特別活動:お祝い
「ハッピーバースディ、月読」
扉を開けるんじゃなかった、と夜維斗は激しく後悔した。扉を開けた瞬間、『ぱん』とクラッカーが弾ける音がして、紙テープがかかったからである。そして、玄関先に立っていたのは光貴であった。
「はい?」
「はい? じゃないって。月読くんのお誕生日をお祝いに来たんですよ」
「何で」
「そりゃ、オカ研の会員だからさ」
にこりと笑う光貴に夜維斗は呆れのため息をついた。
「わざわざお前一人が俺の所に来るはず無いだろ」
「え、それひどくない?」
「お前は基本的陽田中心に動いてるからな」
そう言われると否定ができない光貴。夜維斗の言葉に苦笑いを浮べる光貴は、持ってきた紙袋から何かを取り出した。
「そうじゃないって証拠を見せてあげるぜ。はーい、お誕生日プレゼント」
「……マジか」
驚きを隠せずに、夜維斗は小さくそう言った。そのリアクションに光貴はさらに驚いた。
「マジ、って……信じてなかったのかよ」
「割と信じてなかった」
受け取った夜維斗は、玄関先に立つ光貴に部屋に入るよう言った。光貴も言葉どおり、部屋に入って部屋にあるコタツに入った。
「冷た!? ……電源入ってないのかよ」
「体温で暖めるシステムなんだよ」
「月読って、ケチなんだな」
「地球のためって言ってもらいたい」
そうこう言っている間に、夜維斗は光貴の前と自分が座る前にホットココアを置いた。光貴は早速一口飲む。
「さむ……」
「お前の体温、おかしいだろ」
「いやいやいや、ココアの温かさを感じてな、この部屋の寒さを感じたんだよ」
確かに暖房器具はコタツぐらいしかないこの小さな部屋は、暖かいとは言えない。仕方なく、夜維斗はコタツの電源を入れた。
「わー。やっぱりコタツは電源入ってコタツっていえるんだよー」
「それで、お前何しに来たんだ?」
夜維斗の問いかけに、光貴はココアを飲みながら夜維斗を見る。それから、ココアから口を離して「だから誕生日だって」と言った。
「誕生日のプレゼントを渡しに来たんだよ。それを」
「はぁ……」
「じゃあ、開けてみろって。結構実用的だぜ」
にやりと笑う光貴の顔を見て、少し不安を覚えながら夜維斗はプレゼントをあけた。中身は、シンプルな布でできた文庫本サイズのブックカバーである。普通のプレゼントに、夜維斗は驚いた。
「お前が普通のものを買うなんて……」
「月読さ、俺のキャラなんか勘違いしてるだろ」
「冗談だ。でも、わざわざありがとうな」
夜維斗が言うと光貴は「どういたしまして」と微笑んだ。
「それで、陽田は?」
「……はい?」
「だから、陽田。お前一人で来るとは思えないって、最初に言っただろ」
そうじゃないって、と光貴が言いかけた瞬間。
「お待たせしゅげっちゃん! そして夜維斗!!!」
ばーんと大げさな音を立てて扉が開き、里佳が紙袋とビニール袋を持って叫んだ。せっかく部屋が暖まったのにという考えを表に出さないように光貴は笑った。
「遅かったな、里佳」
「……お前は静かに扉を開けるって事はできないのか」
「いやいや、慌ててきちゃってさぁ。あ、上がるわね」
にっこりと里佳が笑いながら部屋に上がる。元々夜維斗に許可を取るつもりはなかったようだ。それに文句を言わず、夜維斗はコタツのスペースをとる。そのスペースに里佳が入った。
「で、里佳できたのか?」
「うん! ……ただねぇ、走って来たから形が崩れてなきゃいいけど」
心配そうに里佳は紙袋からケーキボックスを出す。そして、ゆっくりと箱を開けてケーキを取り出した。白いクリームに、イチゴの載っている王道のショートケーキ……なのだが
「見事半壊だな」
夜維斗の言葉どおり、ケーキは形が崩れてしまっていた。いくつかイチゴが落ちている。
「うー……否定しないけど、でもさ! 割といけるわよ?!」
「味は変わらないからな」
「しゅげっちゃん余計なこと言わない!」
そう言って、里佳は台所からナイフと皿を取ってきた。人の家なんだけど、なんて夜維斗は思ってため息をついた。この家のほとんどは、里佳によって把握されてしまっているのだろう。
「はーい、できた。ほら、こうすればいけるでしょ」
ケーキを切って皿に載せていくと、確かに普通の見た目のケーキに見えた。
「さあ食べよう! 夜維斗、コップ持ってきて!」
「どこにあるかわかるだろ」
「うっさいなー、持ってきなさいよ!」
里佳に言われて、夜維斗はため息をつきながら暖かいコタツから出た。そして、光貴の前にあるココアの入っていたマグカップを台所の流しに置き、ガラスのコップを三つ持って、コタツに再び入った。
「飲み物は?」
「持ってきた! っていうか買ってきた!」
「頑張ったなぁ」
「あたしの体力なめんな! 足はそこそこ自信あるんだから!」
そして里佳はビニール袋から二リットルのペットボトルのジュースを出した。そんな重いものとケーキを持ってよく走ったな、夜維斗は感心した。光貴がそのジュースを受け取り、それぞれの前に置かれたコップにジュースを注いだ。
「それでは、夜維斗の誕生日を祝って乾杯しましょー!」
里佳がコップを持ち上げると、光貴がすぐに持ち上げた。それから数秒、夜維斗が何もしないのに二人が夜維斗を見ると、しぶしぶと言った感じで夜維斗もコップを持ち上げた。
「それではー、かんぱーい!」
「乾杯!」
「……乾杯」
かん、とコップのぶつかる音が響く。そして一同は一気にジュースを飲んだ。
「ぷはー! 美味しいわね!」
「ま、みんなで飲むからな」
「対して変わらないだろ」
「もー、夜維斗はノリ悪いなぁ。あ、そうそうケーキ! 食べて食べて!」
里佳の言葉に勧められて、夜維斗と光貴は早速分けられたケーキを食べる。その姿をじっと里佳は見つめた。
「……どう?」
視線に気付いた光貴は里佳ににこりと微笑む。
「美味いよ」
「本当?!」
「うん。店で売ってても違和感なさそう」
光貴の言葉に里佳は瞳をキラキラと輝かせる。その瞳で、夜維斗を見つめた。
「……美味い」
里佳の方を見ず、夜維斗は呟くように言った。
「あーもー! こっち見て言えばいいじゃない!」
「はいはい。美味い」
「心がこもってなーい!」
そんな里佳と夜維斗の掛け合いに光貴は笑った。そんな掛け合いが終わったあと、里佳は「さてと」と話を変えた。
「夜維斗くんに、誕生日プレゼントをもってきましたー」
「え、ケーキだけじゃないんだ?」
「しゅげっちゃん、あたしをなめないで頂戴! じゃっじゃじゃーん!」
高らかに声をあげて里佳は先ほどの紙袋から更に小さな箱を取り出した。
「何だ?」
夜維斗が心配そうにその箱を見る。
「よくさ、テレビとかでお笑い芸人とかの人がジャケットとかつけてるブローチ、みたいな!」
「……例えがお笑い芸人ってなんだよ」
「何かわかりやすいようなわかりにくいような……」
里佳の例えに夜維斗も光貴も苦笑いを浮べた。そんな二人の呟きを気にせず、里佳は箱を空けた。中には銀色のフレームと黒い石のついた月のモチーフのブローチが入っていた。
「なんか月読には勿体無くね?」
「そういうしゅげっちゃんにも持ってきたんですよー」
その言葉に「え?」と光貴が声を上げた。里佳は光貴に夜維斗に渡したものと同じ箱を渡した。
「これはしゅげっちゃん用ね。ほら、クリスマス貰ったのに何にもできなかったから」
「いや、そんな……」
「だから受け取って」
そう言われると断れない。光貴は素直に受け取って、箱を開いた。先ほどの夜維斗が貰ったものと形は同じだが、石の色が赤だった。
「これは夜維斗のと色違い。ほら、二人とも名前に『月』ってあるからね。ちなみに……」
まだ出るのか、光貴と夜維斗は里佳が紙袋から漁る姿を見てそう思った。
「じゃーん! これが同じシリーズの太陽!」
そう言って太陽のブローチを二人に見せる。
「これは、オカ研の印って事で!」
「なら里佳、大変だな。会員増えるたびに……」
光貴の言葉に、里佳ははっとして「いや、その、それは!」ときょろきょろあたりを見る。
「あれよ! えーっと、初期オカ研って事で!」
「他の会員には?」
夜維斗が尋ねると里佳は言葉を詰まらせた。またしばらくあたりを見る。
「か、会員証でも作る!」
「お前……」
「さすが里佳。いやいや、いいじゃん会員証」
「手書き会員証……」
それでいいのか、夜維斗が尋ねようとしたが里佳は割と本気で「会員証! いいじゃない!」といい始めているので言うのをやめた。そのとき、里佳は窓の外を見て声をあげた。
「あ、雪!」
それからコタツを出て、窓を開ける。部屋の中に、寒い風が吹いた。コタツで暖まる夜維斗と光貴は肩を震わせた。
「通りで寒いわけだな……」
「冷えるなぁ」
「これ、ホワイト年越しになるかも!」
「……何かゴロ悪くね?」
光貴に言われて里佳は小さく首をひねる。しばらく考える様子を見せたが、どうやら思いつかなかったらしい。
「じゃあ、しゅげっちゃんなら?」
「ホワイト大晦日、とか」
「お、いいかも!」
「ホワイトカウントダウンでいいじゃねえか」
夜維斗の言葉に光貴と里佳は顔を合わせてぱちぱちと瞬きをした。その行動の意味がわからず、夜維斗はしばらくその様子を見ていた。
「月読、お前頭いいな」
「うん、センスもあるし」
「は?」
「ホワイトカウントダウン! いいわね、ロマンティックで!」
「いや意外だな。月読がそんなこと言うなんて」
「……単純に英語であわせろよ」
そんな夜維斗の呟きも聞いていない里佳は窓の外に手を伸ばし、雪に触れた。
「さてと、もう一回乾杯しましょ! 次はよい年を迎えるために!」
窓を閉めて、里佳はコタツで温もる二人に言った。そしてコップにジュースを注いで、また声をあげる。
「来年のオカ研の活躍と、もう一回夜維斗の誕生日を祝って……乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯」
小さな部屋に、コップのぶつかる音が響いた。