Story seven タイムオーバーラブ〜時を越えても君が好き〜
メールが来た日、放課後の教室には俺と晴時、広塚だけがいた。
「で、未由子さんから来たってメールは?」
「ん、ああ」
俺は携帯を取り出して2人に見せる。送信相手は坂田未由子、本文は『た け !』だけ。晴時が真剣に画面を見詰めながら訪ねる。
「何か無いのか、この意味がわかるようなこと。」
「・・・いや。」
「変なこととかは?普段と違うところとか。」
「・・・普段と違う・・・」
文章は『た け !』。これで普段と違うところといえば、
「絵文字が無い、とか」
「絵文字?」
「だって未由子さんいっつも絵文字つけるんだ。顔とか、マークとか。はてなもびっくりマークも絵文字使う。」
「でも、これ使ってないよな・・・予測変換ででた文字じゃねぇの?」
「でもこんな空白出ないだろ。」
晴時がそう言った。予測変換では普通空白は出ない。ましてや、『た け !』に空白を使う必要があるのだろうか。その時、広塚がハッと目覚めたように目を大きく開いた。
「・・・待てよ。」
「何だよ?」
「アーディスが言ってただろ、ふられた次の日に『PoPの気配がする』って。」
「あ、ああ。」
「もしかして・・・このメール、PoPに妨害されたんじゃねぇか?」
広塚の言葉とメールの本文が繋がった。『た け !』、しかも絵文字を使えないほど余裕が無い。同時に、俺たちは言った。
「「「たすけて!!」」」
「メール、返信来たか?!」
「来てない!って事は・・・」
晴時の質問に答えると同時に、体が動いていた。教室を出ようと扉を開けたとき、目の前に人がいた。
「うぉお?!」
「きゃっ」
何とか止まってその人物と正面衝突するのは防いだ。そこには驚いたような幸橋の姿がある。
「泉?!」
「あ、晴時さま・・・よかった。まだお帰りになられてないのですね。」
にっこりと穏やかな微笑を浮べて幸橋が言った。
「ちょうど今日、晴時さまのお父様に用がありまして・・・もしよければ、ご一緒に帰りませんか?」
「あ・・・」
晴時が俺の方をちらりと見た。もしかして、悩んでんのか?
「大丈夫、広塚いれば何とかなるって!」
「俺かよ!」
「・・・広塚、任せた。」
晴時はそう言って広塚の肩に手をおいた。「何でだよっ!」と叫ぶ広塚の姿を見てくすくすと幸橋が笑う。
「ほら、啓ちゃん早くおいで!」
「啓ちゃん言うな!!!」
広塚が怒鳴りながら俺と一緒に教室を出た。一刻も早く、未由子さんの所に行かないと。
「未由子・・・学校に来てないよ。」
中田に連れられて俺は未由子さんの通う高校へ行った。しかし偶然であった未由子さんの同級生はそう言った。
「来て、ない?」
「うん。なんか一昨日から体調悪そうだったし、昨日今日で学校休んでるよ。メール送っても返事来ないし・・・」
その人はそう言って、その場を去った。もしかして、と俺たちは顔をあわせた。急いで俺たちは未由子さんの自宅へと向かった。
「いらっしゃい、中田君。未由子のお見舞いわざわざありがとう。」
家に入ってすぐに未由子さんのお母さんがにこにこと笑いながら俺たちを迎えてくれた。何処となくお母さんが嬉しそうな顔をしている。
「未由子さんの部屋行っていいですか?」
挨拶もそこそこに中田は未由子さんの部屋がある二階のほうを見ている。
「ええ、・・・でも、ずっと引きこもっているから大丈夫かしら・・・」
少しだけ心配そうにお母さんはそう言った。そして、二階に上がって部屋の前に立った。扉のノブには「MIYUKO」と書かれているプレートが下がっている。
中田が小さくノックをした。
「未由子さん・・・中田です。具合、大丈夫ですか?」
しかし、部屋から返事は無い。中田がもう一度ノックをしようとした瞬間、ガチャンと音がした。俺たちがお互いに顔をあわせている間に、扉が静かに開いた。
「未由子さん・・・入りますよ」
中田がそう言いながら、部屋に入る。俺も一緒に部屋に入った。部屋の中が、異常に寒い。
「何だよ・・・この寒さ・・・」
俺が小さく息をはいただけで、白くなる。そう呟いたその時、部屋に強い音が響いた。
「え・・・」
扉が閉まった音。しかも、ひとりでに閉まる。ああ、一回そう言うの経験したなぁ・・・わりと平気っぽい。
「アーディス、いるか・・・」
中田が普段よりも低い声でアーディスを呼んだ。後ろに、気配を感じる。
「いるな、PoP。」
「なぁ・・・誰が・・・」
普段からは想像できないような苛立った声。中田の視線の先には、未由子さんがいた。ベッドの隅で体操座りをしている。顔を俯けているが、僅かに聞こえる声から泣いているのがわかる。しかも、疲れているような。
「誰がこんなことしたんだよ・・・」
「姿を表せ、PoP。」
少しだけ感情的になっている中田に対していつもと同じ冷静な、無感情なアーディス。アーディスは未由子さんではなく、部屋の窓がある方向を見つめている。窓は開いていないはずなのに、カーテンが静かに揺れ始めた。
――ヤット会エタ・・・
窓の前に、1人の女があらわれた。年齢は俺たちより年上、多分20代前半。そして、その表情はとても悲しげなものだった。
「会えた・・・?」
女はゆっくりと中田のほうを見る。中田もその視線に気付いて、女を見た。
「お前が・・・未由子を・・・?」
――アキヒトサン・・・ヤット、ヤット・・・
「あき、ひと?」
聞きなれない名前を、女は中田に対して呼んだ。しかし、今の中田はその声に反応できないでいるんだろう。
「お前・・・!!!」
「待て中田!!」
女に向かって走り出した中田を止めようと、中田に触れかけた瞬間、
「うぁあ!?」
体が浮いた。重力が横にかかった。頭に痛みを覚えた。各文の間はコンマ何秒の世界である。つまり俺は、吹っ飛ばされた。
「広塚!?」
中田が俺を見た。その顔は慌てているような驚いているような両方の要素を含んでいる。
「ふざけんじゃねぇぞ!!」
中田は女に向かって叫ぶ。女の方は眉間に皺を寄せて、今にも泣きそうな顔をした。
――ズット、待ッテイタノニ・・・貴方ダケヲ・・・アキヒトサン・・・
「アキヒト・・・」
――貴方ハアキヒトサン・・・ズットズット、私ガ待ッテイタ・・・
「待って・・・」
女の言葉を中田が繰り返した。女はその声を聞いて小さく頷く。
――ナノニ・・・貴方ハ・・・貴方ノ側ニハ・・・
女の視線の先には未由子さんがいる。その瞬間、未由子さんは突然顔を上げて「うっ!」と声を上げた。
「未由子!?」
中田がその声に反応して、未由子さんのほうを見る。未由子さんは苦しそうに首を押さえている。
「やめろ!未由子は関係ない!」
――違ウ・・・貴方ノ隣ニハ私ガ・・・私ガ・・・
「ちょっと帰るのが遅くなっただけだ!」
――イツモ其レバカリ!
「だって仕方ないだろ!こっちだって事情あるんだから!」
――ダカラって色ンナ女と一緒ニ居てイイノ?!
「いやー、俺ってもてるからさぁ・・・」
――モテる?貴方ガ女の尻追いかけテいるバカリでしょうが!
「いやいやいや!それはお前の勘違い!」
中田と女の会話は、どう考えてもこの緊迫していたムードをぶち壊した。そのお陰で、俺は未由子さんの所へ迎えたが。
「未由子さん・・・大丈夫ですか?!」
「う・・・ん・・・」
どうやら首の苦しみはなくなっているようだった。そして、未由子さんはゆっくりと中田のほうを見た。
「あれ・・・何してるの・・・?」
「・・・俺も聞いてみたいです・・・」
中田VS女。しかもレベルがどんどん低くなっている。
「言っただろ!俺はこの間の晩飯は肉もやし炒めはいやだって!」
『だって貴方そうでもしないともやし食べてくれないでしょう!』
「いいじゃねぇかもやし食わなくても!!」
『良くないわよ!!』
どうやら先日(っていうか何時?)の夕食についての不満を言い合っているのか・・・お前らは夫婦か。
『大体貴方が作るといっつもラーメンじゃないの!』
「ラーメンの何処が悪い!ラーメンは男の浪漫だ!!」
『はっ、なんてレベルの低いロマンなの?具も何にも無い、ただの麺だけのラーメンが』
「ラーメンを知るものなら・・・」
「黙れ。」
中田と女の会話に終止符を打ったのは意外にもアーディスだった。声が明らかに苛立ってる。普段は声に表情を出すことをしないアーディスがここまで苛立つとは・・・
「何だよアーディス!これは男と男の大切な・・・」
『待ちなさい?!今、私のこと男って!!!』
「黙れ。」
あーあ、アーディスが完全にキレた。眉間の皺が尋常じゃない。アーディスはギッと中田を見て、女を見る。
「何故お前はここに居る。」
『それは、この人が・・・』
「知り合いか?」
俺が女を指しながら中田に尋ねると、中田は首を振った。首を振った?
「・・・え?」
「なら何故お前はこの女と話が出来る?」
「いや、ノリ。」
アーディスの問いに中田がきょとんとした顔で答えた。何で、ノリでいけるかなあ。肉もやし炒めとか絶対ノリじゃ無理だろ。
『何言ってるのアキヒトさん?!また変な事を!!』
「アキヒトって、ああ・・・あの」
「お、知り合いか?」
「ああ。ひい・・・」
なんだ、ひいじいちゃんか。なら知ってるか・・・肉もやし炒めはどうか知らないが。
「ひい、ひい、ひい、ひい、ひい、ひい、じいちゃんの名前。」
「・・・遠っ!?」
「ああ、でもなんか祐希っていきなり歴史語りだすよね。」
ぽんと手を打ちながら未由子さんが言う。何でこの状況で平気なんだ、あんたは・・・ん?
「っていうか、未由子さん大丈夫なんですか?!」
「うん、だって」
未由子さんはくすりと笑って中田を見つめる。
「祐希がいるんだもん。大丈夫」
何が大丈夫か、正直わからない。けれど、未由子さんの言葉には不安とか恐怖とかそう言ったものを感じなかった。
「わりぃけどさ、俺アキヒトじゃねぇんだよ。」
『・・・なら、何で・・・?』
女が悲しげに呟く。
『何で、肉もやしいためを知っていたの?』
・・・そこか。もうつっこむ気力すらなくなってきた。
「覚えてるよ、あんたのことは。」
中田が、笑った。その中田の笑顔を見て女ははっと驚いたような顔をした。
「忘れる訳無いだろう、アカネ。」
女の名を中田が呼んだ。いや、名を呼んだのはきっと中田じゃなく・・・
『早く、来てくださいね』
小さくため息をつきながら、アカネさんが笑って言う。そして、アーディスの方を向いた。
「・・・時間だ」
アーディスがすっと手を上げる。すると、アカネさんの周りから柔らかな光が出てきた。
『何時までも、待っていますから』
アカネさんの言葉が終わるのと同時に、アカネさんは姿を消した。
「ところで未由子さん、怖くなかったんですか?」
アカネさんが姿を消してアーディスも消えてから数分後、未由子さんのお母さんが持ってきてくれた菓子を食べながら俺は未由子さんに尋ねた。
「え?」
「いや、中田が居るとしても流石に怖くなかったですか?その、」
「幽霊が?」
俺の言葉を未由子さんの優しい声が続けた。
「うん、怖かったけど・・・祐希もいたし、広塚君が居れば何とかなるかなって。」
「・・・ん?」
俺が居れば?未由子さんは俺を見て頷いている。何で未由子さんが俺の名前知ってる、いや、さっき中田が叫んだか?いやいや、そうじゃなくって・・・
「何で俺?」
「だって祐希がいっつも言ってるし。」
微笑む未由子さん。顔をそらす中田。その頬には小さな汗が光っている。
「中田、いっつも何言ってるんですか?」
出来る限りの笑顔で、未由子さんに尋ねる。
「お化け退治のエキスパート、広塚啓也くん、って。」
「そうだろ、エキスパート!」
爽やかな笑顔の中田が親指を立てて明るい声で言う。
「誰がエキスパートだぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」