翌日。
「うわー、おいしそう!」
里佳と光貴に言われた通り、夜維斗はちゃんと三人分の弁当を作っていた。その調理過程を、胡蝶が興味津々と言うように見つめている。
「こんなに料理が上手にできたら、女の子にもてない?」
「そんな浮いた話はないですね」
「へえ、そうなんだ?」
夜維斗よりも背の低い胡蝶は、楽しげに笑いながら夜維斗を見上げる。何が楽しいのか、と思いながら夜維斗はその笑みを受け流し、弁当の中に光貴がリクエストしていた卵焼きを入れた。入れ終えた後、夜維斗はふと視線を椎名の方に向けた。
「そういえば、昨日の……常磐、さんって居ないんですか」
「いたほうが良かったのか」
口元に小さな笑みを浮かべて言う、椎名。それがからかいの言葉であると気付くのに、数秒の間が必要だった。
「それ、椎名君も言えないでしょ」
夜維斗の沈黙に気付いたのかどうかは定かではないが、胡蝶が呆れたように椎名の言葉を打ち返した。少しだけ、意地の悪い笑みを浮かべながら胡蝶は言葉を続ける。
「あたしから言えば、常磐さんがこっちに来てくれたかもしれないよ?」
「俺の相棒はあんただろ。あんた以外と仕事するつもりはない」
「……なんでそう、自然に照れくさいこと言えるかな……」
ころころと表情を変える胡蝶に、夜維斗は一瞬だけ里佳の姿を重ねた。しかし、胡蝶の方は里佳に比べればはるかに大人しい表情の変化だった。
「常磐はもともと現場に来るような立場じゃない。あの時来たのは、お前に確認するためだけだ」
「なんで俺に確認したんですか?」
「今回の一件は、少し特殊だからな」
ぱさ、と乾いた音が夜維斗の耳に届いた。視線を弁当箱から、椎名がいる部屋にあるテーブルに向けると、一枚の紙があった。夜維斗は中身をしっかりとつめた弁当箱のふたを閉じ、それから紙を手に取った。
「……死んだ理由とか、わかるんですね」
死神は唐突に現れて、唐突に魂を導く。そんな物語めいた印象を抱いていた夜維斗にとって、死者の詳細が書かれているその書類は意外なものだった。
「ああ」
夜維斗の言葉に頷きながら、椎名はこの一件について常磐から聞いた時のことを思い出した。
「影にもさまざまな種類があります」
「……種類?」
常磐の言葉を疑問を含めて胡蝶が繰り返した。
「ごく稀にですが、『力』というモノを求める影がいるそうです」
「その影は、生者にも影響を与えるっていう報告があるわ」
常磐の言葉を補足するように狭霧が続けた。狭霧の言葉に、胡蝶だけでなく椎名もわずかな驚きの表情を浮かべた。
「生者に影響を与える、死者?」
「そもそも、その影が求めている『力』というものが生者にしか備わっていないものらしいのです。それを求めるために、生者に影響を及ぼす」
「でも、そんなことってできるんですか?」
「先日の一件を、お忘れですか」
胡蝶の問いに常磐が問いで返す。先日の一件、と言われて胡蝶は疑問符を浮かべていたが、椎名は心当たりがあった。
「……月読夜維斗」
椎名がその名を言うと、常磐は満足げに頷く。いちいち芝居がかっているような常磐の動きに、椎名は冷ややかな視線を送った。
「彼に関しては、一般の生者と同じように扱うことができません」
その意味は、実際に夜維斗と会ったことのある椎名と胡蝶には理解できていた。
死者を見ることができる生者。それも、『葬儀屋』という特殊な死者である自分たちさえも認識することのできる、例外の中の例外、と言ってもおかしくないような存在なのだ。
「今回の場合、彼のそばに影が現れる可能性が高いです」
「……椎名君?」
胡蝶に呼ばれ、ふと椎名は顔を上げる。準備を終えたらしい夜維斗が、鞄の中に弁当と水筒を入れていた。まるでピクニックに行くみたいだな、と思いながら椎名は小さく頷いた瞬間。
「夜維斗ー!! お弁当は用意できたかしらー?!」
チャイムもノックもなく家の扉が開かれ、そこから里佳の大声が響いた。それを聞いた夜維斗は息を一つ吐き出し、鞄を肩にかけた。扉の向こう側には、満面の笑みを浮かべた里佳と片手を上げている光貴の姿があった。
「いい天気だぜ、月読。こんな晴れた日には」
「オカルト調査をするしかないでしょう!」
「はいはい」
呆れながら夜維斗は靴を履き、外に出る。扉を閉めながら部屋の中を見ると、葬儀屋二人の姿はなかった。
「……はあ」
がちゃ、と鍵のかかる音が夜維斗の溜息をかき消した。
それから三人は、噂の『幽霊屋敷』にたどり着いた。ちょうど三人の通う月原高校から歩いて十五分ほどのところ、通学路としてもよくつかわれる道沿いにあった。
「結構ここ通る子多いもんね。目撃情報が多いのも納得だわ」
「ちょうど俺たちの行き道とは逆方向だからなかなか気づかないもんなあ」
「……さっさと終わらせて帰るぞ」
夜維斗の発言に、里佳と光貴が沈黙した。二人は目を大きく開いて、互いに顔を合わせる。そんな二人の行動を夜維斗は訝しげに見た。
「何だ」
夜維斗が尋ねると、里佳と光貴は表情をそのままで夜維斗を見る。
「いや、月読が珍しく乗り気だからさ……普通にびっくりして」
「何か、嵐が来るかか槍でも降ってくるんじゃないのかしら」
里佳のからかうような言葉に、夜維斗は椎名を思い出した。きっと今の自分も、あの時の椎名と同じような表情を浮かべているのだろう、と思いながら。
「でも、あんたはもっと普段から乗り気とやる気を出すべきよ! 一度しかない高校生活を全力でエンジョイしなくっちゃ!」
そういうと、里佳は夜維斗と光貴の腕を掴み、屋敷に向かって歩き始めた。
そして、誰もいなくなった屋敷の前に、黒い喪服の二人組が立った。
「なんていうか、いかにもって感じの場所だね」
「だから集まるんだろ、そういうのが」
ひきつった表情を浮かべる胡蝶を見ながら、椎名はため息交じりに言う。
老朽化がかなり進んだせいで本来の白い色を失ったひびだらけの壁、手入れを放棄された雑草だらけの庭、人の気配が全く感じられない薄暗い窓の向こう側。胡蝶の言うところの「いかにも」がここまでそろう建物のそうないだろう、と思いながら椎名は屋敷に入って行った少年たちの背中を見た。
「何が楽しくてあんなことをするんだか」
活発そうな二人に挟まれている夜維斗に向けたように、椎名は零す。そして、胡蝶と共に屋敷に向かって歩き始めた。