第二十六章
沙弥と亜華音。二人の戦う姿を、時雨は見つめている。
「……っ」
動かなければならないと思っている自分と、動いてはいけないと思っている自分がいる。時雨は二人の戦っている様子を少し前のめりになりながら見つめていた。足が、わずかに震えている。
「私が……」
私が、止めなければ。そう言いかけた時雨だったが、言葉は出ない。
止めるとしたら、誰を? 何故、止める必要がある? 全ての始まりは誰から? それは――
「私の、せい……」
呟いた時雨はぎゅっと目を閉じた。
暗闇の中に、自分が立っている。
目の前に広がる闇に、俯いていた顔を上げると、いくつもの声が彼女に囁いた。
[苦しい]
[辛い]
[悲しい]
[怖い]
[寂しい]
[悔しい]
[羨ましい]
[変わりたい]
恐怖で動けなくなっていた亜華音に、沙弥の紫の剣が向かう。
いくつもの感情が混ざり合った沙弥の瞳に、すでに心が貫かれていたような気さえ覚えていた亜華音は、剣を構えることも、動くことも出来なかった。そんなことを知りもしない沙弥は、剣を真っ直ぐに振り下ろす。
その時だった。
沙弥の剣が何かにぶつかり、耳障りな甲高い音が鳴り響いた。沙弥の大きな紫の剣を受け止める、その人物は
「ま、きた……先輩」
歯を食いしばり、細く青白い刀で沙弥の剣を受け止める透。険しい顔をして、刃の部分にも手を当てているが、透の体は少しずつ下がっている。
「何故、止めるの。真木田透」
「戦うつもりはない、千条亜華音はそう言ったはずだ」
苦しそうな声で、透は沙弥の問いに答えた。亜華音は驚きで大きく目を開き、目の前の光景を信じられないような様子で見つめている。
「武器を下ろした人物を攻撃してまでも、お前は時雨のそばにいたいのか」
「そう。それで、時雨のそばに居られるのなら」
「宇津美の考えも、お前の考えも……理解できない」
それは苦しみなのか、それとも怒りなのか、震えた低い声で透は言った。沙弥は表情に感情を見せては居なかったが、透の刀を押す力は更に強くなっていたことに気づいた。苛立ったように少し早口で、沙弥は透に言う。
「貴女にはわからないのよ、真木田透。私がどれほど時雨を思っているのか、時雨を必要としているか」
がちがち、と震える音。透も沙弥も、先ほどまでよりも力を加えていた。いつ、どちらかが押し切ってもおかしくない様な緊迫感が、二人の間に漂っていた。
「そうやって、奪うことでしか得られない……お前も時雨と同じだ……!」
透は歯を食いしばる。怒りに震える声に、沙弥が少し目を大きく開いた。そして、その言葉を聞いていた時雨もはっと顔を上げた。
「奪うことでしか……得られない……」
自分を表す的確な言葉。胸のあたりの服をぎゅっと握り締め、時雨は苦しげな表情で再び目を閉じる。
「そんなお前たちに、負けたくない」
透の刀に、白い光が灯り始める。光は少しずつ、強さを増してゆく。
「私は、負けたくない!」
びゅん、と風が吹き抜けたような強い音がした。沙弥が握っていた紫の剣はその手の中にはなかった。
「はじき……飛ばした……」
亜華音が小さく呟いた直後、紫の剣は沙弥の背後の地面に突き刺さった。そして、透の刀の先端が沙弥の首すれすれに向けられる。間は、ほんの数センチしかない。
「沙弥!」
そのとき、大きな声が響いた。呼ばれた沙弥が声のほうを向くと、そこには美鳥を抱きかかえているナナコの姿があった。
「退くよ。今の状況は、あまりよくない」
にこりと微笑むナナコを見て、沙弥は不快そうな視線を透と、亜華音に向けたあと、後ろに跳躍してナナコのほうに向かった。透は刀を下ろし、反乱組織の三人を見る。亜華音もナナコに抱えられている美鳥を心配げな表情で見つめる。その視線に気づいたナナコはそばに来た沙弥を見てから、亜華音のほうに笑みを向けた。
「大丈夫だよ、亜華音くん。美鳥は少し、疲れただけだ。何も心配ない」
「よかった……」
ほっと安堵したような亜華音の顔を見たナナコは、口元をにやりとゆがめた。
「透くん。私たちはこれで失礼するよ。またね」
そう言って、ナナコたちはふっと姿を消した。ナナコが立っていたすぐそばに、倒れている人影を見つけた透はハッと眼を開いて、走り出した。
「芳夜……」
倒れている芳夜が気絶しているだけだとわかった透は、芳夜の腕を自分の肩にかけた。立ち上がったとき、芳夜の体がやけに軽いように感じた透が視線を横に向けると、芳夜の顔の向こう側に、亜華音の姿が見えた。
「崎森先輩、大丈夫……ですか?」
「問題ない。多少、無理をしただけだ」
透の返事を聞いて、亜華音は「よかった……」と小さく呟いて穏やかに微笑んだ。美鳥の時と同じ、安堵したような表情。
「出るぞ」
「あっ、はい」
アカツキを出る直前、亜華音は視線を後ろに向けた。一人立って、どこか悲しげな顔をしている時雨は、何も言わずに亜華音たちを見ていた。何か声をかけたかった亜華音だったが、何も言えず、そのままアカツキを去った。