Another Story 望田明莉の憂鬱 ―About “Love” and ”Strangeness”―
読者の皆様、はじめまして。俺のことを知っている方はいらっしゃらないだろう。そんなわけで、少し俺の紹介をさせていただきたい。
俺の名前は望田俊治。あ、そこの読者さん、もしかして気づきました? 俺の名字、見覚えあるって。そうですよ、俺はこの物語におけるヒロインの望田明莉の兄なのです。明莉とは少し年が離れていまして、現在大学二年生です。本編では名前どころか兄の存在すら出ていませんが、実は明莉が学校で話すことの八割は俺の話題なのです。まあ……いい話題かどうかは知りませんが。
そんな明莉なのですがこのごろ自宅での様子がおかしいのです。
***
「……はあ」
ため息をつく明莉。その表情はぼんやりとしている。その表情がおかしいと思ったのは俺だけではなく父さんも同じようだ。
「明莉、どうかしたか?」
「え?」
父さんに呼ばれて明莉は顔を上げる。明莉が一番楽しみとしているであろう食事の時間なのに、あまり食事を口にしていない。折角俺が作ったから揚げだって、まだ一つしか食べていない。
「お前、なんか変だぞ。何かあったか?」
「別に? 変じゃないし」
「いや、でも顔色もあんまりよくないし……風邪でもひいたか?」
父さんが尋ねると明莉はぶんぶんと首を振る。しかし、それでも心配性の父さんは明莉の額と自分の額に手をあて、熱を測り始めた。いつものこと、俺はから揚げをまた一つ頬張る。
「うん、少し熱っぽい。明莉、明日は休んどくか?」
「やだ!!!」
明莉の叫び声に、俺と父さんは素直に驚いた。危うく自分の作ったから揚げで喉を詰まらせるところだった。
「や、だ?」
「え、いや。だからその……あ、明日で部活の作品出来上がりそうなの! だから、明日は行きたい!」
「そ、そうか。いや、それなら良いんだ。いや、でも無理するなよ」
父さんはそれで納得しているようだったけれど、俺にはそう思えない。何か、言い訳のように部活の作品の話を出したように思えたのだ。明莉はから揚げとサラダを少し食べた後、食事を終えた。
「明莉」
「何?」
「お前、何か隠してないか?」
明莉が笑う。そしてすぐに「そんなことなかですよー」と言った。お前、俺が何年お前の兄貴やってると思ってんだ? 明莉が何かを隠しているのははっきりとわかった。しかし、今は言わない。
「そう、ならいいけどな」
どうせ俺が尋ねたところで何も言わないだろうし、それじゃあ意味がない。多分、父さんもそう思っているんだろうな、なんて考えた。まあ学校に行く意欲があるのならいいだろう。これで「学校に行きたくない!」だの言われた方がむしろ問題だ。
***
明莉が学校から帰ってくると普段ならテレビに向かって「ギリギリセーフ!!」だの叫んでアニメを見るのがお決まりだった。その後ろで俺も一緒に見ているのだが、まあ最近のアニメの質はあんまり良くないな。やっぱり俺が明莉ぐらいの年頃にやってた番組の方が話もよかったし、絵だって………ではなく。そんな話はどうでもいいのだ。
このごろ、家に帰ってきた明莉はいつも部屋に入りベッドで伏せているのだ。たまに足をバタバタとさせたり、逆に死んだかのように伏せ続けたりと奇怪な行動に走っている。兄として普通に心配なのだ。部屋には入らず、ドアのそばで明莉に言う。
「お前、あれ始まったぞあれ」
「あれって何」
ベッドにうつ伏せているおかげで声がにごって聞こえる。けれど、あまり機嫌はよくなさそうなのがわかる。
「ほら、お前が毎週見てる奴だよ。風……風のなんたらかんたら」
「………今週はいい。どうせ、狙いのキャラ出ないし」
最近のアニメ好きはどうしてキャラクターだの声優だので選ぶんだろうか。アニメというのは物語全体や絵の綺麗さといったものを見るものであって………ではなく。珍しいことだ、明莉があんなに楽しみにしていたアニメを見ないなんて。そういえば、このごろパソコンを触る時間も短くなったようだ。
「お前、本当に大丈夫?」
「ねえ、兄ちゃん」
顔を上げて、明莉は俺のほうをじっと見る。深刻な顔をして、もしかして大変なことが起きてしまったのかもしれないと不安になった。
「恋と変って似てるよね」
「…………はい?」
突然の明莉の言葉に反応が出来なくなった。明莉は普段しないような深刻な顔を浮べたままである。
「どういうこと、だ?」
「だから、恋と変って似てるよね」
「漢字的な意味か?」
「感じ的な意味だよ」
年頃の少女の考えることは理解出来ない、俺は強く実感したのだった。
***
明莉の悩みの種を理解したのは、クラスの友人と一緒に行ったというカラオケの写真を俺が代わりに現像しに行った時だった。明莉の友人が気になったから見てみたのだが、我が妹ながらわかりやすい奴だと思う。
写真に写っているのは同級生の少女だけではなかった。少年四人、明莉を含めて少女四人のメンバーで行っていたのが写真でわかった。そして、写真にとある少年だけ異常に写されているのだ。眼鏡をかけた少年。
「なるほど恋か」
なんてわかりやすい我が妹よ。つまり明莉はこの眼鏡の少年に惚れているらしい。はあ、青春だなあ……俺の中学時代なんて、周りの奴からかっていたら自分は恋も何もなしに終わっていた。そう言った意味で、明莉は同じ道を歩まないで良かった、と安心している。
「単純だなあ」
写真の中の少年は正直言って写真写りが悪い。しかも、何か白っぽいモヤまで写っている。これは明莉の撮りかたが下手なのだろうか。
「ま、いっか」
まあ、明莉が苦しい思いやら悲しい思いやらしていないならそれでいい。
母さんが死んでから、明莉は時々無理して笑うことがあった。それはわかっていても、俺も父さんも言わなかった。無理して笑っている、と俺たちが知ったら明莉は余計悲しく思うだろう。だから、言わずにいた。明莉は、誰かにそういった不安を言っているのだろうか。
「あっ」
突然、写真が一枚落ちた。慌てて俺はその写真を拾う。どうやら明莉が誰かに撮ってもらった写真のようで、先ほどの眼鏡の少年と一緒に写っているものだった。その笑顔は、無理なんてしていない素直な笑顔に見える。
「……楽しそうじゃないか」
写真をしまって、明莉の部屋の机に置いた。
***
果たして兄ちゃんはあたしの頼んだ現像をしてくれただろうか。授業中あたしはそれが不安だった。そこは良いとしてもあいつ、勝手に写真見てないだろうか。ものすごく不安である。というか、最近何でも不安に思うのはお父さんの心配性がうつってしまったのかもしれない。だから、最近広塚のことも少し不安に思ってしまうのだろう。
あたしと広塚の距離は果たして前より近付いたのだろうか。前に、あたしが告白したものの返事は「これから」だったし、俗に言う『彼氏彼女の関係』ではないと思う。友人の上里瑞菜に尋ねてみると
「うん、それ友達じゃん」
と言われた。つまりあたしと広塚は恋人同士………とは遠いらしい。それもそうだけれどもう一つ不安な要素がある。それは、奴がどこを見ているかわからないときがあるのだ。ぼんやりと遠くを見て、何を見ているかわからない。あたしにはただの空にしか見えないのだけれど、広塚にはただの空ではないのだろう。
「あ……」
放課後、教室に忘れ物を取りに来たあたしは誰も居ない教室に広塚がいたのを見た。誰もいないはずなのに、広塚は何かを言っていた。まるで、誰かと会話しているようだった。
「だから……って。………その、だからさ………はぁ……」
ため息をついたり呆れた顔したり、それなのに広塚のその横顔はどことなく楽しそうに見えた。なんだろう、ちょっと寂しい。けれど、あんなにぶつぶつぶつぶつ一人で喋ってるって、広塚ってもしかして危ない子だったりしちゃったり……
「誰が危ないって?」
「うわあ?!」
教室の扉の裏に隠れていたあたしに声をかけたのは広塚だった。いつも通りのやる気がない顔であたしをじっと見つめている。
「あれ、もしかして言ってた?」
「ぶつぶつなんか聞こえてた。ひとり言なら誰も居ない場所で言えよ」
ちょっとその言葉は広塚に言われたくなかった。
「そっちだって、いっつもぶつぶつ何言ってんの?」
「お前の知らない世界にいるんだよ、俺は」
「むかつくー。そういう風に誤魔化すのって男らしくない」
「……なあ望田」
広塚の眼鏡の奥にある黒い目が、あたしを見つめていた。よくわからないけれど、広塚は真剣な顔をしていた。
「俺が、お前に『見えないモノ』が見えるっていったら、どうする?」
「……え」
言葉が詰まった。広塚の言う『見えないモノ』というものの意味がわからないけれど、ただ、広塚は真面目に尋ねていることだけは理解できた。もしかして、あの時あたしのネックレスを見つけてくれたことと関連するのだろうか。
「どうするって言われても…正直、何にも変わらないんじゃないの? いや、それで広塚が人格変わりますーとか何とか言われたら困るけど、それで何か違うわけ?」
「いや……別に」
「それならいいじゃん。あたしが好きなのは、その『見えないモノ』が見えてる広塚含んでるんだから」
あ、これって再告白? 言った後に、あたしの体温は異常に上がったように思えた。やばい、熱い。広塚も少し赤くなっている、気がした。
「……ん、ありがと……う」
「…う、ん。いや、うん、その、あれだよ。あたしは、広塚の『見てるモノ』、見てみたい、し」
ああああ、これってかなり恥かしい言葉じゃないかなあ。何年前の少女漫画のネタですか、これ。もはや恥かしさで顔が熱くなっている。広塚が驚いた顔して瞬きしてる。やっぱり古いですよねー、わかります。この後、からかわれるんだろうなあと思っていたら予想外の反応をされた。
「そっか」
笑った。おかしい、広塚もあたしも同じ中学二年生のはずなのに、奴の笑顔は中二に思えない穏やかな笑顔だった。広塚のその笑顔は不意打ちだったから、あたしは素直に「かっこいい」と思った。普通の時にそんな笑顔を見せたら、「なんだよ、大人ぶりやがって」とか言えるのに。
「何か、……安心した」
「へ?」
あたしが間抜けな声を出すと、広塚は「しまった!」といいたげな顔をしてあたしから目を反らした。その頬が、先ほどよりもさらに赤くなって見えた。
「何!?」
「いや、何でもない」
「安心って何!?」
「何でもないから!!」
広塚は慌てて机の上に置いてある鞄を肩にかけて教室を飛び出る。これはからかいがいがあるぞ、とあたしは広塚の背中を追いかける。
「こらー、待ちやがれ広塚ー!!!」
そのときのあたしはすっかり忘れ物を取りに来たことを忘れていた。それに気づいたのは、家に帰ってからである。あ、ちょっと恥かしい。
***
「ああああああ!!! たまんないよー!!!!」
テレビの前で明莉が叫ぶ。もう少し近所迷惑と言う事を考えないのだろうか、我が妹よ。先週はあんなにも興味なさそうに言っていたアニメを、今日は至って真剣に見ている。
「やべー……出来るもんなら結婚してぇ………」
「うわー……平面と結婚したいとか………」
「ちょっと兄ちゃん!? そんな冷たい目であたしを見ないで! 兄ちゃんだって言ってたくせに!」
そう言われたら否定は出来ない俺の過去。明莉はテレビの画面に映る少年キャラクターに惚れているらしい。いやいや、あの伝説のアニメに出てきたあいつに比べれば、こいつなんてまだまだだ。まあ、そんな話はどうでもいいのだけれど。
「けしからんね、このクールさは!」
「お前、静かにテレビ見ること出来ないわけ?」
「静かに見せてくれない番組を作るスタッフが悪い」
明莉がむっすりとした表情で俺を見る。本人は睨んでいるつもりなのかもしれないけれど、睨みというよりは上目遣いにしか見えない。睨みが似合う女子中学生より上目遣いが似合う女子中学生のほうが俺は好みだ。
………誤解を招く発言になってしまったが、つまり怖い方向に走るより少しマニアックでも可愛いほうがいい。そういう事である。
「明莉」
「んー?」
「お幸せにな」
俺は一枚の写真を明莉の頭に乗せた。明莉はそれを取り、じっと見る。それから数秒後、
「バカ兄貴―――――――――――ッ!!!!!!!」
両頬を真っ赤にさせた明莉が家中に響く叫びを上げて俺を殴ろうと走り出した。床に落ちた写真には笑う明莉と眼鏡少年が写っていた。