「シャルフ、肩の調子はいかがですか?」
「ああ……問題ない」
セアが無事に元の世界に戻ってきてから三日後。セアに適切な治療をしてもらったシャルフの肩は傷も消え、無事に元通りになっていた。
あの爆発の後、あたりは爆煙で何も見えなくなった。シャルフとルーウェントは慌てて煙の中に入り、ルミナの姿を探したが、そこにいたのはルミナではなく、呆然とした表情を浮かべた、最初にルミナがこちらの世界に現れたときの格好をしたセアと、ルミナの赤い光の弾を自分の打ち込んだ弾ごと受けて倒れている男の姿があった。
それから三人は慌てて大聖堂に戻り、何とか勝手に外出したことをごまかし、そしていつもと変わらぬ日々を送っていた。
「わたしがいない間に、ルーウェント様もシャルフも少し変わったような気がします」
「……は?」
セアが何気なく言った言葉に、シャルフは疑問を含んだ声で聞きかえす。それを聞いて、セアはくす、と楽しそうに笑った。
「なんだか前よりも、シャルフの表情が柔らかくなったような気がして」
「……そんなことは」
「ありますよ。じゃあまた後で。後でお二人のお茶を持って行きますね」
にこりと笑ったセアはシャルフに一礼してその場を去った。取り残されたシャルフは、去ってゆくセアの背中を見ながら、ふと額に手を当てた。そこは、ルミナに櫛を投げつけられてぶつけた場所だった。
お茶の時間まで少し間があるため、セアは一度自室に戻っていた。少し休憩してからお茶の用意をしよう、と思った時、セアの視界にあるものが入った。
「……そういえば」
ドレッサーの奥にそっと隠した、あの時の服。きっとこんな格好をすることは二度とないのだろうな、と思いながらセアは白いコートと帽子を手に取った。
「あの時、ちゃんと見てなかった……」
そう言って、部屋の姿見鏡の前に立ち、白いコートを羽織って帽子をかぶってみた。
***
「……ったく、結局ぶっ壊れちまったじゃねぇか」
「だから言っただろ……」
ルミナが無事に元の世界に戻ってきてから三日後。未だ片付いていない取調室の周りを、第一隊二班と第三隊の魔術士たちが片づけを行っていた。その中には責任者として、レンとリュウの姿もあった。
「そもそも、なんで第一隊があの時あそこにいたんだよ? しかも副隊長のお前までいたし」
「重大事件になる恐れがあるから一応その場にいろ、って隊長に言われたんだよ。絶対自分が責任者になりたくなかっただけだろ、あの隊長……」
ぴくぴくと眉を不気味に動かしながらレンはその場にいない隊長のフリジアに文句を言う。その言葉にリュウも同意したが、だからと言って逆らうことができるはずもない。リュウとレンは同時に、大きくため息を吐き出した。
「ところで、ルミナのヤツはどうした?」
「ああ……昨日まで謹慎処分で始末書を書かされて、今はセイレンさんのところで検査」
「検査? 何でまた」
レンが不思議そうに問うのを見て、リュウは「あっ」と小さく漏らして口を押えた。それからリュウは苦い笑みを浮かべて「ロッドの調子を見るとかなんとか、じゃなかったか?」とぎこちなく返した。
あの爆発によって取調室は大破し、辺りは爆煙で埋め尽くされた。いつも以上に激しい魔術に、その場にいた魔術士や魔導士たちは言葉を失った。そして、ようやく状況を理解したリュウが慌てて取調室に向かった。
そして、リュウがそこで見たのはセアではなく、呆然とした表情を浮かべた、最初にセアがこちらの世界に現れたときの格好をしたルミナと、前面が真っ黒に焦げて仰向けに倒れている魔法使いの姿があった。
それからリュウは慌ててルミナを連れてその場から逃げ、セイレンのところに連れて行って何とか服を元のものに戻して、いつもと変わらぬ日々を送っていた。
「……あーあ、あの魔術使ったのあたしじゃないのになー」
検査室で検査を終えたルミナは、机に頬杖付きながら大きくため息を吐き出して零した。それに対して、セイレンが呆れたような笑みを浮かべて、ルミナの頭を撫でた。
「仕方ないでしょ。あなたが仕事ほったらかしてどこかに行っちゃうから、セア様にあなたの代役頼んだのよ?」
「ほったらかしたわけじゃないし、そもそもあたしが好きで言ったわけじゃないし! ……っていうか、その様付け何?」
「ともかく、始末書は書き終わったんでしょ? ヴァンには私から話を通してあげたし」
にやり、と笑いながら言うセイレンにルミナはぶすっとした表情を向ける。
「どーも、ありがとーございましたー」
「はい、よろしい。あ、あとこれを渡さないとね」
セイレンは机の上にそっと何かを置いた。それを見た途端、ルミナの表情が不機嫌なものから明るいものへと変わる。
「あ! これ!!」
「ここからはあまりいい情報は得られなかったから、あなたに返してあげるわ。まあ、もとはあなたのじゃないだろうけど」
セイレンが苦笑いを浮かべながら言う横で、ルミナは机の上に置かれたそれを広げて、転送装置であった鏡の元まで走った。
「このドレス、やっぱりかわいいよねー」
セイレンから受け取ったドレスを体に当てながら、ルミナはくるくると回る。その時、鏡が再びぐらりと、揺れる。
「……え?」
鏡の向こう側にいるのは、ドレスの上から白いコートと帽子をかぶった、自分によく似た少女。
「……似合ってるね」
ルミナは、鏡の向こうの少女に微笑みかける。
「……あなたも、素敵ですよ」
セアも、鏡の向こうの少女に微笑みかける。
そして鏡は元に戻り、互いに自分の姿を映すだけのものになった。
***
「ところで、リュウが下心満載でセアさんを見ていたという噂を聞いたんだけど、どうなの?」
「ぶっ?! な、何だその噂!!」
「しかし、あの時マスターの視線はセアさんの胸部に」
「わー、わーわーわー!!」
「そういえばシャルフ。あの時、どうして額にぶつけた痕があったのですか?」
「え、そんなことがあったのですか?」
「……」
「……シャルフ?」
「……思い出したくありません」
「……え?」