運命まかせの未来地図
「何かしたいことっていうのは、ないのか?」
「……特に」
「好きなこととかは?」
「……別に」
「将来の夢、とかは?」
「……さあ」
ばたん、と大きな音がして扉が閉まる。進路相談室から出てきたのは、疲れきった顔をした夜維斗だった。
「終わったー、夜維斗?」
「まあ」
扉の前で待っていた里佳が尋ねると、どっち付かずというような返事が返ってきた。予想通りの反応を見ながら、今度は里佳が進路相談室へと入った。夜維斗がちらりと扉の横を見ると、設置してある椅子に光貴が座っていた。
「お前なんか将来選び放題って感じだよなあ。それだけの成績とかあったら」
「どうなんだろうな」
どさ、と大きな音を立てて夜維斗は光貴の隣に座る。光貴はへらりと笑って、夜維斗のほうを見た。
「で? お前、進路調査書に何て書いて呼び出しくらったんだ?」
「白紙」
「さっすがー」
「そういうお前は」
「はい」
夜維斗は光貴が突き出したプリントを手にとり、その内容を見る。一瞬、自分が見たものが見間違いじゃないか、と思い、確認のために口に出してみた。
「……女の子と関わる職業」
「そ。絶対俺の才能と合ってると思うだけど、どうよ?」
「今、本物のアホを見て俺は感動している」
「え、その本物のアホって俺のこと?」
大きなため息を吐き出し、夜維斗は体を前のめりにさせた。まるで、全身に溜まった息を全て吐き出すようにする夜維斗を見て、光貴はぷっと吹き出していた。
「何が可笑しい」
「そりゃー、月読がそこまでしてため息吐きたがるから」
「どこかの誰かさんがアホなこといって疲れさせるからな」
にっこりと笑う光貴が「え、その誰かさんって」と全てを言い終える前に夜維斗は光貴の顔面に進路調査書を押し付けた。
「本当にうちの学校ってダメよね! こういう将来の芽を摘むようなことして、何の意味があるのかしら!」
「……まあ、多分、オカルト研究家は誰でも止めると思うけどな」
オカルト研究会の三人は進路相談室に呼び出されたあと、いつも通り物理準備室に集まっていた。机の上には、三人それぞれの進路調査書が置かれていた。
「何よ夜維斗?! 白紙のあんたにだけは絶対言われたくないわよ!」
「確かに。もうちょっと将来に対する意欲を見せないとだめだと思うぜ、月読?」
「……」
今回の里佳と光貴の言い分は正論であり、全く反論の余地がない。珍しく、夜維斗が気まずそうに視線をそらしている。
「で、月読? お前はどうするんだよ。大学とか、仕事とか」
「さあ。全く決めてない」
「あんた、もしかして文葉さんのところに永久就職するつもり?」
「……は?」
「里佳、それは言葉の意味がちょっと違う気がするぞー?」
あはは、と笑いながら光貴が言うのに対し、里佳は「えー、違うー?」と返し、それから足元に置いていた鞄の中をあさり始めた。
「あった、あった。はい、これ」
「おー、何それ?」
「じゃーん、里佳さん特製のクッキーでーっす」
そう言って、進路調査書の上にクッキーの入った容器を置いた。シンプルなプレーンとココアの二種類が入っている。
「やった、美味そうー。いただきまーっす」
「貰うぞ」
「どうぞどうぞ」
里佳がニコニコと笑いながら差し出すと、その言葉に甘えるように光貴と夜維斗はクッキーに手を伸ばした。
「しかし進路、どうするかなあ」
クッキーをかじりながら、光貴は少し上を向いて呟く。それから鞄の中にあった模試で使った冊子を取り出して開いた。
「どこの学校がいい、って知ってる?」
「知ってたら苦労ないわよ。オカルトが勉強できるって言ったら考古学とかが強いところ? でも、それとこれとは微妙に違うしなあ」
「確かになあ。あー、女の子多い学校行きたいわー」
「ならしゅげっちゃん、女子大行ったら? 女の子だらけだよ?」
「うわー、まず願書受け取ってもらえるかの問題じゃん」
笑いながらため息を吐き出す光貴に、里佳はにやにやと笑いながら自分のクッキーを頬張った。
「あ、結構これ美味しいじゃん」
「お前、こういう職の方がいいんじゃないのか?」
「パティシエールってやつ? でも里佳ってそんな枠で納まりそうにないよなあ」
「しゅげっちゃん、それはどういう意味?」
不敵に笑いながら尋ねる里佳を見て、光貴は苦い笑みを浮かべて、視線を夜維斗に変えた。
「それなら月読はシェフにでもなったらどうだ? 料理アレだけ上手いなら、どっかで拾ってもらえそうだし」
「面倒」
「サイテー」
夜維斗の答えを聞いて、里佳は笑いながら夜維斗に非難の言葉を投げかけた。しかし、夜維斗は気にしていない様子で、里佳のクッキーをまたかじっていた。
「ねえ、あたしたちって将来どうなってるんだろうね」
唐突に、里佳が二人に尋ねた。あまりにも唐突で、光貴と夜維斗は驚いたようにぱちぱちと瞬きをしている。
「将来って、学校のこと?」
「その先。例えばさ、誰と結婚してるか、とか」
「え、里佳って結婚願望そんなに強いの?」
「いやー、別に? まあ、いい出会いがあったら結婚したいなあとは思うけどさ。しゅげっちゃんはきっと遅くに結婚してそう」
クッキーをかじりながら、里佳は光貴を指さして予言する。予言された光貴は、先程よりもさらに苦い笑みで「え?」と聞き返していた。そんな光貴を小さく笑ったあと、里佳は次に夜維斗を指さした。
「で、夜維斗は一生結婚しなさそう。あー、でもおばさんになってまでも夜維斗の世話するの嫌だわー」
「誰が誰に世話されてるんだよ」
「夜維斗が、あたしに、に決まってるでしょ? それとも、今までのお礼ってことで世話してくれる?」
「誰が」
「おーい、俺も話に入れてよー」
寂しくなってきたのか、光貴がささやかな自己主張をする。夜維斗が少しだけ呆れたようにため息を吐くと、里佳が「はいはい」と光貴のほうを向いた。
「でも、何で俺が遅いって思ったわけ?」
「きっとしゅげっちゃんは今までに出会った中で最高の人! って言って結婚しそう」
「……何か予想つくな」
「えー、そうかあ?」
そんなことないけど、と呟く光貴をくすくすと里佳が笑う。
「あたしはきっとこの中なら一番早いわよ。みんな、あたしの結婚式にはちゃんとご祝儀持ってきてね!」
「すごいな、この時点で催促するなんて」
ははは、と乾いたような笑いをあげる光貴に対し、夜維斗は大きなため息を一つ吐き出した。
「っていうか、本当にあいつら進路どうするつもりなんだろうなあ」
自分が顧問をしている同好会の生徒が揃いも揃って進路調査書に不備があるということを聞かされ、まゆみは困ったように小さくため息を吐き出した。
「月読くんは当たり前ですけど、朱月くんと陽田さんも成績はそこそこいいのに、なんか変わっているんですよねえ」
まゆみの隣に座る教員が苦い笑みを浮かべながら言うと、まゆみも「そうそう」と頷いた。
「あれだよなあ、多分、天才と変人は紙一重ってヤツ」
「ああ……なるほど」
納得したように頷く女性教員に対し、まゆみも頷いた。
「まあ、今のうちだけだよな。こういうアホなこと、言ってられるのも」
「そうですよねえ」
そう言って、まゆみはふっと窓の外を見る。季節の変わる、白い空が広がっていた。