特別活動:生誕記念!
「起きろ姉貴!!!」
里佳がその怒鳴り声が聞こえたのと、体の傾きを感じたのは同時だった。そして、里佳は不可抗力の中、ベッドから落ちた。
「いったぁ!!」
「何度起こしても起きないからだろ! 馬鹿姉貴!」
「はぁ?! それが姉ちゃんに対する態度なの、里志!」
床に打ち付けた頭をさすりながら里佳はベッドから自分を突き落とした弟、里志(サトシ)に向かって怒鳴った。しかし、小学生の里志はそんな怒鳴り声にひるまない。
「うっさい! 大体、春休み入ってからグダグダな生活しすぎなんだよ!」
「あんたに言われたくないわよ、あんたに!!」
「オレの方が姉貴より早起きしてる! あと客が来てるんだよ!!」
里志の言葉に、里佳はぴたりと動きを止めた。
「母さんじゃなくって?」
「姉貴の友達の変な名前の人」
「夜維斗?」
「夜維斗兄ちゃんじゃなくって、もう一人のチャラい人」
チャラい人? と首を傾げたがすぐに人物の顔が出てきた。
「しゅげっちゃん?」
「それそれ。その人が、来てるよ」
「……マジ?」
里佳はそう呟いた後、手鏡を慌てて手にとって髪の状況を確認した。かなり寝癖がひどい。
「ちょ、ちょっと待ってもらえるように言って!!」
「もう十五分も待ってる!」
里志が再び怒鳴る。里佳は「わかった! もうちょっと、って伝えといて!!」と叫ぶように頼むと里志を部屋から追い出した。
「これは寝起きって感じだな」
「わかってるなら、言わないで……」
数分後、里佳は玄関で待っている光貴に引きつった表情で言う。里佳の姿は何とかパジャマではないが、寝癖は完全に直しきれていない。頭の天辺の髪の毛がぴょこんと立っている。
「まあ、そういう髪型もいいんじゃない? 似合ってるよ」
「褒め言葉、として受け取るよ……。それで、こんな朝早くどうしたの?」
休日の午前十時前。早いといえば早いが、起床するには少し遅すぎる時間だと光貴は苦笑いを浮べた。
「今日、暇?」
「え、……暇だけど。どうしたの?」
「昼にさ、月読の家来てよ。腹空かせた状態でな」
「もしかして、あたしの誕生日?」
里佳の言葉に光貴は数回瞬きした後、肩を落とした。里佳は突然肩を落とした光貴を見て「え、え?! 何で?」と困惑しているようだった。
「何で先に言っちゃうかなー……せっかくのドッキリだったのに」
「あ、そうだったの。ごめんごめん」
笑いながら謝る里佳を見て、光貴は呆れたような笑みを浮べる。最近月読影響されたかな、なんて思いながら。
「わざわざそれを伝えるだけに家に来たの?」
「そういう事。だから、絶対来てな。せっかく用意したんだし」
「そう言われたら、行くしかないでしょ!」
里佳が親指を立てて言うと、満足した光貴は帰っていった。
ピンポン、とチャイムが鳴って夜維斗は顔を上げた。それから玄関に向かい扉を開けると、先ほどとは違ってきちんと髪を整えた里佳が立っていた。
「珍しい」
「え、何が?」
「陽田がチャイム鳴らすなんて」
夜維斗がそう言うと里佳の頬がぷうっと膨らんだ。
「そんなにあたしは図々しく家にあがるって言うんだ?」
「違うか?」
「……幼なじみクオリティよ」
そんな言葉に小さく笑って、夜維斗は里佳を家に上げた。いい香りが、里佳の鼻に届いた。
「お、里佳来たな」
里佳の顔を見て光貴がにこりと笑う。そして、テーブルの上に台所から持ってきた料理を置いた。
「ちゃんとおなか空かせてきたんだからね。んー、いい香り!」
「月読特製フルコース。おまけに俺の料理って感じかな」
「フライがおまけって言うのも聞いたことねえぞ」
机にはパエリアと、白身魚のフライ、それからコーンとキャベツのサラダと、苺ソースのかかった牛乳プリンがあった。里佳は目をキラキラと輝かせてその料理を見る。
「すっごーい! 二人とも、すごいすごい!!」
「いい反応ありがと、里佳」
「本当にいい反応だな……」
「じゃあ、いただきまーっす!」
里佳は座って両手を合わせて言う。それから一口、また一口と料理を着々と減らしてゆく。
「んー、おいしい! 相変わらず料理の腕すごいわよね、夜維斗」
「そりゃどうも」
「あ、フライすっごい衣さくさく! どうやって作ったの?」
「それは企業秘密。朱月家伝統の技だからさ」
「うー、教えてほしかったなあ……でもおいしい!」
「里佳って絶対料理レポーターなれないよな」
「確かに」
「え、何で夜維斗までそんなこと言うわけ?」
「ボキャブラリーが少ない」
「うっ……」
里佳が言葉を詰まらせたのを見て、光貴と夜維斗は小さくふいた。
「ちょっと!? 二人揃って笑うなんてどういうことよ!!」
「だって里佳、本気で固まるんだぜ。笑えるじゃん」
「ひっどーい!」
そういう里佳に光貴はとうとう腹を抱えて笑い始めた。夜維斗は小さく咳払いをして、視線を反らした。多分、笑いを堪えるためだろう。里佳はそんな視線を反らした夜維斗を少しだけ睨んだ。
「まあ、ごちそうさま! ボキャブラリーの少ない陽田さんはおいしかったとしか言えません」
「作った身としては、一番それが嬉しい言葉なんだよな。結局」
「まあ、な」
それから光貴は里佳の頭に手を乗せる。
「ハッピーバースデイ、里佳。これからもよろしくな」
「うん、ありがとう!」
「おめでとう、陽田」
「う、うん……ありがとう……」
「何だその反応は」
夜維斗が少し不機嫌そうな顔をして里佳に言う。里佳はにこっと笑って夜維斗の額に軽くデコピンを入れる。
「冗談よ。本当にありがとう、夜維斗」
そのとき、開けられた窓から柔らかな風が吹いた。その風に、一片花弁が入ってきた。
「あ! 桜じゃない、これ!!」
「そんな季節か……」
「早いな」
里佳の掌に落ちた花弁を見て、光貴と夜維斗はそれぞれの反応をする。そして、三人は窓の向こうに広がる空を見た。
「じゃあ、次はお花見ね! また二人でお弁当作ってよ」
そんな里佳の微笑みに、光貴と夜維斗も小さく微笑みを浮べるのだった。