Magician of Black―魔導管理局の黒き死神― × TESTAMENT
――女神と、魔法少女。
「失礼しますー。セイレンさーん、司令官からのお届けものでーす」
「はいはーい」
とある日、魔導管理局検査室。ルミナは自分が所属する機動部隊第二隊の司令官から検査部長のセイレンに届け物を頼まれてやってきていた。
「届け物って?」
セイレンがデスクから離れ、検査室に入ってきたルミナに近寄る。ルミナは持っていた書類の束をセイレンに向けた。
「先週第一隊と共同で確保した魔法使いに関するデータです」
「ああ、あいつね。あれはあなたが活躍したって聞いたけど?」
書類を受け取り、文面を見流しながらセイレンはルミナに尋ねる。尋ねられた途端、ルミナは呆れたようなため息を吐き出した。
「ひっどいんですよ? あたしのこと、チビガキって言ったんです。だから腹が立って一発ぶっ放しました」
「さすが、第二隊の爆走娘ね」
セイレンのからかう言葉に、ルミナの表情がむっと曇る。
「もー、その呼び方やめてくださいよ。あたし、そんなキャラじゃないんです。おしとやかなんです、お、し、と、や、か!」
「どこの誰がおしとやかなんだよ」
胸を張って言うルミナの頭を、呆れの言葉とともに誰かが小突いた。
「誰よっ、ってリュウ?!」
想像していなかった人物の登場に、ルミナの目がはっと大きく開かれた。驚かれた方のリュウは呆れた笑みを浮かべて、ルミナの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「そんな間抜けな顔している間はおしとやかとは縁遠そうだな」
「しっ、失礼なっ?!」
「セイレンさん、検査お願いします」
「はいはいー」
「ちょっとリュウ! 真面目に聞きなさいよっ!」
自分を無視して勝手に話を進めるリュウに怒鳴るルミナだったが、当の本人は「はいはい」と笑いながら受け流すだけで、まともに聞いてない様子。ルミナは切なげなため息を小さく吐き出して、検査室を出ようとした。
「……あれ?」
ふと、検査室の隅にあった姿見の鏡に、目が行った。ルミナは何気なく、その鏡に向かって歩き、自分の全身を映した。
「セイレンさーん、この鏡、何ですかー?」
リュウの検査の準備をしているセイレンに、ルミナは尋ねた。
「ああ、それ? この間の彼が来た時の魔法陣と転送用の魔術コードを組み合わせて作った、転送装置よ」
「転送装置? へー、ただの鏡にしか見えないけど……」
セイレンの答えを聞きながら、ルミナは鏡の前で横を向いたり後ろを向いたりして、自分の姿を見る。その時、一瞬だけだが、自分の姿がぶれて見えた。
「……ん?」
そして、何気なく、鏡に触れた瞬間だった。
「きゃあ!」
「……ルミナ?!」
突然上がった悲鳴に、リュウとセイレンが同時に声を上げた。そしてセイレンが鏡に向かって走り、その後ろを追いかけるようにリュウも走る。鏡の前で、倒れている鮮やかな桜色の長髪の少女がいた。
「大丈夫、ルミ……」
「……セイレンさん?」
倒れている少女の上体を起こしながらセイレンが声をかけたが、言葉が止まった。何故言葉が止まったかわからないリュウは、セイレンが支えている少女の姿を見た。
「……誰だ、この子……?」
しっかりと目を閉ざした居るのはルミナではない、謎の少女だった。
***
「何よ、一体……?」
鏡に触れた途端、強い光に包まれたルミナだったが、その視界がようやくまともになった。あたりを見渡すと、先ほどまでいた検査室とは明らかに違う、どこかの建物の中にいた。
「もしかして、転送魔術が発動した、とか……」
「そこの女」
突然ルミナの背後から、男の声が聞こえた。背中に、何かが鋭いもの向けられている感覚が、伝わった。
「何者だ」
低い声には、ルミナに対する敵意が向けられている。今までさまざまな登録外の魔術士や魔法使いと戦った経験から、ルミナにはその感覚が嫌と言うほど理解できるようになっていた。そして、その感覚で相手の技量もうっすらとわかるようになっていた。
――只者ではない
「……魔導管理局第二隊魔導士、ルミナ・ガーネリアよ」
「何だ、それは」
男の声にはまだ、敵意が含まれたまま。その反応に、ルミナは驚きではっと目を開いた。
「何だ、って、そのままの意味よ。あたしはちゃーんとした魔導管理局の魔導士よ。そんなに証拠が見たいなら……」
「動くな」
ルミナは振り向いて自身の身分を証明するバッヂを見せようとしたが、男のはっきりとした一言に、動きを止めた。背中に向けられているのは、刃物。今、少しでも動いたらその刃先がルミナに突き刺さることは理解できていた。
「……お前の目的は何だ」
「目的って……あたしも、今ここに来たばっかりなのよ」
「その目的を尋ねている」
ルミナの中で、小さな苛立ちが少しずつ蓄積されてゆく。好き好んでここに来たわけでもないのに、まるで不審者にするような対応をされていること。しかも、(ルミナが自分で思っているだけだが)か弱そうな女の子に、刃物を向けていること。自分も状況がわかっていないのに深く尋ねられること。どこに向ければいいかわからない苛立ちは、一秒単位で増えていった。
「……答えないのは、お前が」
「魔術展開!!」
男の言葉を遮るような怒鳴り声。
「何っ?!」
突然のことに、男の声に動揺が混じる。それを感じ取ったルミナは右足を一歩前にだし、回れ右の要領で振り向く。魔術を展開させて出したハンマー型のロッドで男の手に握られていた剣を下から上に向かって強く叩いた。衝撃に耐えられなかった手から剣が離れ、宙を舞う。
振り向いた先にいたのは、ダークグレーの長髪、黄金の瞳の青年。ルミナは、その男に向かってロッドの先端を向けた。
「女の子に対して、そういう態度はどうかと思うけど」
立場逆転、と言うようにルミナは不敵な笑みを浮かべて青年に言う。青年は驚きの表情で、ルミナを見つめていた。
「……セア」
「え?」
「シャルフ!!」
青年の背後にあった扉が大きな音を立てて開かれ、そこから菫色の髪の少年が出てきた。翡翠の瞳を大きく開いて、状況を見ていた少年だったが、ルミナの姿を認めた途端「え」と小さな声を上げた。
「……セア、ですか?」
「……せ、あ?」
聞きなれない単語を、ルミナは繰り返した。
***
セアが目覚めると、そこは自分がいたはずの大聖堂ではなかった。真っ白な天井、白いカーテンに仕切られた空間。横たわっていた身体を起こしてみると、自分が寝ていたベッドも真っ白なものだった。
「……ここは、一体……」
ぼんやりとした意識が少しずつ覚醒してゆく。すると、カーテンの向こう側から誰かの声が聞こえてきた。
「――どうするつもりなんですか」
「そんなこと言われてもねえ……あれの魔術反応なくなっちゃったし」
「って、そんな軽く言って済む問題ですか? あー……ヴァイあたりが見つけてくれれば事情がわかるだろうけど……」
深刻そうな低い男の声と、男のものとは真逆の楽天的な女の声。この場所のことについてわかる人たちなのだろうか、と思いながらセアはカーテンを静かにゆっくりと引いた。そこにいたのは、黒髪に黒いコートの青年と、橙の髪に白衣を着た眼鏡の女性。そして、眼鏡の女性の方がカーテンが開いたのに気付いて、セアと目を合わせた。
「あ、起きたみたい。……あら、目の色までルミナと似てるわね」
「え?」
女性の言葉に声を上げたのはセアだけでなく青年も同じだった。青年がセアの方を見て、驚いたような顔を浮かべた。
「……本当だ」
「あ、あの……ここは、一体……?」
「ここは、魔道管理局の検査室よ」
「ま、どう……?」
セアの反応を見て青年が「ああ、やっぱり……」と小さく呟いた。一方の女性の方は満面の笑みを浮かべている。
「まあ、ゆっくり説明していきましょう。私はセイレン・コハク。あなたの名前は?」
「セア=テレフティオス、です」
「そう、素敵な名前ね。ああ、そういえばこっちのはリュウって言うの。まあ、よろしくしてあげて」
「……セイレンさん、そんなのん気なこと言ってる場合ですか」
はあ、と呆れたため息を吐きながら青年――リュウが女性――セイレンに言う。一体何が起きたのかわからないセアはただ呆然と二人のやり取りを見るしかできない。
「簡単な状況説明をするわね。あなたは、転移方陣で別の世界にやってきました」
「……え?」
セイレンの言葉に、セアは素っ頓狂な声を上げた。一瞬意味がわからず、通じているはずの言葉が異国語のようにも思えた。
「セイレンさん、説明が雑すぎます」
「あら、だったらリュウが説明してくれるっていうの?」
「……いや、それはちょっと俺もできる自信はないですが……」
「別の世界って、国が違う、というわけではないのですか?」
混乱している中でも少しずつ整理できる話は整理していこう、とセアは二人に尋ねる。
「意外と冷静な質問ね。そう、国の違いという話ではないわ。わかりやすい例を出すなら、魔術の形態も全く異なるの」
「魔術の形態が異なる……?」
「とりあえず、そんなに心配しなくていいわ。しばらくここにいれば――」
セイレンがセアに提案しかけたその時、検査室内にある通信機が鳴った。セイレンは「はいはーい」とどこか気だるげな返事をしながら通信機を操作して通話をする。
「はい、こちらセイレン。……ああ、ヴァン。どうした……え? ルミナはちょっと今、その……は? 私が実験台に使った? 冗談じゃないわよ、人をいつまでもマッドサイエンティストみたいに言うんじゃないわよ?! えぇ、わかったわよ、すぐにルミナをそっちに連れて行けばいいんでしょ?! はいはい、わかりましたよ、もう今すぐ行ってやるわよ!」
最後の方は半ば怒鳴りながらセイレンは乱暴に通信を切った。ぜーぜー、と荒く呼吸をするセイレンを、リュウは真っ青な顔で見ていた。
「…………セイレン、さん?」
「何?」
「今、なんて言いました?」
「……あ」
状況がわからないセアは、真っ青になったリュウの顔と、目を大きく開いて中途半端に口を開いたセイレンの顔を見比べる。どうやら、何かよろしくないことが起きたらしい、と言うことだけは把握できた。しばらく沈黙が続き、セアが「あの……」と小さく声を上げた瞬間。
「どうするんですか、セイレンさん?! 何勝手にあんなこと言ったんですか!!」
「だって仕方ないでしょ?! ヴァンがいい加減人のことバカにした態度を取るのよ?! そりゃー、誰だって腹立つでしょ!!」
「だからって、今すぐルミナ連れ戻せるんですか?!」
「無理に決まってるでしょ!!」
「あんたはバカですか!!」
ぎゃあぎゃあと言い争いをするリュウとセイレンの間に挟まれたセアは、どうすることもできず二人の顔を交互に見るだけだった。しばらく言い争いを続けた二人だったが、諦めたかのようにリュウの頭がうなだれた。
「……で、どうするんですか?」
冷静さ半分怒り半分な声でリュウはセイレンに尋ねる。セイレンは引きつった表情を浮かべていたが、ぎゅっと目を閉じてセアの肩に手を乗せた。
「……身代わりに、なってくれない?」
「え?」
唐突に言われたセアは、ただ聞きかえすしかなかった。ゆっくりと目を開いたセイレンは、涙目で声を震わせながら言った。
「ルミナの身代わりに、なっていただけませんでしょうか……セア様」
***
所変わって、大聖堂のとある執務室。
「つまり、あなたは別の世界からやってきた、と言うわけでしょうか?」
「その通り!」
「……」
ルーウェントの確認の言葉に、桃色の髪の少女は満面の笑みを浮かべて頷いた。ルーウェントは納得したように菫色の髪を揺らしながら頷いているが、シャルフからすれば全く信じられない事である。少女を睨みながら、シャルフはルーウェントの耳元で確認をする。
「よろしいのですか。あのような者の言葉を信じて」
「しかし、彼女の姿や持ち物を見ていたらこの説が一番有力ですし」
「ですが」
「はい、そこ! いい加減あたしを不審者扱いするのはやめてくれる? あたしはただの、かっよわーい女の子なのよ!」
シャルフに向かってびしっと人差し指を向けて少女が大声で言う。
どこが、か弱い女の子だ。喉から出てきそうになっていた言葉をぐっとこらえて、シャルフは少女の姿を改めて見た。
鮮やかな桃色の髪と澄んだ青い瞳は、聖教会の法皇であるルーウェントの世話役の少女――セアを思い出させる。が、それは見た目だけであって中身は全く真逆。大人しくしとやかな雰囲気をまとうセアに対し、目の前の少女は活発さと勢いが前面に出ている。そして何より、先ほど警戒していたシャルフに一撃食らわすという、「か弱い」とはかけ離れた業をやってのけたのだ。
「……それで、お前は何者だ」
「何度目の質問よ、それ。あたしは、ルミナ・ガーネリア。魔道管理局第二隊魔導士よ!」
胸を張って答える少女――ルミナの言葉がシャルフには全く理解できなかった。同様に理解できていないはずのルーウェントだが、「なるほど」と微笑みながら頷いている。
「あなたは魔術師、というわけですね」
「うーん、まあ一般的にはそう言われる立場ね。一応その魔術師ってのにも階級があって、その上位にいるのが魔導士、みたいな?」
「へえ、魔術師に階級があるのですね」
ルーウェントの声色の変化に、シャルフは気付いた。先ほどまでの落ち着いた様子から、少しだけはしゃいでいるような、明るい声になる。
「それで? そちらの事情も教えていただけるとありがたいんだけど?」
にやり、と笑いながら言うルミナにシャルフの中の苛立ちが、少しだけ募った。
「……世界が違うといえど、この方は法皇だ。そのような態度で接することは許されないぞ」
「まあ、シャルフ。彼女は何も知らないのですから。気になさらなくて結構ですよ。どうせ年齢もそんなに変わらないでしょうし」
「ですよねー!」
「それで、こちらの事情と言いますと……?」
「自己紹介。ほら、あたしだけしてるから二人をなんて呼べばいいかわからないし」
にっこりと笑いながらルミナは言う。そういえば、名乗っていなかった、と思い出したルーウェントは頷いて自己紹介を始めた。
「僕は、ルーウェント=ブラオヴィントです。先ほど彼が言ってくれたように、聖教会の法皇をしています。それで、彼がシャルフです」
「……シャルフ=フリューゲルだ。聖教会の、聖堂騎士だ」
「ルーウェントくんにシャルフね。じゃ、よろしくね!」
友達のように声をかけるルミナに対し、シャルフは無表情の中に小さな苛立ちの色を見せる。一方のルーウェントは、そんな風に接せられることが新鮮なのか、嬉しそうに目を輝かせていた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。しかし、これからどうしましょうか」
「これから?」
ルーウェントの言葉に、ルミナは首をかしげる。
「ルミナさんはこちらの世界のことについて何も知らないわけですし……僕たちが保護する、という形が一番安全ですよね……」
「保護? この女をですか」
「だめですか?」
シャルフの疑問の言葉に、ルーウェントは訊きかえす。訊きかえしてはいるが、「それ以外の方法を取るつもりはない」という決意は翡翠の瞳に灯っていた。一度決めたことを変えようとしないルーウェントの性格を知っているシャルフは、何も言えなくなった。
「それじゃあ、元の世界に戻れるまで僕たちのそばにいてください」
「はーい!」
「……本当に、わかっているのか?」
明るく元気よく、まるでルーウェントよりも幼い子どものように返事をするルミナにシャルフは不安げな視線を送った。
「それではまず、着替えていただいてもいいですか? そのままの姿だとここでは目立ってしまいますし」
「そうね。なんか、みんなと雰囲気違うもんね、あたしの服」
「すみません。とりあず服はセアのものを使わせてもらいましょう。シャルフ、彼女をセアの部屋に案内してあげてください」
「わかりました」
ルーウェントの命を受け、シャルフはルミナを連れて部屋を出た。二人を送るルーウェントは、やけに楽しそうな笑顔を浮かべている。
「なんだか、楽しいことになりそうですね」