「うっわー、雰囲気出てるー」

「これこそまさに幽霊屋敷! ああっ、こんな場所があるなら早く見つけたかったわ!」

「……むしろ見つかってほしくなかった」

 先ほどまで昼間だったはず、と錯覚してしまうほど屋敷の中は暗かった。床は軋み、埃が鼻をくすぐる。そんな中でも、里佳と光貴は外と変わらぬテンションを保っていた。

「でも意外と広いな。外から見たら結構小さい感じがしてたんだけど」

 鞄から懐中電灯を取り出した光貴が、辺りを照らしながら感想を言った。軽く見ただけで扉が五つ以上ある。

「よし、決めた! 手分けして幽霊探しよ!」

「……はい?」

 突然の思い付き、という言葉がぴったりの里佳の発言に、夜維斗は引きつった声で聞き返した。

「こんなに部屋があるんだから三人一緒に回っても時間かかるでしょ。だから、手分けして探すの。全く、あんた頭いいんだからこういう時に働かせなさいよ」

「むしろお前が普段から働かせろ」

「はいはい。じゃ、手分けして探すっていうなら、俺はあっち探すぜ」

 ぽんぽんと、里佳と夜維斗の肩を叩いた光貴が目に付いた適当な扉を顎で示しながら言う。その表情は、いつもと同じこの状況を楽しんでいる笑顔。

「あたしはあっち! 夜維斗は奥の扉から攻めていきなさい! 何か見つけたらあたしに連絡しなさい!」

「りょーかい」

「……はあ」

 里佳の命令に、光貴は敬礼の真似事をしながら、夜維斗はため息で返事をした。そして、里佳と光貴はそれぞれ示した部屋に入ってゆく。夜維斗はそんな二人の背中を見送るように、入り口の前でぼんやりと立っていた。完全に二人の姿が見えなくなった夜維斗は、いっそこのまま帰ってしまおうかと振り向いた。

「何してんだ、お前」

「……ですよね」

 扉の前に立ちはだかるように現れた椎名の紅い瞳を見て、夜維斗は誰に向けるわけでもない言葉をぽつりと零した。諦めたようなため息を吐く夜維斗を、椎名の隣に立つ胡蝶は首をかしげて見る。

「もしかして、帰ろうとした、とか?」

「もしかしなくてもそうだろ」

「本当に椎名君そっくりだね。仕事したがらないところとか」

「……かもな」

 半ばどうでもよさそうに、椎名は胡蝶の言葉に返事をしながら屋敷の奥に歩みを進める。続いて胡蝶が椎名を追いかけ、夜維斗がけだるそうにそれについて行った。古い床が軋む音を立てるが、音源は夜維斗の足元のみ。夜維斗の前方を歩く二人の足元からは一切の音が発生していない。

「ここだな」

 そして、一番奥の部屋の扉の前に立ち、椎名と胡蝶が同時に夜維斗の方を見た。

「何ですか」

「開けろ」

「は?」

「扉を開けろ」

 椎名は扉の取っ手を握ろうとするが、白い手はすっと取っ手の中に溶け込んで宙を掴んでいる。それを見てようやく状況を理解した夜維斗が、また小さくため息を吐いて取っ手を握った。少し捻ると、ぎぃ、と耳障りな音がして扉が開かれた。長い間人が入った形跡のないその部屋は、埃まみれで、窓から差し込むわずかな光で埃がきらきらと輝いていた。椎名たちより先に夜維斗が部屋に入ると、床のきしむ音が先ほどよりも大きなものになった。

「……」

 夜維斗に続いて、椎名と胡蝶が部屋に入る。

「……」

 わずかに感じる息苦しさは、埃まみれの空気だけが原因ではない。それは、夜維斗が一番嫌と言うほどわかっていた。

「――来る」

 そう言ったのは、椎名と夜維斗、どちらが先か。あるいは、同じ瞬間に言ったのか。それと同時に、三人の背後にあった扉が強い音を立てて閉まった。それを確認するように、夜維斗はゆっくりと後ろを振り向いて、椎名に尋ねた。

「もしかしなくても、俺、巻き込まれてませんか?」

「そうみたいだな」

「……関わってくるなって言ったのはどこの誰だよ」

「ご、ごめんなさい……」

 椎名に向けたはずの夜維斗の愚痴を、胡蝶が苦い表情を浮かべて謝罪する。一方の椎名は視線を変えぬまま、サングラスの下にある紅い瞳をある一点に向けていた。

――力、を

 男の低い声――のようなもの。壊れたスピーカーから発せられた音声のような、威嚇する獣の唸り声のような、それでも人の言葉を発する何か。

「お出ましのようだな」

 言いながら、椎名は左の腰に下げている刀の柄を掴む。胡蝶も苦い表情を解いて、椎名と同じ方を見ながら銃を構えた。

 何もないはずの空間に現れる、黒い、影。うねる煙のようなそれは、少しずつ人の形となってゆく。

「……あれが、影?」

 今まで見たことのあるものと様子の違う影に、胡蝶が不安げな声を上げた。感情の塊が、完全な人の姿となった。

――お前の力、を……!

 それと同時に、椎名は駆け出した。刀を抜き、影のすぐそばまで寄って、上から下に刀を振るう。

「……何っ?!」

 斬られた影の傷口から、突風のような何かが生じて、椎名の体は吹っ飛ばされた。聞こえないはずの壁に身体がぶつかる音が、夜維斗の耳に強く響く。

「椎名君!!」

 影と胡蝶の間に、椎名の刀が突き刺さる。窓から差し込む光が、刃の銀色を強く輝かせていた。

「くっ……何だ、今の……」

 壁に寄り掛かるように倒れた椎名が立ち上がろうとしたが、手に力が入らない。胡蝶が泣きそうな顔をして、椎名に向かって駆け寄っていた。

「椎名君、しっかりして!」

「大丈夫……っ?!」

 胡蝶の背後に、黒い何かが見える。にやりと笑う、影から生じた死者。椎名の目には、その死者が胡蝶に向かって手を伸ばす姿が映し出されていた。

「逃げろ!」

 椎名の言葉に、胡蝶はびくりと動きを止めた。後ろの気配に気づいて振り向くと、そこには、あの死者が。

 

 次に目に入ったのは、銀色だった。

 

「……え」

 胡蝶は紅い瞳を大きく開いて、目の前の光景を見た。

 足元には水たまりのような血溜まりと、コールタール状の黒いモノ。いつも見慣れた影の残骸と、まったく同じものだった。

 そして、その上に立つのは刀を持った、少年――月読夜維斗。

 椎名と胡蝶を見る黒い瞳は、一瞬だけ、影より深い色をしているように見えた。

「お前、何した」

 椎名はただ、尋ねるしかできなかった。しかし、この状況だけ見ていれば何が起きたかなど、問わなくてもわかっていた。

「……椎名さん」

 夜維斗は自分が握っている刀を見ながら、椎名に言う。

「これ、護身用に使えますね」

 

「しゅげっちゃーん、収穫はー?」

「んー、何もない。写真も撮りまくったけど、心霊要素写ってないっす」

「夜維斗はー?」

「特になし」

「あー、もー!」

 数時間後、再び集合したオカルト研究会の三人は屋敷の庭にレジャーシートを敷いて、夜維斗の作った弁当を食べていた。

「何なのよ、もう! 全然人影ないし、声しないし! 聞こえてきたのは夜維斗とかしゅげっちゃんが歩く音ぐらいじゃないの!」

 むすっとした表情で不満を述べながら、里佳はおにぎりを頬張った。まだ口の中にものが入っているというのに、里佳は続いてミートボールに箸を伸ばす。

「こらー、里佳。お行儀悪いぞー」

「はっへ、ほうへもひはひほ、ははひほひはひはほははははひわ!」

「……月読、訳」

「だって、こうでもしないと、あたしの怒りは収まらないわ」

「おおー」

 まだもぐもぐと口を動かしている横で夜維斗がけだるそうな表情のまま里佳の言葉を訳して、光貴が感心の声を上げて小さな拍手をした。

「さすが月読、リスニングも満点取るだけあるな」

「これ、リスニングの問題か?」

「ったく、それぐらい訳せたからって調子に乗るんじゃないわよ、夜維斗」

 ようやく食べ終わった里佳が夜維斗の顔にミートボールが刺さった箸を向ける。それに対してまた光貴から「行儀悪ーい」と非難が上がった。

「はいはい」

 そんな対応に慣れているのか、夜維斗はおにぎりを食べる。少し塩が強かったか、と思いながらふっと屋敷を見上げた。

「……しかし、シュールなことしてるな」

 状況を思い出したかのように、夜維斗は呟いた。

「何がシュールよ?」

「幽霊屋敷の前でピクニック」

「こうでもしないと経験できないことじゃね?」

 へらり、と笑いながら卵焼きを食べる光貴に、夜維斗は呆れのため息を吐き出す。これで今日何度目のため息か、数えたくもない。

「やけに疲れた気がする」

「何言ってんのよ夜維斗! あんた、適当に部屋ふらふらしてただけのくせに疲れたなんて言ってんじゃないわよ!」

「そうだそうだー。お前だって写真の一枚や二枚ぐらい撮ってこいっつーの」

「面倒」

 里佳と光貴の言葉にそう返すと、二人から何かぎゃあぎゃあと非難のような言葉が飛ばされる。それを受け流しながら、夜維斗は空を見る。

「……もう関わってこないよな、あの人ら」

 

――後日。

「どうも、お久しぶりです」

 とある平日の学校帰り。夜維斗のアパートの部屋の前に、奇妙な姿の人物がいた。

「……またあんたか」

「はい、またです」

 にこり、と人形のような笑みを浮かべる常磐の顔を見て夜維斗は疲れ切った表情をさらにぐったりとさせた。

 いつかのように常磐を家に上げ、夜維斗はしぶしぶ事情を聞くこととなった。関わってくるな、と言いながら何故自分に話を持ちかけるのだろう、と思いながらも断れない夜維斗は、自分自身に向けて小さなため息を吐き出した。

「実は、こちらの人物についてお尋ねしたいのですが」

 いつかのように常磐は写真を机の上に出す。そこに写し出されている人物を見た途端、夜維斗は「あ」と小さな声を上げた。

「ご存知ですか」

 確信を持った常磐の言葉に、夜維斗は素直に頷いた。

「現在、彼を椎名と胡蝶が輪廻の輪に戻そうと必死になっているのですが、どうも逃げ足が速くて」

「あー、もうちょっとだけ待ってもらえませんか。こいつがいなくなると、ある人の生命に関わるんで」

「……生命?」

 少しだけ驚いたような顔をして、常磐は夜維斗の言葉を繰り返した。そして、夜維斗は少しだけ表情を引きつらせて続けた。

「前のこと、俺を囮にするために行かせたんだろ。なら、その貸しだ。こいつを送るのは見逃せ」

「とは言いましても、僕が止めるよりも椎名がどうかする方が先かと」

 いつも通りの笑みを浮かべ、おまけに肩を竦めながら、常磐は言った。その言葉に何か言おうとした夜維斗だったが、椎名と写真の相手の組み合わせを考えたら、言う気力を失った。

 同時刻、とある公園。

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと送られやがれ!!」

「タイム! タイム!! 今、オレがいなくなったら文葉が死ぬからぁ――――!!」

 喪服の男女に追いかけられる黒い長髪の幽霊がいたとか、いないとか。

 

 

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