特別活動:スウィート・スイート
「時代は逆チョコよ」
里佳が高らかに宣言したその週の土曜日。夜維斗と光貴は里佳の家の台所に立っていた。
「逆チョコねぇ……まさかバレンタインにチョコを作る日が来るとは思わなかったな」
「ダメよしゅげっちゃん! 時代は男女平等なんだから!」
「それとこれは違うだろ」
「そういうところの差別があるから今の日本はダメなのよ! このゆとり夜維斗!」
ゆとりはお前も一緒だろうが。そんないえない文句をため息と一緒に吐き出しながら、夜維斗はチョコを湯煎していた。
「しかし何で突然逆バレンタイン? 去年は普通に作ってくれたじゃん」
ケーキの生地をかき混ぜながら光貴はリビングのソファでゆったりと座る里佳に尋ねる。
「テレビでやってたから。ほら最近人気の俳優の……あの人が宣伝してたし。あ、あと逆チョコね」
小さな訂正をしながら里佳は答えた。そのCMなら光貴もこのごろ見た覚えがある。ただ、そんなに印象的なものでもなかったと思ったが、里佳にはよい口実だったのだろう。
「じゃ、逆ホワイトデーを期待しとくよ」
「あっ、しまったぁ……」
「ホワイトデーの方が高くつくしな」
ホワイトデーの時期にスーパーやコンビニで飾られるプレゼントを思い出しながら夜維斗は言った。里佳が悔しそうにため息をついた。そんなことをしている間にも夜維斗はチョコと生クリームを混ぜていた。その姿を光貴が興味有り気に見る。
「おお、王道チョコ?」
「楽だし」
「ま、確かに型に入れて冷やすだけだし」
「そんな楽許さないわよ! 本気で里佳様に捧げる気持ちで作れ!!」
びしっ、なんて効果音がつきそうな勢いで里佳は夜維斗と光貴に人差し指を向ける。しかし、夜維斗は呆れたようなため息をつくだけで、光貴は「そう言われてもなあ」と生地を混ぜていた。
「そうねえ……ただでやるのもなんだしね。あ、じゃあおいしかった方にあたしのキスをあげるわ」
突然の言葉に、夜維斗も光貴もびくりと反応した。引きつった表情で夜維斗が里佳の方を見る。
「マジかよ」
「冗談よ」
「ああ、なんだ……」
ちょっとだけ寂しそうに光貴が呟く。
「でもそうねー……おいしかった方にはあたしの本命チョコあげる」
「ホワイトデーチャラにする気か?」
「う、バレた?」
夜維斗が里佳のおどけた表情を見て、疲れた顔をした。光貴は苦笑いを浮べて生地にココアパウダーを加えていた。それはそれで、やる気が断然出るんだけど……とは言わなかった。
「で、夜維斗はチョコで……しゅげっちゃんは?」
「チョコケーキ。里佳、アーモンドとか平気?」
「大好き!」
「いい反応どうも。あ、月読は大丈夫?」
「……え?」
話を振られた夜維斗は驚いたような顔をして光貴を見る。
「いや、量的にかなり多いからさ、月読も食うだろ?」
「あー……朱月の分考えてなかった」
夜維斗の言葉に光貴はガクリと肩を落とした。ボウルの中にあるチョコの量を見たら何となく予想できたが、やっぱりないのか……と少しだけ悲しくなった。
「月読のチョコ食いたかったー。絶対うまいに決まってんじゃん」
「へっへーん、あたしだけの特権よ」
にやりと笑う里佳の姿を見て夜維斗はまた疲れたようなため息をつく。そんな横顔を見て光貴のボウルの中身をかき混ぜる速さが少しだけ上がった。
「で、月読はアーモンド平気?」
「あ、うん。まあ」
「よし。あと、嫌いな食いもんある?」
「…………どういう意味だ、それ」
「おー、しゅげっちゃんやれやれー」
里佳が楽しそうに声を上げる。もちろん、それを聞いてケーキに入れるつもりは光貴には全く無い。が、夜維斗はいつも見ないような、少し不安げな顔をしている。
「夜維斗が嫌いなのはー」
「それ以上言うな」
「えー。面白くないなあ」
「面白くなくてもいい」
嫌に深刻。光貴が驚きを隠せず夜維斗の横顔を見た。
「……月読の嫌いなもんって何?」
「……」
「え、そんなに恥かしいものだったりするわけ?」
光貴がにやにやと笑いながら尋ねるも、沈黙。
「じゃあさ、しゅげっちゃん嫌いな食べ物ある?」
「うーん、俺はアレだな……ゴーヤ。苦いの無理」
「えー、ゴーヤあたし好きなんだけどー。ほら、しゅげっちゃんも言ったんだから夜維斗も素直に言ったらどうなの?!」
しかし夜維斗は何も言わない。光貴が黙り込みを決めた夜維斗に近付いて耳元で尋ねる。
「別に人間嫌いなものがあっても良いんだよ。たとえお前がさ、全国一位の成績で、運動神経も実はよくって、家事は基本的に何でもできて、なおかつ作った料理がうまくても苦手なものがあったって、俺は笑ったりしねぇよ」
覚悟を決めたのか、夜維斗は大きく息を吐いた。
「ピーマン」
「……へ?」
「言ったからな、もう言わねぇぞ」
「ぴー、まん?」
光貴はぱちぱちと瞬きをして夜維斗に向かって呟く。夜維斗は小さく頷く。
「お前はどこの小学生だ……やべ、ちょっと面白いかも」
「笑ったりしねぇって言ったのはどこの誰だ」
「いや、てっきりな、梅干とかそこらへんかと思ったんだよ。やべ、ウケる」
「笑うな」
「無理」
肩を震わせながら光貴はケーキをカップの中に入れる。夜維斗もチョコを型に入れ始めた。
「何よそこの二人組、面白い話なら恵んでー」
里佳が羨ましそうに二人の背中を見る。
「面白いって、月読の嫌いなもの聞いただけだって」
「あ、ピーマンでしょ。面白くない? 夜維斗がピーマン嫌いな図って」
「うん、ウケる」
「お前、人が食えない姿見て笑うなんて悪趣味だな」
「そんなことねえよ?」
にこりと、光貴は爽やかに笑う。光貴はケーキの上にスライスアーモンドをかけた。
「さてと、後は焼くだけっと」
「わーい。夜維斗の方は?」
「冷やすだけ」
「やったね。じゃ、二人とも調理終了って事ね」
それから二人は片付けをして、里佳の座るソファに座った。
「はー、疲れた」
「ええ? ケーキだけで疲れるなんてしゅげっちゃん甘いよ?」
「あ、チョコだけに?」
「…………しゅげっちゃん、寒い」
「意外と朱月、センスないんだな」
「あの、二人で俺に対して否定的なの止めてください。泣いちゃうから」
そんな風に会話をしている間にも光貴のケーキは焼きあがり、夜維斗のチョコも固まっていた。
「チョコケーキ出来上がったぜー」
「これで満足か」
里佳の前にケーキとチョコが置かれる。里佳は満足そうに頷き、ケーキを一口頬張った。
「んー! しゅげっちゃんおいしいよ!」
「マジ?」
「うん! あ、でもあたしほどじゃないけどねぇ」
「それは無理だと思ってる」
笑いながら光貴はケーキを夜維斗にも渡す。
「ピーマンは入ってねえよ」
「五月蝿い」
とは言いながらもケーキを受け取り、光貴に一言礼を言った。一方で、里佳は夜維斗のチョコを口に食べていた。
「んー、本当に料理はうまいよねえ、夜維斗」
「はぁ……」
「褒められたなら素直に受け取れよ、月読」
「褒められたのか、今の?」
なんともいえない複雑な表情を浮べて、夜維斗はチョコを小さく切って光貴に渡した。
「これでホワイトデーはなしだから」
「お前、せこい」
「違う違う、夜維斗は面倒くさがりなだけ」
里佳が手をヒラヒラと振りながら言う。けれど、本当は夜維斗が光貴に感謝していることは里佳もわかっている。昔から夜維斗は地味なところで律儀なのだ。ただ、その律儀な部分はほとんど夜維斗の面倒くさがりな部分で隠されてしまいがちなのだが。
そして里佳の目の前にあった皿の上には、何もなくなっていた。
「ごちそうさまでした」
「さて、里佳の本命チョコはどっちにもらえるかな」
そう言った光貴だったが、自分にもらえる気はさらさらなかった。夜維斗のチョコは、普通においしかった。
「二人にあげるよ」
「え」
「だってどっちもおいしかったし、どっちも心こもってたよ」
「っていうか、元々作るつもりだったんだろ?」
「あ、ばれてた」
里佳が舌を少し出しながら夜維斗の問いに返事をした。光貴も何となく予想はついていたが、もらえるとなるとやはり嬉しいものであった。
「もらえるなら、もうちょっと頑張ったぜ俺」
「じゃあ、それはホワイトデーに、って事で。あ、夜維斗もよろしくね」
「これでチャラに」
「これはこれ。それはそれ」
にこりと笑う里佳に、文句の言葉を失う夜維斗。
「じゃあ、今からあたしの愛がたっぷりこもったバレンタインプレゼントを作ってあげるから楽しみに待っててね」
そう言って、里佳は台所に立った。