Another Story 君に、いくつもの星を

 

 七月。

 この季節になると、街角にきらきらとした星の飾りが増えたような、気がする。

「……はぁ」

 そして、この季節になると私には小さな悩みが生まれる。

「どうしたの、泉? なんか、元気ないみたいだけど」

 隣を歩いていた明莉が心配そうな声を上げる。はっと顔を上げれば、明莉が少し眉をゆがめて私を見ていた。

「えっと、いえ……何でもありません、よ」

 嘘だけど。本当は、何でもあるのだけれど。

「そっか、ならいいけど……。あ、七夕だー。あの星飾りかわいいねぇ」

 明莉が楽しそうに声を上げて、私と同じ方を見る。そこにはきらきらと輝く星の飾り。

「……そう、ですね」

「でも七夕って言っても大体梅雨と被っちゃうもんね。天の川なんて、なかなか見れないよー」

「そう、ですね」

「……泉、本当に大丈夫? 具合悪い、とか?」

「いえ、全然! あ、私買い物があるので失礼しますね」

 少し強引に、明莉から逃げるように去った。後ろから明莉が呼び止めるような声が聞こえたきたしたけれど、それを聞かずに私は店の中に入った。少し、申し訳ないと思う。

 しかし、店の中に入ったところで見るものは何も無い。でも今出たら、明莉とまた会ってしまうため、少し距離を置こうと思った。

 店内はきらきらとした星の飾りと、七夕の歌が流れている。少しだけ、憂鬱になりそうだった。

 

***

 

 一度だけ、わがままを言った覚えがある。

「たんじょうびにあまのがわがみたい」

 誰に向けて言った言葉かもう思い出せないが、はっきりと言った記憶はある。誰に言ったのか。多分、親父か、母さんあたりだと思うけれど、どうしてそんなに覚えているのか自分でもわからない。

「誕生日に天の川? 晴ちゃんったらロマンチックですことー」

 と、なんとなくその話を中田にしたら、予想通りのリアクションが返ってきた。やっぱりな、と思っていたら中田がニヤニヤと笑って言葉を続けた。

「それ、もしかして言ったの、幸橋だったりして」

「……泉に?」

「そう。幸橋が誕生日に何が欲しい? とか訊いて来たときに、純粋無垢な水市少年が言っちゃったんだよ。『天の川がみたい』って」

「だとしたら、相当ロマンチックだなー」

 中田の隣にいる広塚があくび交じりに声を上げた。

「それで、その年の誕生日はどうなったんだ?」

「どうだったかな……多分、普通におもちゃか何かもらったと思う」

「残念だったなあ、晴時。天の川、もらえなくって」

「まあ、もらえるとは思ってないけどな」

 その年も、俺の誕生日は梅雨の時期に被っていたし、何より誕生日は七夕とずれている。天の川なんて、見れるはずないのだ。

 それなのに、何故か俺は天の川を見たような、気がしていた。

 

***

 

 翌日。

 空を見上げると、今日は曇り空。天気予報を見ても、明日は曇りの一日らしい。

「……はぁ」

 明日も、曇りの一日。それを聞いた私のほうが、気持ちが曇りそう。明日こそ、晴れて欲しいと思うのに。

「ねえ、泉」

 ぼんやりと窓を見ていたそのとき、横から明莉の声がした。また、心配そうな顔をして私を見ている。

「やっぱり何かあったんでしょ? もしかして、……水市のこと、とか?」

 小さな声で明莉が尋ねる。その視線の先には、広塚さんや中田さんと談笑されている晴時さまの姿があった。

「……そう、です」

「やっぱり。本当に泉って、水市のことが好きなんだねえ」

「明莉は悩まないのですか? 広塚さんの、ことで」

「あたし?」

 私が尋ねると、明莉は少し驚いたような顔をして瞬きをした。それから少し考えるように両腕を組んで、「うーん」と唸った。

「あんまり考えないようにしてる」

「え?」

「だって、あたしがうだうだ考えても広塚絶対喜ばないし。ある程度悩むけど、そんなに深く考えないでおくよ」

 にっと笑う明莉の顔を見て、今度は私が瞬きをしていた。

「泉もそうじゃない? 水市がぐだぐだ悩んでる姿よりも、いつもみたいに笑ってるほうが嬉しくない?」

 そういわれると、とそうだと思う。悩んでいる晴時さまよりも、笑っている晴時さまを見ていたい。

「だーかーら、泉も悩まないこと! いい?」

「……はい」

 明莉の言葉に励まされたような気はしたけれど、私の中にある悩みは、まだ残ったままだった。

 

***

 

 ふと、空を見上げると曇り空が広がっていた。梅雨の時期、久しぶりに雨じゃないと思ってもやっぱり湿気はひどいし、曇りだと昼間でも暗くて、気持ちもなんとなく暗くなってしまう。そんなときでも、部活は普通にあって、嫌でも外周をしなければならない。まあ、湿っぽい校舎の階段を何度も何度も上り下りするよりはマシだと思うけど。

「はぁ……」

 試合が近いこともあって、最近泉と一緒に帰れていない。朝も泉は少し早めに出ているから、一緒に登校できていない。ただでさえ暗くなりがちなこの時期に、泉に会えないとなると、内心テンションが下がる。

「おーい、せーじー」

 部活の練習が終わって校門を出ようとしたとき、後ろから中田の大声が俺の名を呼んだ。振り向けば、中田の隣には広塚もいた。

「珍しいな、二人が一緒って」

「時間が被ったからな。吹奏楽も大会前だし、テニスも試合来週だし」

「そうそう。どーせなら一緒帰ろうと思ってな! 幸橋がいないで凹んでいるであろう、晴時のために」

 疲れたように言う広塚に対し、にこにこと楽しそうに笑いながら言う中田。余計な一言が聞こえた気がするが、あえてスルーをしてみた。

「ところで晴時。今年の誕生日はどうするんだよ」

「どうする、って?」

「やっぱり幸橋と一緒に何かすんのか?」

 珍しく、広塚もその話に食いついてきた。

「何か、とか、別に……。多分、夕食一緒にする、かも」

「そのときに、天の川が出たらいいねぇ」

 にやにやと笑う中田。広塚が呆れのため息を吐くのに、なんとなく笑いが零れてしまった。

「そうだな。出たらいいけどなあ」

 出るはずなんて、ない。わかっているから、笑ってしまえるのだろうか。

 

***

 

 その日の夜。

「もしもし?」

『あー、もしもし広塚? 今、時間空いてる?』

「ああ、まあ……。で、どうしたんだよ、望田」

『実はさ、泉のことなんだけど……』

「幸橋のこと?」

『そう。水市と、何かあったの? 悩んでるみたいなんだけどさ……』

「あー……。多分、水市が誕生日近いから、じゃないか?」

『誕生日?』

「明日だからさ。……あ」

『何? なんか、思い当たることでもあった?』

「もしかして幸橋の悩みがわかったかも」

『マジで?!』

「ん、ちょっと待てよ望田」

『らじゃー』

「……アーディス、ちょっと相談があるんだけど……」

 

***

 

 その日、七月五日。

「いーずーみ」

 窓の外の厚い雲を見つめていると、明莉が楽しげに声をかけてくれた。

「明莉? どうしたのですか、そんなご機嫌で」

「今日はいいこと起きるよ、泉」

「え?」

 明莉の言葉の意味がわからず、私は首をかしげる。それでも明莉は楽しそうで、にこにこと笑っている。それから私の耳元に手を当てて、小さな声で言った。

「今日の夜、駅のそばの運動公園に行くといいよ。もちろん、水市と一緒に」

 それだけ言って、明莉はどこかへと行ってしまった。一体何のことだろう、と思いながら私はただ空を見上げた。

「いいこと……?」

 それは、私が今一番望んでいることとなのかしら。なんて、少し飛躍しすぎた考えを振り払うように、私は小さく首を振った。

 

***

 

「晴時さま」

 部活が終わって校門をくぐろうとしたとき、昨日とはまた違う呼ばれ方をした。

「……い、泉?」

 にこり、と笑う泉の姿を見て少し驚いた。もう時刻は七時を過ぎたというのに、泉はそこに立っていた。

「何でいるんだ?! こんな遅いのに!」

「大丈夫です。今日は、美術部の見学をしていましたから」

「だからって!」

「晴時さま、一緒に行きたいところがありますの」

 だから、と言った泉が俺の手を取る。何かを言おうと思ったのに、言葉は出てこなかった。こうなると、自分のペースに持ち込めない俺って、弱いな、と思った。

 それからしばらく歩いて、泉に連れて来られたのは駅のそばにある運動公園だった。辺りは真っ暗で、本来なら小さな子どもが占領しているであろう大きな滑り台の上には誰もいなかった。そんな滑り台の天辺に、俺と泉は立っていた。

「お誕生日、おめでとうございます、晴時さま」

「……あ」

 そういえば、そうだった。自分の誕生日を忘れるとは、少し間抜けだと思う。

「私、あの時、本当はプレゼントしたかったんです」

「あの、時?」

 泉は、空を見上げながら言葉を続ける。空には、厚い灰色の雲。

「天の川。晴時さま、自分の誕生日に見たいっておっしゃっていたから」

「……覚えてたのか? あんな話」

 あの時、俺が言ったのは、泉に。そうだ、あんなこと、親に言えるはずがない。そして、あの時のことが少しずつ、はっきりと思い出されてゆく。

「星の形の折り紙。あんなによく、折ってくれたよな」

 部屋の中には、何十個もの星の形に折られた折り紙がちりばめられていた。それはまるで、天の川のようで、雨の日だった誕生日が、とても輝いて見えた。

「ええ、大変でした。お母さまに、教えてもらってもなかなか折れなくて」

「初めてだったかな、自分の誕生日に天の川見たの。嬉しかった」

「私も、晴時さまが喜んでくれて嬉しかったです」

 そして、泉が鞄から何かを取り出した。それは、星の形のモチーフがいくつもついた、金色のストラップだった。

「天の川の、代わりに。本当は、本物を一緒に見たかったのですが……」

「嬉しい。これも、天の川みたいじゃん」

 受け取ったストラップを空にかざしてみる。こうしてみたら、本物の天の川みたいじゃん、と思ったときだった。

 視界の端から、銀色の光が見えた。

 

***

 

 ストラップを受け取ってくださった晴時さまが、空にかざしてストラップを見てしばらく黙っていた。もしかして、お気に召さなかったのかも、と晴時さまの顔を見たとき。

「泉、見ろよ」

「え?」

 晴時さまが、空を指差す。晴時さまの指したほうを見ると、そこには

「すごい……!」

 雲に大きな隙間が開いて、そこからきらきらとした光の集まりが見えた。銀色に輝くそれはまるで、天の川。

「……ありがとうな、泉」

「え?」

「ここに、連れてきてくれて」

 晴時さまがふっと微笑みながら私に言う。

「ここを教えてくれたのは明莉……、広塚さんや中田さんですから。私は、何も」

「それでも、泉が連れてきてくれただろ。このストラップも、嬉しいし」

「私も、晴時さまが喜んでくださって、嬉しいです」

 きらきらと光る、天の川。見上げる晴時さまの瞳の中にも、その輝きが映っていた。

「お誕生日おめでとうございます、晴時さま」

 

 

***

 後日。

「アーディスも、あの時はありがとう」

「……私は、あいつらに言われたことをやっただけだ」

「でも、してくれたのはお前だろ。嬉しかった」

「……礼なら私よりも、あいつらに言え」

「言ったから、お前に言ってるんだよ。あと、お礼の品」

「これ、は……七夕、カスタードプリン……?」

「アーディスの好みわかんないから、とりあえず気になったの買ってみた。もしかして、嫌い、だった?」

「……お前の趣味は」

「ん?」

「お前の趣味は、啓也よりもいいな」

「……ほ、褒め言葉?」

 

 

 

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