ライバル、出現。
「失礼しました」
職員室を出たと同時に、夜維斗は大きく息を吐いた。登校日数に関しての指導か、と思って職員室に行ったのだが実際は学校に来なかったときに渡された模試の結果についてだった。
「いい結果だったぞ、月読。今後も、頑張れよ」
ぽんぽん、と肩を叩かれた夜維斗はただ「はぁ……」としか言えず、模試の結果を受け取った。職員室を出た夜維斗は落ち着いて結果を見る。
「お、月読じゃん」
と、夜維斗の後ろから馴れ馴れしく声をかけたのは現代文教諭でオカルト研究会顧問をしている杉原まゆみだった。にこにこと笑うまゆみの顔を見て夜維斗は先ほどと同じように「はぁ……」と返した。
「へー、模試の結果? お、すごいじゃないか! 学年一位」
「ありがとうございます」
「しかも全国一位か! はー、どんな勉強してるの?」
「いや、普通に……」
「大学は? もうどっか決めたか?」
「いえ、別に……」
「お前なら推薦取れると思うぞー。あ、でもまず、出席日数増やさないといけないだろ!」
「はぁ……」
ほとんど夜維斗はまゆみの言葉を聞き流していた。そして、まゆみは「じゃあ、勉強も部活も頑張れよ!」と楽しそうに言って去って行った。
「陽田と違った意味で嵐だな……」
ぽつりと呟いた後、夜維斗は再び息を吐いて教室に戻ろうとした。ここまでは今までと同じごくごく普通の日常だった。つまり、そこで夜維斗の普通の日常は終わってしまう。
「月読夜維斗だな!!」
そこそこ人通りのある職員室前の廊下。授業内容の質問をする生徒や、部活のスケジュールを決めようとする生徒、その他にも呼び出された生徒や教員がいる。その中で、夜維斗の名を呼んだ声はかなり大きいものだったため、一瞬あたりが静かになった。
「…………え」
夜維斗は声のしたほうをゆっくりと向く。夜維斗の嫌な予感は高い確率で当たる。それを確信しながら声を出した主を見ると、少し髪がぼさぼさと跳ねている学ランを来た男子学生がいた。ただそれだけなら普通の学生なのだが、何故か彼は制服の上に黒いマントをつけていたのだ。
「お前が、お前が月読夜維斗だな!!」
「は、あ……」
関わりたくない。夜維斗は本能的に思ったが、男子学生はずかずかと夜維斗に近付いてくる。そして、夜維斗の目の前で止まると、突然深く礼をした。
「おれと、一緒になってくれ!!!」
その瞬間、夜維斗の頭の中で何かが崩壊するような音がした。
「いや、悪い悪い! おれさ、お前がオカルト研究会の会長だと思ったんだよね!」
マントを羽織った男子生徒は野木原春弥(ノギハラハルヤ)と名乗った。突然の春弥の言葉に、夜維斗はすぐに春弥と共にその場を逃げ出し、屋上に来て事情を聞いている今に至る。
「頼むから、いきなり叫ぶのはやめてくれ……」
「いやー、ごっめんなぁ! で、結局月読って会長じゃないんだなー。意外だなぁ……成績優秀だから、てっきりお前が会長してると思った」
「はぁ……」
帰りたい帰りたい帰りたい。夜維斗の頭の中にはその言葉がぐるぐると巡っていた。本当に帰れるものなら今すぐに帰りたいのだが、空気的にそれが無理であることは夜維斗にもわかりきっている。
「それで、オカ研の会長って誰?」
「二年一組の陽田里佳」
「あー! あの、柔道すっげー奴だろ? へぇ、あいつがオカ研の会長なんだ……」
「ああ」
だから、早く帰ってくれ。口には出さないが、夜維斗はただ切実に祈っていた。
「なあ、その陽田のところついて来てくれよ!」
春弥はがしりと夜維斗の手を掴んだ。それは、夜維斗の祈りが見事に握り締められぐしゃぐしゃになったのと同じだった。
「陽田里佳ー!!」
二年一組の教室に突然大声が響く。名前を呼ばれた里佳はクラスの友人と話していて、友人と一緒に名前を呼んだ春弥の方を見た。
「夜維斗……?」
「お前が陽田里佳だな!」
「……里佳、知り合い?」
友人が眉を少しゆがめて里佳に小さく尋ねる。もちろん、その原因は春弥が羽織っているマントにあるだろう。里佳は必死で名前を思い出そうとしたが、やはり心当たりは無かった。首を振り、それから立ち上がって春弥と夜維斗の元に向かった。
「えーっと、あたしが陽田里佳だけど。何か用事?」
「実は、部活の件で相談があるんだ」
「部活?」
そういえば、用件を聞いていなかったと夜維斗はふと思い出した。春弥は小さく頷いて、息を吸う。そして、
「おれの立ち上げる魔術開発研究同好会とオカルト研究会を一緒に、合併してくれないか!!!」
その言葉には里佳も、そして夜維斗も驚きを隠せなかった。そして、春弥の声は二年一組の教室内だけでなく、廊下の外にも響いたのだった――――――。
「……で、これが噂の」
「そう、噂の野木っち」
「野木原春弥でっす!」
放課後物理準備教室。すこし薄暗いその教室とは不釣合いな人物、野木原春弥を見て光貴は物珍しそうに視線を上から下へ動かした。ちょうど春弥が里佳のもとにやってきた昼休みに教室に居なかった光貴は噂でしか春弥の存在を知らなかった。
『オカルト研究会を合併させようとしてる奴が居る』
そんなバカな、と思って里佳に訊いたら「放課後」としか言われず、その放課後になってやっと噂の人物に会えた。
「へー、何、そのマント?」
「魔術師の証!」
「ま、じゅつ……?」
「そう、おれが今立ち上げようと計画しているのは『魔術開発研究同好会』! 本当は部にしたいところだけど、人数が集まってないからまず同好会……なんだけどな」
と、最初は熱く語っていた春弥だったが最後のほうはしゅんと沈んだように言う。
「生徒会長の石倉にさ、そんなもの認めない、って言われたんだぜ」
ああ、やっぱり。光貴と夜維斗の予想は的中した。ただでさえ生徒会長、石倉悠吾は里佳の立ち上げたオカルト研究会に反対だったのに、オカルトの次に魔術と来たら絶対に拒否するだろう。そして、春弥は希望を込めた瞳で里佳を見る。
「でも、石倉はオカルト研究会を認めた!」
認めたんじゃない、投げたんだ。光貴は里佳に顔を背けてははは、と乾いた笑いをした。
「オカルト研究会とセットなら、絶対に石倉も認めると思うんだ!」
ないない、絶対無い。夜維斗は腕を組み、大きく息を吐いた。
そして、里佳は……
「パス」
「……え」
「えぇぇぇ!?」
里佳の一言に驚いたのは春弥以上に光貴と夜維斗だった。光貴は大声をあげ、夜維斗は驚きを隠せない表情で里佳を見つめていた。
「ど、どうしたんだ里佳……珍しい、な」
てっきり許可を出すと思っていた光貴は冷静を取り戻しながら、里佳に尋ねる。
「あたし魔術とか魔法とか、信じてないし興味もないし、ついで言うとオカルトとセットにして欲しくないのよね!」
ビシッ! そんな効果音が付きそうな勢いで、里佳は春弥を指さした。指さされた春弥はぱちぱちと瞬きをした。
「えっと、つまり……交渉決裂?」
「そう。合併なんて、ごめんよ」
珍しく陽田がまともなことを言った……と夜維斗は感動を覚えるだけだった。それと、どうしてそんなまともなことを、オカ研を立ち上げようとする前に気付かなかったのかとも思った。
「何でオカルトが良くて魔術がダメなんだよ!」
「魔術はファンタジーの世界! オカルトはリアリティの世界よ!」
「ファンタジー?! じゃあ、ネス湖のネッシーもファンタジーか!」
「何言ってんのよ! ネッシーはファンタジーじゃなくってUMAの一種に決まってるでしょ!」
「じゃあ、魔術だってオカルトの一種じゃねえか!」
「ふっざけんじゃないわよ!! 魔術とオカルトを一緒にするなって言ったでしょうが!!」
やいのやいのと春弥と里佳の言い争いは激しくなる。光貴と夜維斗は内容がどんどんディープになる言い争いについて行けず、二人の様子を見ていた。
「何か、激しいな……あれ、止めるべきだと思う、月読?」
「どうでもいい。あ、でも陽田が投げようとしたら止めた方がいいな」
「あー、確かに。でもさ、どう思うよあの言い争い」
もちろん言い争いをしている二人は光貴と夜維斗の会話には全く気付いておらず、現在光貴に指さされているのにも気付いていない。
「……どっちがどっちでも、どうでもいい」
ぽそり、夜維斗が小さく零した瞬間、里佳の鋭い眼差しが夜維斗に向かう。その様子に、さすがの夜維斗も引きつった表情になる。
「ふざけんじゃないわよ夜維斗! オカルト研究会会員とあろう者が……いや、あたしの幼なじみともあろう者がそんなことを言うわけ?!」
「何でお前の幼なじみがオカルト知ってるって前提になるんだ……」
「あたしの幼なじみだからに決まってるでしょ!」
「……あれ、おれは?」
「あーもー、野木っちは黙ってて! 大体あんたはねぇ、会員として根本がなってないわよ!」
「別になりたくてなったわけじゃないし」
「何言ってんのよ! あんたのさっみしー高校生活をエンジョイさせてあげようと思ってわざわざ会員にしてあげたのよ!」
「はいはいありがとうありがとう」
「心がこもってなーい!! 会長様ありがとうございました、ぐらい言ったらどうなのよ!」
いつの間にやら春弥は放置され、里佳と夜維斗の(というより里佳の一方的な)言い争いとなっていた。春弥はしばらく呆然としたが、はっとして、先ほどとは逆に里佳に向かってビシッと指さした。
「陽田里佳! いや、オカルト研究会!!」
「……え?」
唯一まともに話を聞ける体勢にある光貴が春弥の声に反応した。もちろん、里佳と夜維斗にはその声すら届いていない。
「おれは絶っっっ対に、オカルト研究会との合併を諦めないからな! 何が何でも、『魔術開発研究同好会withオカルト研究会』にしてやるんだからな!!」
そう言って、春弥は物理準備室を飛び出した。その姿を見て光貴はぽつりと「負け犬の遠吠え……」と呟いた。もちろん、それも夜維斗と里佳には届いていない。
「だーかーら、まず夜維斗はもっと学校に来るべきだと思うのよ!」
「来てるじゃねえか」
「ふざけんな! 昨日まで休んでたくせに何が『来てる』よ!!」
「はいはい」
「返事は一回!!」
「今日もにぎやかだなぁ……」
平和な一日だった、と光貴は今日一日を振り返ったのだった。