Story ten 失われた『月色』・喪失の始まり

 

そいつは俺たちの言う幽霊のことを『PoP』と言った。

そいつは俺たちの言う人間のことを『PeaP』と言った。

そいつは俺たちの言う霊感のことを『力』と言った。

そいつは自分のことを『PoPを送るモノ』と言った。

 

そいつは突然姿を消した。

 

 

きっと帰ってくる、と思っているのに心の奥では「もう帰ってこない」と誰かが言っていた。確信は無いのに、その不安は確実に俺を蝕んでいた。

大丈夫、帰ってくる。帰ってくる、きっと。

「・・・」

「今日はいないんだな」

学校に来て席についた途端、後ろから水市の静かな声が聞こえた。教室の中心では小野や中田がぎゃあぎゃあと騒いでいる。

「・・・あぁ」

「どうしたんだよ、顔色変だぞ?」

水市が俺の顔を覗き込む。医者の息子が言うんだ、きっと俺の顔色は悪いんだろう。

「いや、何でもねぇよ」

首を小さく振って水市の言葉に答える。せめて顔色は悪くならないようにしないと。水市が「そっか」と言って俺のそばから離れた。

「大丈夫、だろ・・・」

朝会が始まるまでまだ時間はある。それまで少し、気持ちを落ち着けよう。

 

 

それからの広塚の様子はおかしかった。別に俺や中田の時のようにうつぶせていた訳でもないしいつもと同じで教室の一番隅の席で休み時間は本を読んでいた。

けれど、何かが変だった。

「なーんか変だよなー・・・」

中田がそう言って、俺の机に頬杖をついた。視線の先には黙々と読書をする広塚がいる。

「何だろ、別に何でもないのに変だよなぁ・・・晴時もそう思うだろ?」

その中田の問いかけに俺は頷いた。広塚を見るが、何かが違うような気がする。

「アレか?アーディスが昨日ずっといたからそのギャップか?」

「いや・・・それもあるだろうけど、そうじゃない気がする・・・」

「じゃあ何だ?」

それがわかれば、俺も苦労しない。別に広塚の異変に俺や中田が苦労をする必要もないのだが、何かが引っかかる。そう思っているのは中田も同じようだ。

「なあ、晴時?」

「ん?」

「何で、アーディスってずっと広塚のそばにいたんだと思う?」

昨日の放課後に広塚に問いかけた言葉を、中田は再び言った。

「何で、か・・・。俺もわからないな」

「だよな・・・」

別に答えを求めているようではない中田の言葉は、教室の騒音に消えた。

 

 

様子がおかしい奴がいた。普段騒ぐはずなのに今日は物静かな、望田明莉。

「塚ぁ、もちに何かあったか知んない?」

突然上里が俺に向かってそう言ってきた。その言葉に眼鏡がズレ落ちるかと思った。

「何で俺?」

「だってこの間一緒帰っただろ?そのときから変じゃなかった?」

「変・・・」

身に覚えがない。確かに望田と帰ったが、そのとき何があったわけでもない。けれど変、といえば

「なんかぎこちなかったような・・・」

「あー、それはいいや。他になんか」

ぎこちないのは十分変だと思うが・・・けれど、それ以外に変わったことは無かったと思う。

「それならお前のほうが知ってるんじゃねぇの?」

「わかってたら塚なんかに聞かねぇよ!そっかー・・・どうしたんだろうなあ・・・」

望田を見ると、頬杖をついてぼーっと黒板を見つめている。別に黒板にあいつの興味を惹かれるものはないだろう。ただ、力なく黒板を見つめている。

そのとき、チャイムが鳴って数学教師が入ってきた。

「はい、始めます。号令?」

「・・・」

休み時間の明けないざわめきが続く。数学教師が息を吐くとそのざわめきが少しずつ小さくなり、最終的には消えた。

「号令?」

「・・・」

数学教師が再度言うが、望田は反応しない。頬杖をついたまま、黒板を見つめている。

「望田!!!!」

「あ・・・起立・・・」

普段とは逆のやる気の無い声。椅子を引く音がいつもに比べて控えめだ。

「気をつけ・・・・・・・・・礼・・・・・・・・・」

望田のその声の小ささに周りの声も小さくなってしまう。それを聞いていた数学教師の苛立ちもピークに達していた。

「はぁ・・・望田、号令もう一度。お前がやる気無ければ、クラス全体がやる気入らないんだぞ!」

「・・・はい・・・」

明らかに変だ。クラス全体がそう思ったとき、「先生、俺がやります」ともう一人のクラス委員が手を挙げて言った。

「望田の体調もよくないようだから、代わりにやりなさい」

そして、教室に号令がかかった。

 

「お前、望田の心配する前に自分の顔見てみたらどうだよ?」

呆れたような声が俺の耳に届いた。中田が声と同じように呆れた顔をして俺を見ている。

「望田の心配って、別に俺がしてるんじゃなくて上里が言うからだよ・・・」

「でもお前自身もなんか変だぞ?晴時も心配してるし」

「そうか?」

「そうだからわざわざ言うんだろうがー」

そう言って、中田は俺の頬を人差し指でつつく。

「アーディスがいないことと関係してる?」

中田の言葉に、一瞬息が止まるかと思った。中田の表情がいつもと違って真剣だ。

「・・・かも」

「かもぉ?!何だよお前、その中途半端さは!」

「いや、わかればいいんだけどさ・・・」

「もしかしてお前、昨日のことアーディスに言ったりした?」

「・・・うん」

俺が言うと、中田は「やっぱりなぁー」とため息をついた。

「そりゃ、アーディス怒ったんだろ」

「怒った、っていうか・・・そういうんじゃないと思う」

あの時、俺に「すまない」と言った表情を思い出した。今まで見たことのない、俺には理解できない、複雑な表情。あれは一体何の感情を現していたのだろう。

「でも、多分・・・アーディスに悪いことした・・・な、って思う・・・」

「・・・広塚、」

中田の声が、いつもより低くなる。数秒の沈黙の後、背中に軽く叩かれる衝撃がきた。

「大丈夫だろ?」

「・・・水市?」

背中を叩いていたのは中田ではなく水市だった。

「あいつ、いつもいきなり消えていきなり出てくるだろ?だから、また帰ってくるって」

「うん・・・」

「何か甘いの用意しとけよ。そうすれば絶対帰ってくるって」

水市が小さく微笑んだ。中田も隣で大きく頷いている。

「そうそう!ぜってーあいつ食うからさ!」

「・・・そう、だな・・・」

返事をしている自分の声が、思った以上に小さく、力ないことにはじめて気付いた。

 

望田は授業を受けたものの、号令をかけることはしなかった。教師たちも望田の様子がおかしいことがわかっていたようで、号令の強制はさせなかった。

「・・・はぁ」

何度も望田がため息をついているのを見た。そのたびに、上里が心配そうに望田のそばに寄るが、声をかけることはしない。

「今日は何か話し辛いんだよ・・・」

上里のいう事は何となく理解できた。傍から見て、望田の周りから重く暗い空気が流れているからだ。

「本当に、どうしたんだろうな・・・」

そのときの上里をみて、亮太が上里を好きになった理由がわかった気がした。滅多に見せない、女らしい一面。

 

 

どうしてだろう、全身の力が入らない。今日の授業を全て終えた俺は、ふとそう思った。

きっと疲れたんだろう、と自分を納得させる。窓の外を見ると、空が少し白くなっていた。

「じゃーな、広塚」

「ばいばーい」

教室から声が消えて、人の姿も消えてゆく。そして、気付いたら教室には俺と望田しかいなかった。

「・・・望田?」

俺がその名を呟くと、教室に響いた。他のクラスも生徒が出て行ったのか、廊下の音も聞こえない。

「・・・」

ゆっくりと望田が振り向く。その表情は、とても悲しげなものだった。その表情を見たら、何故かそばに寄らないといけない気がした。

そして俺は立ち上がって、望田の席まで向かった。

「どうしたんだよ、お前」

「・・・広塚・・・」

泣きそうな望田の声に驚いてしまった。何で、そんな泣きそうなんだよ。

「何か、あったのか?」

「消えたの・・・」

その言葉を言う望田の声のほうが今すぐにでも消えそうだ。

「お母さんの・・・思い出・・・」

「え?」

望田のスクールバッグを見ると、この間はついていた金色のネックレスがついていなかった。

「消えたって、どういう事だ?」

「わかんない・・・いや、わかるけど、多分・・・信じてもらえないと思う」

望田が俯いた。

「信じてもらえないって、何だよ、それ」

「だって、普通じゃありえないもん、あんなの・・・」

普通じゃありえない。いや、俺たちの方が普通じゃありえない経験してるからな、と思った。

「いってみろよ、何があったか」

「・・・軽い妄想、そんな感じで受け取ってもらえればいいや」

望田が顔を上げて、笑った。けれど、その笑いにはいつものような明るさや元気といったものが全く無く、まるで困ったような表情だった。

「いきなり、飛んだの」

「飛んだ?」

「うん。それで、あたしの前を通り過ぎて、手を伸ばしたら・・・シャボン玉みたいに消えちゃった」

「・・・え」

まさか、それは。俺は望田の表情を見て、それが本人の言う妄想ではないことを確信した。そして、それは今までの経験が語る。

『PoPだ』

いつもの低く淡々とした声が、頭の中で響いた。

「ねえ、広塚・・・」

望田の肩が小さく震えている。声はそれ以上に震えていた。

「あたし、どうすればいいかわかんない」

笑顔のままでいようとしているのに、実際の感情はそうではない。望田は無理矢理な笑顔で、俺を見ている。

「今までね、ネックレス言わずに気付いてくれたの広塚が初めてなの・・・」

「え?」

「嬉しかったよ・・・なのに、消えちゃったの・・・っ」

俯く望田の笑顔の隅から、涙が落ちた。最初は小さなものだったのに、どんどん大きな粒となって望田のスカートに落ちてゆく。

「もう、見付からないかもっ・・・・・・!」

叫ぶように、望田が苦しげに言った。もう、見付からない。もう、会えない。ふたつの言葉が重なって聞こえた。

「探すから」

俺は、望田の肩に手を乗せていた。俺の行為に、驚いたのか望田はすぐに顔を上げて俺を見つめた。

「お前のネックレス、俺が探すから」

「・・・ひろ、つか・・・」

「だから、もう泣くなよ」

よかった、今日はハンカチを使っていない。望田の肩から手を離して、右ポケットに入っているハンカチを渡した。

「ほら」

「・・・あり、がと・・・」

「大丈夫だって」

俺が言うと、望田は強く頷いた。

 

もしも、それがPoPの仕業なら・・・

そのとき、俺の頭の中で望田の泣き顔と昨日のアーディスの悲しげな表情が重なって見えた。

 

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