特別活動:の聖戦

 

 時に、二月十四日。

「しゅげっちゃん大盛況ねー」

 放課後、物理教室に向かう里佳と光貴と夜維斗。いつもと同じように、薄暗い旧校舎の廊下を歩きながら、里佳は光貴に声をかける。そんな光貴は両手にスクールバッグとは別に紙袋を提げている。

「いやあ、今年はすごいな。想像以上だった」

「とか言って、ちゃんと紙袋持ってきてる辺り、ちゃっかりしてるわね」

「去年がすごかったからなぁ。まさかスクバ空っぽにしないといけないとは思わなかった」

 去年のバレンタインデーは、一年生のはずの光貴に上級生から大量のチョコが贈られた。義理のものがほとんどだと思われるのだが、手作りのものが多かった。おかげで光貴は、授業の道具を全て学校に置いて帰ることとなった。

「まさかついて行ったらこんなになるとは思わなかったわ」

「……確かに」

「あー、二人ともごめんな。あんなに人が来るとは思わなくて」

 光貴と一緒にいた里佳と夜維斗は、光貴にチョコを渡そうとする女子生徒の波に押されて、流されかけた。波が落ち着いた頃には、二人の制服は若干乱れていて、あの里佳でさえも少し疲れた顔をしていたのだ。

「うん、しゅげっちゃんの人気を強く感じたわ」

「お前って、意外とすごいんだな」

「月読、お前今、俺を軽くバカにしただろ」

「まさかそんな」

「真顔で言われると、リアクションし辛いんですけど……」

「夜維斗の言う事の八割は大体いい加減だから気にしなくていいわよ」

 そんな会話をしている間に、三人は物理準備室に着いて、里佳が勢いよく教室の扉を開けた。

 

「……なんだ、これ」

 珍しく、夜維斗が声を発する。里佳と光貴は目の前に広がる光景に何も言えなくなっていた。

 物理準備室の教卓の上には大量のプレゼント。何個かは床に落ちていた。夜維斗はちらりと光貴と里佳を見たが、二人の顔は小さく口が開かれたままで固まっている。どうしたものか、と思いながら夜維斗は教室に入り、プレゼントを手にとった。

「お前じゃないのか、朱月」

「え? 俺?」

 名前を呼ばれて意識を取り戻した光貴は里佳の肩を数回叩いたあと、教室に入った。里佳もはっと顔を上げて、慌てて教室に入る。

「しゅげっちゃんすごいわねー! さっすが、オカ研の稼ぎ頭!」

「稼ぎってなぁ……」

 そう言いながら光貴も、床に落ちているプレゼントの一つをとった。中身はやはりバレンタイン用ということもあって、チョコレートやクッキーなどが入っている。

「でも、わざわざ部室に置かなくてもいいのに。俺、普通に受け取るのにさぁ」

「ほら、やっぱり手渡しするのが恥かしい、ってやつじゃないの?」

「そんなもん?」

「多分ね。でも、あたしなら、直接渡しに行くけど」

 ふーん、と里佳の話を聞きながら光貴がプレゼントを拾っていると、ぱた、という乾いた音がした。

「ん?」

「何だ」

「手紙、だ」

 二つに折りたたまれたメッセージカードのようなものが光貴の手の中にあった。カードを開いた光貴の目が、大きく見開かれた。

「……朱月?」

 隣でその様子を見ていた夜維斗怪訝そうな顔で光貴に声をかけた。里佳も光貴のそばによって、カードの中身を見る。

「どうしたのよ、しゅげっちゃん? 愛のこくは……」

 言いかけた里佳の口が、止まった。さすがの夜維斗も「えっ」と小さく声をあげた。

「おい、どうしたんだよ」

「……見ろよ」

 光貴が夜維斗にカードを渡す。

『月読くんへ 受け取ってください』

「……は?」

 全く意味がわからない。夜維斗は引きつった顔で里佳と光貴を見るが、二人の顔もまた、引きつっている。

「なんだ、これ」

「そ、のままの意味だろ。もしかして……」

 光貴は視線を夜維斗から教卓の上のプレゼントの山に向ける。夜維斗と里佳も同じようにプレゼントを見た。

「これ全部、夜維斗宛?!」

 

 ほとんどのプレゼントに『月読くんへ』といった夜維斗宛であることを言うメッセージカードがついていた。

「多分、何にもつけてなかったらしゅげっちゃん宛てだと思われちゃうからじゃない?」

「だろうなあ。でも、まさか月読がここまでとは……」

「こっちの台詞だよ……」

 はあ、と大きく夜維斗はため息をつく。そんな夜維斗の背中を光貴がばんっ、と強く平手で叩いた。

「何ため息ついてやがる! こーんなに、もらったんだから感謝しやがれ!」

「か、んしゃ……?」

「そうだ。だってこれ、ほとんど手作りだろ? 月読のために、わざわざ、時間を割いて作ってくれたんだぜ?!」

 と、珍しく熱く語る光貴に、夜維斗だけではなく里佳も驚きを隠せずにいた。そんな姿を見て、里佳が「あ」と思い出したように声をあげる。

「そういやしゅげっちゃんって、毎年ホワイトデーはお返ししてるもんね」

「……マジかよ」

「当たり前だろ。俺のために買ってもらったり作ってもらったりしてるんだぜ? それをお返ししないでどうするよ」

 ふっと笑いながらいう光貴を、夜維斗はぱちぱちと瞬きしながら見る。

「だからよ、月読。お前も、もうちょっとこれを喜べよ!」

「いや、喜ぶ前に、驚きがでかすぎて……」

「確かに、夜維斗がもらうとは誰も想定してなかったもんねぇ」

 てんこもり、というようなプレゼントの山と夜維斗の顔を里佳は見比べた。

「いやいや、なんとなく話は聞いたことあるぜ」

「え?」

「月読の人気。ほら、二年なってから結構学校に来るようになっただろ? だから、知名度が上がってるし」

「うっそー?!」

 里佳が信じられない、と言ったように叫んだ。当の本人、夜維斗も驚いているようで、呆然とした顔をしている。

「何で?! 夜維斗のどこがいいの?!」

「まあ、顔は悪くないしさ。あと、成績良い事も有名だし、オカ研だから名も通ってるし」

「オカ研のせいか……」

 ぽつり、と夜維斗は小さく零す。確かに生徒会を文字通り投げ飛ばして出来上がった研究会なんて噂は、すぐに伝わるものだ。やっぱり入るんじゃなかった、と夜維斗は後悔した。

「それにしても……これ、しゅげっちゃんよりも多いんじゃない?」

「あー、かもなあ。どうする、月読?」

 光貴に問われて、夜維斗は意味がわからずに「は?」と声をあげた。

「だからさ、これ、どうやって持って帰る?」

「……あ」

 肩に提げているスクールバッグは教科書やノートなどが入っていて、プレゼントが入りそうにはない。

「あ、両手でこれ持って帰ればいいじゃない。どうせ家、そんなに遠くないんだし」

「……これを?」

 家まではそんなに遠くないのだが、帰り道は他校の生徒や中学生も通る道がある。そんなところで、堂々とプレゼントの山を抱えて帰る姿なんて見られたら、と考えたら夜維斗は憂鬱になった。

「じゃあ、しかたねぇ」

 といって、光貴は自分のバッグから荷物を出した。それから紙袋の一つに入っているプレゼントをバッグに移した。

「とりあえず、これで少しは何とかなるだろ」

「……悪いな」

 光貴から空になった紙袋を受け取った夜維斗は、教卓の上のプレゼントを紙袋に入れる。それでも、教卓にはまだプレゼントが残っていた。

「多いわね……」

「多いな……」

「多い……」

 三人はそれぞれ、目の前にあるプレゼントを見て呟く。想像以上に多いプレゼントの山を見て、夜維斗は苦笑いを浮べるしかできなかった。

 

 結局、昨年の光貴同様に夜維斗も荷物を全て置いて帰るはめになったのだった。

 

 

 

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