Another Story その日、聖なる日。

 

「……このハゲ塚」

 部活が終わって校門を通り抜けた瞬間、そんな低い女の声が聞こえた。俺は声のした、校門を見る。そこには門に寄りかかってむっすりとしている望田の姿があった。

「望田?」

 どうしてこんな所に? そんな疑問しか浮かばなかった。今日から冬休みで、ついで言うと十二月二十五日で、はっきり言えばクリスマスである。望田明莉という人間は、美術部に所属していて、さらに女子で、どう考えてもクリスマスの日にここに居る事がとてもアンバランスに思える。

 美術部は冬休みに活動をしないし、女子はクリスマスに集まって盛り上がる。後者は俺の考えだけだが。

「何でいんの?」

「さあ、何ででしょうね」

 あからさまに不機嫌といいたげな表情と声で、俺の問いに答えた。いや、答えてはいないけれど。望田の姿は普段と同じ制服で、その上に学校指定のコートを着ている。マフラーや手袋はしていない。

「じゃあ、質問変える」

「どうぞ」

「何でハゲって言った?」

「うっせーハゲ」

 望田はそっぽ向いてもう一度言った。言っておくが、俺はまだまだ発毛剤のお世話にはなっていない。

「広塚がバカだから」

「バカ?」

「うん、バカ。そしてハゲ。あのね、このハゲは頭的な意味ではなく、心的な意味だからね」

 心ハゲって初めて聞いた。まず、心に毛なんて生えているのだろうか。初めて知った。

「心的なハゲって何だよ。初めて聞いたんですけど」

 白い息を吐きながら、俺は言った。望田も頬を真っ赤にさせて、白い息を吐き出しながら発言する。

「誕生日をちゃんと言わないような人は心ハゲなんですよ」

「……誕生日?」

「…………広塚、もしかして自分の誕生日忘れてたとか言わないよね?!」

 望田が驚きを露わにした顔で叫んだ。俺が驚いたのは、今日が俺の誕生日であるという事ではなく、それを望田が知っている事だった。

「何でお前知ってんの? 俺の誕生日」

「瑞菜に教えてもらったの。というか『何かするんだろ?』ってメールで初めて知った」

「そう、なんだ」

「そうなんだじゃない!」

 望田が怒鳴った。あまりにも大きく怒鳴るので、あたりに響いてしまったのではないかと思う。冬は特に音が響きやすい、気がする。

「教える気無かったんだ、やっぱり!」

「いや、教えなくてもいいかなーって」

「何で?!」

 寒さよりも怒りで望田の顔はさらに赤くなる。タコか、お前は。

「望田、誕生日もう過ぎただろ?」

「……はい?」

「だから、お前はもう誕生日終わっただろ」

 望田の誕生日は約三ヶ月前。と、上里から聞いた。

「それと何が関係あるのさ」

「だから、お前にプレゼントあげてないからさ」

「…………」

 望田は俺の真正面を見て、ぱちぱちと瞬きをした。何回か、いや何十回か瞬きをした後に息を大きく吸った。これは来るな、と俺は耳を塞ぐ。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!? 何?! あんたなんなの?! バカなの!? 死ぬの?!」

「誰が死ぬか、誰が」

 耳を塞いでも聞こえる望田の声量はすごいと思う。そういえば、文化祭の時にあった合唱コンクールで「広塚のクラス、望田の声しか聞こえなかった」って部活の奴が言ってたくらいだ。地声はそれ以上じゃないかと思う。

「マジもうあんたバカ!! ハゲ塚っていうかバカ塚?!」

「あのさ、人の名前で遊ぶな」

 俺は的確なツッコミを入れてため息をついた。ため息も、冬になれば白くて綺麗に見える。

「なんなのよもう! あたしのニコ動の時間返せ!!」

「何がだよ……」

「うっさいなあ! あたしは家でにやにやみくみくにやにやしたかったんだよ!!」

 望田の口から出る呪文で俺は急激にヒットポイントが減った気がした。

「お前、結局何しに来たんだよ?」

 とりあえず望田がこれ以上「俺の萌え返せハゲ! あたしは銀髪侍が見たかったんだよ!」とか言い出すのは困るので話を本題に戻してみた。すると望田は先ほどまで騒いでいたとは思えないぐらい静かになった。もしかして、望田を黙らせるいい呪文編み出した感じ?

「……誕生日、プレゼント」

「え?」

「どっかのアホ塚さんのためにですねー、望田さんは時間と材料費をかけてしまったんですよー! このお金であたしはジャンプコミックスが何冊買えたでしょうかねー!」

 多分、本人は嫌味っぽく言っているつもりだと、その努力はひしひしと感じた。が、かなりこの言い方が面白い。

「ぷっ」

「あー! 今笑ったでしょ!?」

「お前、なんか……面白……い」

 腹痛い。これはかなりツボかもしれない、と俺は腹を抱えてしゃがみこんでしまった。そんな背中を望田が容赦なく蹴る。

「このアホ塚! バカ塚! ダメガネ!!」

「はははは、はいはいはいはい」

「あー! もう、笑いながら返事すんなダメガネ塚!!」

「それ原型留めてねぇだろ……」

 望田の蹴りの嵐が収まり、俺はゆっくりと起き上がる。望田が顔を真っ赤にさせて肩を上下にして息をしている。やっぱりこいつ面白い。望田はしばらく呼吸をした後、なんだかよくわからないけれど、若干悲しげな顔をして視線を少し斜め下に向けた。そして、沈黙。

「……」

「……」

「……」

「……」

 笑った後の沈黙ほど、かなり痛いものはない。望田が俺の背中を蹴ったよりもはるかに痛い。

 こんな時、中田や水市になれたら、なんて思う。あいつらは、こんな時をきっと上手く乗り越える事ができるだろう。幸橋だって、坂田さんだって、あいつらと居る時は幸せそうだし。

 そのとき、望田が、手袋をしていない手で小さな紙袋を持っているのに気付いた。

「望田」

「ん……」

 若干かったるそうに顔を上げる望田。俺は望田に向かって手を伸ばした。

「プレゼント」

「え?」

 一回で聞き取ってくれよ……二回目正面向いて言うのは恥かしいので、視線を反らしてしまった。

「プレゼント、持ってきて……くれたんだろ?」

「……お、おう!」

 望田が紙袋を俺の手に乗せた。紙袋って、手に乗せるもんじゃないだろ……

「中、見ていいか?」

「ど、どうぞ……」

 紙袋の中に入っていたのは、丁寧にラッピングされた透明な袋。中身は、ケーキだった。

「ま、混ぜて……振るって混ぜて焼いただけのものでごめんね! 味は、兄ちゃんがまあまあって言ってたけど……食べれないものじゃないから!」

「お、おう」

 確かに見た目は手作り感が溢れている。昨日テレビでやっていたチョコケーキやチーズケーキの方が見た目は綺麗だった。アーディスが食べたそうな顔をしていたけれど、俺はこっちのほうがものすごく美味そうに見えた。

「誕生日、おめでとう広塚!」

 望田が真っ赤な頬でそう言った。その声は、いつもより少し高くて、なんだか聞いてるこっちが緊張してしまった。

「……ありがとう」

「それじゃ、あたし帰るね!」

 その手は寒さで真っ赤になっていたし、首元はかなり寒そうだった。それに気付いて、俺は走り出そうとした望田の腕を掴む。

「え?」

 驚き、そんな表情を浮べた望田が俺を見る。俺もなんでこんなことしてるのかよくわかんなくなってきたけど、何かしないといけない気がした。

「寒い……だろ、お前マフラーしてないし」

 そう言って、俺は自分のつけているマフラーを外して望田の首にかけた。女子って一体どんな巻きかたすんだろ……よくわからないまま、そのマフラーを巻き終えた。

「じゃ」

「待て待てい!?」

 何か気の抜ける言い方で、俺は危うくこけそうになった。望田が混乱していると言いたげに辺りをきょろきょろ見て叫んだ。

「せめてはんぶんこ!」

「は、んぶん?」

「半分! 長いから、絶対この巻きかたありえないから!!」

 ぐしゃぐしゃになったマフラーを指さし、望田は言う。申し訳ない気持ちがしている間に、望田が俺の首にもマフラーを巻き始めた。長さはちょうどいいくらいか。

「ほら!」

「お、おう……」

 かなり、緊張する。

「なんかあれだねー。バカップルみたいだねー」

「……バカ田」

「え?! 今なんて言った!」

「俺がバカ塚ならお前はバカ田。バカ田アホ莉」

「ひど?! あたしまだ啓也の部分は触れてないのに!!」

「アホ莉って結構よくね?」

「バカー!!!」

 

 それから望田の家まで行った後、俺は無事に帰宅した。

「……」

 じっとアーディスが望田から貰ったケーキを見つめている。食べたい食べたい、と銀色の瞳が言っている。

「ダメだからな」

「わかっている。……おい」

 この空間には俺とアーディスしか居ないので、「おい」の対象は俺である。慣れてる俺もなんか悲しい。

「誕生日」

「……はい?」

 そう言ってアーディスが机の上においたのは飴だった。あの棒つきで、三十円くらいで売ってる奴。それにも驚いたが、何よりアーディスの口から誕生日という単語が出てきたことに驚いてしまった。

「誕生日、って誰の?」

「お前の、だろう」

「いや、そうですけど」

「教えてもらった、あいつらから」

 あいつら……あいつらって、中田と水市? まさかの誕生日プレゼント二連発に、少し混乱しそうだ。まあ、でもありがたい。

「ありがとな」

「……」

 視線を反らすように横を向いたアーディスの、その横顔が……少しだけ笑っているように見えたのは、予想外のプレゼントで俺が浮かれているから、だけでないと思う。

 

 

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