特別活動:夏の終わりと線香花火
「……典型的な夏休みの終わりを見ているようだな」
「うるさい!」
「そう言う暇があるならお前も手伝え!」
夏休みが終わるまであと三日。
そんな日に、オカルト研究会の三人は光貴の家に集まっていた。
「お前ら、もうちょっと計画的に課題しろよ」
呆れたように言う夜維斗の目の前には課題のプリントと、ワークと、ノートと、それに追われている里佳と光貴。
夏休みが終わるまであと三日、というのに二人の課題はほぼ白紙に近いものだった。
「しかたないでしょ! オカ研の調査してたらこうなっちゃったのよ!」
呆れる夜維斗に対して、里佳が頬をぷうと膨らませて睨む。光貴もそれに便乗して頷いた。
「今年の夏はイベント事が多かったからなあ、海もプールも行ったし、祭りも花火大会も行ったし」
「あー、そうそう。花火きれいだったよねえ」
「いやいや、里佳の浴衣姿の方がきれいだったぜ?」
「やーん、しゅげっちゃんったら、上手ぅー」
「……お前ら、課題しろよ」
どうやら課題をしたくないらしく、二人は何かと雑談をしたがっていた。その雑談から課題に方向転換させるのが夜維斗の役目だった。
「何がどれぐらい終わった?」
「数学はあと二十問、古文のワークが十五ページで、英語はノータッチ! あと生物と化学が十ページぐらい!」
「あ、俺、数学は終わったぜ。英語はあと十ページってとこかな。生物化学は五ページぐらいで終わりそうだけど、古文ノータッチ」
「……聞き方を間違えた気がする」
「何よその言い方! そう言う夜維斗はどうなのよ!」
びしっ、と里佳が夜維斗に人差し指を向けて大声で尋ねる。夜維斗は一つ息を吐き出し、鞄からプリントやノート、ワークを取り出した。そのうちの英語のワークを手にした光貴は表情を引きつらせる。
「げっ。こいつ終わってやがる」
「何ですって?! まさか数学も……終わってるー!!」
「……五月蝿い」
ぼそっ、と夜維斗は零した。先ほどから同じようなやりとりばかりしているせいか、苛立っているようだった。そんな夜維斗の苛立ちに気付いていない光貴は、上目遣いで夜維斗を見る。
「なあ、月読……お願いが」
「一ページ百円」
「ちょ?! 地味に高くないか、それ!!」
「コピーした方が早いわね……」
「コピーなら一ページ二百円」
「鬼!!」
光貴の言葉を皆まで聞かずに答えた夜維斗の声は、いつも以上に冷たく短いものだった。里佳と光貴が頼るように夜維斗を見ているのに対し、夜維斗は視線を二人ではなく窓の外に向けていた。
「大体、お前らがしないのが悪いんだろ。さっさとしろ」
「くっそ、正論ばっかり言いやがって……」
「それが出来れば苦労しないのよ!」
「いや、しろよ」
一つを言えば二人が同時に反論する状態に、夜維斗の苛立ちは少しずつ蓄積されていった。
「面倒くせえな、お前ら」
「里佳?! 月読がかなりひどいんだけど!」
「愛を持って会員と接するのがオカ研の鉄則よ?! あんた、暴言なんて許されないわよ!!」
「それより課題しろよお前ら」
夜維斗の切り札の一言に、里佳と光貴はぴたりと固まる。それから数秒して、二人は顔をあわせたあと、すぐに視線を落としてテーブルの上にある課題たちに向かった。ようやく静かになった、と夜維斗は鞄からいつも通り文庫本を広げて、黙々と読み始めた。
それから、数十分後。
「飽きたー!!」
ばさっ、という乾いた音がした後、どさっと何かが床に落ちるような音がした。夜維斗が視線を本からずらすと、両手を万歳の状態にさせて仰向けに寝転がっている里佳の姿があった。
「……陽田、お前」
「言っとくけど生物は終わったわよ」
「お、里佳すげえじゃん。でも俺、生物終わったぜ。あと、化学も」
「あー、しゅげっちゃんずるーい!」
光貴の言葉を聞いた里佳ががばっと起き上がる。光貴はにやりと笑って里佳にピースをして見せる。
「ま、地道にしていった結果ってことっすね」
「まるであたしが全然頑張ってないみたいじゃないの! じゃあ、あたしの方が先に終わらせてやるわよ!」
「おー、頑張れー」
いつの間には本を読んでいた夜維斗はいつも通り気だるげなやる気を感じさせない応援を送った。その声を聞いた里佳と光貴は顔をあわせ、それからじっと夜維斗を見つめた。すると、視線に気付いたのか夜維斗はゆっくりと二人の方を見る。
「何だよ」
「月読ったら、何にもしないわけ?」
「は?」
「こうやって友達が頑張ってるのよ? もうちょっと優しい応援の仕方って物があるんじゃないの?」
そう言うと、里佳は時計を指さす。朝から光貴の家に来て、時刻は十一時四十五分。里佳の指さす方を見て、夜維斗は本を閉じて立ち上がった。
「……朱月。冷蔵庫の中身、何か使うぞ」
「あ、悪い。冷蔵庫何もねえや」
えへ、と笑いながら言う光貴に、夜維斗は小さく舌打ちをした。鞄から財布を取り出し、中身を確認する。
「買いに行ってくる」
「さすがにそこまで出させるのは悪いから……ほい、これ」
そう言って光貴は自分の財布から二千円を取り出す。
「当たり前だろ。陽田、思いのほか豪勢なものが食えるぞ」
「わーい! しゅげっちゃんったら、太っ腹ー!」
「……お、お釣りは返せよ?」
そうして、夜維斗は昼食の材料を買いだしに行った。その日の昼食は、光貴が今まで見た中でもかなり豪華なものだった。返ってきた釣り銭は、かなり少なくなっていたが。
「やーっと終わったー!」
「いやあ、月読が教えてくれたおかげでかなり進みやすかったぜ。ありがとうな」
「はいはい」
夜維斗の指導のもと、無事に課題を終わらせた里佳と光貴は、満足したように仰向けに倒れこんだ。そのとき、里佳の視界に窓の外から見える空が入ってきた。
「あー……もう、真っ暗。しゅげっちゃん、光里さんってまだ帰ってこないの?」
「あー……そろそろ帰ってくるかもなあ。ま、別にまだ居ても特に何も言わないだろうけど」
「そっかー……、もう夜かあ……」
ぼんやりと、里佳が呟く。それからしばらく、部屋は沈黙で包まれた。が、
「そうだ! 花火しましょ!!」
突然里佳が起き上がり、大声で宣言した。光貴はゆっくりと起き上がり、夜維斗もまた読んでいた本を閉じて、里佳の方を見た。
「急な提案だけど、どうしたんだよ、里佳?」
「夏の夜で友人宅、といえば花火でしょ? じゃあ、早速買いに――」
と、里佳が立ち上がったとき、足元からがさがさ、と袋が揺れる音がした。それは、夜維斗が昼食の材料を買ったときに持っていたもう一つの袋。里佳がそれを手にして中身を確認すると、
「……あー!!」
「五月蝿い」
「わー、月読ったらー」
中に入っていたのは、線香花火のセット。里佳が目をキラキラさせながら確認する間に、光貴は夜維斗の元に寄って、にやにやと笑いながら声をかける。夜維斗は、どうでもよさそうな疲れた表情を浮かべていた。
「線香花火っていうあたりが、夜維斗っぽいセンスよね。何ていうか、儚い感じっていうかさ」
「お前、バカにしてんのか」
里佳のからかうような言い方に少し苛立ったのか、夜維斗はむすっとした表情で返した。
「だって夜維斗がこんな気を利かせるようなことするなんて思わないじゃない。ちょっとからかいたくなるよね?」
「確かに。でもどういう風の吹き回しだ、月読?」
「割引セール」
夜維斗が答えると、光貴は里佳から花火を受け取ってパッケージの裏側を見る。確かに、『大処分価格! 八割引!!』と書かれたシールが貼ってあった。
「に、しても珍しいな。もしかして月読って、線香花火好きだったりする?」
「……別に」
「そう言えば、夜維斗って昔から線香花火好きだもんね」
今度は里佳がにやにやと笑いながら言う。それを見て、夜維斗は呆れたように息を吐き出した。それから光貴の持っている花火を取り上げて、さっさと玄関に向かって歩き出す。
「花火するならさっさとするぞ」
「ちょっと待ちなさいよ、夜維斗ー!」
「お前、バケツ用意しろよ!」
二人もばたばたと、つられる様に部屋を出た。
「あ、光里さん!」
「姉貴ー、おかえりー」
「……お前ら、何やってんだ?」
光里が家にたどり着くと、玄関前でたむろしている三人の姿があった。想像していなかった光景に、さすがの光里も呆然とその様子を見ていた。普段は見せない姉の姿に、光貴はにやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべて言う。
「見てわかんねーの?」
「光貴、あとでテメェぶん殴るからな」
「あ、線香花火です」
いつも通りのやりとりに、里佳がくすりと笑う。その横で、夜維斗は無表情のまま火花を散らしている線香花火を見つめていた。
「光里さんもどうですか? まだありますし」
「じゃあ、久しぶりに。しかし、高校生三人が揃って線香花火って、何かシュールな光景だな」
里佳から一本花火を受け取った光里はそばにあるろうそくに火をつけながら、三人を見る。男二人に女一人の高校生が、暗い中、何故か線香花火。
「もうちょっと普通の花火もあったんじゃないか?」
「それは夜維斗のセンスって奴です」
「でも珍しいんだぜ? 月読が何も言わずに、そっと花火を買うなんて」
「……別にいいだろ」
ぱちぱち、と火花が小さく散る。花火大会で見たものよりかなりスケールは劣るが、それでもキラキラと輝く姿は打ち上げ花火と似ているものがある。ぼんやりと夜維斗が考えていたそのとき、火花が落ちた。
「夜維斗の花火も終わった? 次は、三人で勝負よー!」
「負けたらコンビニまでアイス買いに行く刑だからなー」
「花火で勝負って……」
はあ、とため息を吐きながら立ち上がる夜維斗。集まって三人で盛り上がる姿を見て、光里はふっと笑う。
「何か、青春だなあ」