見えない『アンサー』
とある休日の午前。家の近くにあるスーパーで買い物をしていた夜維斗に、近づく姿があった。
「こんにちは、月読先輩」
「……ああ」
どのように返せばいいのかわからなかった夜維斗は、頷きながら適当に返事をした。声をかけてきた瑛子はにこにこと楽しそうに微笑んでいる。
「お買い物ですか?」
「ああ。……お前は」
「家族の買い物の付き合いです」
「……そうか」
「もしかして、私が未来予知をしてここに来た、なんて思ってました?」
瑛子の言葉は、まさに夜維斗が思っていたことだった。自分がこのスーパーに来ることを未来予知して、やってきた。そうなれば、このように急に声をかけても違和感は無いだろう。
「私、本当に月読先輩の未来は見えないんです。この買い物だって、親に急に引っ張られて来たんですから」
楽しそうに言う瑛子の姿を見て、夜維斗はなんとなくその言葉を信じられずにいた。ただ、信じようが信じまいが、夜維斗にとって何の影響も無いわけなのだが。
「そういえば、月読先輩って一人暮らしでしたよね」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ、ご飯も自分で作るんですよね? どんなご飯食べるんですか?」
「どんな、って……」
別に意識したことの無かった夜維斗にとって、改めて尋ねられると上手く答えられないものである。その夜維斗の反応をみて、瑛子は少し驚いたかのように、ぱちぱちと瞬きをした。
「そんなに、考えてるんですか? 一日のご飯のこと」
「逆だな。何も考えてない」
夜維斗の答えを聞いて「へぇー」と瑛子は声を上げた。視線を夜維斗の持っている買い物かごの中身をじっと向けた瑛子は頷いて、夜維斗のほうを見て言った。
「カレー!」
「肉じゃがにしようと思ってる」
「もしかして、今変えませんでしたか?」
「いや、別に。わざわざ変えるのも面倒だからな」
ため息混じりに答える夜維斗を見て、瑛子は「えぇー」と不満そうに夜維斗を見る。校内一の美少女、と言われるその女子生徒に上目遣いで見られても、夜維斗はなんとも思っていなかった。それ以前に、夜維斗の視線は瑛子ではなく、自分の持つかごの中に向けられている。
「よくこのかごの中だけでそう言い切れたな」
「全力の未来予知のつもりです」
にっこりと笑う瑛子に、夜維斗は感心と呆れの混じったため息を吐いた。かごの中身は、ジャガイモだけだった。
「今日は絶対カレーを食べますよ。部屋でゆっくりとカレーを食べる先輩が見えます」
「カレーは……作るのが面倒だからな」
「え、そうですか?」
「一人分っていうのが面倒」
「大目に作って二日で食べればいいじゃないですか。二日目のカレーは美味しいですし」
「……二日も火を入れるのが面倒」
この人、もしかして何言っても「面倒」で返すつもりじゃないかな……と、夜維斗の返事が見えない瑛子は少し不安になっていた。こんな風に、誰かの返事に不安を感じることは瑛子にとって久しぶりの感覚だった。
「先輩、そんなにカレー嫌いですか?」
「好きか嫌いか、と言われたら好きの部類に入る」
「あ、意外と可愛い」
「……お前、用が無いのなら帰ったらどうだ」
そろそろ相手にするのが疲れたらしく、夜維斗は瑛子に視線を向けずに言った。その視線の先にはにんじんの山がある。
「やっぱりカレーにしません?」
「何でお前の意見を聞かないといけないんだ」
「いいじゃないですか、カレー。あ、ピーマンとか入れたらおいしいですよねー」
「……帰れ」
眉間に深い皺を寄せて、夜維斗は大きくため息をつく。そんな夜維斗の姿を見て、瑛子は楽しそうに微笑んでいる。しかし、黙って夜維斗の姿を見ていた瑛子は、長い沈黙に気がついた。夜維斗は隣に瑛子がいることなど忘れているかのように、買い物を続けている。
「……あ、そうだ」
瑛子は小さく呟いた後、ぱたぱたと走ってどこかへ去った。夜維斗は、視線を変えていない。それから数分、夜維斗はレジに向かおうとしていた。
「先輩!」
そのとき、瑛子の高い声が夜維斗の耳に届いた。帰ったんじゃなかったのか、と思いながらも夜維斗は瑛子のほうを向いた。
「……今度は何だ」
「これ、どうぞ!」
そう言って瑛子は夜維斗のかごの中に何かを入れた。それを見た夜維斗は眉間に皺を寄せた。
「これ、は?」
「最近小学生の男の子の間で流行っている、『龍雅咆哮チョコ』ですよ」
「りゅ、りゅうが、ほう、こう……?」
夜維斗はぽかんとした様子で瑛子の言葉を繰り返した。瑛子はにこにこと楽しそうに笑っている。
「この中、主人公のレアカードが入ってます。これ、絶対に小学生の男の子だったら泣いて喜びますよ」
「俺は一応高校生だけど」
「これが先輩にいいことを呼びますよ。これは多分、絶対」
「『多分』と『絶対』、両方つけたら意味がなくなるってこと、知ってるか?」
呆れたように夜維斗が言うと、瑛子は笑顔を崩さぬまま
「だって、先輩の未来はわかんないんです」
と言い切った。本日何度目かの大きなため息を吐いて、夜維斗は肩を落とした。瑛子は視線を夜維斗の少し後方に向けると、小さく手を振った。
「じゃあ、私はこれで失礼します。ではまた」
にっこりと満面の笑みを浮かべた瑛子はぱたぱたと走って、レジのほうへ向かった。どうやら両親の買い物が終わったらしい。
「全く、何なんだ……」
そして今度こそレジに向かおうと夜維斗が歩き始めたときだった。
「あれー、夜維斗じゃない」
今度は誰だ、と思いながら夜維斗がゆっくりと声のほうを向く。そこには、里佳と弟の里志の姿があった。
「買い物? さっみしーわねぇ、高校生男子が一人で買い物なんて」
「……そう言うお前は」
「おつかい。あ、今日の夜、夜維斗って暇?」
「夜?」
夜維斗が繰り返すと、里佳は頷いた。
「夜から母さんがお出かけなのよ。で、夜ご飯を作るんだけどついでに夜維斗もどうかなーって」
「……それは、つまり」
「夜ご飯のお手伝い、してくれる?」
おねがい、と首を少し傾げながら尋ねる里佳の姿に夜維斗は大きくため息を吐いた。何度目だ、と思いながら。
「ああ、安心して。材料は買ってる……って、夜維斗も同じの食べるつもりだったの?」
と、里佳が夜維斗のかごに視線を向けながら尋ねる。夜維斗は小さく「まさか……」と零していた。
「材料は多めにあって困るものじゃないしね。カレーは二日目からがおいしいってことで!」
「……やっぱり」
「夜維斗兄ちゃんもそれ好きなの?」
今度は里志が夜維斗のかごの中に入っている『龍雅咆哮チョコ』を見て言った。よく気づく姉弟だな、と思いながら里志を見ていると、里佳がからかうように声を上げた。
「へー、夜維斗もマニアねぇ」
「……いるならやるぞ」
「やったぁ! 姉貴、先に買ってくる!」
夜維斗が里志にチョコを渡すと、中身をまだ見ていないというのに楽しそうな声を上げてレジに向かった。
「じゃ、あたしたちもレジに行きましょうか。今日のご飯はカレー、カレー!」
と、里佳は半分歌いながら夜維斗の腕を引いてレジに向かった。捕まってしまったら逃げられない夜維斗は、諦めの表情を浮かべて、里佳に引かれるままにレジに向かう。
その日の夜。
「や、夜維斗兄ちゃんすごい!!」
「何だ?」
「こっ、これ! れ、レアカード!! 今まで見たことないヤツだ!!」
「……そんなにすごいのか?」
「夜維斗知らないの? オークションに出したら最高一万円とか行くのもあるのよ?」
「……マジか?」
「あら、夜維斗の目が本気」
「これは絶対に売らないからな!!」