File 02:学園のストレンジ・ブラック
01
ある日の魔術指導訓練所。入学四年目の学生たちの教室。
「まあね、座学が面倒なのはわかるわ。私も学生の頃は、心底嫌いだったから」
授業開始から五分。突然、その座学教官、ミリーネはそんなことを口走った。
「魔術の歴史を知って何になるって思うでしょ。確かにね、現場で歴史を問われることは絶対にないわ。うん、何年か働いてる私が言うんだもん、間違いないわよ」
ミリーネの口調は少し砕けたようなもので、学生たちにとっては聞きやすいものだった。まるで、友人の持論を聞いているかのような感覚で、聞きやすい話だった。
「まあ、そうは言っても一般教養の中で知らないといけない内容なのよね。やっぱり将来的に仕事場に出て、何気ない会話の中では出てくるわよ? ほら、あの魔術コード作ったのって誰だっけーとか、あのアホみたいなコード考え出したのはどこのどいつだ、とか」
「先生、それ、本当ですか?」
一人の学生がミリーネに、不安げに尋ねると、ミリーネはにっと笑って答えた。
「これ、昨日私が魔導士と話した本当の内容。で、そいつは『コード作った奴を覚えてどうする、使えればいいんだよ』って言ってたわよ?」
「っくしょっ」
「マスター、どうしましたか」
部屋で報告書を書いていたリュウの声を聞いたビィが、無表情のままでリュウの方を向いた。リュウは鼻の下をこすりながら、首を傾げた。
「んー……誰かが俺の噂でもしてるのか?」
「鼻の奥の粘膜が刺激されることによる反射運動と、陰でマスターの話がされていることが関連するとは考えにくいです」
「誰かに噂されているとな、くしゃみがでるっていう……迷信、みたいなものがあるんだよ」
「迷信、と言っている時点で正確な情報ではないと考えられます。何故、そのような不正確な情報をマスターは信じているのですか」
ビィの言葉を聞いて、リュウは大きく息を吐き出す。
先日、ビィと契約したばかりのリュウにとって、ドールと一緒に生活するということは想像以上に難しい事ばかりだった。コミュニケーションをとるにも、普通の人間とするものとは全く違う。いちいち、説明しなければならないし、冗談交じりな事など理解してもらえないから、言っても無駄なのだ。
「……ビィ」
「はい」
「時にはな、あまり気にしないでその話を聞き流す技術って言うのが必要なんだよ」
「聞き流す技術、ですか」
ビィは無表情ながらもリュウの言葉に疑問を抱いているような様子を見せた。首をかしげる姿に、リュウはふっと微笑んだ。
「まあ、な。そのうちわかるさ」
「それは具体的に、何時でしょうか」
リュウはがくり、と肩を落とした。
「えー、これで本日の講義を終了します」
ミリーネのその言葉に、教室内にいた学生たちからため息や安堵の声が上がった。そんな様子を見て、ミリーネは自分が学生だった頃をふっと、思い出していた。しかし、すぐに頭を学生時代の自分から今の自分に切り替え、持ってきていたファイルを開いた。
「そうそう、今年から実践訓練が開始なのは知ってるわね。で、希望するカラーコードを、先日配った調査票に記入して明日の朝までに提出すること! いい?」
ミリーネが言うと、学生たちは「はーい!」とやけに元気な返事をした。明日何人忘れてくることか……と内心不安に思いながら、ミリーネは教室を出た。それから、学生たちはそれぞれ帰宅の準備をする。
「ねえねえ、カラーコード、どうする?」
帰宅する学生たちの間で話題になっているのは、今年から始まる実習の希望カラーコードについてだった。
魔術士、魔導士を目指す訓練所の学生たちにとってのメインイベントはこの実習。実際の現場で自分の魔術を使うことが出来るということもそうだが、今回の実習で自分が希望するカラーコードと適正があるかどうかが決定されるという重大なものなのである。希望のカラーコードは後に変更できるが、自分の希望通りに行かずに脱落する生徒も多いという。
「えー、私は白かなー……」
「やっぱり俺は赤だな! 火力強くてガンガンいける魔術好きだし!」
「俺は青の方がいいな。使い慣れれば案外、何でも出来るし」
「いや、黄だろ。使いやすいし、守りも出来るし」
「おい、ロード。お前はカラーコードどうするんだよ? やっぱり赤か?」
「黒」
尋ねられた学生――ロードは即答した。あまりにもはっきりと答えたロードに、一緒に歩いていた学生たちは驚きの表情を浮かべる。
「うっそ。ロードが黒? 信じられない」
「おい、ロード。お前も赤だろ? だって、あれだけ使いやすい、って言ってたのに」
「赤が使いやすいのは当たり前だろ。基礎魔術の一つだから」
自分が黒、と言ったことに対して不信な反応を受けて、ロードはむっと表情を曇らせた。すると、ロードの言葉を聞いた一人の学生がからかうように言った。
「黒なんて地味じゃねえか。しかも使いにくいし、色々面倒だし」
「使いにくいからなんだよ」
いちいち突っかかるように言ってくる学生に対し、ロードは苛立ちを募らせる。
「お前みたいな単純なヤツには赤ぐらいがお似合いだ」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやる」
「あぁ?! んだと!」
「何だ、文句あんのか!!」
二人は向かい合って立ち、ケンカ腰で怒鳴りあう。それを見て、他の学生たちは呆れのため息を盛大に吐き出した。
「ほんっと、ロードって単純なのにねえ」
「まさに赤向けの性格だと思うけど、黒を選ぶって意外だよなあ」
「まあ、本人の希望だからね。多分、実習でぶっ潰されるよ、アレ」
うんうん、と頷きながら学生たちはロードの怒鳴る姿を見つめていた。