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Story thirteen 月色の使者が舞い降りる

 

宿直のことすら考えられなかった。目の前には金色の輝きがフラフラと浮いて見える。

「待て!!!」

走る音と叫び声が反響して聞こえた。黒いPoPはネックレスを持ったまま上の階へと向かう。

『早く捕まえてみろよ?それとも、頼むか?』

「何をっ!!」

『あの銀色にだよ。俺を今すぐ送ってくれってな!』

銀色という言葉、送るという単語、そしてある姿を思い出した。

「アーディス・・・!」

『っはははははは!!!!いないんだろ、あの銀色!』

高い笑い声が頭にガンガンと響く。

「五月蝿い!!アーディスとか、俺とかが目的なら、それを返せ!!関係ないだろ!」

望田は関係ないのに、泣いた。

『ああ、これ?これもねぇ、力あるんだよ。まあ、お前に比べればまあまあだけど?』

「だからって・・・!!」

『さあて、到着だ』

バン、という音が聞こえた。目の前にあった扉が、開かれている。

「・・・屋上」

扉の先で、立ち止まった。PoPも金色のネックレスを持って止まっている。

『さてと、これ、返して欲しいのか?』

「当たり前だ」

『ふーん・・・』

どうでもよさそうにそう言って、PoPはネックレスを自分の顔まで持ち上げて、見た。

『これねえ・・・何でお前そんなにほしがってんの?そんなに価値あるもの?』

「お前にとって大した事ない力でも」

それは、ただのネックレスかもしれない。価値はそんなにないかもしれない。

「望田にとっては大切なもんなんだよ!!!」

俺が叫ぶと、PoPはまた高い笑い声を上げた。イライラさせる、高い声。マジで腹立つ。

『そっかー、でもお前にとっては?』

「何が」

『それ、モチダとかいう奴には大切だとしても、お前自身はどうなんだよ?』

PoPはすっと俺を指さした。

『なあ、ヒロツカケイヤ?』

「・・・」

あのネックレスは望田明莉の所有物で、望田明莉が大切な物って言っているもので、俺自身には関係ない。望田のもの、としか片付けれない。

「でも、」

あいつの泣いた顔を見て、何もしないのはいやだった。このままネックレスを取り戻さなくても、俺には関係ない。

だけれど、

「見たくないから」

『何を?』

「望田の泣く顔、見たくないから・・・」

俺はPoPを見る。PoPがネックレスをわずかに揺らした。

「俺は絶対それを取り戻す!!!」

『なら、取り返してみろよ』

PoPは苛立ったような声で俺に言った。アーディスといたおかげか、わずかな声色の変化で感情が読めるようになった・・・・・・・・・気がする。

そして、俺はPoPに向かって走り出す。が、PoPはネックレスを浮かせて俺から取られないようにする。

「ずりー!!」

どう考えても俺が不利だ。相手は浮くのもあり、消えるのもありなのに、こっちはせいぜい走ることしか出来ない。

だからと言って何もしないわけには行かない。何が何でもあのネックレスを取り戻さなければ。俺はただネックレスに向かって走った。

けれどPoPは浮いたり消えたりを繰り返して、上手く俺から避ける。マジムカつくんだけど。

『わかった、じゃあ、こうしてやるよ』

そう言って、突然PoPは姿を消す。わかってねぇじゃねぇか!!と怒鳴りたくなったが、すぐにPoPは姿を出した。

『ここまで来たら返してやるよ。動かないからさ』

PoPは屋上のフェンスを越えた向こう側にネックレスをぶらんと吊り下げて、いた。まるで床が続いているように立っているが、PoPが足をつけている場所には何もない。

『何とか手を伸ばしたら届くかもしんないけど、落ちたら終わりだね』

他人事のようにPoPが言う。実際他人事だけれど、お前が主犯だろ。

確かにPoPの言う通り、手を伸ばしたら何とか届く距離にネックレスはある。取り返すには俺もフェンスを越え、フェンスを掴んで手を伸ばすしかない。

「・・・」

もしも、これで取り戻せないで俺が落ちたら。

『怖いだろ、ヒロツカケイヤ。大丈夫、その感情は誰もが持ってるもんだって』

もしも、取り戻せなかったら。

『別に誰も責めやしない。お前はこれを取り戻せなくても困らない。モチダって奴が泣くだけだ』

もしも、取り戻せなかったら・・・・・・望田が泣く。

俺はフェンスを掴み、上にあがる。

『・・・へぇ?』

そして、フェンスを乗り越えてわずかにある足場に立つ。左手でフェンスを掴んだ。

「取り戻すんだよ、それ・・・・・・大切なもんだから・・・!」

『でもお前に関係ないだろ?』

「何度も言わせんな!!俺は、望田が泣くのを見たくないんだよ!!!」

右手を伸ばす。しかし、ネックレスにはあと数センチ届かない。指先が触れるか触れないかの差だ。

『・・・そう言うのって、一番腹だたしいね』

「俺はお前のやってることのほうが腹立つんだよ!!!」

俺は叫んだ。ネックレスが、わずかに揺れた。ネックレスの金色の鎖が俺の指先に当たる。

「返せ・・・!」

左腕を伸ばして、足場の限界まで体を寄せる。左手が痛くなるぐらい、フェンスを掴む。

『何だよ・・・何なんだよっ・・・』

「五月蝿いっ・・・!」

指先に当たるネックレス。少しずつ、指の根元に鎖が近付いた。あと少しで、届く。

「もうちょっと・・・」

『・・・っはは・・・』

PoPの笑う声が聞こえた。あと少しで、掴める。

「・・・・・・とど、け・・・」

『無駄だよ・・・』

「黙れっ・・・!」

掌に、ネックレスの鎖がある。俺は力の限りにそれを掴んだ。

「取ったっ!」

『さようなら』

何がだ、と尋ねようとした時

俺の左手にあった痛みが消えていた。左手は、ただ握っていただけだった。

「な」

 

体が、傾いた。

 

「広塚!?」

下から、中田の声が聞こえた。右手には金色の鎖がある。

そのとき、俺の体は重力にしたがって落ちていることを理解した。まずい、死ぬな。

右手にあるこれだけは守りたいと思った俺は、右手を自分の胸に寄せた。左腕は、だらしなく上にあげたままだ。

仮に死んだとしても、このネックレスだけはどうにかして欲しい。そう思った。

『っはははははははははははははは!!!!!!!!!』

PoPの笑う声が頭に響く。俺、死んだらPoPにだけはなりたくない。幽霊になってもいいから、どうかPoPだけは勘弁。だって、今までにいい思いした事ないし。

落ちることにこんなに余裕があるものなのか、と思ってしまった。仮にも今から死ぬのに、こんな風に余裕があるのだろうか?これから、よく言われる走馬灯が始まるものなんだろうか。

「・・・しまった」

どうやら俺の走馬灯は後悔で出来ているらしい。

あの時もうちょっと勉強しとけばなあ。あの時もうちょっと授業真剣に聞いとけばなあ。あの時もうちょっと万智に優しくしとけばなあ。あの時もうちょっと部活に真剣だったらなあ。あの時、

「アーディスにあんな事言わなきゃよかった」

あの時、アーディスに言った言葉。

「お前は、俺の力を欲しがっているんじゃないのか?」

その言葉を聞いたアーディスは悲しげな顔をしていた。その言葉は、アーディスを傷つけるのにはちょうどいいものだったから。

何であんな事言ったんだろう。せめて謝りたかったのに、何で・・・俺は、あんな事を

「アーディス・・・」

 

「啓也!!!!!!」

 

一番求めていた声が、一番想像もしていなかった言葉を発した。

俺の左手が、誰かにつかまれた。落ちていたはずの俺の体ががくんと揺れて、空中で停止した。

「え・・・」

左腕は上にぴんと伸ばされている。そして、俺は上を見る。

「何をしているんだ、お前は」

銀髪、銀目、白いフード。いつも見たことのある無表情はどこに行ったんだ、ってくらいに眉を歪めて泣きそうな顔をして俺を見ている。

「アーディス・・・」

「何をしている・・・馬鹿者」

アーディスは目を閉じて、呟くように言った。が、すぐに目を開けて

「お前にはPoPをどうにかできる力はない!!何でこんな事をしている!!!」

怒鳴った。アーディスが叫ぶ姿を初めて見た俺は、言い返すことも出来ない・・・こともなかった。

「望田の大切なもん盗まれたんだよ!取り返せるのは俺しかいねぇじゃん!」

「だからと言ってわざわざPoPに狙われるようなことをする必要があるか!」

「大体お前もどこ行ってたんだ!いきなりいなくなって・・・いきなり消えて・・・」

すると、アーディスの表情が暗くなった。

「いきなり目の前に来て、俺のそばにいたくせに、いきなり消えて何なんだよ・・・・・・」

「すまない」

「すまないじゃねぇよ!俺が張り切ってお前の分のケーキ買ってバカみたいじゃねぇか!」

ああ、俺何言ってんだ。そう思ったとき、アーディスが一瞬驚いたような顔をして小さく息をついた。もしかして、笑った?

「今笑ったな!?ふざけんじゃねぇよ!俺、店員に笑われたんだよ!!女向けのケーキふたつ買った俺の身にもなれ!!」

『楽しそうだなぁ』

そのとき、黒いPoPの声が頭に響いた。気付いたら、俺とアーディスの目の前にそいつはいた。

『でも、どうしようもできねぇだろ?銀色、お前は力使えないんだろう?』

「・・・っ、」

何かを言おうとしたアーディスだったが、言葉が思いつかないのか何も言わなかった。もしかして、本当に・・・

『今のお前が出来ることってせいぜいそいつを持って浮いてることぐらいか?送るモノとか言ってるくせに、何にも出来ないなんてなぁ・・・あっははははははは』

ムカつく笑い声を、PoPは上げた。

「アーディス・・・俺の力使え」

「何を言っている、そんなわけには」

「お前送るモノなんだろ?!だったらあいつさっさと送れよ!!俺にはあいつをどうにかできる力ないんだろ!?」

「だが、お前を・・・」

アーディスは眉間に皺を寄せ、苦しげな表情で俺を見る。

「お前を、苦しめたくない・・・」

「この際どうでもいいわ!!!」

「どうでもいいわけない!!」

アーディスが叫んだ。本当に普通じゃありえないことだらけだ。アーディスが怒鳴るなんて。

「私は、お前が苦しむ姿を見たくない・・・お前を苦しめたくないから・・・!」

「大丈夫だって」

俺は、アーディスに向かって笑う。

「ちょっとやそっとじゃバテねぇよ。なめんな、テニス部!それに、あのケーキ」

「・・・ケーキ?」

「誰が食うんだよ。わざわざお前のために買ってきたのにさ。それとも、俺がふたつ食うぞ?」

それを聞いたアーディスは目を閉じて、小さく口元を上げた。

「使えよ」

「ああ」

アーディスが頷いた。それを見たPoPが『何をっ・・・!』と言っているのが聞こえた。

「・・・」

アーディスがいつもの無表情に戻る。やっぱりその表情が一番アーディスらしいな。そう思った途端、アーディスがぐいっと掴んでいた俺の腕を引っ張った。

「うぉ?!」

俺の体はアーディスの腕一本で持ち上げて、俺はアーディスの顔を見る形になった。

「すまないな、それと・・・」

アーディスはそのまま、俺を両手で抱きしめた。

「ありがとう」

耳元に届くアーディスの言葉は、初めて聞いた感情だった。

「ああ」

初めて触れたアーディスの手は、アーディスの体は、とても温かかった。

『ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!』

PoPの叫びが響く。黒い影が、俺たちのそばに向かってくるのが見えた。

「時間だ」

アーディスの淡々とした声が響いた。銀色の光が俺たちの周りを輝かせた。

『あ・・・あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

そして、PoPの声は闇の中に消えていった。

 

「広塚!!」

「無事だったか・・・」

なんだか久しぶりに地面に足をつけた気がする。アーディスが地上に降ろしてくれたとき、すぐに中田と水市が俺のそばに駆け寄った。

「何とか、な」

「よかったぁ・・・落ちた時は死ぬかと思った・・・・・・」

水市が深くため息をついて言った。本当に俺もそう思ったよ。けど、何とか無事だ。

「でもアーディス、かっこよかったぜ!うん、惚れるかと思った!」

中田が親指を立て、アーディスに向かって言う。それを聞いた水市が眉をひそめて中田に言った。

「惚れる・・・ってお前、アーディスだぞ?」

「そうそう、だってお前同性に惚れねぇだろ?」

「いやいや、同じ男同士、かっこいい部分に惚れるものがあるだろ?」

「・・・お前ら、何を言っているんだ」

やっとアーディスがつっこみを入れた。そうそう、同性に惚れるって、そりゃないよって言ってくれるよな。

「私は女だ」

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 

「「「はぁぁ?!」」」

 

真夜中の学校に男子生徒三名の叫びが響いた。

 

 

 

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