Another Story 進む世界はゆっくりで

「未由子ってさあ、どうしてあの子と付き合おうと思ったわけ?」

 バイト先の喫茶店にやってきたあたしの友人、田中みなみが突然尋ねてきた。

「あの子、って祐希のこと?」

 みなみは頷く。まああたしたちより二つ年下だからあの子、って言い方もおかしくないか。でも、なんだか違和感があるなあ。それ以上に、何故みなみがそんな事を尋ねてきたかの理由が気になった。

「どうしたの、急に?」

 あたしは流しにあるカップを拭きながらみなみに尋ねる。みなみは「だってさあ」と言って話し始める。

「未由子って年下と付き合う感じじゃないもん。どっちかってーと、先輩と付き合いそう」

「先輩ぃ?」

「山本先輩とか、大田原先輩とか、朱月先輩とか、城井先輩とか」

「うーん……?」

 みなみが出した先輩を思い出す。この間柔道で全国行った先輩、バスケ部のキャプテン、……変な先輩、………誰?

「そんなに興味ないなあ」

「今は彼氏一筋?」

「まあね」

 あたしには祐希がいるから別にいいや。

「すっごいお惚気」

「そりゃどうも」

「ねえねえ、どうして祐希くんと付き合うことになったの?」

 興味津々、そんな文字が大きく顔に書かれているみなみはカウンターから身を乗り出して尋ねる。よかった、店長いなくて。もし店長がいたら「無駄話のしすぎはだめでしょ」と怒られるところだった。でも、どうせお客さんも誰もいないからいいんじゃないかな?

「んー、どうしてってねえ…大した事ないよ?」

 

***

 

 祐希と出会った中学三年のとき、あたしは吹奏楽部の副部長を務めていた。実質部長であったと言っても過言じゃない状態だったけど。当時の部長がそれはひどいサボリ症で、ノリで部長になっていた男だった。みんなに人気はあったけれど、仕事はしない人だった。

 そして、あたしはそいつと付き合っていた。

 吹奏楽部の部長に決まった時、「俺と付き合ってください」といわれた。告白されたとき、あたしは奴がサボリ症だとは知らなかったから、断る理由もないと言って付き合った。

しかし奴は部活よりも遊びを優先させるような男で、あたしとは正反対。副部長に決まっていたあたしが張り切っていたら「あ、じゃあ後任せるわ」とか言って部活に参加しない。他の部員があたしを部長と勘違いするぐらいの仕事をあたしはしていた。先生も先生で、「あいつには実力あるから」とかなんとか言って放置していた。いやいや、実力あってもあいつ、人間としてはどうかとおもいますよぉー? と、あたしが誰かに言ったところで奴には不動の人気があった。

「いいじゃん、未由子。あれと付き合って損なことないでしょ?」

 中学時代、たくさんの同級生に言われた言葉。そこで奴の人気を強く実感。それと付き合っているあたしは、密かに有名人だったらしい。吹奏楽部の夫婦カップルとも言われていたとか。今となっては、ギャグ? と鼻で笑っちゃう。

 お付き合いをしていても、正直楽しくなかった。デートに連れて行ってくれたことはあったけれど、ほとんどあたしが引っ張りまわされてるし、途中で奴の友人と会ったら最悪。あいつはあたしよりも友人を選んで遊びに行くのだ。だからデートは途中で解散、と言う事も多かった。それって、デートじゃないって。

 それでも別れを切り出せなかったのは、多分、好きな人がいなかったからだと思う。もしかしたら奴にいい部分があって「きゃ、素敵!」なんてあたしを言わせてくれる、と半分期待していたからだ。だから中途半端な状態であたしは奴と付き合っていた。

 しかし、あたしは奴にとうとう別れを告げた。やっとかよ、と自分でも思う。多分、あたしは優しかったのだろうけれど、奴の「部活よりもさ、遊ぶのが今一番大切じゃね?」という発言であたしの堪忍袋の緒がぷっちん。

「ふっざけんなハゲ!!! あたしはね、あんたの分まで部活の仕事してんのよ?! あたしだって遊びたいけどね、それ以上にあたしは部活したいのよ!! そんな風に思ってんだったら部活辞めちまえ!!!」

 掃除中、誰も来ない校舎の裏で、あたしは叫んだ。奴はしばらく目を大きく開いて呆然としていたが、言われたことの意味をやっと理解したらしく、がっくりと肩を落とした。それから「うん、わかった。ごめん」と言ってとぼとぼと教室に戻った。一方あたしは思いっきり叫んだので、呼吸を整えるためにぜいぜいと息をしていた。そしてものすごくすっきりとした気持ちで溢れていた。

「あー、すっきり」

 しかし、その日の空はすっきりと晴れてはいなかった。

 

「それじゃ、みんな気をつけて帰ってねー」

 部活の合奏が終わり、あとは自主練の時間である。しかし、ほとんどの部員は自主練をせず帰ることが多い。特に今日は放課後になってすぐ雨が降り始めたのでひどくなる前にみんな帰ってしまった。本当はあたしだって帰りたかったけれど、合奏の気づきや注意点、次の部活の練習方針など部活ノートにまとめないといけないのだ。雨、ひどくなったら嫌だなあと窓の外を見る。雨の音と、暗闇が広がっていた。

 早く帰ろう、と思ったときに限って気づきが多く思いつくものだ。明日やりたいこともいっぱいあるし、演奏会まであまり時間がない。そんな日は高い確率で先生が会議でいない。だから余計に細かくいろんなことを書かなくちゃいけないのだ。本当は部長の仕事なんだけどね。

「はー……」

 副部長になってからため息が止まらない。部活の時間は一番楽しいけれど一番辛いという矛盾した感情があった。あたしだって気軽に演奏していたあの頃に戻りたいよー……と何度思ったことか。しかし、今日はわりとすっきりしている。だってあいつと別れたし、すごく気持ちいい。

 そう考えていると、どこからか何かのリズムが聞こえてきた。この音は、小太鼓だ。

「あれ?」

 おかしい、みんなもう帰ったんじゃなかったっけ? あたしは席を立ち、音のする方に歩く。もしかしてあれですか、学校の七不思議、的な。でも普通ピアノじゃないの? とかなんとか考えて、音のする教室の扉を開いた。そこには一年生の打楽器パートの男子がいた。

「……あ」

 驚いたような顔をして、あたしを見る……たしか、中田。そう、一年でもテンション高いなーとか思って見てた子だ。そして珍しく打楽器を選んだ子だった。うん、先生も「珍しいな」とか言ってたあの子。

「先輩、どうしたんですか?」

「どうした、って。そっちこそ、もう帰っていいのに…」

「え、だって自主練の時間だし」

 にっこりと答えて笑う中田くん。おお、珍しい一年生もいることだ。こう言うのが練習熱心って言うんだろうなあ。そんなことを考えている間にも中田くんはリズムを刻んでいる。

「未由子先輩こそ、帰んないんですか?」

 視線は小太鼓のまま、中田くんはあたしに尋ねた。

「うん、もう少ししたら帰るよ。ノートもあと少しで書き上がるし」

「帰るの、部長と一緒ですか?」

 突然の質問にあたしは少し驚いた。けれど、まあ…一年でも先輩の恋愛事情が気になるのだろう。

「いや、帰らないよ」

「付き合ってるのに?」

「別れたの」

「……え?」

 リズムは刻んだままで、中田くんは素っ頓狂な声をあげた。しばらく驚いたような顔をしていたけれど、先ほどまでと同じ顔に戻った。そういえば、誰にも別れたこと言ってないから、中田くんが初めて言った子になる。

「今日、ですか?」

「うん。あいつさ、部活もしないで遊ぶーとか言ってさ。部長のくせに」

「た、確かに……」

「それで仕事は全部あたしに押し付けるのよ? 腹たって、『部活辞めちまえ!』って言ってふった」

「すげ。先輩って、バッサリ言うタイプなんですね」

 中田くんの横顔が苦笑いを浮べている。あ、先輩の愚痴につき合わせてしまった。まだまだ希望溢れる一年生だというのに、こんな話聞かせるとは……。でも、彼の前では何となく話しやすい。

「中途半端にうだうだ言うよりはさ、あっさり言うほうが良くない?」

 あたしが尋ねると、中田くんは頷いた。それでも太鼓をずっと叩いている。

「あ、ごめんね。自主練の邪魔しちゃって」

「いやいや、未由子先輩と話せて楽しかったですよ」

「そんな、愚痴ばっかだったのに…」

「そんな事ないですよ。俺、未由子先輩のこと好きだし」

 リズムは刻まれたまま。あたしは一瞬、中田くんから出てきた言葉の意味を理解できなかった。

「はい?」

「だから」

 たん、と太鼓を叩き終わった後、中田くんはあたしのほうを向いた。

「俺、未由子先輩のことが好きなんです」

 ………はい?

「何だって?」

「あのー、何度も言わせるのってそれどんないじめですか先輩……」

「いや、今の会話の流れからちょっと理解できなくてさ…どう言う事ですか?」

「だーかーら、俺は未由子先輩が好きなんですって。これで三回目ですよ」

「す、き」

 あたしは中田くんから言われた言葉を口に出した。中田くんがそれを聞いて頷いた。

「好きなのですか、私のことが」

「はい」

「何故に?」

「えっと、副部長なのにそれ以上の仕事しても文句言わないで真面目にしてるし、後輩にも優しく指導してくれるし、合奏のときのアドバイスも的確でわかりやすいし、綺麗だし、優しいし」

 待て待て待て待て!! そんな本人の前で褒め殺しか?! あたしは目の前の後輩を直視出来ずにいた。しかし中田くんはじっとあたしを見つめている。

「ともかく、そう言ったいろいろな要素を含めて俺は未由子先輩が好きです」

「うおお」

「…先輩、それ女がするリアクションじゃないですよ……」

 四回目の告白をしても平然としている中田くんの前で、あたしは何を言えばいいのか考えた。一年の中では正直一番子どもっぽいと思っていた彼だが、そんなことなかった。よくよく考えてみれば朝の自主練で最初にくるのは中田くんだったし、合奏の始まるぎりぎりまで練習するのも中田くんだった。

「もしよければ、付き合ってください」

 中田くんはあたしに向かって深く礼をした。頭の中が真っ白になった。

「……部活」

「…え?」

「部活、ちゃんと参加する?」

 何言ってるんだ、私。でも、一番気になっていたのはそこだ。だって、前の奴は全く部活に来ないし真面目じゃないし遊ぶ事ばっか考えてるし。

「します」

「本当に?」

「もちろん! あ、でもなるべくデートとかも行きたいです」

「あたしが行きたいところ連れてってくれる?」

「どこへでも」

「でも、デートどこに行くか考えてくれる?」

「考えます」

 全部の言葉に肯定の言葉、それも真正面向いて真面目に答えるもんだからあたしは完全に惚れてしまった。彼はなんて良い子なんだろう。いや、良い子というよりもいい男。

「あたしで、よろしければ」

 雨にかき消されないように、あたしははっきりとそう言った。

 

***

 

「……甘っ」

 話を聞き終わったみなみの反応は一言、それだった。甘い、ってこう言う事をいうんだなーとはじめて理解した。

「何か、二人とも幸せね。そんなんだったら」

「うん、ものすごく幸せ」

 拭き終わったカップを乾燥台に置き、タオルをカウンターの後ろに置いた。

「未由子、なんかこの胸のもやつきを抑える何かをちょうだい」

「店長のコーヒーがいいよ。甘い話にちょうど合う苦さだし」

 そう言った瞬間、店長が帰ってきた。その隣には、あたしの知っている姿が。

「おかえりなさい店長。あと、それは?」

「それって、彼氏に対してひどくないっすか未由子さん?!」

 店長の隣で買い物袋を持った祐希がいた。店長が苦笑いを浮べている。

「偶然買い物帰りに会ってね。荷物を運んでくれるって言うから」

 その様子を見てみなみが「いいお手伝いさんねー」とあたしに向かって言う。

「お手伝いがしたかったんですー」

「……はいはい。それで、ご注文は?」

 あたしが尋ねると、祐希はにやりと笑った。

「未由子さんの愛!」

 

END

 

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