PoP×契約者6
とある二人の休日事情
「未由子さん、今度の休みって大丈夫ですか?」
にこにこと笑いながら尋ねるのは中田祐希。尋ねられた坂田未由子は微笑みをつけて返事をする。
「ごめん、予定あるんだよね」
「えー、そうなんですか? せっかく俺も未由子さんも午後部活空いてたのに……。で、何の用事ですか?」
祐希が尋ねると、未由子はさらに幸せそうな笑みを浮べて言った。
「実はね、デートなの」
「そりゃ勝てねえだろ」
未由子に予定を聞いた翌日、祐希は落胆した様子で登校した。そして、その様子を心配した友人の水市晴時と広塚啓也は祐希に話を聞いたがすぐに納得した。
「なんだよー……俺の出る幕なしって感じかよー……」
泣きそうな声で呟く祐希の肩を優しく晴時が叩く。
「まあ、諦めろ。それはお前の出る幕は完全にないな」
「うう、晴時ぃー……そこは少しでもフォローすべきじゃねぇの……?」
「いやいや、無理だろ。だって、未由子さんの言う事正しいし」
啓也のとどめの一言に祐希はがっくりと肩を落とした。しかし、啓也や晴時の言う事は正しいのである。
「だって未由子さん、天津さんと一緒に出かけるんだろ? そりゃ、女同士の邪魔はしちゃいけんだろ」
「それに、天津さんだぜ? お前勝てるのかよ」
晴時の言葉に首を振る祐希。天津さん、こと天津雅は巷で噂のちょっと悪い女子高生なのである。そんな雅と祐希の恋人である未由子がどうして接点があるか……その件はここでは触れないで置く。しかし、二人が出会ってからメールアドレスを交換して、時々連絡を取り合うようになって週末出かけることに繋がったのである。
「まあいいんじゃね? 未由子さんと天津さん仲良いし」
「そりゃ、そうだけどさ。何か、恋人よりも先に友情を優先させられる悲しみを感じたぜ」
「おっせー。今更かよ」
そんな会話をしていると、祐希は元気を取り戻したようで「じゃあ友情を深めるため、週末カラオケ行こうぜカラオケ!」と勢いよく立ち上がった。
そんなわけで次の休日。
雅は携帯を取り出し、時間を確認する。未由子と約束した待ち合わせの時間よりは少し早めに月原高校前に到着した。未由子は午前中部活があるため少し遅れるかも知れないといっていたが、待つことにはさほど抵抗が無いのでぼんやり晴れた空を見上げながら雅は待つことにした。
「あれ、林帝高の子?」
突然声をかけられ、雅は視線を降ろした。声のしたほうを見ると、月原高校の生徒らしい男子学生がにこにこと笑っていた。
「はぁ……」
確かに自分の通っている林帝高校の制服を来ているので、雅は軽く返事をする。男子学生の姿を見ると、月原高校指定の学ランではなく、シャツの上にベストを着崩していない様子だった。しかし、頭は茶色で目の色も若干赤茶っぽい。どちらかと言うと、真面目じゃない方だ。雅はそう判断した。
「どうしたの、待ち合わせ?」
「まあ……」
「あ、じゃあ俺が呼んできてあげようか?」
「いや、いい。すぐ、来るし……」
「じゃあ、その子が来るまで一緒に待ってあげるよ」
今まで接した事の無いような人種だったため、雅はその男子学生の対処に困っていた。いっそ喧嘩でも吹っかけてくれればこてんぱんにしてやるのに、と思いながら「いい、いいから」と必死に返事をする。
「そんな引かないでよ。初対面なのに」
「初対面から馴れ馴れしい奴は嫌いなんだ」
「あ、マジで? それはごめんね。でもあんまり林帝の子と話した事ないからさ」
「あっそ」
雅が真正面向いてそう言うと、男子学生は少し残念そうな顔をして雅の隣に立つ。
「まだ用があるのかよ」
「いやいや、俺も待ち合わせ。だから、一緒に暇潰さない?」
男子学生の言葉に少し胸の高鳴りを覚える雅。大体合う男性と言えば喧嘩の相手か不良仲間か一部変人なので、優しく声をかけられるのは今まで経験の無いことなのだ。
「暇潰す……ねえ」
「あ、乗ってくれた?」
「それは別に良いけど……っていうか、お前名前は……」
雅が尋ねようとした時だった。
「雅さん!!」
叫びのような、そんな呼び声。雅が驚いて振り向くと慌てて走ってきたような未由子の姿があった。
「あれ、未由子ちゃん?」
「しゅ……朱月、先輩」
未由子は引きつった表情で男子学生を見る。それからぎこちなく雅と男子学生の間に立った。
「なるほど、待ち合わせは未由子ちゃんとだったんだあ」
「は、はあ……そう、ですね」
「……未由子、知り合いか?」
雅が小さく未由子に尋ねると未由子はちらりと振り向いて一言「変人」と言った。
「二人、部活とかで?」
「いや、そういうんじゃなくて……」
「あ、そうなんだ。でも林帝の子がこの辺くるのって本当に珍しいよね」
「は、はあ……」
雅と未由子の気持ちは同じだった。
早く逃げたい、と。
別に目の前の男子学生は悪い人間ではない。ナンパをしているだけ。しかも、強引な誘い方でもないので、うまく逃げるタイミングを見つけ出すことができない。どうしよう、と未由子が思ったそのときだった。
「しゅげっちゃんー!? もしかしてナンパー!?」
がくり、と一同がこけそうになるぐらいの大声があたりに響く。
「……っと、俺の待ち合わせも来たみたいだから……じゃあね、未由子ちゃんに、雅ちゃん」
そう言って男子学生は声のかけられたほうに走り出した。背中が小さくなった時、未由子は大きくため息を吐いた。
「まさか朱月先輩に捕まるとは……」
「部活の先輩とかか?」
雅が尋ねると未由子はぶんぶんと否定の首を振る。
「ただの変人! 顔とか性格は悪くないんだけどさ、うちのオカ研の変人の一人よ」
「オカ研……」
どうして自分の周りに寄ってくる人種はオカルトで変人ばかりなのだろう、と雅はちょっと考えた。しかし変人と言っても、まだあいつよりマシだろとも思った。
「じゃあ、雅さん行こうか!」
未由子の笑顔を見て、雅も「そうだな」と言って笑った。
「これ……どうだ?」
天津雅は巷で有名なちょっと不良な女子高生。そんな雅も肩を小さくさせてしまう相手は未由子その人だった。
「……雅さん、もう一度言うよ」
「は、はい……」
「センスなさすぎ」
ぐさり。
雅の心に未由子の言葉が突き刺さった。
「大体さ、これ何よ? ドクロあれば何でもかっこいいって思ってない?」
「いや、かっこいいじゃん……」
「だからってドクロにフリルついたピンクのストラップ?」
「か、かわいさを付け加えようと思って……」
「同じドクロでもさ、もうちょっとあるでしょ。何でシルバーのドクロにしちゃうかな」
「す、すみません……」
未由子はふう、と大きく息を吐いて「もう一度探す!」と雅に言った。雅は肩を落としてとぼとぼと歩き始める。その雅の隣を未由子が歩く。
「例えばさドクロとフリルにしたい訳でしょ? それならほら、こういった感じのかわいいドクロがあるじゃん」
といって未由子が店の棚にかかっているドクロのモチーフを手にとる。デフォルトされていて、ピンクで象られているドクロはかわいいという印象を与える。
「でさ、これにただ単純にピンクのフリルじゃないんだよ。これならさ、黒のフリルつけてー……」
ストラップの棚から黒いリボンにフリルがついたものを手にとり、それを先ほどのピンクのドクロと重ねる。
「おお!」
「ね?」
「す、すごい……」
未由子がストラップを雅に渡す。
「これならどう?」
「……でも、ドクロってキャラじゃないんだよな…………」
ぽつりと雅が零すと未由子がぱちぱちと瞬きをした。そして、
「はぁあああ?!」
雅の方をびくりと震わせるような強い勢いで未由子は声を上げた。
「何それ?! ドクロってキャラじゃないのに何でドクロ選ぶ訳?!」
「ごっ、ごめんなさいごめんなさい!!」
「もー、それじゃあ一生かかってもプレゼントとか無理でしょうが!!」
「すみませんでしたぁ!!」
雅は勢いよく頭を下げる。その姿を見て、もう一度未由子は息を吐き出した。
「もう雅さん……プレゼント探すの手伝ってくれって言うからついてきたのに、これじゃあ探せないよ」
「ごめん……つい、自分の趣味突っ走っちゃって……」
「走るのは良いけどさ、せめてセンスはよくなってよ」
ぐさり。
雅の心に再び未由子の言葉が突き刺さった。未由子を敵に回してはいけない、と雅は心からそう思った。
「どんな感じがいいの?」
「何だろうな……柔らかい感じの……」
「柔らかい……、じゃあショッキングピンクよりパステル系がいいね」
そう言って未由子は雅の腕を引っ張り別の棚へと向かう。今まで雅が興味を持ちもしなかったようなアクセサリーが多くある。
「私向けって感じじゃないな……」
「そう? 雅さんも似合うよ。それで、えっとこれとかどうかな」
そう言って、未由子が見せたのは透明な黄色の石がついた銀チェーンのストラップである。
「すげ……ぴったりだ。これにする!」
雅が瞳をきらきらと輝かせて未由子の選んだストラップを持ってレジに向かおうとした。後ろで未由子も楽しそうに微笑んでいたのだが、二人の表情は一気に硬直する。
「おう、天津雅だな」
「何だお前ら」
二人の目の前に現れたのは、見るからにして「不良です」と言っているような雰囲気の少年三人組である。
一人は頭を丸刈り……と思ったら中途半端に髪の毛を残していて、上着は学ラン、下はダボダボのジャージを履いている。
二人目は髪を茶色に染めているが、所々に派手なパステルカラーのメッシュが入っている。全身ジャージなのだが、中途半端にしっかり着ていた。
最後の一人は髪を金に染めているのだが、雅のものより綺麗に染まっていない。学ランを腰パンするのはいいのだが、履いているスニーカーがやけに可愛らしい。
そして中途半端丸刈りがにやりと気味の悪い笑みを浮べて雅の問いに答える。
「ちょっと、この辺で名前を響かせてるからよ。痛めつけてやろうかと思ってな」
「痛めつける? いい度胸じゃ……」
雅が一歩前に出ようとしたそのとき、誰かが雅の腕を掴んでそれを制止した。
「……未由子?」
「…………」
ぎゅっと雅の腕を掴んだ未由子は、雅より前に立ってその腕を離した。
「お、おい! 未由子!」
「あぁ? 何だ、お前」
「お、なかなか可愛いじゃん?」
にやにやと笑いながら言うのは茶髪。しかし、未由子の表情は何も感情を映していなかった。
「……あんた」
未由子は静かに口を開く。未由子が指をさしたのは茶髪だった。
「何、その頭」
「あぁ?」
「何でさ、ピンクと紫と青と赤とか、意味のわかんない組み合わせしてんの?」
「何だと……」
「そっちのもさ」
と、次は金髪を指さす。
「染めるなら染めるでちゃんとしたら? それとも初めて染めるなら、もうちょっと初心者向けのがあるでしょ」
「んだと、このっ」
「あんたもよ!」
勢いをつけて未由子は中途半端丸刈りを指さす。
「あんたも何よ! 丸刈りにするなら最初から覚悟決めて丸刈りにしなさいよ! 何よそのひどい残し方!! おしゃれに残したいって思うならちょっと高くつくけど美容室にでも行きなさい!!」
「あぁ? さっきからごちゃごちゃうっせぇなアマ!」
「テメェに用はねぇんだよ。俺らの目的は、天津雅だ」
茶髪が叫び、金髪が苛立ちを露わにした表情で雅を睨む。来る、と雅は構えを取るのだが、未由子が一向に下がろうとしない。
「雅さんに用。ええ、いいんじゃないの? でもねえ、外に出るときその格好はないんじゃないの?」
「何だ……」
「大体何よジャージと学ランの組み合わせって! どう考えても合うはずないってわかるでしょ!!」
その怒鳴り声に中途半端丸刈りがびくりと肩を震わせる。
「ジャージをそんなにぴっちり着てたら中学生が真面目に部活してるみたいにみえるでしょうが! いまどき中学生でもそんな格好しないわよ!!」
茶髪が一歩、後ろに引いた。
「だいたいさぁ……そんな風に強面してるのに、そのスニーカーってただのギャグじゃないの?! それで喧嘩挑むとかアホじゃない! そんなんで雅さんに……いや、喧嘩売ろうなんて一兆年早いのよ!!」
どん、という効果音が似合いそうなぐらいの勢いで未由子は叫ぶ。三人組は呆然としていた。しかし、その三人以上に雅の方が呆然としていただろう。先ほどまで一緒に居た人物がこんなに豹変するとは予想だにもしていなかったのだから。
「街歩くにしろ、喧嘩挑むにしろ、あんたたち相応しい服装を着てみたらどうなのよ! センス磨いてから不良を名乗りなさい!!」
もはや格言。そんな未由子の言葉を聞いた三人組は「おっ、おぼ……覚えとけ天津雅!!」と完全に負け犬の遠吠えをしてその場を逃げ出した。
「……み、未由子……」
「ん、どうしたの雅さん?」
にこりと微笑む未由子は先ほどまでファッションについて語っている様子はなかった。とりあえず、普通に戻ったらしい。
「…………私、もう少しセンスを磨くよ…………」
そして、そんな買い物の翌日。林帝高校のある校舎の屋上。
「雅ちゃん、おいしい?」
「……あぁ」
昼休みになり、友近麗華と一緒に雅は屋上で昼食を食べていた。麗華はわざわざ毎日雅の分まで昼食の弁当を作ってきてくれているのだ。
「よかった。ちょっと味が濃かったかもしれないって思ってたから……」
「ちょうど、いいと思う」
「そう言ってもらえて、嬉しいな」
にこにこと楽しそうに微笑む麗華。そんな麗華を見て雅は小さく微笑んだ。そして、雅は立ち上がると一人ですたすたと屋上を出て行こうと歩き始めた。
「あっ、雅ちゃんまって……」
「先に行く」
ぱたん、と扉を閉めて雅は屋上を出て行ってしまった。麗華はすこしだけ悲しそうな顔をしたが、ふと雅が先ほどまで座っていた場所に何かがあることに気付いた。
「これ……」
小さなプレゼント包み。もしかして、落としてしまったのかもと麗華が包みを見るとそこには『麗華へ』の文字があった。
「……私に?」
そして麗華はゆっくりとプレゼントを開いた。中には黄色の石がついた銀チェーンのストラップ。包みの中にはさらに、小さな紙切れが入っていた。
『いつも弁当ありがとう。本当に、おいしい。雅』
「…………雅ちゃん……」
その手紙を見て、麗華は幸せそうな笑みを浮べるのだった。
その頃、長月中学校では。
「聞いたか、新しい不良の噂」
「新しい不良?」
「ああ、何でも相当怖い女らしいな」
「あの『天津雅』じゃなくって?」
「違う違う。『天津雅』よりも怖いって。だって、『天津雅』が動けなくなるらしいぜ」
「マジかよ。え、相当ヤバくね?」
「それがさ、めっちゃ五月蝿いらしいよ」
「五月蝿いって、何が?」
「洋服に対して」
「…………超怖いし」
「それ月原高の女子だって。マジ怖いんですけど」
「洋服とか、一番つっこまれたくねぇよなー」
「本当だよ。マジ怖い。やべ、リアルに鳥肌立った」
そんな同級生たちの噂話を聞いた祐希は、ちいさく「まさかな……」と呟いた。それからすぐに忘れて、次の休みは未由子とどんなデートをするかを考え始めるのだった。