骨董品屋“刀屋”
「……これをどう思う?」
珍しく、里佳の表情が引きつっている。声も、叫びだしたいのを抑えています、といった感じの声で、聞いている夜維斗にとっては不気味なもの以外の何物でもなかった。光貴は、里佳が机の上に置いた写真を興味深げに見た。
「へー、『幽霊のこと、おまかせください』?」
「そうよ、それ!!」
とうとう里佳は我慢しきれずに、大声を上げた。写真には何かの建物と、そこの壁に張られている張り紙が写っている。その張り紙に書かれているのは、先ほど光貴が言った『幽霊のこと、おまかせください』という文字だった。
「どういうことよ?! 幽霊のことって、なんなのよ!」
「ま、まあそうだよなぁ……」
「別に気にしなくていいだろ」
苦笑いを浮かべる光貴に対し、夜維斗は呆れた顔で小さく呟く。夜維斗の呟きを聞いた里佳はぎろりと夜維斗を睨む。
「あぁん? あんた、自分が何研究会にいるのかわかってんの?! オ・カ・ル・ト、研究会よ!」
「つまり、里佳はそれを調べようって言いたいわけだな?」
怒鳴る里佳と黙る夜維斗の間に光貴が入って、里佳に尋ねた。
「そう! もともとここ、怪しげな雰囲気出してるからね、調べたいなぁって」
「っていうか、ここ、何?」
根本がわかっていない光貴が里佳に訊くと、里佳は「知らない」と即答した。
「長月中の近くにあるのはわかるんだけど、行ったことないのよね。夜維斗知ってる?」
「……さあ」
写真を見ずに、夜維斗は答える。
「知らないで行く、っていうのもなかなかチャレンジャーだな」
「世の中そんなもんよ。まあ、場所はわかってるから早速行くわよ!」
「了解ー」
「面倒くせ……」
里佳の提案に光貴は敬礼ポーズをして賛成し、夜維斗は小さくぼやいた。
「何だかんだでついて来る辺り、月読もオカ研メンバーなんだよな」
「ついて行かない方が、文句言われるだろ」
物理準備室を出たオカルト研究会の三人は、里佳の持ってきた写真の建物を探していた。光貴がにやりと笑いながら夜維斗に言うと、夜維斗はいつも通りの疲れた顔をしてため息を吐く。そんな二人よりも前を歩く里佳は、写真を片手に辺りをきょろきょろと見回している。
「たーしーか、この辺だったはず……」
「里佳ー、本当にこの辺かぁ?」
「この辺よ! あたしの記憶に、狂いはない!」
自信有り気に答える里佳に対して、光貴は若干の不安を抱いていた。と、いうのも、里佳の行く方には写真に写っている建物らしきものは見当たらないのだ。
「陽田、そろそろ諦めろ」
「何よ夜維斗?! たしかにあたしは、あんたほど記憶力はよくないけど、この辺で見た覚えがあるのよ!」
「うーん、でも、この辺にはそんなのないけどなぁ。見間違い、とかじゃないの?」
「あたしの目を疑うの、しゅげっちゃん! ひっどーい、二人揃ってー!」
ぶう、と頬を膨らませて、里佳は半ばやけになったように早歩きで進む。困ったように笑う光貴が夜維斗を見ると、その表情は明らかに「面倒くさい、帰りたい」と言っていた。そのとき、
「あったぁー!!」
里佳の興奮した、高い声が響く。その声を聞き、光貴と夜維斗は顔をあわせた。
「さっすが、我らが会長。よく見つけたなぁ」
「……見つけなかったら帰れたのにな」
楽しそうに歩く光貴から少し遅れて、夜維斗はため息を吐きながら歩いた。声のしたほうに向かうと、そこには例の張り紙があった。その上のほうに視線を向けると、看板がかかっていた。
「……『刀屋』?」
「多分、お店ね。一応開いてる、みたいだけど……入っちゃいましょ」
疑問を抱いている光貴と夜維斗に対して、里佳はにっと笑って、目の前にある扉を開いた。
「ごめんくださーい! 月原高校オカルト研究会の者ですがー!」
里佳の大声が室内に響き渡る。が、中から反応はない。室内は昼間と言うのに暗く、物がごちゃごちゃと乱雑に置いてある。
「……ゴミ屋敷?」
光貴が呟くと、里佳も小さく頷いた。そしてその隣の夜維斗は、じっとその室内を見ていた。薄暗い店内からは、人の気配を感じない。里佳は決心をしたような顔で、中に入った。それに続くように、光貴と夜維斗も中に入る。
「ごめんくださーい、誰かいらっしゃいませんかー?」
「お邪魔しまーす……」
「……」
中に置かれている物には、共通性が見当たらない。怪しげな壺や絵画、古臭いランプや本棚らしきもの、何故か招き猫までもあった。そんな怪しげな通路の奥には、カウンターがあった。その上にはレジらしきものと、人らしきものがある。
「…………人?」
里佳が呟いた瞬間、光貴がさあっと青ざめた。それと同時に、光貴はその人物の肩を揺らした。
「だっ、大丈夫ですか?! 起きてますか、ちょっと!」
「あっ、だ、大丈夫?! しっかりして!!」
里佳も慌てて人物の耳元で、大声で呼びかける。揺れる人物の髪の色は、薄暗い中でも黒ではないことがわかった。夜維斗は何も言わずに、考え込むように里佳と光貴の様子を見ていた。そのとき、
[……夜維斗?]
「え」
「……うぅ」
夜維斗が自分の背後から名が呼ばれたのを気付いたと同時に、光貴が肩を揺らしていた人物から小さな唸り声が上がった。
「大丈夫ですか?!」
「……な、んだ……客か……?」
声は男のもので、光貴が肩から手を離すと、男はゆっくりと顔を上げた。その顔は明らかに寝起きのもので、ぼんやりとした目で里佳と光貴を見た。
「……誰だ?」
「あの、月原高校オカルト研究会の者ですが」
「……オカルト…………?」
里佳の言葉を聞いているのか聞いていないのかわからないような声で言葉を繰り返すと、男は視線を里佳と光貴の後ろ、夜維斗に向ける。そのとき、男の目が大きく開かれた。
「夜維斗」
「文葉さん」
[やっぱり夜維斗!!]
「……へ?」
里佳と光貴が状況を把握出来ず、同時に声をあげた。
「ええっと、どういうご関係なんですか? 夜維斗とは」
里佳たちはカウンターの裏にある休憩スペースに連れて行かれ、改めて状況を確認することとなった。里佳と光貴が隣同士にソファに座り、テーブルを挟んだ向かい側に夜維斗と赤銅色の髪の男――井出文葉(イデアヤバ)が座った。
「簡単に言うと、俺が命を救った」
「……救われた覚えがないが」
「俺が来なかったら、あんた本当に死んでましたからね」
少し睨むように夜維斗が言うと、文葉は「そうだったか……?」と本当に覚えていないような顔をして、頭を掻いた。
[ま、あの時はオレがいたからなぁ。半分オレが命の恩人ってヤツだ、文葉]
にやり、と笑いながら文葉の後ろに立ったのは黒い長髪の男、カイ。しかし、文葉も夜維斗もその言葉を一切無視した。里佳と光貴に至っては、全く気付いていない。
その理由は単純で、カイというこの男が死んでいる――つまり、幽霊だからである。いくら夜維斗と文葉の後ろでカイがぺらぺら喋ろうとも、それは里佳や光貴の耳には届かない。
「何か、意外ね。夜維斗が人を助けるなんて」
「助けたと言うか、頼まれたと言うか……」
「それで文葉さん。ここって、一体何ですか?」
夜維斗が茶を濁らせようとしている間に、光貴が前々から抱いていた疑問を文葉に訊いた。
「見ればわかるだろ、骨董品店だ」
「…………え?」
答えを聞いた光貴は、ぱちぱちと瞬きをして、それから助けを求めるように夜維斗を見た。
「あの、文葉さん」
「何だ?」
「見てもわかりませんよ、骨董品店って」
「……そうなのか」
そう言う文葉の声には「だからどうした」という意味も含まれているようである。半ば諦めのように、夜維斗は小さくため息を吐く。会話を聞いていた里佳が「そんなことより!」と声を上げた。
「ところで文葉さん! こちらのお店に張ってあるこれ! 一体どういうことなんですか!?」
里佳はばん、と勢いよく写真をテーブルにたたきつけた。文葉とカイが身を乗り出して、その写真を見る。
「……これは」
[ああ、オレが張ったヤツ。どーせ、骨董品だけじゃ客は来ねぇと思ってな]
お前の仕業か、と夜維斗と文葉は視線だけでカイを睨んだ。へらりと笑っていたカイも、その睨みを受けて引き取った表情になる。
「悪いが、それを張ったのは俺じゃない。知り合いだ」
[知り合い?! オレとお前の関係って、知り合いなの?!]
と、涙目になりながら叫ぶカイを無視して文葉は里佳に説明した。
「じゃあ、そのお知り合いは?」
「さあ、知らん」
[知らん、じゃねぇよ! ここにいるだろうが!!]
「……黙れよ」
ぽつりと、夜維斗はカイに聞こえる程度で呟いた。
「でも、幽霊なんてそうそう言われないですよね。なんかあるんですか?」
「あいつが勝手にほざいただけだ。俺には関係ない」
「……あ、そっすか」
あっさりと返答された上に、少し睨まれたように感じた光貴は苦笑いを浮かべて頷いた。
「それで、用は終わりか?」
「え、あ……はい。その、取材受けていただき、ありがとうございました」
「別にいい」
ふあ、とあくびをしながら里佳の言葉に文葉は手を振る。何処となく複雑な気持ちの里佳と光貴、そして呆れ顔の夜維斗はそのまま店を出た。
「ねぇ、夜維斗。あの文葉さんって一体何者?」
里佳が珍しく、何もわからないと言った顔で夜維斗に尋ねる。その隣の光貴も小さく頷いた。夜維斗は、少し空を見上げて考えた。
「……俺にもわからん」