PoP×冥探偵1

中学生だって、ストレスを抱えるのだ。

中学生だって、悩みを抱えるのだ。

中学生だって・・・相談できない悩みを抱えるのだ。

 

―――広塚少年の霊感だより

 

例によって例のごとく、小野の気まぐれに巻き込まれた。

怪しい探偵事務所・・・この町から2駅行った所にあるその場所。

俺たちに見せられたのは一枚の郵便受けの写真。

『高橋探偵事務所』というその場所は普通の依頼だけでなく特別な依頼を受けるそうだ。

その依頼内容は―――

 

「いっそ相談するか、広塚?」

「何を?」

「そりゃー・・・」

 

もしも本当にそんな探偵事務所があるのなら是非相談させてくれ。

『霊にとり憑かれやすくて、しかも狙われてて困ってるんです☆』

・・・もちろんそんな事を言った後、アーディスから不満が出たわけだが。

 

ある日曜日の駅前にて。

「やあやあやあ諸君!今日はなんていい天気なんだろうねえ!」

この声を聞くと頭痛を覚えるのは俺だけではないはずだ。ああ、頭が痛い。

「おはよう、小野。」

俺と同じように俯いている中田に対して、水市は朝からとても爽やかな笑みを浮べて小野に挨拶している。

爽やかコンビ・・・朝から見るとすがすがしいというか苛立たしいというか・・・

「じゃあ、頑張ってきてくれよー。」

ぶんぶんと手を振って小野は俺たちを見送った。わかっている、小野がついてくるはず無いって。

電車にゆられて、数分。

[次はー、瀬々良木ぃー、瀬々良木駅ですー]

流石2駅。俺たちは電車を降りて早速高橋探偵事務所を探すことにした。

「っていうか徒歩三分って言ってもああいうのって結構嘘多いよな。」

中田がため息混じりに呟いた。その中田の疑問に水市が答える。

「ほら、信号の状態によっても変わるし、個人差もあるしな。」

「でもあのポストだけでどう探せって言うんだよ・・・」

「聞くか?」

俺が言った瞬間、背中にどんと何かがぶつかった。

「うぉ?!」

「きゃぁ!?」

甲高い小さな叫びが聞こえた。そのままどた、と俺はこけた。

「大丈夫ですか?」

大げさに転んでいる俺よりも、ぶつかった女性に水市は声をかけた。

「あぁ、大丈夫!ごめんね・・・君、大丈夫?」

女性がぱんぱんと膝のゴミを払いながら俺に声をかけてくれた。

「あ、はい・・・平気です・・・」

「よかったぁ・・・」

「あっ、あのー・・・少しお尋ねしたい事があるんですけどー」

中田がその女性に営業スマイルで尋ねる。

「はい?」

「高橋探偵事務所って何処にあるかご存知ですか?」

普段の中田からは想像できないその口調。コイツはオンオフの区別がはっきりとつきすぎだ。

「あ、それ私のバイト先だよ。」

にこりと笑ったその女性が・・・俺には女神に見えた気がする。

 

「先生ー、クライアントの方連れてきましたー」

何処となくそのバイトの女性・・・芹川碧乃さんは楽しそうな声で言った。俺たちも芹川さんに続いてその事務所に入る。

「せんせー・・・って、また書斎か・・・」

あきれた様な声を出しながら芹川さんは「そこへどうぞ。」と穏やかな笑みで俺たちにソファーに座るように勧められた。

とりあえず俺たちは座って、待つことにした。芹川さんは奥へと向かった。

「先生、先生ー、クライアントの方が・・・って先生?!」

「あっ、碧乃君・・・ちょっと・・・」

「何やってるんですか?!」

「ちょっと助けてもらいた・・・うぁ!?」

「きゃぁぁ?!」

芹川さんと先生と呼ばれた男性の叫び、そしてどさどさどさと何かが落ちる音。

「・・・見に行く?」

にやりと中田が笑った。その笑みに水市もふっと小さく笑う。

「行ってみるか。」

「え!?ちょっと・・・」

俺が止めようとしたときには既に2人は奥へと向かっていた。ああもう、と俺は言いながらも実際気になっているからついつい見に行ってしまう。

・・・そこでは雪崩れが起きていた。いや、雪崩れというか本の雪崩れと言うか、本が散乱していた。

「だ、大丈夫ですか?!」

俺は慌てて声をかける。どうやら芹川さんと先生はその下に居るらしい。

「ちょ、ちょっとー・・・だ、だしてぇー・・・」

困ったような芹川さんの声が聞こえる。どうやらこの本の山に潰されているようだ。俺たちはがさがさと本をかき分けて芹川さんを助け出す。

「た、助かった・・・ありがとう・・・って、先生!?」

安心したような表情を浮べた芹川さんだが、すぐに本の山をかき分けて先生を救い出そうとした。

「あ、あぁ・・・ありがとう碧乃君・・・」

へらり、と穏やかな笑みを浮べたその人物が先生なのだろうか。見た目は20代半ばのようだ。

「あ、挨拶遅れました、僕がこの探偵事務所の・・・」

「あ・・・しゅーちゃんだ。」

突然、後ろに居た水市が声を上げた。え、と俺と中田、そして芹川さんに先生が小さな声を上げた。

「しゅ・・・?」

ぽかんとした先生が自分を指差しながらそんな声を出す。水市は表情を変えずこくこくと頷いた。

「水市晴時、覚えてない?」

「・・・晴ちゃん?!」

高橋さんが思い出したように言った。あの水市がそんな呼ばれ方をするとは。隣の中田が必死で笑いを堪えていた。

 

「えっと、改めて挨拶させてもらいます。僕がこの探偵事務所の高橋」

「しゅーちゃんですよ。」

高橋さんの隣に座っている芹川さんが満面の笑みを浮べて高橋さんの言葉を続けた。その言葉を聞いてさらに中田は「くっ・・・」と笑い出しそうなのを抑えている。

「ちょっと碧乃君・・・」

「いやいや、すみません、しゅーちゃん。」

笑っている芹川さんの声は確実に遊んでいるな、と思う。そして芹川さんはお茶を用意すると言って席を立った。

「広塚、笑って良いか?いっそ笑っていいか?」

笑いを堪えて正直気持ちの悪い顔を中田が俺を見ながら言う。笑うな、と言いかけた所で、

「もーむり!!!なんだよ晴時!!え!?せ、せいちゃ・・・せいちゃっ・・・・っはははは!!!!」

まあ確かに水市=晴ちゃんのイメージは無いが、ここまで笑える方が逆にすごいと思う。

「いや、病院の関係上で昔いろいろ遊んでたから。」

「へ、へぇ・・・」

水市が俺に説明すると「あ、」と声を上げた。

「でもしゅーちゃんって・・・もういい歳なんだよな。今年何歳?」

「うん、33に・・・」

「「はぁ!?」」

つい、声を上げてしまった。中田も同じように身を乗り出して高橋さんのほうを見ている。

「どういうことっすか?!その美貌保つ方法教えてくださいよしゅうちゃ・・・じゃなくって!!」

「・・・う、うん・・・」

いきなり言われてもなぁ、という表情が明らかに高橋さんから出ている。すみませんとしか俺には言えない。

「それで、ご依頼は?」

「・・・さて、どうするよ」

「どうしましょうかー」

「どうするったって・・・」

「帰れ」

後ろからむっすりとした声が聞こえた。びくりと僅かに肩が震える。

「さっさと帰れば良いだろう、何も決まっていないのだから。」

もちろん声の主はアーディス。普段の声にプラスして苛立ちが含まれているようだ。

「うーん、帰られるのは困る、かな。」

その時、高橋さんがへらりとした笑みを浮べたまま言った。その言葉は俺と中田と水市を驚かせるのには十分だった。

「後ろの方、えっと・・・どちら様かな?」

「・・・お前、私が見えるのか?」

アーディスはじっと高橋さんを睨むように見つめている。睨まれている本人は相変わらず穏やかな笑みを浮べたままだ。

まずい・・・この空気はただの中学生に重い。しかし、その空気をぶち壊す人物が1人居るのは知っている。

「え、しゅうちゃん見えんの?アーディスのこと?」

どっちの空気を壊したいんだ中田祐希よ。頭痛が酷くなってしまう。あー、頭の中で誰かがカナヅチを叩く・・・

「うん、そうみたいだねぇ。」

しかし、高橋さんは中田の言葉を聞いても穏やかに対応した。ああ、なんて大人なんだろう。

「あ、お茶用意しましたよ〜」

にっこりと笑った芹川さんが俺たちの前にお茶を置く。その時、芹川さんが「あれ?」と声を上げた。

「また多く用意しちゃった・・・?」

お盆の上には俺たちの分よりも余分に一個あった。その瞬間、きらんと芹川さんの目が光る。

「先生?!居ますかっ!!」

「い、居るって・・・碧乃君、クライアントの前だから・・・」

「あっ・・・ご、ごめんなさい・・・」

さっきの輝いた瞳をぐっと抑えた『おしとやか』な笑顔で芹川さんは高橋さんの隣に座る。

「・・・どうするよ、この状態・・・」

「どうするったって・・・」

「帰れ。」

俺が水市に言うと、またもアーディスが俺たちに命令した。勧めるのではない、命令なのだ。ここ重要、テストに出るぞ。

「正直に言うか・・・」

「素直に言ってもらえると嬉しいなぁ。」

「そうそう!隠すことなんて無いわ!」

芹川さんの瞳がまた輝いている。何を期待しているんだろう・・・少しその瞳が、小野が何かを企てているときの瞳とかぶって若干恐怖を覚えた。きっと俺だけ。

「碧乃君、確かこの間石蕗が買ってきたお菓子セットがあるよね?出してもらえないかな?」

「あ、もしかして私、じゃまって奴ですか?」

少しむっすりとした表情になった芹川さんは高橋さんに言った。高橋さんは「そうじゃないけどね、ほら、お茶菓子もいるでしょ?」とやっぱり穏やかに芹川さんを納得させた。そして芹川さんはまた立ち上がり、奥へと向かう。

「ごめんね、碧乃君はそういうの好きだから。」

そういうの、ああ、そういうのですか。ぜひとも芹川さんと俺の状況を換えていただきたい。

「こういうののおかげで、いろいろコイツが被害にあってんの。」

水市がアーディスと俺を指して言った。わかり易すぎる解説をありがとうございます。もちろんアーディスは不機嫌そうだ。

「こういうのとはどういう事だ。」

「あー・・・な、なるほど・・・。でも、どうすればいいのかなぁ。」

困ったように高橋さんは笑いながら尋ねた。「僕に出来ることで良いなら、協力してあげるけど・・・」と付け加えた。

「なら・・・なぁ、ひろつ・・・か・・・」

「そうだんし・・・ろ・・・よ・・」

「どうしたんだ・・・」

中田、水市、そしてあのアーディスさえも驚いた表情もした。

「・・・え?」

高橋さんがきょとんとした表情を浮べていた時、ちょうど芹川さんがお菓子のカンケースを持って来た。

「お菓子どうぞ・・・って先生!?何、中学生泣かせてるんですか!?」

「な、泣かせたって・・・!?」

「大丈夫です芹川さん!コイツ勝手に泣いてるだけですから!!」

俺は、泣いていたようだ。しかもそれは尋常じゃないくらいに。

「・・・広塚、大丈夫か?!」

がくがくと中田が俺の肩を掴んで揺らす。何で泣いてるんだ、俺。

「・・・あ、そっか」

「え?!どうした、広塚!?」

水市が驚いた顔のまま俺に聞く。一方俺はガッと高橋さんの右手を握り締めた。

「俺は・・・俺は・・・」

 

「あなたみたいな人を待ってたんです。」

 

言った後に思った。言葉を誤った。

何で俺は世紀の大告白をしてしまったんだ。

 

「つまり、ストレスかぁ・・・」

芹川さんがずずずと茶をすすって、菓子を食べた。「みたいですねぇ」といいながら中田も菓子をつまむ。

「うーん、若いのに苦労が絶えないねぇ・・・」

「若いからこその悩みがあるんですよ、芹川さん。」

「はぁ・・・いいなぁ若くて・・・って、私だってまだ若いんだから・・・」

中田の言葉にハッとなった芹川さんは首を振ってまたお菓子を食べた。

「啓也君も大変なんだねぇ・・・あんなに泣いちゃうくらいにストレス溜めてるんだから。」

芹川さんに背を向けて、中田と水市がひそひそと話をする。

「でも広塚・・・あれ、普通の状態で言ってたら重症だよな。」

「・・・いや、逆に素だから言えるって場合もあるぞ。」

「あー・・・あいつ、恥かしいこともけろって言って後で後悔するタイプだな。」

「そうそう。」

「・・・お前らは・・・」

俺の声に驚いたように中田と水市はぴたりと動きを止めた。中田が振り向いてへらりと笑う。もしかして高橋さんの真似か?

「あ、お帰り啓ちゃん。」

「誰が啓ちゃんだ。」

俺はとりあえず中田にチョップを入れておいた。そして水市も無理向いて尋ねてきた。

「結局、話は終わったのか?」

「携帯番号教えてもらった。」

きょとんとしたのは中田と水市だけでなく、芹川さんもだった。

「あとメアドも。」

「いやいやいやいや、お前どんなお友達作ってるんだよ?」

「いや・・・話しやすいから。」

ストレスの溜まりすぎは人を変えるようだ。そういえば、誰かが勢いは人を変えると言っていたような・・・

「本当にありがとうございました。」

事務所を出る時、俺は深々と礼をした。「いえいえ」と高橋さんは穏やかに笑う。ああ、その笑顔が女神のよう・・・ってあれ?

 

それから俺が高橋さんにメールをすることは無かった。結局あの時の俺はストレスの勢いで高橋さんに色々言ってしまって、今となっては顔をあわせるのも辛い。

けれどあの時高橋さんに話を聞いてもらえたのはよかったと思う。正直、高橋さんは探偵というよりもカウンセラーの方が向いているのではないかと思ってしまう。・・・ただの子供の意見だが。

 

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