Story six 再会のメロディー×響かぬハーモニー

 

「なー・・・た、かー・・・なーかー、た!」

響く音楽、半分雑音。そんな中で、同級生の公田康広が俺の名を呼んだ。音楽室周辺の音の前では、普段の会話の声では対応できない。

「あー・・・?」

ステッキを置いて、公田のほうを向く。少し慌てているようなその表情。

「なんかあったのか?」

「なんかどころじゃねぇよ」

公田はそう言って、俺の方へとやってきた。そして、周りをチラチラと見て耳元で小さく(でも騒音に潰されないように)言った。

「来たんだよ、坂田先輩が!」

何故わざわざ倒置法を使ったのか・・・もしかして、そんなに未由子さんが来た事を大げさにしたいのか?と思った。

 

 

「・・・死んでる・・・」

驚いたような顔をした望田が零すようにぽつりと呟いた。その周りにいる生徒たちが驚愕の表情である人物を見つめている。

彼らの視線にあるのは、中田祐希。この学校では彼の名を知らない生徒はいないといわれるほどの有名人である。

吹奏楽部で数少ない男子生徒、友人が多く顔が広い、行動は常に大きく目立つ。

その男が、もしもずっとうつぶせていたら?周りから腐敗臭がしていたら?

「・・・あれ、どうしたんだよ」 「何があったんだよ」 「何であんな事なってんだ?!」

そして、ある小野の一言がさらに衝撃を生んだ。

 

「あれ、ふられたんだって。」

 

小野に中田の状態を説明すると、小野があっさりと言った。その言葉はもちろんクラス中に広まり、学年中に広まり、学校中に広まった。

そんな事を知っているのか知らないのか、中田はただ一日中うつぶせていた。あれ、これってどっかで同じようなの見たことあるぞ。

「あれは辛いぞ。」

経験者、水市晴時は語る。そうだ、幸橋が来た時の水市を丸まんま見ているのと一緒だ。

「辛いって、なんだよ。」

「最初はいいんだよ、うつぶせてても。でも、徐々に辛くなるんだ。」

「授業始まって顔上げづらいとか?」

「それもそうだけど、呼吸が辛い。」

水市が中田を見ながらそう言った。と、同時に中田がガバッと顔を上げた。

「息できねぇ!!!」

「ほら。」

中田を指さしながら、水市が俺を見た。確かに・・・としか言いようがない。

「晴時!!何でお前これ出来たんだよ!!」

「忍耐力の差。」

古傷に塩を塗られているはずなのに、水市は中田に対して冷静にそう言った。そして、その瞬間中田の周りに人が集まる。

もちろん、中田がふられたか否かを聞くためだ。しまった、といいたげな顔をして中田はまたうつ伏せた。しかし、人はどこかへ去るわけでもなく、ずっと中田の周りにいる。

「・・・がんばれー。」

これが水市なら聞かれずにいるのだろうけど、中田だから仕方ないか。多分、中田なら許される、っていうモノがあるんだろう。多分。

 

コレは失恋ではない。と、中田は誰も居なくなった放課後の教室で俺と水市に言った。しかし、その話を聞いた限り完全にそれは失恋と言われるものだと思う。

「だーから、失恋じゃねぇよ!ただ・・・」

「ただ?」

「・・・ちょっと、距離を置こうって・・・」

何をどう言い訳すれば、これを失恋じゃないと言えるんだ。水市と俺は同時にため息をつく。無意識のうちに、俺は呆れた顔をしてしまった。

「広塚ー!!そんな緩んだ顔をするなー!!」

「あー、すみません。すみません。」

俺が相槌を適当に打っていると、後ろに気配を感じた。そこに居るのは姿を見なくてもわかっている。

「どうしたんだ、アーディス?」

水市が後ろを見ながら尋ねた。俺もアーディスの顔を見たが、何故かじっと睨むように中田を見ている。これは俺の経験上、何かを感じさせた。

「・・・お前、何かしたか」

「何か・・・?」

アーディスの問いに中田は一瞬驚いたような顔をして、笑った。

「何かした、ってよりも何かされたって感じだな。」

「どちらでもいい、答えろ。」

自嘲するような中田の言葉を一蹴して、アーディスはいらだったように命令した。やっぱりな、と俺は思った。

「PoP関係か?」

俺の問いに頷くアーディス。それを見て顔が僅かに青くなった中田。

「な・・・んて?」

「僅かだが、お前からPoPの気配がする。」

「はぁ?!」

それを聞いて、中田が慌てて後ろを向いた。

「安心しろ、今はいない。」

呆れたような顔をして、アーディスが言った。それを聞いた中田は「何だよ・・・」と安心したようにため息をついた。

「じゃあ何なんだ?」

俺の問いに、アーディスは何も答えない。こう言う時はまだわからない、という事なんだろう。

 

 

やってられない。坂田未由子は頭を抱えて、部屋の隅にあるベッドの上で体操座りをしていた。

「何なのよ・・・もうっ・・・」

部屋には未由子以外誰もいない。しかし、未由子には何者かの視線を感じていた。ここ1週間ほどから未由子はずっとその視線を感じている。それに、

ぎっ、ぎぎぎ・・・

「また・・・っ」

泣きそうな声で、未由子は呟く。部屋の何処からとも無く軋むような音がする。あるときは窓、壁、天井から、そして今回の場合は

「っ!?」

未由子は慌ててベッドを飛び降りた。確実に音が未由子の座り込んでいたベッドからした。

「何なのよ・・・!!何でっ、」

そう言って、未由子は自分の顔を両手で覆う。部屋には未由子の泣きすする声とベッドからの軋む音が響いていた。

 

 

 

「でも、それと中田の失恋と何が関係あるんだ?」

部活も終わり、ちょうど同じ時間に終わった水市と一緒に俺はアーディスの言葉の意味を考えていた。

「確かに、あいつが振られようが何だろうがPoPと関係ない。」

水市が顎に手を当てながらぽつりと呟いたその時後ろからバタバタと走る音が近付いてきた。

「晴時さまっ!」

どんっ、という音とともに後ろから幸橋が水市に抱き付いてきた。

「うぉおっ?!」

「おぉっ・・・」

突然の出来事に水市は小さく叫んだ。とりあえず俺はそれを見ることしか出来ない。そしてまた後ろから「泉ー?」と幸橋を呼ぶ声が聞こえた。

「・・・望田?」

「いたいた・・・やっぱり水市の所行ってたな・・・」

呆れたようなため息をつきながら望田も走ってきた。どうやら2人は一緒に帰っていたようだ。

「泉、お前部活してたっけ・・・?」

「いえ、まだ仮入部なのですが・・・明莉が所属してる美術部に行かせて貰って」

にっこりと微笑みながら幸橋が言った。この望田という女は部活のために学校に来ている女だ。特に美術部というのは部員が少ないから1人でも多く勧誘して部活の存続を安定させたいものなのだ。

「お前、勧誘上手いな・・・」

「んー?何か言った?」

満面の営業スマイルを顔に貼り付けて望田は言った。この女は・・・と俺は思ってしまった。

 

 

「・・・っ!」

軋む音がまるで足音のように部屋中に響く。未由子が耳を塞いでいてもその音は止む事が無い。

「何でよ・・・っ、どうして・・・」

―――アノ人ニ近付カナイデ・・・

離れたくも無いのに、あの言葉を言った。むしろ、言わされたに等しい。未由子はいつの間にか意識をとられ、そして中田に言ってしまったのだ。

『もう、あえない』

その瞬間の中田は驚いたような表情をして、何度も瞬きをしていた。未由子は何かに動かされるようにその場を去った。

「何がしたいのよ?!ねぇ!!」

未由子が見えない何かに怒鳴ると、一瞬だけ軋む音が止まった。未由子が安心して小さく息をついた瞬間、またぎしぎしと音が響いた。

「誰かっ・・・」

未由子はもっていた携帯を開いた。待ち受け画面は未由子と中田の写真。

「・・・中田君っ」

未由子は急いでボタンを連打する。メール製作画面をつけて、本文を書く。

『たすけて!』

普段なら絵文字をつけたりする未由子だが、今は余裕が無い。そして送信相手を中田に設定した。

「おねがいっ・・・!」

祈るように未由子は送信ボタンを押した。すぐに画面に『送信完了』と出た。

「よかった・・・」

未由子が息をついた瞬間、携帯が『何か』によって弾かれ部屋の端に飛ばされた。未由子の顔が一瞬で青くなる。

「何・・・」

恐る恐る、未由子はベッドから降りようとした。ぐら、と視界がゆれた。

「え」

ガタガタガタガタと未由子は大きな揺れを感じた。地震かと思い、未由子は周りを見る。しかし、

「揺れて・・・ない」

揺れは確実に起きている。しかし、こんなに大きな揺れなのにタンスや机は揺れていないのだ。つまり、揺れているのは未由子・・・と言うよりも未由子の座っているベッドが激しく揺れているのだ。

「いやっ・・・!!!」

誰か、誰か・・・未由子は頭を抱えながら、そう祈った。

―――アノ人ニ近付カナイデ・・・

 

 

夜中の十二時を回った頃、大きな音が部屋に響いた。俺は慌てて飛び起きる。

「祐希五月蝿い!!」

親からのブーイングを跳ね除けて、携帯を取る。メールを受信したようだ。相手は・・・

「未由子さん・・・」

何故、今になってメールを?まさか、謝罪を入れてくれるのかな・・・と思って本文を見る。

『た け !』

「・・・・・・竹?」

意味が解からない。返信を送って待ったけれど、結局朝になっても返信は来なかった。

「・・・何なんだ、竹・・・?」

 

 

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