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「くっそ、速い……!」
ロードは攻撃をしようと剣を振るうが、鳥形の魔獣ということもあって、飛んで攻撃を避けている。魔獣はロードに向かって悲鳴のような鳴き声を上げる。鼓膜をひどく揺さぶるその鳴き声に、ロードは表情を険しくさせた。
「くっ……!」
直後、魔獣はロードに向かって飛んできた。それに気付いたロードは剣を構え、振りかざそうとした。が、
「何っ?!」
剣の刃の部分を鉤爪で掴まれてしまった。このまま魔術を発動させても、魔獣には攻撃があたらない。必死で剣を取り戻そうと振っているが、しっかり掴まれていて全く動かない。
「くっそ、放せ!!」
そのとき、魔獣は羽を大きく羽ばたかせ始める。強い風が吹き、ロードの体が吹き飛ばされそうになり、手の力が弱まっていく。
「やば……い……!」
「魔術展開!!」
ロードの後方から声が上がった。青い光がロードの横をすぎると、その光が縄のように魔獣の羽を縛る。自由を奪われた魔獣は悲痛な鳴き声を上げて、地面に叩きつけられた。
「今よ、ロード!!」
後ろから聞こえた声に、ロードは振り向く。ロッドを横に構えて持ち、その両先端から青い光を出しているエコの姿があった。
「……エコ、何で」
「あんたが止め、刺すんでしょ?! 早くしなさいよ!」
エコが怒鳴ると、ロードはびくりと肩を震わせて魔獣のほうを見た。魔獣は縛られている状態だが、逃れようと抵抗して暴れている。しかし、この状態なら胸を貫くのは容易い。
「魔術展開!!」
胸の中心に魔法陣が現れる。ロードはその中心に目掛けて剣をつき立てる。瞬間、ぱんと弾ける音がして魔獣は砂となって消滅した。地面に残ったのは、緑色に光る魔鉱石だけ。
「はあ、何とかなった……」
魔鉱石を手にした瞬間、ロードの全身の緊張が一気に解けた。そのとき、後ろからどさっと何かが落ちる音がした。見ると、そこには俯いてしゃがみこんでいるエコがいた。それを見てロードは慌ててエコのもとに向かった。
「え、エコ?! 大丈夫か!!」
「……った」
「え?」
震えるエコの言葉が聞き取れず、ロードは聞き返す。エコはゆっくりと顔をあげた。
「よかった、無事で」
目には涙が溜まっており、瞳がふるふると震えている。今まで一度も見たことのないようなエコの表情。少女らしい、その安堵の表情にロードは頬を赤らめた。
「お前も……大丈夫、か?」
「うん……ちょっと、魔力使いすぎた、だけだから」
「そっか。立てるか」
ロードが手を差し出すと、エコは頷いてその手を掴み、立ち上がった。エコは目の端に溜まった涙を指先で拭い、ふっと微笑む。向かい合って立つロードも気付いたら微笑んでいた。
「……あのー、お二人さん。いい雰囲気なのはいいけど、そろそろリュウ先生に連絡とらない?」
突然聞こえてきたサイルの言葉に、ロードとエコははっと表情を元に戻して、サイルのほうを向いた。
「いい雰囲気じゃない!!」
ロードとエコ、同時の叫び声は森中に響いたのだった。
「想像以上にいい出来だった。期待した以上だったから驚いたぜ」
にこにこと笑いながらリュウが言うのに対し、学生三人組はぐったりと疲れた表情でリュウを見ている。その中で、ゆっくりとエコが手を挙げた。
「……先生、一つ確認したいことがあるのですが」
「どうした、エコット?」
「その……、あの魔獣は、Dランク以上だったと、感じたんですけど」
「私もそう判断できました」
エコの言葉に重ねるようにリュウの隣にいたビィが発言した。その言葉に、三人は一斉にビィの方を見た。
「私が感知した魔力波動はCランク、仮死状態から回復した状態ではBランク程度あると判断できました」
「Bランク?! 学生に対応させるものじゃないですよね、それ!!」
ビィの言葉にサイルがリュウに向かって叫ぶ。するとリュウは頭を掻きながら、苦い表情を浮かべた。
「いやあ、まさか仮死状態でランク上昇するとは思わなかったな。けど、お前らなら何とかなるとは思っていたぞ」
「どういうことですか?」
「それぞれの機動部隊で学んだことは多いだろう。各部隊の奴らからお前らいい評価貰ってたぞ」
「いや、だからって……」
「じゃあ、あれだ。簡単に言うと、火事場の馬鹿力ってやつだ」
にっこりと笑って言うリュウの言葉に学生三人は引きつった表情を浮かべるしか出来なかった。
その翌日。
「おい、テメェら。少しでも気ィ抜いた走り方したら追加十周だからな」
学生三人は、別の実習生と混ざって第一隊の特別訓練室にあるランニングマシンを使ってランニングをしていた。三人はすでに五周走っており、表情には疲労の色が見えていたが、指導者のレンは止めさせる様子はない。
「……お、おれ、も、もう……」
「負けるなサイル!! お前がやめたら俺たちが十周追加されるぞ!」
「なら、私も、抜ける……わ。あんただけ頑張りなさい、ロード」
「ちょ?! お前も何言ってんだ、エコ!」
三人の走る光景を、レンの横でリュウが見ていた。
「リュウ、テメェ人の実習に便乗して手ェ抜こうと思ってんじゃねぇぞ」
「いやー、俺じゃこんな実習は思いつかなかったわー。さっすがレン先輩っすねー」
「バカにしてんのか、ああ?」
ぎろ、と睨んでくるレンの視線を受け流してリュウは三人の様子を見ていた。
「人の部隊の設備を使うとは、いい身分になったものだな、リュウ」
そのとき、リュウとレンの後ろから低い女性の声が響いた。声を聞いた瞬間、二人はびくりと肩を震わせた。ゆっくりと振り向くと、そこには腕を組み仁王立ちをしている第一隊隊長フリジアの姿があった。
「隊長……。何ですか、こんなところで」
「何だ、とはどういう意味だ、レン。第一隊の施設を、第一隊の隊長である私が見ていて、何の問題があるという」
「……相変わらずだなあ」
ぽつり、とリュウがフリジアから視線をそらしながら呟く。が、その言葉に気付いたのかフリジアは視線をレンからリュウに向けた。その視線は、どこか睨んでいるようにも見える。先ほどまでのレンの睨みは受け流すことができていたリュウだが、フリジアのものとなると受け流すどころか顔をそらすことすらできない。
「第三隊所属魔導士リュウ・フジカズ。何故お前は第一隊の施設を利用している?」
「あー…、が、学生の実習の観察、ですよ」
「学生の実習、か。貴様も実習担当をするようになったとはな」
そう言って、フリジアはリュウの隣に立つ。必死で走る学生の姿を見て、小さく息を吐き出した。
「わざわざ他の部隊で実習をさせるとは、何処かで見た事のあるやり方だな」
「今まで体験した中で一番効果的な実習だと思いましたからね」
苦い笑みを浮かべて、リュウはフリジアを見ながら言う。フリジアは首を動かさず、目だけでリュウを見て鼻で笑った。
「私が実践させるもので非効果的なものがあると思っているのか、リュウ」
「……滅相もございません」
リュウはがくりと肩を落として小さく零した。
File 04:教官、リュウ・フジカズ ......END