浮かべ、何も言えない自分がいる現実に少しだけ悲しく思っていた。

「貴様はどう思う、デュオ」

「俺には、快感を得るためという目的には思えません。でも、その目的は俺にはわかりません」

「そうか」

 フリジアはそう言って、立ち上がった。デュオは、フリジアが部屋を出る前に尋ねた。

「どうするつもりですか。この件に、あいつを出させるつもりですか」

「……私に訊いてどうする。最終判断は、あいつがすることだ」

 ばたん、と大きな音を立てて扉が閉まる。部屋に一人になったデュオはテーブルに肘をついて手を組み、頭を手に当てて俯けた。大きなため息が、デュオの口から吐き出される。

「……わかってますよ、それぐらい」

 

 ルイ・ツブラギ。

 登録外魔法使いの女で、推定カラーコードは黒。

 二十年前、ある魔法使いの女を殺害し、一旦姿を消した。

 それから十年経った、今から十年前、再び殺人事件を起こす。今度は、最初の魔法使いを殺したのと同じように顔以外を傷つけて辺りに血を散乱させた。

 しかし、最初の事件と違う点は、そのすぐそばに機能が停止したドールが放置されていることだった。そのドールに被害者の返り血がかかっていたことから、ルイ・ツブラギはドールを使って殺人を犯していたと考えられた。現場に放置されていたドールは毎回毎回違うドールで、一つ一つ新しく作っていたと考えられる。それゆえに、ルイ・ツブラギは“人形使い(ドール・マスター)”と呼ばれることとなった。

 最初の事件から二十年経った今。十年前と同じような連続殺人事件が起きている。世間の人々はこれを『魔女狩り』と呼んでいる。

 そして、彼女が最初に犯した殺人の被害者は――

 

 

 

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