活動記録:黒い鬼と赤の王

 

 今から三年前。それは、まだオカルト研究会のメンバーが中学二年生の時の話である。

「だからさぁ、俺だってそんな暇じゃないって」

「いいじゃん、光貴。もうちょっと遊んでよー」

 時刻は夜の十一時を過ぎていたが、光貴は何人かの少女たちと外をふらふらと歩いていた。少女たちは光貴と同じ朝弓中の生徒や他校の生徒、あるいは光貴より年上の高校生もいた。

「どうせ家帰るつもりないんでしょ? だったらうちに来てもいいって」

「んー、いいよ。ゲーセンかネカフェ行くからさ。おとーさんに怒られるでしょ?」

「知らないよ、そんなの。ねえ、光貴、もうちょっと一緒にいようよ」

「あたしの家でもいいって。そうしようよ?」

「どーしよっかなー」

 ははは、と笑いながら光貴が言って、視線を少女たちから前方に向ける。数メートル先に、大人数の影が見えた。

「あー、悪い。ちょっと今日はパスするわ」

「えー、何でよ?」

 少女たちは口々に不満をあげる。しかし光貴は、へらりと笑って「ごめんねー、また今度」と軽く言って手を振り、その場を去った。それから、人影のあったほうに向かうと、そこには十人ほどの光貴より年上らしい男子学生たちがいた。鉄パイプを持っている者もいる。

「お前、『赤の王』か?」

「だったら何だよ」

 リーダー格と思われる長身の金髪の男に尋ねられた光貴は、不機嫌そうに訊き返した。表情も明らかに苛立っており、先ほどまでの穏やかな笑みのかけらは一つもない。

「このあたりで好き勝手してるらしいじゃねぇか。人の女も取りやがって。ガキの癖に」

「お前がガキに女取られる程度の男ってことじゃねぇの?」

 男の言葉に、光貴は言い返す。男の目に怒りが灯るのに対し、光貴は余裕の笑みを浮かべる。

「何? もしかして、全員で俺をボコりに来た訳? 女取られて悔しいからって」

「ふざけんじゃねぇぞ、ガキ」

「ガキガキうっせーんだよ、ジジィ」

 男たちと光貴の間に冷たい沈黙が走る。数十秒ほど、金髪の男と光貴はにらみ合っていた。しかし、男が小さく息を吐き出した瞬間、その沈黙は破られた。

「やれ」

 男の命令とともに、後ろにいた別の男子学生たちが光貴に向かって走り出した。光貴はにやりと笑って右足を一歩後ろに引いた。

「かかって来いよ」

 右足に一気に力を込め、走り出す。そのまま一番近くまで来た男の顔面に拳をぶつけ、次に近い男の腹にも拳を入れた。後は、流れるように蹴りを入れたり、拳を入れたり、を繰り返すだけだった。

「おらっ!!」

 鉄パイプを持っている男の手を蹴り、倒れても立ち上がろうとした男は横腹を蹴り上げた。何発か相手の蹴りが入ったが、光貴には大したダメージではなかった。むしろ、腹に蹴りを入れられたらそのまま足を掴み、地面に叩きつけた。こうして、十数人が倒れ、残ったのはリーダー格の金髪男だけだった。

「ふっ、ふざけやがって……!」

「ふざけてんのはどっちだ。数呼んで勝てると思ったら大間違いだ、バーカ」

 光貴は親指を下に向けて、弱気な声を上げる男に向かって言った。男は地面に落ちていた鉄パイプを握り、やけくそになりながら光貴に向かって走り出した。

 数秒後、そこに立っているのは光貴だけだった。光貴は口の端をこすり、ついた赤い痕を見て、ため息を吐き出した。

「あーあ、顔ボコられたかぁ。痕とか残んないといいけど」

 そう言って、光貴は歩き始めた。

 

 当時の朝弓中には最強の男と呼ばれる存在がいた。その男の歩いた跡には血の海しか残っていない、という噂から『赤の王』と呼ばれることが多かった。『赤の王』名前の由来には、その人物――朱月光貴という名前から取られているという話もある。

 当時は学校に行くことも少なく、日中も夜も外でふらふらとしていて、中学生や高校生の少女たちと遊んだり、男から女を奪ったり、それから男とのケンカに巻き込まれたり、あるいは『赤の王』に挑むものをボコボコにしたり、と到底健全とは言えない生活を送っていた。朝弓中きっての問題児、それが当時の朱月光貴だった。

 

「あー、だりぃなあ」

 そしてまた別の夜。光貴は一人でふらふらと歩いていた。時刻は十二時を過ぎて、あたりの人通りはほとんどなかった。このまま家に帰るのもだるい、とぼんやりと考えながら歩いていたそのとき、光貴の肩に、何かがぶつかった。

「あぁ?」

 後ろを向くと、そこには学ランを着ている少年の後ろ姿があった。見た目からして、光貴と同じ年ぐらいの少年。黒い髪に黒い学ランと、暗闇に溶け込んでいるように思えた。

「……おい、お前」

「……」

 光貴が声をかけると少年はゆっくりと振り向いた。少年の瞳は、あたりの暗闇よりも更に深く、底が見えない黒い色をしていた。一瞬、その色を見て言葉を失った光貴だったが、ふっと笑って口を開いた。

「お前さ、人にぶつかってきて無視は、ないだろ?」

「……」

「こういうとき、何て言うか知ってる?」

「……」

「っつーかお前、中学生? 何、何処の中学だよ?」

「……」

 光貴の質問に一切答えず、少年は沈黙する。笑みを浮かべているが、内心苛立っている光貴は少年の制服を見る。

「ああ、長月か。長月のヒトが何で? っていうか、もしかして……」

 少年の頭の天辺から、下まで何度か見た光貴は「ああ」と言って頷いた。

「あれか、『長月の鬼』ってヤツか」

「……」

 返事は、ない。しかし、少年はわずかに眉間に皺を寄せていた。その反応を、光貴は見逃さなかった。

「へー、そうなんだ。何だ、噂には聞いたことあるけど、へー……」

 もう一度、光貴は少年の全身を見る。そして、にやりと笑った。

「何だ。全然大したことなさそうじゃん」

「……」

 少年は、睨むように光貴を見た。その反応に、光貴は笑った。

「何、やる気?」

「ケンカ振ってきたのは、お前のほうだろ」

 初めて少年が口を開いた。見た目よりも低い声に、光貴は面白く感じていた。少年の声色から、彼が苛立っていることも感じ取った。

「噂は聞いてたけどさ、俺、お前の名前知らないんだよね。名前は?」

「……月読夜維斗」

「すっげー名前。ホストかよ」

 からかうように光貴が言うと、少年――夜維斗は興味なさげにため息を吐き出した。

「じゃ、教えてもらったからお礼に教えてやるよ。俺、朱月光貴な。よろしく」

 言い終えると同時に、光貴は夜維斗に向かって走り、拳を夜維斗の頬めがけて振った。が、その拳は空振りし、夜維斗の姿は光貴の視界から消えていた。

「は」

 どこいった? と思ったと同時に、光貴は腹部に強い衝撃を感じた。夜維斗の拳が、光貴の腹に入っていた。

「っ!」

 一瞬、胃の内容物が口から飛び出そうになったが、それをぐっとこらえて光貴は夜維斗の腕を掴んだ。光貴の行動に、夜維斗の目が一瞬、大きく開かれた。

「逃がさねぇよ!」

 叫んで、光貴は夜維斗の腹部に膝蹴りをした。光貴が手を離すと、夜維斗は体を後ろにふらつかせた。

「……お前」

 夜維斗が何かいいたげに口を開いたが、首を振って止めた。意味がわからず、光貴は不思議そうな表情を浮かべたが、気にすることでもないと判断し、右足を一歩後ろに引いた。

「来いよ、月読。次で仕留めてやる」

「……できるならな」

 夜維斗も光貴と同じように右足を一歩後ろに引いた。二人の間に沈黙が続き、にらみ合う。

 先日と同じような状況のはずなのに、光貴は楽しいと思っていた。今までの相手は光貴のケンカの相手としては力不足で、楽しいとも感じることもなかった。適当になんとかしていれば、気づけば終わった。それはケンカだけではなく、少女たちと遊んでいるときも、ふらふらと歩いているときも、学校にいるときも、全てそうだった。楽しいと感じるともなく、適当に過ごして、適当に終わらせていた。

「ふざけやがって……!」

 にっと笑いながら光貴が走り出そうとしたそのとき、

「何やってんのよ、バカ夜維斗―――――ッ!!」

 怒声とともに、目の前の夜維斗がうつぶせに倒れた。突然の出来事に光貴はがくりと倒れそうになったが、なんとか体勢を保った。

「な、何……?」

 夜維斗の立っていた場所に、一人の少女が現れた。長月中の制服を着ているその少女は、わかりやすいほどの怒りの表情を浮かべている。それから、倒れている夜維斗の背中を踏みつけた。

「っ!! 何すんだっ?!」

「うっさいバカ! 何よ、こんな時間までふらふらしてケンカ?! バカじゃないの?!」

「バカバカ言いやがって……!」

「バカが嫌ならアホに変えてやるわよ、アホ夜維斗!!」

 そう言って少女は思いっきり夜維斗の背中をかかとで踏んだ。夜維斗は苦しそうにうつぶせ、痛みに耐えているようだった。状況がわからない光貴は、呆然と二人を見ていたが、はっと思い出したように目を開いて首を振った。

「あのさ、君。悪いけど、ちょっとそいつ放してくんない? あ、もしかして月読の彼女とか?」

 光貴は少女に近づき、声をかける。いつもと同じように、口説くつもりだった。

「へえ、こんなのでも彼女いるんだ。でもさ、楽しくないでしょ? なら、俺と一緒に」

「夜維斗もアホだけど、一緒にケンカしたあんたもアホよ!!」

 少女が叫ぶと、光貴の意識は突然消えた。直前まで見えていたのは、少女の握った拳だった。

 

「だ、大丈夫?!」

 光貴が目を覚ますと、先ほどまで怒鳴っていた少女が目の前にいた。額には、何か冷たいものが乗っていた。

「……あれ?」

「よかったぁ……。本当にごめん、大丈夫?」

 少女は目を覚ました光貴を見てほっと安心したような表情を浮かべて、光貴の額に手を伸ばした。乗っていたのは、どうやら彼女のハンカチだったらしい。

「うん、大丈夫だけど……。え、もしかして君が俺を殴った、とか?」

「え、あ、えと……」

 状況を把握するため光貴が少女に尋ねると、少女は俯いた。その反応からして、事実らしい。女の子に殴られて気絶するなんて、と思ったら光貴は面白くなって、ぷっと吹き出した。そうすると、一気に笑いが出てきてしまい、止まらなくなった。

「ちょ、何で笑うの?!」

「いや、何でって……すげーな、って。俺、女の子に殴られて倒れるとか、初めてだわ」

 そう言うと、光貴は腹を抱えて笑い始めた。少女のほうは顔を真っ赤にさせて「やめてよ!」と叫んだ。

「そんな言い方されると、あたしが不良よりも強いみたいになるじゃん!」

「大体合ってるだろ」

 少女の叫びに対して、第三者の声が上がった。その声に気づいた光貴は笑いを収めて、声のほうを向いた。少女の隣に、つい先ほどまでケンカをしていた相手――月読夜維斗がいた。

「失礼ね。あたしはあんたと違って、超真面目な女の子なんですー」

「真面目が何で深夜にふらついてんだよ」

「あんたがいないっておばさまが心配してたからでしょ?! ほんっと、不良ってバカばっかりね! 親の苦労も知らないでさ!」

 少女の言葉は、何気なく光貴にも突き刺さった。そう思っていると、少女はむすっとした表情で光貴を見た。

「きみもさ、そう思わない?」

「……え?」

 てっきり説教されるのかと思っていた光貴だったが、少女は同意を求めてきた。少女の向こう側で、夜維斗がどこか呆れたような顔をしている。

「うん、そうだな。月読が悪い」

「おい、お前……」

「だよねー! ほら、彼の……って、そういえば」

 少女は、ぱっと表情を変えてにっこりと笑った。

「ねえ、きみ、名前は? あ、あたしは陽田里佳っていうの。コレとは幼馴染の腐れ縁ってヤツね」

「コレ……?」

 まるで物のように紹介された夜維斗はポツリとぼやいた。そんな反応にも光貴は面白く思いながら、少女――陽田里佳に向かって言った。

「俺は朱月光貴。コレのケンカ相手でした」

「おい、お前」

「へえ、かっこいい名前。でも雰囲気的にはしゅげっちゃん、って感じね」

 夜維斗が文句を言おうとするのをさえぎり、里佳が光貴を指さしながら言った。想像していなかった反応に光貴は「しゅげっちゃ……?」と呟いていると、里佳は満面の笑みを浮かべて言った。

「これも何かの縁ね。よろしくね、しゅげっちゃん」

 今まで関わってきた少女たちとは全く違うタイプ。光貴もふっと笑って言った。

「うん、よろしく、里佳」

「さてと、夜維斗! さっさと帰るわよ!」

 そう言うと、里佳は夜維斗の腕を掴んで立ち上がらせた。夜維斗はしぶしぶ、と言ったような表情で、里佳に引っ張られていた。

「それじゃあ、またね、しゅげっちゃん!」

「うん、……また」

 まあ、また会うことはないだろうけど。

 そのときの光貴は、去ってゆく二人を見てそう思っていた。それともう一方では、また会えたなら、とも思っていた。

 

 

「そんな出会いを経て、再び出会った。なんてロマンチックだよなあ」

「まあ、そうだな。でも、何で」

「ん?」

「何でお前の昔の恨みに俺が関わらないといけない」

「まあ仕方ないじゃん? ほら、拳を交えた仲ってヤツでさ」

 明るく言う光貴に対して、夜維斗はむすっとした表情を浮かべている。そんな二人の周りには、ぐったりと倒れている男たちの姿があった。その中には、かつて光貴にケンカを振ってきた金髪の男もいた。

 つい数分前、光貴と夜維斗が下校していると、待ち伏せしていた金髪の男の一味が現れた。かつて彼女を奪われたことを今でも恨んでいた男は、またも大勢を引き連れて光貴を叩き潰そうとした。が、その結果は今のとおりである。

 当初は無視をするつもりだった夜維斗だったが、光貴に言われてケンカに巻き込まれることとなった。

「拳を交えた仲って……何か違う気がするぞ」

「え、マジ? でも本気で拳を交えた仲じゃん?」

「……まあ、そうだけど」

「あー、なんかあの頃は俺たちも若気の至り、って感じだったよなあ」

 光貴は楽しそうに言いながら歩き始めた。夜維斗は大きく息を吐き出して、光貴についていく。

「若気の至り、っていうか黒歴史って感じだな」

「それを言っちゃおしまいだろ、月読。あれがなかっただなあ、俺たちの友情は築かれなかったわけだぞ?」

「お前と友情を築いたつもりはないけど」

「え?!」

 夜維斗の言葉に、光貴は驚いたように声を上げて足を止めた。そんな光貴を気にせず、夜維斗は一歩先に行く。

「まあ、冗談だけどな」

「ちょ?! シャレにならない冗談はやめろよ、月読!」

「はいはい」

 そう言いながら、二人は家路につくのだった。

 

 

 

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