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昼食と、再会
「あれ、月読じゃないか」
とある休日。両肩に大きなエコバッグをかけている夜維斗に、とある人物が声をかけて来た。
「……杉原先生」
夜維斗は、少し目を大きく開いて、声をかけて来た人物を見る。片手をあげて夜維斗に近づいてくるのは、オカ研顧問のまゆみ。夜維斗は足を止めて、小さく会釈をした。
「どうした、そんなに大荷物で? あ、もしかして今から昼?」
「あ、ああ……はい……」
そのつもりで買い物をしていた夜維斗だったが、ただ単純に自分用の昼食を作るのと状況が違う。ちら、と視線をまゆみから逸らしながらぎこちない返事をしていると、まゆみが視界の端でにやりと笑うのが見えた。
「なあ、月読ー。私、まだ昼食べてないんだー」
「……はあ」
「それだけ材料があるんだろう? ちょーっとぐらいさあ」
「……いや、でも……」
と夜維斗は言葉を濁らせたが、小さくため息を吐いた。
「……いいですけど、場所は俺の家じゃないですよ」
「え? そうなのか?」
「知り合いのところに作りに行くんです」
「知り合い? 陽田や朱月の家か?」
まゆみの問いに、夜維斗は首を振る。予想外の反応に、まゆみはぱちぱちと瞬きをしながら、先に歩き始めた夜維斗の後について行った。
「……か、刀屋?」
たどり着いた場所は、公園の奥にある古い建物。このあたりに住んでいるまゆみですらこんな場所があるなんて、知らなかった。そんな古い建物と自分の教え子、明らかに怪しい組み合わせである。
「月読……お前、大丈夫か?」
「……は?」
もちろん自分がそんな心配をされていると知る由もない夜維斗は、疑問符だらけの声を上げた。それから夜維斗は小さく首をかしげた後、扉を開けて室内に入った。それに続いて、まゆみも不安げに中に入る。
「……月読、ここは何だ?」
「骨董屋、らしいです」
「らしいって……」
「文葉さん、いい加減起きてください」
夜維斗は歩きながら、店の奥の扉に向かって声をかける。夜維斗の口から出てきた名前に、まゆみは「え?」と小さな声を上げた。
「月読、今、なんて」
「……なんだ」
ぎぃ、と高い音を鳴らしながら開かれた扉から出てきたのは、赤銅色の髪をした青年。わかりやすいほど寝起きの、乾ききった声に気だるげな表情。
「昼飯、作りに来ました」
「ああ……またあいつが……」
「――井出」
青年の言葉を遮るように、まゆみが言う。その言葉に、夜維斗の目がはっと開かれた。
「お前、井出、文葉、だよな?」
まゆみのぎこちない言葉に、青年がぴくり、と反応する。それから、青年が確認するようにまゆみの全身を、頭から足、戻って足から頭に、と視線を動かして見た。数秒の間が空いて、青年が口を開いた。
「……杉原か」
[夜維斗、これ、どういう展開?]
「……俺に聞くな」
まったく状況が把握できない夜維斗は、とりあえずその場から逃げるように台所へと向かった。同じく先ほどから様子を見ていて状況が把握できていないカイも、夜維斗について台所から二人を見ている。
[っていうか、え? まずあの人って、夜維斗の学校の先生だろ? それが何で文葉と知り合い?]
「知るか。俺が聞きたい」
調理をしながら、夜維斗は大きくため息を吐き出す。いつもと同じような返事をしたはずなのに、カイがにやりと笑っていることに気づき、夜維斗は表情を引きつらせた。
[あ、夜維斗も興味あるんだ?]
「……うるさい」
[しっかし、どういう関係なんだろうなあ、あの二人。あ、もしかして文葉の元カノ?]
「…………」
――少しでも想像した俺がバカだった。
そう思った夜維斗は、さまざまな思いを込めて大きなため息をもう一度吐き出した。
一方の休憩室。向かい合うソファに座るのは文葉とまゆみ。
「いやー、まさかお前がこんなところにいるとは思わなかったな! 元気してるか?」
「……ああ」
うれしそうに話すまゆみとは対照的に、文葉はぼんやりとした表情を浮かべて曖昧な返事をしていた。
「っつーか、何年ぶり? 卒業してから会ってないよな?」
「……ああ」
「しかし、お前ここで何してんの? 店経営してんの?」
「……ああ」
「っていうかさあ、その髪、まだその色にしてるのか? どんだけお前、染めるの失敗したこと引きずってんだよー」
「……ああ」
「……お前、私の話聞いてるか?」
「…………ああ」
あくび交じりに返事をする文葉に、まゆみは冷やかな視線を送る。
「……お前、本当に変わってないな、学生のころから」
「別に変わる必要もないだろ」
「寂しいこと言いやがって」
「そういうお前は、随分変わったみたいだな」
まさか文葉の方から話が振られると思っていなかったまゆみは、驚いたように数回、大げさな瞬きをした。
「何だ、学生時代のこと、覚えてたのか?」
「……人並みには」
「文葉さんの人並みって、人並みじゃないですよ」
文葉とまゆみの会話に、昼食の餡かけ炒飯と餃子を持ってきた夜維斗が、呆れ交じりに入ってきた。夜維斗のその反応にも、まゆみは内心、驚いていた。
「っていうか、井出と月読ってどういう組み合わせだよ。まあ、似た者同士って言えばそうだろうけど」
「……似たもの……?」
まゆみがからかうように言った言葉に、夜維斗は表情をわずかにゆがめた。視線だけで文葉を見れば、何も気にした様子もなくすでにテーブルに置かれた餡かけ炒飯を食べている。
「まあ、その……助けを求められて助けたと言いますか……」
「あー……確かに、こいつって人の助けなかったら生きてられなさそう」
[そうなんですよー!! おれが居なかったら、絶対文葉死んでましたよー!!]
夜維斗の横からカイがアピールをするが、まゆみの耳には届いていない。自分で言ったことに対して笑っているまゆみを見て、カイは小さな息を吐き出す。
[何だよー。なんかそれっぽい何かを感じたから声かけてみたのにやっぱだめかー]
「……まあ、そうだろうな」
一部例外を除いたら、と口の中で言葉を続けながら、夜維斗は文葉の隣に座った。
「あの、先生と文葉さんって、どういう関係なんですか?」
「あちゃー。井出、私たちそういう関係期待されてたみたいだぞ?」
夜維斗の質問に、まゆみがにやにやと笑いながら文葉を見る。文葉は食べていた手を止め、まゆみを見返した。
「……どういう関係だ?」
「…………」
その場に、沈黙が、流れた。
[文葉、お前……本当につまんねえ生き方しかしてねえのな……]
「井出、お前さ……もっと楽しく生きろよ……」
ほぼ同じタイミングで、カイとまゆみが文葉に憐みの視線と言葉を送る。内容までほぼ一致していたことに、夜維斗はわずかに感動を覚えていた。
「……別に、普通だ」
「文葉さん、いい加減自分の普通と周りの普通を同じと思うのやめてください」
文葉の言葉が終わるよりもわずかに早く、夜維斗の鋭い言葉が放たれた。それを見て、まゆみが盛大に、吹き出した。
「っ、ははは! 月読、ナイスツッコミ! いやあ、お前にそんなツッコミの才能があるとは思わなかった! あー、まああの陽田と朱月と一緒だもんな、それなりにツッコミできるよなー! あっはははは」
何がそんなにおもしろいのか、と夜維斗は引きつった表情を浮かべながら、まゆみを見つめる。それは文葉も同じだったらしく、不思議そうな視線をまゆみに向けていた。状況がわかるのは、まゆみと、同じく腹を抱えて笑っているカイだけらしい。
「あー、そうそう。月読の質問の答えだけど、こいつは私の高校時代の同級生な。昔からこんな感じだったんだよ、こいつ」
「……ああー」
まゆみの言葉を容易に想像することができた夜維斗は一瞬納得の声を上げかけたが、文葉から何を言われるかわからないので誤魔化すようにお茶を飲んだ。
「それにしても、井出。よく私のこと、覚えてたな?」
「……一番お前と付き合いがあったからな」
「ごっ?!」
危うくお茶を吹き出しそうになった夜維斗は、何とか寸前のところで抑えた。が、代わりに奇妙な声が発せられてしまった。
「おいー、井出ー。それは誤解を招くだろー? 付き合うっていうか、お前が付き合わせたんだろ?」
「先生……どっちにしろ変わってない気が……」
「ああ、簡単に言うとな。こいつが問題児だったから、私が更生させようと頑張ったって話」
にっこり、と笑いながらまゆみが言う。
「こいつ超問題児だったんだよ。もう月読とか比べ物にならないくらいに。だから、同時学級委員だった私が、こいつをどうにかしようとしたわけよ」
「……はあ」
全く想像できない。夜維斗は、正面に座るまゆみと、隣に座る文葉を見比べた。そんな夜維斗を見ていたまゆみが、ぱん、と手を鳴らした。
「さーて、そんな思い出話はどうでもいいや。月読、ありがたくいただくぞー」
「あ、はい。どうぞ」
なんとなく話が流されたような気がしたが、夜維斗は気にせずにまゆみの言葉に頷いた。
「……まあ、いいか」
別に今の自分に関わることでもないし。そう思いながら、夜維斗は自分の分の炒飯を食べるのだった。