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考査対策と大人と酒と

 

「夜維斗ー、ここわかんなーい」

「この式何のために出したんだ。あと、ここの不等式逆」

「月読ー、ここわかんなーい」

「教科書読め。参考書に載ってる」

「……何、この対応の差」

 場所は光貴の家。現在オカルト研究会の三人は机の上に教科書、問題集、参考書を広げて勉強会を行なっていた。定期考査まで後一週間となると、よく見られる高校生の風景と同じである。

「月読って俺のこと嫌いだったりする?」

「別に。お前はもう少し教科書見るなりなんなりしたらどうだ」

 夜維斗は視線を問題集からそらさないまま光貴に言い放った。

「やーいーとぉー、やっぱりここ出ないんだけどぉ」

「だから最初の不等式見ろって言っただろ。ここ」

 里佳の声に呆れた様子を浮べて、夜維斗は里佳のノートの一行を指さした。そこを見た里佳は「あっ」と納得したような声を上げる。そんな姿を見て光貴は大きなため息混じりに夜維斗に声を上げる。

「やっぱり月読俺に対して冷たいよ」

「はいはい、じゃあ何処がわからないんだ」

「あ、今は無いわ」

 そんな光貴の一言にがくりと肩を落とす夜維斗。二人のやり取りを里佳はくっと笑いを堪えながら問題を解いていた。そのとき、里佳が視線を窓に向けると、外の向こうが暗くなっていた。

「あっ、もう遅い感じ?」

 と、里佳が携帯で時間を確認すると、既に七時を過ぎていた。

「あー、マジか? ま、うちは何時でも良いけど」

「まあ、あたしも今日は勉強会って言ってるから少し遅くなるのはセーフかな。夜維斗は論外で」

「何で」

「だって月読一人暮らしだから関係ないだろ。あ、うち残って晩飯」

「誰が作るか」

「でも本当に遅くまでいいの? お姉さん帰ってくるんじゃない?」

 里佳のその言葉に光貴は小さく鼻で笑った。

「大丈夫、姉貴は合コンだから。今日は遅い」

「へー、やっぱりしゅげっちゃんのお姉さん、合コンでモテモテなんじゃないの?」

「逆逆。姉貴、全然合コン向いてないのに参加するから」

「向いてない?」

 きょとんとする里佳の頭を夜維斗がノートで叩く。

「陽田、問題は?」

「解けた! あたし、やればできる子なの!」

「だったら次の問題しろ。これ、来週提出の課題だろ」

「そういう夜維斗は終わったの? 人のこと言えないんじゃない?」

「終わってる」

「さっすが、月読」

「朱月、お前もそこ出来たのか」

「あ、はいはい……」

 てきぱきと指示を入れる夜維斗に光貴も素直に従い、問題に目を向ける。その時、

「たっだらいまぁー!」

 そんな間抜けな声が部屋に響いた。

 

 

「あぁーねぇーきぃー?」

 普段学校では見せないような苛立ちを露わにした光貴は、玄関で仁王立ちをしていた。それから視線を少し上に向けて、表情をすぐに元に戻す。

「本当にいつもすみません、俊治さん」

「いやー、どうせこうなることはわかってたから、ついて行ったけど……今回はひどいな」

「うっへー、俊治のばかぁ!」

 玄関にいるのは光貴と、その姉光里(ヒカリ)と、光里と同級生である望田俊治(モチダシュンジ)だった。ちなみに光里は俊治に抱きつくような形で寄りかかっている。そんな光里の顔は、真っ赤に染まっていた。

「毎回酒飲んで酔っ払って合コン抜ける奴よりは馬鹿じゃねぇよ」

「んらとぉ?! あんらがいるから、こうなんのよぉ!」

「あー、もー、姉貴! お前、一杯飲んだだけでこうなるんだから合コン行くなって言っただろうが!」

「られにむかって、お前なんて、いっれるんらー、光貴ぃ!」

 呂律が完全に回っていない姉の姿を見て光貴は呆れのため息を吐き、俊治は苦笑いを浮べた。

「なんか意外ね。しゅげっちゃんのあんな姿見るなんて」

「確かに」

 部屋の隅から里佳と夜維斗は玄関の出来事を見ていた。普段はどちらかと言うと里佳と便乗して動き回る光貴が、いつもの夜維斗のような立ち位置にいることは珍しいものである。

「しゅげっちゃーん、あたしたちも手伝おうかー?」

「いや、気にしなくていいって」

「あれ光貴くん、友達来てたの? なんか、悪いねえ」

「いえいえ、むしろ悪いのは姉貴の方ですから」

 苦笑いを浮べて光貴が言うと、光里の腕を自分の肩に回した。

「姉貴ー、今から部屋連れてくからなー」

「るー……」

「じゃ、俺も手伝うよ」

「本当にすみません」

 そして光貴と俊治は光里の腕をそれぞれの肩に回した状態で、光里を運ぶ。そんな顔を真っ赤にさせている光里は虚ろな表情で辺りを見ていた。

「あれー……ここ、どこぉ?」

「光里さんのご自宅ですよー」

「んー? あたし、いつの間に家に帰ってたのぉ?」

「俊二さんが運んでくださったんですよー」

 俊治と光貴の対応がまるで年配の人に対するようなものだったのに、里佳は小さく噴いてしまった。それから光里を寝室に運んだ後、やれやれと言った様子で光貴は息を吐いた。

「本当に俊二さん、すみません。いつも姉貴に付き合せて……」

「いや、大丈夫。ま、ちょっと予定より早く帰るから……晩飯あるかなー」

 携帯を取り出して俊治が時間を確認すると、七時半を回った頃だ。

「晩飯?」

「あー、家にね。今日は合コンあるから晩飯いらないからって言っちゃったんだよね。でも、結局これだし」

 ははは、と乾いた笑いを上げた俊治をみて、光貴が提案を出す。

「だったらうちで食べてってください。姉貴のことのお詫びとお礼もしたいし」

「え? いやいや、いいよ。光貴くん、友達いるみたいだし」

「だったらあたしたちが作ります!」

 と、光貴の後ろから声をかけたのは里佳だった。予想もしていないリアクションに俊治だけではなく光貴も驚いた。里佳はにっこりと笑って親指を立てている。

「さっきこっちで食べる、って親にメール送っちゃったし、しゅげっちゃんに場所借りたお礼もしたいしね。あと、夜維斗の料理も食べたいでしょ?」

「俺もかよ……」

「当たり前! それで、いいですか?」

 里佳の勢いに押された俊治はぱちぱちと瞬きをして「おまかせします……」と小さく言った。

 

 

「で、結局、俊治さんと光里さんって恋人同士なんですか?」

 里佳の言葉を聞いて、俊治は口に含んでいたエビフライを喉に詰まらせかけた。それから無理矢理飲み込んで咳き込むと、隣に座る光貴が背中をさすった。

「里佳ー、質問がダイレクトすぎだろー?」

「あ、ごめんなさい。でも、気になっちゃって」

 小さく舌を出しながら言う里佳を見て俊治は内心、最近の高校生は恐ろしいなと苦笑いを浮べた。想定をしていなかった質問に、出されたお茶を飲んで、里佳の問いに答える。

「残念だけど、そんな関係じゃないかな」

「えー、そうなんですか? てっきりもう、恋人同士かと」

「いやいや、あの姉貴を恋人にしようって思う人間はそうそういねーよ」

 光貴ははっきりと言い放って、エビフライを頬張った。そんな三人の姿をどうでもよさそうな目で夜維斗は見ながら食事を進めている。

「そうかなぁ。光里さん綺麗じゃん。それに、優しいし、可愛いし」

「里佳? 今、なんて言った? 姉貴が優しいって、ギャグ?」

「光里ほど優しいって言葉が似合わない奴はいないなぁ」

 光貴と俊治が驚いたような笑みを浮べて、首を振って言う。

「ないないないない。姉貴が優しいとか、マジありえない」

「あれは優しいとか可愛いとかいう柄じゃないからなぁ」

「あ、確かにそうですよね」

 あははははは、と顔をあわせて二人が笑っている様子を見ていた夜維斗の視界に、ふと別の影が見えた。

「あ」

「何だよ、月読?」

「後ろ」

「あ?」

 くるりと光貴が振り向く。その瞬間、光貴の口がぽかんと開かれた。

「姉貴」

「んぐぅ?!」

 ちょうどご飯を飲み込もうとしていた俊治が、光貴の言葉を聞いて息を詰まらせた。そして慌てて瞬時が振り向くと、そこには眉間に深い皺を寄せて明らかに苛立っているが不気味に笑う光里の姿があった。

「お前ら、へぇ……? 人が寝てると思って、言いたい放題じゃねぇか、え?」

「いや、その、あれだぜ……そういう、意味ではなく……」

「じゃあどういう意味だ? 光貴、俊治?」

 ばきばきと指の骨を鳴らす光里の姿は、さすがの里佳も夜維斗も、恐ろしく思えた。

「てめぇら、二人とも、面貸せぇ!!!」

 

 

 翌日。光貴の頬にも、俊治の頬にも、大きなガーゼが張られていたことは言うまでもない。

 

 

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