Story twelve 黒い笑顔・消えた金色
時刻は午後五時。少しずつ、夕陽が落ちてあたりが暗くなり始めている。ちょうどその時間は、部活の終わった生徒が疲れた顔をして帰宅する時間だ。
俺はその帰宅する生徒の波とは逆に学校に向かって歩いていた。
「なあなあ、お前も見ただろあれ?」
「だから、見間違いだって、絶対!」
「はぁ?!だって、俺見たんだぞ!」
と、ジャージ姿の生徒・・・多分一年生の男子二人がぎゃあぎゃあと言い争っている。その内容が、気になった。
「金色のなんかがふわふわ浮いてんの!絶対見間違いとかじゃねぇって!」
気が付いたら俺は、その叫んだ男子の肩を掴んでいた。
「あのさ、それ何処で見た?」
俺の言葉を聞いた男子は目を丸く開いて瞬きをしている。隣の男子も突然肩をつかまれた友人と、俺の顔をちらちらと見ている。
「は・・・?えっと、校舎だけど」
「そうか、ありがと。いきなりごめん」
そう言って俺は肩を離して、門をくぐった。後ろから先ほどの肩を掴んでない方の男子が「お前、さっきの二年生だろ!」とか言う声が聞こえた。
5時ならまだ校舎は閉まっていない。なるべく教師に見付からないように上履きを取り、土足を持ったまま校舎に入る。
外では生徒たちの声がする。それと「早く帰れー」とかいう教師の声も。とりあえず、見回りがある程度を終わらせるまで、どうにか隠れないといけない。でも、それ以上にこの土足をどっかに片付けよう。
誰も居ない校舎は、やはり不気味だった。普段は生徒や教師といった多くの人間がいるが、それが一人もいない。見慣れた廊下もどこか違って見える。
「あった」
自分のクラスの前にあるロッカーで使われていないものに、土足を入れさせてもらった。さて、問題は何処に隠れるかだ。
「・・・まさかな」
試しに教室の扉を引いてみる。予想通り、鍵はかけられている。まあ、いいんだけどさ。
結局俺は、トイレに隠れることにした。多分、トイレまで詳しく見る人間は居ないだろう。トイレの個室に入って、ポケットの中につっこんだ携帯を取り出す。これが普段の学校のときなら教師やらに文句を言われるんだろうなあ。
時間はやっと六時になった。トイレから顔を出すと、廊下は先ほどより暗くなっていた。
「晴時」
門の前には、中田の姿があった。塾から直行して学校に来たからか、珍しく待ち合わせ時間よりも早く来ている。
「さっき後輩に会って聞いたんだけど、校舎に向かって歩いてた男子が居たって」
「校舎、やっぱりか・・・」
「あと、もう一つ」
中田が人差し指を立てて、小さな声で言った。
「校舎で変なものを見たって話があるんだよ」
「変なもの?」
「金色のきらきら光る何か。でも、今日は校舎誰も居ないだろ?それなのに、何かがふわふわ浮いてたって」
「PoPだろうな・・・じゃあ、広塚もそれ追いかけてきた、って事か?」
俺の言葉に、中田が頷く。果たして、その隣にアーディスは居たのだろうか、と何となく不安になった。
「それで、どう入りますか?」
困ったように中田が門を見ながら言う。門は封鎖されていて、ここから入るのは不可能だった。しかし、入る方法はいくらでもある。
「裏門の隙間から」
「だよなー」
にやりと中田が笑う。裏門とその隣の塀にわずかな隙間がある。この隙間から学校に密かに入る生徒は少なくない。
「じゃあ、行きますか」
「だな」
「でも、校舎はどうするんだよ?」
中田の問いに、俺は答えた。
「知ってるか?うちの、クラスの窓の鍵、壊れてんだよ」
「でも、うちの教室って・・・二階じゃなかったっけ?晴時」
「そうだけど。でも、入るにはそこしかないだろ」
俺が言うと中田は小さく唸り、しぶしぶ頷いた。二階に上がるには少し乱暴だが、一階のベランダから無理矢理よじ登るしかない。
「こう言うときってさ」
「え?」
「うちの学校のドアがさ、中から開くタイプでよかったと思うよ」
中田が登りながら言った。うん、俺もそう思う。今後、こんな風に教室に入ることはないと思った。いや、あってほしくない。
「さてと、無事に教室入れたけど・・・」
「まて」
中田が教室に入った瞬間、俺の口を塞いだ。突然のことで一瞬頭が混乱したが、すぐに冷めた。
誰かの足音、それから扉を開けようとする音がした。まさか、警備の担当?!と、思ったが廊下側の窓から見慣れた姿が見えた。
「・・・ビンゴ」
耳元で、中田が言うのが聞こえた。廊下を歩いていたのは、間違いなく広塚。そして広塚は教室前を通り過ぎて、姿を消した。
「やっぱり関係あるみたいだな」
「ああ。でも、今は動けないよな・・・今から見回りが来て、それからだろ?」
「見回りが終わるのは確か、7時過ぎ。その後11時ぐらいにまた見回りがあるらしい」
中田が得意げに言う。何故知っているのか、という疑問が浮いたが今その疑問を解消しても大した事にならないだろうと思った。
「まあ、なるべく静かにしてましょうか。ね、晴時さん」
「それもそうですね、中田さん」
時刻は七時。先ほどから、こつこつと足音がしている。もちろん、その正体は宿直の見回りである。トイレの個室から顔を出すと、廊下からオレンジ色の光が見えた。
早く通り過ぎろ、早く通り過ぎろ、と心の中で念じる。そのとき、その光がトイレの中に差し込んできた。個室の奥に行って、その光が消えるのを待つ。ちょっとこれは怖いぞ。
そして、光が消えて足音がまた響いた。その足音はどんどん遠ざかり、階段を行く音がした。多分、くだりだと思う。
あと三十分ぐらいは待たないとな、と思っていたときだった。
足音がした。
「・・・え」
先ほどの宿直の足音とは違う、何かひたひたという足音。まるで、裸足で廊下を歩いているような音である。
音を立てないように個室から顔を出す。廊下には静寂と暗闇が広がっているはずなのに、足音だけはしている。本当に学校の怪談、みたいな感じだ。そのとき、俺の悪い視力でもはっきりとある輝きが見えた。間違いない、望田のネックレスだ。
そして、その輝きの上に何かがあるのも見える。黒く、人の姿をした何かだった。もちろん、その何かの正体はPoPなのだろう。
『こっちに来たいんだろう?』
声が、頭の中に響いた。金色の輝きの動きも止まる。
「お前・・・っ」
『これ、欲しいんだろ?』
男とも女とも言えない、少し高い声。俺より若いか、同じ年のような声。その声は、楽しそうに笑っている。
『なあ、これが欲しいんだろう?だったらこっち来れば良いじゃないか』
「ふっざけんな・・・っ!!!」
もう、時間とかは関係ない。俺は走り出す。
「今走ったのって・・・」
俺が呟くと、隣の晴時が頷く。宿直が居なくなった直後に、走るなんてなんて無謀なことをするんだ。
「広塚、だよな・・・」
『なあ』
突然、頭の中に声が響いた。まるで、アーディスが話し掛けるときのような感じ。
「なっ」
『銀色、居なくなったんだろう?』
俺たちの目の前に、全身真っ黒な人の姿が現れた。うっすら見える顔から笑っている表情が見える。
「銀・・・色?」
『良いこと教えてやるよ。外に出たほうがいい』
そして、その人物は・・・いや、人ではないけれど、多分、PoPははっきりとそう言った。
「・・・どういう意味だよ」
水市がPoPを睨みつけて訊く。PoPが楽しそうに笑い声を上げた。
『ほら、お前ら見付かったらまずいんだろ?何だっけ、教師だっけか?』
「・・・お前っ?!」
「広塚ほっとけって言うのか!!」
俺が叫ぶとPoPは首を振った。
『お前らが行った所で、あいつはどうにもならないよ』
「何・・・っ」
『お前らは無力だ、あいつの所に行ったとしても、助けられるはずはない。ね、出て行ったほうが良いよ』
その瞬間、後ろの窓が開かれた。俺と晴時の体が、重力と矛盾して浮く。
「なっ」
そのまま、どんっ、という音と背中の痛みを暗闇で感じた。気が付いたら、俺たちは外に居た。もしかして、俺たち二階から吹き飛ばされたのか。
『じゃあね』
校舎を見ると、二階の窓からPoPが俺たちを見下していた。そして、声がした直後に窓が閉められた。
「ふざけんなっ・・・!」
「でも、あいつのいう事は理解できる」
晴時が俯きながら言う。
「俺たちが行ったところで、何になる・・・か」
「アーディスもいない状況で・・・って!やばいじゃねぇか!!」
「・・・そうか、アーディスが居ないからあいつは・・・っ」
あいつは、アーディスが居ない状況を狙ってきたのか。アーディスが居ない、俺たちは無力だから。
「晴時、やばいぞ!」
「わかってる!!」
校舎の入り口に向かうが、当たり前のように扉の鍵はかけられている。
「くそっ・・・俺たち見るしか出来ねえのかよっ・・・!!!」
「・・・・・・!広塚の声、聞こえたぞ!」
校舎の外から、広塚の声が聞こえるという事は比較的外に近いところにいるという事だ。晴時の言葉に俺は頷き、校舎を見上げる。
「あいつ、もしかしてさっきの黒い奴となんかしてんのか?」
「さあな・・・でも、いい状態じゃなさそうだな」
俺が言うと、晴時も不安そうな顔をして小さく頷く。
「・・・屋上、だろうな」
「屋上か・・・」
俺たちの視線の先には屋上のフェンスが見える。嫌な連想ゲームが、脳内で繰り広げられる。
「・・・ねぇよ」
俺は小さく呟いた。多分、晴時も同じ連想ゲームをして同じ結果を想定したのだろう。俺は晴時に向かって頷く。
「ぜってぇそんな事ありえねぇ」
「当たり前だろ」
「俺、あいつのこと未由子さんにエキスパートって言っちゃったんだって」
いつものように、笑いながら言う。晴時の暗かった表情が少しだけ緩くなる。
「勝手に言ったら、広塚キレただろ?」
「マジ怒鳴られた。しかも、未由子さんの前で!恥かしいっつーの」
「そりゃ、キレるのも仕方ないだろ?だって、広塚だもん」
「だよなー、広塚だもん」
広塚だから、大丈夫だって。俺たちは自分に言い聞かせるようにそう言った。
「ん・・・?あれ、」
「え?」
晴時が突然、上を指した。そこには、星の光とは違う金色の光が見えた。
「・・・あれ、もしかして・・・」
金色の光と、暗闇の中でもさらに黒い何かが見える。
間違いない、さっきのあいつだ。