いけいけ後輩!
ある日の放課後、公園を歩いていた時のこと。
「里佳さん、朱月さん、月読先輩!」
走る音に気付いていなかった夜維斗はゆっくりとその声で振り向いた。駆け寄ってきたのは、夜維斗と里佳の出身校である長月中学の制服を着ている少年。
「やっぱり小野くんだー」
「っていうか、ああ呼ぶのは小野しかいないもんなあ」
「ちわっす! 今日も三人で調査ですか?」
にこにこと笑いながら尋ねる少年は、三人の後輩である小野勇(オノユウ)。額には絆創膏が張られていて、活発な少年のような印象を与える。
「いや、今日は学校帰りだけだよ」
「珍しいっすね。調査しないで帰るなんて……」
意外そうな顔をして勇が里佳に言うと、里佳は肩を押さえて小さく腕を回した。
「今日はさぁ、課外が予想以上に長くなっちゃってね。おかげでもうへとへとなの。本当は調べる予定あったのにさー……」
「そうそう。やけに問題がこってりしててなあ……あ、小野見てみる?」
「やー、朱月さん。俺、まだまだ中学生ですから見ても無駄ですよー」
光貴がにやりと笑いながら鞄を漁るのを見て勇は引きつった表情で断った。見ても無駄、と言うのもあるがそれ以上に勉強とは仲良くなりたくない勇は乾いた笑い声を上げていた。
「あ、ねえねえ小野くん」
「はい」
「そういやさ、あの『眠りの使』ってどうなってる?」
その単語を聞いて、勇の表情がぴくりと動いた。
「眠りの、使? って、何だ里佳」
「あれ、しゅげっちゃんに言ってなかったっけ? うちの中学の七不思議みたいなの」
里佳の言葉を聞いても光貴は全く心当たりが無かった。
「何かえらいかっこいい七不思議だな。うちのところ無かったけど」
「しゅげっちゃんは朝弓だったっけ?」
「そうそう。ま、俺あんまり学校行ってなかったからなー」
軽く言う事かよ、と内心夜維斗はツッコミを入れる。
「で、結局そのー……何だっけ?」
「『眠りの使』! 簡単にいえば鳴らない時計塔よ。で、それが独りでに鳴るって七不思議」
「へー。じゃあ月読も知って……」
と、話を振ろうとした光貴だったが、夜維斗の表情が明らかに「話を振るな」というオーラを激しく出していたので何も言わないことにした。
「ね、『眠りの使』ですかぁー? いやー、ちょっと、それはー、そのー……」
「そのー、の続きは?」
「だからですねー、えーっと……」
「アレだけ自信有り気に『俺が絶対に調べてみますよ、里佳さん!』って言ったのはどこの誰ですかー?」
「ええ? 俺、そんなこと言いましたっけ?」
引きつった表情で勇が言い逃れをしようとする。しかし、それで逃がす里佳ではない。
「さて問題です。これは何でしょう?」
取り出したものは、銀色の細い棒状のもの。先端部分には、金網のようなものがついている。
「ま、さか……ボイス、レコーダー……」
「ぴーんぽーん。さて問題です。この声は一体誰のでしょう?」
そう言って、里佳が再生ボタンを押す。
「やー、まっかせて下さいよ! 俺が絶対に調べますよー、『眠りの使』を! だからおまかせください里佳さんっ!」
ボイスレコーダーから出た声を聞いて夜維斗と光貴が憐れみの目で勇を見る。
「……正に、俺です」
「ぴーんぽーん。だーいせいかーい」
この人には一生掛かっても頭が上がらない、俯きながら勇は思ったのだった。里佳はにこにこと笑って勇に顔を近づける。
「それで? どうなってるの、小野くん」
「えーっと、そのー……」
「小野ー、素直に言ったほうがいいと思うぜ」
割と本気で心配しながら光貴は勇に言う。その助言を受けて、観念したように勇は小さく言った。
「調査、出来て、ません」
「だろうと思った」
「すみませんでしたぁ…………」
普段の勇からは想像できないほど、今の勇は頭を下げたまま里佳に謝罪の言葉を述べる。里佳はその様子に満足して「許してやろう!」と勇の頭を撫でた。
「別にわざわざこいつの言う事聞かなくてもいいぞ、小野」
「せ、先輩……!」
「夜維斗ぉ?! あんた、何言ってるのよ! そして、小野くんも反応しない!」
里佳が横から怒鳴る。そんな様子を見て、光貴はふと疑問を抱いた。
「そういやさ、小野って何で月読のことだけ先輩って呼ぶんだよ?」
「あー、しゅげっちゃん話反らしてる?」
「いやいや、素朴な疑問。で、何で?」
光貴が尋ねると勇はぱちぱちと瞬きをして、「何だ、そんなことか」と言いたげな顔をした。
「そりゃ、月読先輩が月読先輩だからですよ」
「答えなってねぇじゃん。学校同じだったなら、里佳も先輩だろ」
「違うんですよ、朱月さん。大体、学校同じってもう先輩たち卒業してたし」
「まあ、そうだな」
「そういう問題じゃなくって、月読先輩だからですよ」
ねー、と勇が夜維斗に向かって言うと、夜維斗は複雑そうな表情をして勇から視線を反らした。
「ところでさ、小野くん。その絆創膏」
里佳が勇の額に張られている絆創膏を指さす。それを指摘され、ぎくりと勇は反応した。
「まさか、喧嘩?」
「……違いますよ、正当防衛の結果です!」
「お前、そんな喧嘩売られやすいたちなの?」
意外そうな顔をして光貴が言うと、勇は胸を張った。
「えっへん、なんてったって『長月の鬼』っすから!」
「あー、なるほど」
だから、ね。光貴の中で先ほどの疑問が解決した。胸を張って言う勇に里佳は呆れたような顔をする。
「だからって、あんまり喧嘩しないの! 夜維斗みたいになるわよ」
「大丈夫ですよ、月読先輩は越えられませんから!」
「お前、黙ってろ……」
頭を痛そうにして、夜維斗は小さく呟いた。もちろん、その小さな声は勇に届いていない。
「じゃ、小野くんはまた次会うときまでには『眠りの使』の調査よろしくね」
「うぃーっす。でも一回鳴って、真相は不明なんですよねー……強風って言われたし」
「あんなのが強風でなるはずないじゃない! 絶対何かあるのよ、ねえ夜維斗!」
里佳のきらきらした瞳が夜維斗を見つめる。夜維斗は視線を反らして、言葉を聞かなかったことにした。
「じゃ、今度の調査は長月中にしようか。ね、それでいいでしょ?」
「お、いいなー。長月中行ったことないし」
「けってーい! それまでに小野くんは七不思議の調査!」
「アイアイサー!」
「……元気だな、お前ら」
すぐそばにいるはずなのに、遠く離れた距離に向かって言うように夜維斗は呟いた。