黒と銀の衝突
それは天気のいい昼下がりのことだった。
「やーいーとー? まさかあんた、今からサボタージュするつもり?」
「……」
「あれ、反応なし?」
天気がいい、ということで屋上にて昼食を取っていたオカ研三人組だったが、開いた本を顔の上に乗せて仰向けに寝転がっていた夜維斗から反応がないことに気づいた里佳が声をかけた。光貴も声をかけてみると、完全に夜維斗は沈黙している。
「こらー! あんた、もう昼休み終わるわよ?!」
「完全熟睡しちゃってるなあ、月読」
「はぁ?! まともに学校に来るかと思ったら……ったく、もう!」
怒ったような声を上げて里佳が夜維斗の顔の上にある本を取り除いた。そこには、無防備な寝顔の夜維斗がいた。
「すっげー。こんな熟睡してる月読見るのはじめてかも」
「夜維斗ー! 起きなさーい!! もう、授業始まるわよー?!」
里佳の大声に光貴が耳をふさぐが、夜維斗は一切反応しない。規則正しい寝息だけ立てて、眉一つ動かす気配すらない。ここまで来ると、里佳も呆れのため息をついた。
「無理ね。こうなると起きないわね」
「どうするよ? 次って何だっけ」
「えーっと、現代文じゃなかったかな。あー、まゆみ先生の授業だっていうのに……」
「まあ、まゆみ先生なら上手く言えば何とかなるんじゃね?」
顧問ということもあるため、上手くすれば許してもらえるかもしれない。そう考えた光貴が里佳に提案すると、「それもそうね」と頷いて立ち上がった。
「じゃあ夜維斗、ゆっくり寝ればいいわ! ただし、まゆみ先生に後で何言われても知らないんだからね!」
「一応メモだけ残してやっとくか。さすがに誰もいないとなると月読でもビビるだろうし」
光貴はポケットからメモを取り出し、『先に戻ってる。授業終わってから戻るのがベスト』と書いて、夜維斗の胸ポケットに突っ込んだ。そのとき、チャイムの音があたりに響いた。
「あ、予鈴鳴っちゃった! しゅげっちゃん、急ごう!」
「おう、そうだな!」
そして里佳と光貴はぱたぱたと走って屋上を去った。
屋上には眠る夜維斗しかおらず、風が静かに吹いていた。しかし、風は少しずつ強くなる。
「……ん」
その風の変化に気づいたのか、夜維斗はうっすらと目を開けた。上に乗せていたはずの本がなく、視線の先に青空が広がっている。ぼんやりとその空を見つめていた夜維斗だったが、すぐに表情を険しいものにさせた。
「……」
ゆっくりと起き上がって、頭をガリガリと掻く。それから、険しい表情のままである方向を向いた。
「……」
屋上には夜維斗しかいない。しかし、夜維斗の見る方には黒い何かがいた。わずかに人の形を取っているそれから発せられる視線は、夜維斗に向けられている。
「……」
夜維斗は声をかけない。ここで声をかけると、自分がかなり面倒なことに巻き込まれることは十分理解している。しかし、一度向けてしまった視線はそらすことができず、そのままじっと黒い何かの方を向いた。
――チカラ、ヲ
油断した、と夜維斗は思った。学校にはこういう類が多いことはわかっていたが、久しぶりに遭遇するとどう対処すればいいのかがわからなかった。このまま見つめ合ってもどうにもならない。
――オマエ、ノ、チカラ
どうしたものか、夜維斗が思ったときだった。
夜維斗の目の前に、白いフードの人物が現れた。
「……は?」
突然のできごとに、夜維斗は小さく声を上げた。どこから出てきたかわからず、夜維斗はぱちぱちと瞬きをしている。そんな夜維斗の小さな声が聞こえたのか、人物はゆっくりと振り向く。
白いフードの隙間から見える髪も、夜維斗を貫くように見つめている瞳も、まるで月をくりぬいたかのような銀色だった。
「見えるのか、私が」
まずいことになった、と夜維斗は思った。あの黒いのと関わるのも面倒なことだが、それ以上に厄介なものを見てしまったのかもしれない。しかし、銀髪白フードはそんな間に視線を夜維斗から黒い何かの方に向けていた。何かを言っているようだったが、よく聞こえなかった。
「……」
これまで色々な幽霊と呼ばれるモノを見てきた夜維斗だったが、目の前にいる銀髪白フードのようなモノは見たことがなかった。
「――時間だ」
その声は、はっきりと夜維斗の耳にも届いた。声と同時に、銀髪白フードの目の前から強い銀色の光が現れた。あまりのまぶしさに、夜維斗は目元を腕で隠した。
「何だ、これ……」
しばらくすると光は収まり、黒い何かの姿はなくなっていた。そして、銀髪白フードは夜維斗のほうを向いている。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……お前、私が見えるのか」
長い沈黙を打ち破ったのは、白フードのほうだった。夜維斗は少し、視線をそらした。
「見えているのだな。何故視線をそらす」
「……」
「何故反応しない」
いくら問われても夜維斗は答えない。答えたとき、自分にとって面倒なことになることが目に見えていたのだ。それからなるべく白フードのほうを見ないように立ち上がる。
「待て。私の問いに答えろ」
白フードは夜維斗に近づき、肩をしっかりと掴んだ。物理的接触もできるのか、と夜維斗が思ってわずかに視線を白フードの顔に向けると、白フードのほうが少し驚いたような顔をしている。
「……どうやら、かなり強い力を持っているようだな」
それは、今まで見てきたモノにも言われたことのある言葉だった。やっぱりこいつもその類か、そう納得した夜維斗は睨むように白フードの顔を見る。
「お前も、俺の力ってやつが欲しいのか」
「私の問いに答える前に質問をするな」
予想外の答えに、今度は夜維斗が驚いた。今までならばきっとすぐに「欲しい」と答えられただろう。しかし、白フードはそうではない。
「何故私の言葉を無視したか、何故私から視線をそらしたか。答えろ」
「……えっと」
無視したのも視線をそらしたのも、お前と関わりあいたくないから。そう言いたかったのだが、じっと見つめられると言いづらくなってしまった夜維斗は顔を引きつらせた。すると、白フードはゆっくりと肩から手を放した。
「今まで無事でいられたのが不思議なほど、お前には強力な力があるな」
「不思議、だと?」
「だが、お前はその力を制御しているようだな。奴らと違って」
「……奴ら?」
どうやら、独り言らしい。白フードは夜維斗の言葉を無視して呟いた後、夜維斗のほうを見て尋ねた。
「名前は」
「……月読、夜維斗」
答えた後に、どうして正直に答えてしまったのか、と夜維斗は不思議に思った。それは、後悔とは少し違うものだった。しかし、
「我が名は、アーディス。PoPを送るモノだ」
という白フード――アーディスの言葉を聞いて呆然とした。
「……ぽ?」
それは一体なんだ、と夜維斗が尋ねようと口を開きかけたとき、
「夜維斗ー?! あんた、呼び出し食らったわよ!」
ばーん、と大げさな音を立てて開かれ、そこから里佳が現れた。それと同時に、夜維斗の目の前にいたアーディスは姿を消した。
「……夜維斗? どうしたのよ、ぼんやりしちゃって」
「え、あ……ああ……」
突然消えたアーディスに驚きを隠せなかった夜維斗だったが、顔を覗き込んできた里佳を見て、小さく首を振った。
「何でも、ない」
「そう? あ、それよりも! 夜維斗、あんたまゆみ先生に呼び出されたわよ」
「……そうか」
里佳がにやりと笑いながら言うのに対して、夜維斗はどうでもよさそうに頷く。そっけない反応の夜維斗に、里佳は不満そうに頬を膨らませた。
「夜維斗リアクションうっすーい! 先生に呼び出されたんだから、ビビってみたらどうなの?」
「あー、怖い怖い」
「棒読み!!」
そんなことをいいながら夜維斗と里佳は屋上を去る。扉を閉める前、夜維斗は再び屋上を見たが、そこには先ほどの銀髪白フードの姿はなかった。